シリアの病院とムジャヒディン

2013年06月18日 22:26

シリア国内の病院。
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今年の2月末に訪れた時も自由シリア軍の兵士が出入りしていたが、病院のゲートで武器を預けてから病院施設内に入ってきていた。

今回は自由シリア軍、海外からのムジャヒディン共に武装したまま病院内に入って来ていた。
病院自体が自由シリア軍のベース的な存在になりつつある。
前回も兵士達が病院に来て、ネットを使い連絡を取り合っていた。

僕たちは日本にいてアサド軍が大学や病院を空爆したニュースを聞き、なんて酷い事をするんだ!
と思うが、自由シリア軍の基地のような使い方をしている事にも問題があると思う。

病院関係者と3ヶ月ぶりの再会を楽しみながらお茶をしていた。
そこに外国人部隊の人達がやってきた。
病院の人が「hiroは日本のカメラマンでとってもいいやつなんだ〜」と紹介した瞬間に一人の兵士が拳銃を抜き、
僕の頭に銃口を突きつけ、撃とうとした。

僕は。。あれ、セーフティー外したかな?初弾はチャンバーに送り込まれているかな?
抵抗しようか、そのままでいようか。
頭から弾丸があご側に突き抜けたら死体はかっこ悪いかな〜?
なんて事をほんの数秒のうちに考えた。

病院関係者が「やめろ!やめろ!hiroはちゃんとプライバシーを守ってくれるカメラマンなんだから」と説明してくれ、ようやく銃口が頭から離された。
後で気づくと頭のてっぺんにたんこぶができていた。

この仕事をしていて、何度もホールドアップの経験はあるが、直接銃口を押し付けられたのは初体験だった。
今年の初めと違い、自由シリア軍の旗色は悪く、海外からの義勇兵に頼らざるを得ない状況だ。
しかし、病院関係者も含め、地元の人達は海外からの義勇兵を扱いきれず困っている感じが見受けられた。
ドクターや病院関係者はとても頑張っているのだが、この病院もアサド軍のターゲットになってもおかしくない。
そう思った。

僕がもっているハンドガンが僕の頭に突きつけられた銃。
笑顔で記念写真を撮っているが、頭は真っ白だった。


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コメント

  1. emi | URL | -

    シリア支援とは何でしょうか

    はじめまして。
    ブログを拝見してコメントします。
    私は都内に住む30歳の女性です。一歳の子どもがいます。
    シリアの深刻な状況にニュースやネットを見るたびに胸が痛い思いです。

    私は母となり、子どもたちが傷つき、苦しみ、絶望の日々を送りつづけていることを想像しただけでも悲しいです。

    と同時に、私にはいったいなにができるのか、わずかながらでも寄付をすればそれでよいのか、と考えても答えがでません。

    実際に現地で人々のと接している久保田様は、一日本人ができる支援は何だとお考えでしょうか。

  2. HIRO | URL | -

    emi さん

    コメントありがとうございます。
    僅かの寄付でも支援になりますが。。
    それ以上に大きな支援は知る事だといつも思います。
    emiさんが胸を痛めるシリアの状況を日本人の何%の人が知っているでしょうか。
    日本は世界的に見てもかなり中立な国です。
    その日本人がシリアで起きている事を知り、なんとかしなければならない!という世論が出て来るのが、長い目で見て大きな支援になると思います。
    emiさんがお子さんを持つママさん仲間の何人かにシリアの事を話してもらうだけでも大きな支援だと僕は思います。

  3. emi | URL | -

    長文すみません

    返信ありがとうございます。
    メールも拝見しました。
    危険を顧みず世界で活躍されている方に直接言葉をいただき嬉しく思います。

    このような時にネットの良さを感じます。
    私は、ブログはしませんし、TwitterやFacebookはアカウントすら持っていません。
    人のブログにコメントをしたのは初めてです。

    自分の中でそれほどシリアの人々が苦しむ状況は心に刺さる痛ましいことです。

    「シリア情勢」と検索すれば、テレビでは伝えられない生々しい出来事や恐ろしい画像が次々とでてきます。

    と、同時に色んな人が、様々な意見を書き込んでおり、何が真実かよくわからなくなってきます。

    だから私は、本当に現地を見ているであろう人の言葉を聞きたかったので久保田さんのブログにたどり着きました。

    いつ終焉するかもわからないこの戦争を絶えず知ろうとし続けていこうと思います。

    私は30年生きて、母親になってやっと、子供が傷つくのはあってはならないとか、衣食住が満たされていることがどれほど贅沢かに気づきました。

    人は人の気持ちにたつことが難しい生き物だと思います。
    自分が色んなことを経験しないと、他人が困っているとき、苦しんでいるときを想像できないと思っています。少なくとも私はそうです。。恥ずべきことかもしれません。

    だから、日本で昔戦争があっても興味がわかず、災害で困っている人をテレビで見ても、なんだか可哀想だなーぐらいでした。

    「戦争」「暴力」「飢餓」「○○人死亡」、、漢字にすれば二文字ですが、実際に、具体的にどういうことか知ろうと思ったのはシリア紛争が初めてです。

    なんだか怖い、気持ちが悪い、暗い、遠い国のことというだけで真実を見ようともしないのは良くないと思います。

    実際に目の前で人が殺されているところを子供たちは見ているのです。
    私にはどれほど恐ろしいか、その子供たちの身になれるほど想像できません。

    食べ物も水もなく、飢えるとはどれほど辛いのか、苦しんでいる人ほどに想像できません。
    でも少しは想像できます。
    少しの想像だけでも恐ろしく、悲しいことだと思うのです。

    そして、どうか子供たちに安心できる日々がきますようにと、祈るばかりです。
    自分は白いごはんを好きなだけ食べながらそんなことを考えています…
    矛盾してるな、、と思いながら、、

    長文すみませんでした。
    素直な今の気持ちです。


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