ジャーナリスト山本美香

2013年02月07日 05:28

山本美香の事を書こうと思いつつ、時間だけが過ぎていた。
僕が海外に飛んでしまう前に書きたくて、でも心落ち着く中で書きたくて。

「山本美香さんを送る会」に参加させてもらって、一冊の冊子を頂いた。
IMG_3433.jpg

冊子を読んでビックリ。
共通項が多い。
まず、誕生日が一ヶ月違い、勿論生まれた年は同じ。
そして、アフガニスタン、イラクを取材しているのも同じ。
結構同じ時期に取材していてすれ違いだったようだ。イラク戦争で「こんにちわ」と挨拶するくらい。

一番驚いたのが山本さんが宇宙に関心を持っていた事。
幼き頃、いつかは宇宙旅行をしてみたいと思っていた山本さんが夢中になったのが、アメリカの天文学者カール・セーガン博士が監修した「コスモス・宇宙」だったらしい。
僕は「コスモス・宇宙」を見て、中学生にして相対性理論の本を読み出し、大学では絶対物理学を学ぶと決めた。
家庭に事情で一度大学を辞めたものの、念願の宇宙物理学を勉強し、卒論は「インフレーション宇宙のシミュレーションモデルの作成」という訳の分からないテーマで、東大のグレープというコンピュータを使わせてもらった。
大学院に進学し、NASAに就職するのが夢だった僕。

何が間違ったか、フォトジャーナリストという仕事を始めてしまった。

山本さんは僕と違い、1990年に大学を卒業後、朝日ニュースターに入社し、報道記者としての人生をスタートした。
1990年頃の僕が何をしていたかというと、何故かバイクのレースをやっていた。

ジャーナリスト人生に真っすぐ進んだ山本さんと回り道してきた僕の差が出たと思う。
山本さんは「中継されなかったバグダッド」という本を書いているが、僕も報道されなかったイラク戦争というDVDを作ったものの、本を書きたいと思いつつ書けずにいた。

山本さんに学ぶ事は営業のうまさ、ジャーナリストたる者取材はできて当たり前、それを世の中に発表してこそのジャーナリスト。
僕は回り道してきた分、その能力に欠けていた、と今更ながらに思う。

冊子の最後のページには山本さんの直筆で、「ジャーナリストがいることで最悪の事態を防ぐ事ができる・抑止力」と書かれてある。
まさにそう思う。
そうでなければ命がけの取材など続けられない。
橋田さんが逝き、長井さんが逝き、山本さんが逝った。
この10年で僕が知っている人が3人も逝ってしまった。
いつも思う、この仕事を続けている限り、僕の順番も回って来るだろう。と。

橋田さんは良かった、長年ジャーナリストをしてきた長老。誰も批判などできなかった。
長井さんは酷かった、無謀だったとか散々言われた。
山本さんは「送る会」にものすごい人数が集まり、財団もできる。
さて、僕はどうだろう。
そんな事を考えながら取材の準備をしていたら、こんな時間05:30になってしまった。


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