アルジェリア人質事件、報道倫理。

2013年01月24日 02:04

アルジェリア人質拘束事件について、犠牲者の実名を非公表とした日本政府に対し、朝日新聞が22日朝刊で実名報道を開始。メディア各社が追随したことに対し、論議を呼んでいる。

21日深夜、日本政府は同事件で日本人犠牲者がいたことを確認し、公表した。その会見の際に菅官房長官は、会社(日揮)、ご遺族と相談の上、実名は公表しないことに決めたと、犠牲者の実名を明かさないことを表明した。
しかし翌22日、朝日新聞は朝刊に犠牲者の実名と写真を公表。これを受けてテレビ、新聞各社も追随、実名が広く報道されることになった。
 犠牲者の甥という本白水智也氏は23日になり、Twitterで「朝日新聞の記者は2つ約束をしておりました。『実名は公表しない』『本白水さんの許可がなければ絶対に記事にしない』。この2つの約束を破りました」と朝日新聞記者とのやりとりの一部を公表。1000件を超えるリツイートがなされている。
 本白水氏は、このほかにも叔父の家庭近辺で過剰な取材があったことなどを明かし、「今回の約束を破って実名報道した朝日新聞には抗議文を書きまして、今回の実名報道されるまでのやりとりについての取材を受けます」と言明。実名報道に端を発した取材のあり方を今後も追及していくとしている。 (RBB TODAY )

報道とは?もう一度考え直す必要があるのではないだろうか。
それは、報道する側も受け取る側も。

実名報道をすべきかどうかは議論の余地がある。
2005年より「犯罪被害者等基本計画」によって被害者を実名・匿名のどちらで発表するかを警察の裁量にゆだねられた。
 これに対し報道機関側は一貫して実名発表を求めてきた。当局側に「情報操作」を許す恐れがあるためだ。日本新聞協会と日本民間放送連盟は05年12月、共同声明を出し「匿名発表では、被害者やその周辺取材が困難になり、警察に都合の悪いことが隠される恐れもある」とした上で「実名発表は直ちに実名報道を意味しない」と、自主的な匿名報道もあることを説明。今回は新聞、通信、テレビ局でつくる内閣記者会が22日、被害者などの情報開示を首相官邸に申し入れた。

今回、朝日新聞が実名報道した事によって、日本の新聞、テレビはこぞって実名報道をした。
勿論、各社外信部は今回の事件に関して被害者の遺族が実名報道を望まないという事を知っている筈。
その上で実名報道に踏み切ったという事は報道各社同罪だと思う。
朝日新聞が先にやったから負けじと我が社も実名報道に踏み切る。そこには報道倫理などかけらもない。
僕は報道各社すべてを調べていないが、今回実名報道をしていないテレビ、新聞社があったら、そこの外信部、
外報部の部長さんに是非会ってみたいと思う。

実名報道をすべきかどうかは別として、報道に携わる人間がウソをつく事だけは絶対に許されない。
今回、「実名を公表しない」、「許可なければ絶対に記事にしない」との二つの約束を破ったらしい。
もし、上記の約束など、無いというのであれば取材した記者がそれこそ実名で出て来るべきだ。

報道には取材源の秘匿という約束事がある。
場合によっては情報源を明かす事によって情報をもたらしてくれた人に危害が及ぶ可能性がある。
そして、取材時に取材対象者と約束事があったら、それは必ず守らなければならない。
僕は新聞に関してはすべての記事を署名記事(取材した記者の名前を出す)にすべきだと思う。
日本の新聞を見ると、都合の良い時だけ署名記事にしている感がある。

前述の「犯罪被害者等基本計画」に照らし合わせて、今回の事件で「情報操作」をされる可能性があっただろうか?そして、実名を公表しなければ事件の本質が報道できなかっただろうか。
国際社会を巻き込んでの人質事件で隠蔽の可能性は考えられない。

そして報道を受け取る側として、ニュースはワイドショーじゃない。
犯罪、事件の被害者が報道被害にあう事が、二十三重の苦しみである事を思えば、被害者の方々のプライバシーに関する情報を望むべきではない。

日本のマスコミの報道倫理の低さを問う事も必要だが、営利企業である彼等が読者、視聴者が望まないものを報道しないと言う事も報道を受け取る側が考えなければならないのではないだろうか。

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