消防職員の友

2011年04月03日 16:47

計画停電が中止されたので、久しぶりに近所のお風呂屋さんへ行った。
久しぶりにお湯につかり、脱衣所でぼ~っとしていると
「久保田さんお久しぶり~」と声をかけられた。
ん?誰?と思うと20年前に車仲間だった「純平」がいた。

「純平」とは僕が当時勝手につけたニックネーム。とても純でいいやつだったから。
その「純平」と2年ぶりにお風呂屋さんで再会した。
そう、2年前にも同じお風呂屋さんで再会していた。

そういえば「純平」消防隊員だから大変なの?と聞くと、「同僚が福島へ行っているんですよ」とまさかの展開になった。
また2年後に再会しようね。と笑顔で分かれた後、帰宅すると純平からメールが来ていた。
日記の記事を是非読んでほしい。と。本人は僕の職業も知っているし、多くの人に知って欲しいと転載の許可をくれた。
下記、純平が書いた日記をそのまま転載します。。。

自分は消防職員であり、救急救命士です。
この1週間は怒濤のようでした。今もたくさんの仲間が戦っています。

3 月 11 日午後 2 時 46 分東日本大震災が発災した。
自分は救急隊員の検診と予防注射を終えてJR高田馬場の駅の列車内にいました。
突然、今までに味わった事の無い揺れを感じたため、電車からおりてホームの安全そうな場所に身を移しました。
見える風景全てのものが揺れており室外機や小さな看板等があちこちで落下していました。

震度5の揺れを感じたら職員は全員が消防署に集合し、任務に就く事が決まっています。
交通が麻痺しているためひたすら走ったり歩いたりしながら20Kmの道のりを経て消防署につきました。
テレビを見て事の重大さをあらためて実感し、同時に消防署では都内のあちこちで起こっているエレベーター閉じ込めの救助や火災の対応に追われながら、被災地への緊急援助隊の話が持ち上がっていました。

自分は救命士として救急現場で働いているが、5年前まではオレンジの服を着てはしご車に乗ったり消防車で火事に救助に行っていました。
中越の地震の時も派遣隊として活動しており、消防隊長の経験もあり、NBC災害(核/生物テロ/化学災害)の訓練も勉強もしているので、何かの役に立つ自信がありました。救急でも救助でも・・・。

「緊急援助隊として派遣してください。」と申し出ました。しかし、部隊長の判断は「救命士は今は(東京から)出す事は出来ない。自分の仕事をこなすように。」との命令を受けました。自分は納得ができませんでした。いま、こんな有事に、こんな時のために自分は訓練や勉強をしてきたのではないか。なぜ行かせてくれないんだ、とばかり思っていました。

結局派遣隊には消防小隊の後輩や先輩が行く事になったようで救急現場で派遣隊が出発した事を無線で聞き、救急隊や消防隊として抜けた穴を埋める形で丸2日間働き続けました。一度帰宅していいとのことで、夕方ころ3日ぶりに自宅に帰り自宅で一晩過ごしまた署にもどりました。そして、署で24時間の勤務を終えた後、自分は2日間自宅で待機するように言われました。

こんな時だから、何でもするから働きたい、との申し出るも、却下されました。家で待機するように、と。今、福島県の原発現場に派遣救急隊を編成する案がでていたり、派遣隊の交代要因として自分がメンバーに入っている事を聞かされました。福島は安全確認が取れ、安全に活動できる事が確認できれば派遣との事でした。自分が体を休めている間、派遣隊になりそうなことは家族にもはっきりと言い出せませんでした。真っ暗な停電の中で行きたいような、行きたくないような気持ちになっていました。
結果的に派遣の連絡はなく、福島への救急応援もやはり安全確認がとれない中ですることが出来ないとの判断の様でした。

かわりに救助機動部隊に所属する自分の同期が壊れた原発施設に放水するために派遣されたのを知りました。
いわゆる、ハイパーレスキュー隊という部隊です。国はこの災害に関して被爆限度を臨時的に引き上げたとの事。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201103/2011031700972 めちゃくちゃです。これは安全面というよりも事故拡大防止のための苦肉の策。現場の人たちは命を懸けている。
都知事 消防隊への圧力に抗議
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1542238&media_id=4
こんな要請もあったようです。

現場の混乱も困惑も恐怖も理解せずに「安全だ」とテレビでしゃべる自称専門家がいる。
あいつらはいったいなんだ??偉いのか??何が安全なのだ??安全な被爆があるのか??
それならなぜ、雨が降った今日、現地入りするはずだった首相が天候を理由に現地入りをキャンセルしているのだ?????

結果的に30ミリシーベルト近い被爆を受けながら、ミッションを終えた、ハイパーレスキュー隊。
テレビではぎりぎり安全な範囲の作業でした。とのこと。

安全な被爆なんて、無い。

帰ってきた同期と連絡がつきました。「もうオレの1回が来ちゃったよ。」って言ってました。
「見えない敵」「ミッション達成」=恐怖克服、安全確保―原発放水・東京消防庁
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1541182&media_id=4
この報道で隊長が涙に声を詰まらせながら会見していたのを知っていますか?
「隊員の家族に申し訳がないから」だと言う声がネットで流れていましたが・・・。
他にも理由はあるのだと思います。

現場で規定線量を超えて被爆した多くの隊員は2度と任務に就くことができないのです。
彼らは勉強して多くの知識を得て、体力を積んで訓練を受けた宝物達なのです。
しかし次に同じような災害がありこれ以上、被爆する事は許されないのです。
だからもう二度と現場に立つ事が出来ないのです。
今まで育てた隊員達を送り出した隊長も同じように辛いんだな、と思ったのです。

人を助けたいという思いで仕事に就き、苦しい訓練を受けてきて、まだ30にもなっていない多くの隊員が、
これから先、もう救助隊としての任務に就く事が出来ないかもしれない、それを分かっていて任務を遂行したのです。

テレビでは800メートルホースをのばし水をかけた。見事命中し、被爆の恐れがなくなった。
とわずか1分にも満たない時間で報道されていましたがこれは奇跡に近い成功なのです。
1本20m重さ100kg近い巨大なホースをひたすら運んで一本づつつなぐのです。
つまり何十カ所ものつなぎ目を確実につながなければそこからものすごい圧力の水が吹き出て終わりなのです。
がれきの中を引きずって穴でも空こうものならそこで終わり、だから彼らはひたすらホースを背負って運んだのです。
放射線を浴びながら。

誰1人スーパーマンなんていないのです。
170cm65kgの人間達がありんこのようにホースを運んだのです。
50人もの隊員全員がリスクを知っていながらなお、やらせてくださいと申しでたそうです。

「もうオレの1回が来ちゃったよ。」ってのは、「いつか来る1回のためにがんばろうな。」って言う、8年前に消防学校を卒業する時に交わした、そいつとの合い言葉です。

「おまえの事だから一刻も早く現場に行きたいって思ってるんだろ?おまえはこれからまだまだ現場で活躍しなきゃ行けない人間なんだからな。わがまま言わねーで、東京で頑張ってろ。」って言われました。

そう言われたら「なんで災害現場に行かせてくれないんだ。」って思ってた自分がとても恥ずかしくなりました。

自分が一番力を発揮できる時に、捨て駒になれる勇気と判断力。
そんなものが自分には欠如していたと思い、恥ずかしくなりました。

自分の持ち場を守る事。
今自分に出来る事を頑張り抜く事。
そして、直接何か出来ないからと言って決して下を向かない事。

いつか来るかもしれない、その時まで自分はまだまだ
勇気も、知識も、そして判断力も、磨かないといけないと思いました。

災害派遣に行った前の署の後輩も頑張ってきたようです。
元気に帰ってきました。
小学校で寝泊まりしたようですが、自分の毛布やら寝袋やらを
被災者に渡しちゃって、消防車の中で寝てたらしいです。
あんまりに寒くて目が覚めたら雪が降っていて、
体を動かさなきゃ、ますます寒い、って思って、「3日間、朝から小学校のトイレ掃除してたんです。」だって。
いつも自分がトイレや水回りはきれいにしとけ、って怒ってた後輩だったので、嬉しかったです。
水が来てないのでトイレが流せず不衛生になっていたので雪や雨水をためて掃除してきたそうです。
「先輩一緒に来てたら真っ先にやりますよね?」って。「当たり前だ。」
でも当たり前の事を当たり前にやるのが難しいんです。
その時に人間の本性が出るんです。
毛布や寝袋はどこやった!って怒られたらしいですが、満足げな顔ですみません、って謝ったようです。

死体の山の中で生存者検索をしながら頑張ってきたんだから、これからだんだん辛さや無力感が出てくると思います。
そんときは、力になろうと思います。

報道はあれでいいのでしょうか???
死者、行方不明者、2万人を超す!ってやってますがテレビには死体なんか映りません。
1体も。すごい事ですよ。とんでもなくねじ曲がってますよ。

東電は責任を取るべきだって騒ぐ人たち、明かりを煌々とつけながら。
消防以上に、自衛隊、警察、東電、地域の人、頑張っていると思います。

買い占めするなら、コーヒー一本飲むなら、一駅歩いて・・・募金しませんか??
これからだんだん報道も少なくなって行くと思います。
しかし、復興はまだまだ先です。



昨日は地下鉄サリン事件から16年の日でした。
忘れていました。人間なんてそんなもんです。



忘れてはいけない、大切な人をなくして悲しみにくれている人がいる事を。

忘れてはいけない、誰かがどこかで頑張ってる事を。

忘れてはいけない、この大災害を。



自分に言い聞かせている毎日です。


救命士の研修所で一緒に勉強した東北のみんな、
今も現場で頑張る同士が無事である事をただひたすら祈っています。

~追記~

自分を大切に出来ない人は
他人を大切に出来ない。

一見矛盾しているような事を言っていますが、

まずみんなも
自分の持ち場を大切に、
自分の大切な人を大切に、
そして何より自分自身を大切に。

そしてそれが出来たとき、
はじめて他人を思いやる事が出来たらいいな。


さて・・・生きますか。。。
久保田弘信の作品ショップ











スポンサーサイト


コメント

  1. kana@bangla | URL | -

    Re: 消防職員の友

    自分の場所で、自分のできることを大切に

    この言葉、私のオフィスの次長の言葉と同じです。
    今すぐ駆けつけたくても、今その場でできることを頑張る。

    JOCVの友人で、実家が被災している彼は毎日笑顔とメッセージを被災者に届けています。
    別の友人はバングラデシュで同じことが起きた時のために、子供たちへの防災教育を考えています。

    各々のやり方で、各々の場所で、今できること。
    それを大事にしたいですね。

  2. | |

    管理人のみ閲覧できます

    このコメントは管理人のみ閲覧できます

  3. Re: 消防職員の友

    はじめまして。

    つい4日ぐらい前に、ブログというものを始めました。
    この記事を、紹介させて頂きたく、コメントさせていただきました。

    私は17~20日まで、個人で宮城の方に入っていました。

    自分のなかの感情が、なかなか整理できませんが、自分にできる、小さなことからやっていこうと思っています。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://kubotahironobu.blog53.fc2.com/tb.php/400-8d126a63
この記事へのトラックバック


最新記事