新宿駅前無差別通り魔予告。

2011年02月11日 20:06

雪の東京。
突然もたらされた殺人予告。
新宿駅前無差別通り魔予告
日本はどうなってしまったのだろう。
人生に疲れたら無差別に人を殺すのか。

多くの日本人はイラクやアフガニスタン、パレスティナで日々行われている自爆テロに嫌悪感を示し、イスラム教の人は過だと思う。
自爆テロは勿論よくない事だ。
しかし、彼らのテロには米軍を追い出したり、腐敗した政権に対する反抗であったり、必ず目的がある。

個人が人生に疲れたから不特定多数の人の殺人、もしくは殺人予告をする事などない。
21時に実際に犯行が行われるかどうかは分からないが、ネット上での予告だけでも十分なテロだ。
多くの報道人が新宿駅に集まり、僕の友人も含め多くの人が外出を控えた。

インターネットが発達し便利な時代になり、ネットの力で民衆が蜂起するエジプトの反政府デモなど情報の発信によって世の中が動く時代になった。
この通り魔殺人予告もテレビのニュースを見るよりネット上のニュースの方が早い。
しかも、新宿からニコニコ生放送で中継してくれている人までいる。
反面、今回の事件のように情報の発信の仕方次第では世の中を混乱に陥れる事もできる。

個人的な疑問だが、大げさなニュースにする前にログをたどって本人を特定できなかったのだろうか。

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コメント

  1. 中村U子 | URL | S2hV0GyI

    Re: 新宿駅前無差別通り魔予告。

    誤解を招きそうですが、私はこんな予告を行ってしまう気持ちに「共感」出来そうに思えます。無論のこと、自分で実際に行いはしませんが。
    私は時折「自分が生きていることに手応えがない」「誰からも受容されていない」と感じるときがあります。それは、多かれ少なかれ、かなりの人が経験する感情だろうとも思います。
    その「手応え」を、私はtwitter等で満たそうとしています。そして、他の方から反応を頂くことにより「自分を見ていてくれる人がいる」という満足を得ることができます。
    この予告犯は「自分を見てもらうこと」に、とても飢えていたのではないでしょうか。だから、可能な限り多くの人に「自分が存在する」ことを示したかったのではないかと思うのです。
    そんな「飢え」を満たす回路が、今の日本社会には決定的に不足しているとも思います。湯浅誠さんの言葉を借りれば「人の溜め」の枯渇を感じています。

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