習字

2010年09月16日 07:36

電車の広告で硯を見た。

忘れていた遠い過去の記憶が甦ってきた。

小学校二年生。
習字を習いに行く事になった。
習字のセットを買ってもらい、ボトルに入った墨汁と硯でする固形の墨があるのが不思議だった。

ボトルの墨汁はいつも同じ色でつまらなかった。
自分で作った墨はいつも微妙な濃淡を見せてくれるから好きだった。
気持ちを込めてすった墨で書いた文字のかすれ具合に魅了された。

墨を作る僕は他の子達よりかなり遅かったが、僕は気にしていなかった。
ある時、習字の先生が「墨なんかすらなくていいから早く書きなさい」と言った。
僕としては硯に向かう時から文字を書く作業が始まっていたのだか、小学校の僕にはうまく説明できなかった。

仕方なくボトルの墨で書いた文字を先生の所へて持って行くと
「もっと丁寧に書きなさい」と怒られた。

僕が習字を断念したのはいうまでもない。
ずっと僕は自分の忍耐力がないから習字を辞めてしまったと思っていた。

電車の広告を見て硯を手に入れて自分の墨で字を書いてみたくなった。
今も昔も教育は早さと結果だけを求め、大切な感性を置き去りにしてるような気がする。

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コメント

  1. kame | URL | PAdImsec

    Re: 習字

    今日は、書道家さんが四国から、遊びに来ます。
    京都で毎月勉強しに来られるようです。
    少し遠出をして、亀岡まで来てくれます。

    私も、中学までで、習字はやめました。

    自分で磨るって墨って、いいですね。
    同じ濃さには、磨れないですもんね。

  2. Yoko | URL | CWUURYHQ

    Re: 習字

    私も小学校1年生から習字を習いましたが、私の先生は
    「墨をするところからが書道だから」と、きれいな色が
    出るまですらされ、それからやっと字の練習でした。
    ずっと正座なので痛くて痛くて、早く書いてしまいたい、
    というのが本音だったのに、「書道の心」を小学生で
    感じていた久保田さんの芸術的センスはすばらしい!

    その先生には中1で引っ越すまで習いましたが、結局
    別の町でも大学を卒業するまで続けられたのは、最初に
    心を教えてもらったからだ、と大人になった今思います。
    初等教育の大切さ、ですね。

  3. くにえだ | URL | -

    Re: 習字

    結局子どもの頃から引きずっている「何か」があって今があるんですよね。
    頭が大きくて「火星人」とからかわれていたボクは、何よりいじめる奴とか主流派というのが大嫌いでした。

  4. かぅんと | URL | 4A9T8td.

    Re: 習字

    久々に【エコノミック・アニマル】という言葉を思いだしました。
    利益追求の企業型社会の日本では、途中の経緯や回り道する楽しみは、評価されず邪魔にしかならないんですよネ。
    だから、日本は尊敬されないんだと思います。

  5. えるん | URL | -

    教育

    私が小学校二年生の時、担任の心ない言葉に傷つき「コジキになっても学校の先生にはなるもんか!」(当時の言葉のまんまです)と決心し、結局大学でも教職を取りませんでした。
    なのにずっと音楽指導を生業としています。
    あんな先生にはなりたくない!という反面教師がいたからここまでこれたのかな?
    教育も無垢な素材の子供達を育む芸術だと思います。

  6. ぐらいんだぁ | URL | RgeFgrmM

    Re: 習字

    先生にはHIROさんにとって
    「墨をする事=筆を手に取るまでの心の準備」
    である事を理解出来なかったのですね。

    その先生はただ単に「綺麗な字」を教えていたのであって、
    「書」を教えていなかったのではないでしょうか。

    ひょっとしたら、
    「子供にはそんな違いまで解りゃしない」
    と思っていたのかもしれませんが、
    子供って大人が思う以上に繊細でいろんな事を想い、
    感じているものですよね。
    自分も子供に接する時、
    そういう事を忘れないようにしたいものです。

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