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イラク戦争の頃

2021年01月19日 13:04

戦場カメラマンとして前線や最前線に赴くことはとても難しい。
危険云々ではなく、そもそも前線に入り込むのが難しい。
近年は報道規制がより厳しくなり、ますます前線に入り込むのは難しくなってきた。

色々な縁があって、2003年のイラク戦争の空爆を下から見ることになった。
イラク戦争の空爆動画
おそらく、これほどの空爆は生きているうちに2度と経験できないと思う。
トマホークミサイルがすぐ近くに着弾し、爆風に吹っ飛ばされた。
逃げ場のない、迫り来る「死」の恐怖。
腰が抜ける!という感覚を始めてあじわった。

戦争の恐怖が染み込んだしまったこともあるが、現場にいて、戦争の理不尽さ、人が亡くなっていく悲しさに僕の心はダメージを受け、壊れてしまった。

誰にも会いたくなくなり、テントを持って1週間山ごもりをしたこともあった。
山では毎晩「鹿さん」とお話ししていた。

イラク戦争は戦後の混乱が酷く、戦後のイラク取材の方が大切になった。
イラクには沢山の友人がいて、日本にいるより心穏やかだった。

戦後間もない時期、イラクで米兵が一般市民を(誤射で)射殺してしまった事件を取材した。
せっかく戦争が終わったのに、息子を殺され嘆く父。
地元警察に取材し、警察署長のインタビューを撮った。
米軍にも取材依頼を出したが、ノーコメントと返事が帰ってきた。

戦後のイラクで悲惨な事件が起きていることをテレビで報道してもらいたくて、テレビ局へ。
担当のプロデューサーは「裏が取れていないから、こんなのは報道できない」と。
こんな事件が起きた後、米軍がノーコメントなのは当たり前だと思うが、、
僕の目の前で泣き崩れた父のことを思うと諦めきれず、筑紫哲也さんにVTRを見てもらい、直談判。
プロデューサーはできない!と言っていたが、筑紫哲也の「このニュースはやるべきだ」の一言で
ニュース23でのオンエアーがが決まった。

後でわかったことだが、米軍のイラクでの不祥事を扱った最初のニュースだった。
プロデューサーがやりたくない!と思うのも今ならわかる。

その後、イラクの刑務所での虐待事件などが明るみになり、米軍の不祥事はeasyに報道されるようになった。

戦争による心の傷もあったが、戦争自体がネタであり、事実かどうかではなく影響力を考えたり、視聴率を考えたり、
そんな報道の世界にも疲れてしまい、このままでは再び壊れてしまうと思った僕は北海道へ飛んだ。

北海道には友人がいて、心疲れた僕を牧場の中でのんびりさせてくれた。
馬は優しい。
僕が牧場の隅にいると、馬がやってきてくれて、しばらく僕の近くで遊んでくれる。
10分ほどで帰って行ってしまうが、次の馬がやってきて、また僕と遊んでくれる。
二頭目に来た馬がとても優しかった。
hiro3.jpg
僕の目の前にきて、僕に顔をくっつけてくれた。
hiro2.jpg
馬の優しさと温かさに包まれ、しばらくそのままでいた。
山籠りの時と同じように僕は馬に話しかけていた。
「実はね〜戦争見てきちゃって、もう疲れちゃったんだよ〜」と

僕の元に来てくれた馬はじっと動かず、僕を受けてめていてくれた。
僕の心の中の痛い部分がいくつも溶けていくのが感じられ、自然と涙が溢れていた。
5分、いや、もっと長かった、10分ほど馬は僕の一緒時間を過ごしてくれた。
僕の傷が溶け出したのを確認したかのように、馬は仲間たちの元へ帰って行った。

写真の馬は年齢を考えるともう天国にいるはず。
いつの日か再会したいと思う。

こんな素敵な場所に入れてくれて、気配を消し、遠くから見守っていてくれた友人に感謝。
僕が涙を拭き終えた頃、来てくれて「ずいぶん長くいてくれたね〜愛されてよかったね〜」と言ってくれた。
友人の目も潤んでいたように見えたのは気のせいだっただろうか。







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