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じゅん散歩・一歩一会(槇原敬之)

2020年02月19日 13:30

あまりテレビを見ない僕だが、その時間テレビを見ることができれば是非見たいと思う番組が
「じゅん散歩」
ほんの10分少々の番組だが、高田純次の街の人とのやりとりがとても面白い。

そのじゅん散歩の主題歌「一歩一会」を歌っていたのが槇原敬之。
09:55この曲と共に始まるじゅん散歩が良かった。

歩いた分だけ出会う〜
歩いた分だけ見つかる〜
これはただの散歩じゃない〜
謳えわば一歩一会の小さな旅だ

じゅん散歩のために作られた曲だがら、マッチしているのは当たり前。
散歩の途中に使われたりすることもあって、散歩の素晴らしさが伝えわってきた。

槇原敬之が逮捕されたことで、彼の曲のダウンロード数が一気に増えている。
かつてもあった、薬物関係で逮捕された場合の曲の封じ込め前に曲を手に入れようという動き。

曲に罪はない。
何度もそんな言葉が聞かれるが、結果はいつも同じ。
じゅん散歩の「一歩一会」を聞いて、嫌な想いをする人が何パーセントいるのかと思う。

ガチなじゅん散歩のフアンは多分、曲の差し替えに対して残念に思っていると思う。
10人に1人どころか100人に1人、「薬物で逮捕された人の曲を使っているなんて不謹慎」というクレームの電話が
怖いのがテレビ局。
そのクレームを無視し続ければネットでの炎上さえ覚悟しなければならない。
重箱の隅を突っつくようなクレームに全部対応していかなきゃならないのが現在の日本社会。

高田純次が交通事故を起こした時、じゅん散歩がなくなってしまうかと心配したが、大丈夫だった。
じゅん散歩のスタッフは根性あると思っていた。
もちろん、視聴率の高さが重要なのだが。

かつて神奈川新聞が安保法制の強行採決の記事に対して、「おたくの新聞偏っていると」批判を受けたことがあった。
神奈川新聞はカナロコオピニオンで「ええ、偏っていますが、何か」真っ向から対決した。
権力を監視や批判をするのがジャーナリズムの重要な役割の一つ。
日本の大手メディアが現政権に忖度する中、神奈川新聞は勝負した。

下記、カナロコオピニオン
言論の幅が狭まれば民主主義は根元から揺らぐ。私たちが直面しているのに、新聞記者である以前に社会を構成する一員としてどのように行動するのかという問題であるはずだ。

民主主義の要諦は多様性にある。一人一人、望むままの生き方が保障されるには、それぞれが違っていてよい、違っているからこそよいという価値観が保たれていなければならない。それにはまず自らが多様なうちの一人でいることだ。

だから空気など読まない。忖度しない。おもねらない。孤立を恐れず、むしろ誇る。偏っているという批判に「ええ、偏っていますが、何か」と答える。そして、私が偏っていることが結果的に、あなたが誰かを偏っていると批判する権利を守ることになるんですよ、と言い添える。

ほかの誰のものでもない自らの言葉で絶えず論を興し、そうして民主主義を体現する存在として新聞はありたい。


「空気など読まない。忖度しない。おもねらない。孤立を恐れず、むしろ誇る」
批判をかわすためには空気を読んだ方がいい、忖度した方がいい、おもねった方がいい。
時代の流れと逆行する行動をとれば孤独になる。
それでも守りたいものがある、守らなければならないものがある。
そんなメディアが増えてくれたら嬉しい。



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