岐阜羽島の講演〜恩師との再会

2015年06月24日 23:30

岐阜県青少年育成県民会議の総会で講演をさせてもらった。
我が母校、大垣東高校でお世話になった野々村先生が岐阜県青少年育成県民会議の事務局長をやっておられて、僕に講演依頼のメールを下さった。

ところが、そのメールが迷惑メールに振り分けられていて、気がついたときには野々村先生は事務局長を引退してしまっていた。
次期の事務局長さんが講演を依頼してくださって、今回の講演が実現した。

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名古屋から友人が二人きれくれて、写真集やポストカードの販売ブースを作ってくれた。
二人とも本職が販売のプロなだけにこだわりのブースとなった。

そこに初老の紳士が写真集を見に来てくれた。
「上着がないから後で買いにくるわ」と
その声が中学校の恩師の声にそっくりだったが、さすがに先生ですか〜?と聞くのも躊躇われ他ので、声をかけることはなかった。

講演が無事終了し、舞台袖に引き上げると、なんとそこには高校時代の恩師野々村先生がいた。
相当お年を召されている筈なのに、現役時代と変わらぬ顔立ちで。
高校時代、先生と握手など一度もしたことがなかったが、海外取材のせいで、すぐに握手をする習慣になっていた僕は握手を求め、大きな手とがっちり握手をした。

控え室に戻って、野々村先生と懐かしくお話していると、友人がもう一人恩師を連れてきてくれた。
販売ブースで写真集を買おうとしてくれていた人はやっぱり中学時代の恩師松原先生だった。
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期せずして二人の恩師を再会することになった。
なんとも嬉しいやら恥ずかしいやら。

と、いうのも中学も高校も僕は劣等生で、勉強はできず、家庭の問題もあり、先生方に迷惑ばかりかけた生徒だったから。
そんな僕が教育に携わる皆さんの前で講演しているなんて、あまりの恥ずかしさに赤面してしまった。

中学の先生は担任になってもらったことはないが、軟式テニス部の顧問。
妹が不良生徒だったため、「久保田さんのお兄さんだね〜」と言われた。

高校の先生は2年生の時の担任の先生。
そして、こちらは公式テニス部の顧問。

二人とも校長先生をされるくらい、ある意味エリート。
長年教員生活をされ、多くの教え子を世の中に出してきた人たち。
その二人が20年以上前の教え子である僕のことを覚えていてくれるのが不思議であり、嬉しかった。

高校時代の野々村先生など「本当にテニスバカだったよね〜」と昔を振り返ってくれた。
ええ、その通りです。勉強もせずテニスばかりしてた。

お二人とも卒業依頼初めての再会。
小一時間も昔話をしてしまった。

この歳になって恩師をいう言葉の意味を改めて感じている。
この先生がいてくれなかったら、、
そんな事柄をいくつも思い出す。

お二人とも「久保田くん立派になって。。。」なんていう歯の浮いたような台詞を一度も言わなかった。
それでも、お二人の視線から、仕草から、よくここまで頑張ったね!という感覚をもらい、涙が出るほど嬉しかった。
この仕事をしていて良かったと思える瞬間だ。

久保田ショップ



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