母校、教育実習、教え子

2015年05月28日 14:59

青春の学び舎、岐阜県立大垣東高等学校。
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そこそこの進学高でありながら、全然お勉強ができない僕は350人近い同級生の中で280番くらいをウロウロしていた。

そんな僕が教員になるために母校へ教育実習に行ったのも遠い昔のこと。
現役時代も教育実習中も硬式テニスばかりやっていた。
教育実習中は毎日放課後部活に出ていた。
教育実習時の教務主任は僕が現役時代にお世話になった英語の先生。
放課後呼び出された僕は「久保田くん、教育実習中は忙しいから部活は2回だけでればいい、授業に専念しなさい」と指導をくらってしまった。

今思うと何故「はいわかりました」と言えなかったのか不思議だが、僕は教務主任の先生に向かって
「僕の授業に問題があったら言ってください、その時は部活に行くのやめます」と啖呵を切ってしまった。
温厚な先生の顔が少し赤らんだような、血管が浮き出たような記憶がある。

言ったからにはやるしかない。連日睡眠時間2〜3時間で部活も授業も完璧を目指した。
実習中の僕の授業が完璧であった筈はない。
それでも教務主任の先生は「部活をやめなさい!」と二度と言わなかった。

そんな母校から講演の依頼があって、校長室に入ると現役時代、教育実習でお世話になった先生が校長先生として僕を迎え入れてくれた。
「いや〜久保田先生、お忙しい中よくお越しくださいました」
先生〜!やめてくださいよ、高校生の時からお世話になっている先生に「先生」なんて言われちゃ困ります。
「そうですね〜久保田さん、教育実習の時をよく覚えていますよ。ものすごく元気がいい学生が来たと思っていました」と言われた。

まったくもって、若気の至りとはいえ、顔から火が出る思いだった。

時は経ち、本年度、また母校からの講演依頼が来た。
その前日、教育実習時代のテニス部の教え子達と再会し、一杯やることになった。
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岐阜市内であった講演会に桐山君が来てくれたのがきっかけだった。
大垣駅の階段したで待っていてくれた堀江君、何十年も会っていないのにすぐに彼を分かった。

たった2週間の教育実習なのに久保ちゃんとは深かったよね〜
そうそう、普通じゃない浮いた教育実習生だった〜

確かに!教育実習とは紺のスーツに白のワイシャツが定番。
僕は、グレーやベージュのスーツにピンクのストライプのシャツ。
今では考えられないくらいの傾奇者だった。

しかし、散々引っ掻き回した教育実習だったが、その評価は高く、卒業時埼玉の高等学校へ教員としての推薦がきていた。

僕の記憶の中にあるテニス部の連中もちょっと悪い連中ばかりだ。
そんな彼ら二人とも三児の父。
あっと言う間に僕の先輩になってしまった。
やんちゃだった彼らが大人の自覚をもっているのに、未だ大人の自覚がない僕はちょっと、かなり出遅れたことを感じる。
いつの日か僕が結婚して、子育に悩んだら彼らに相談するかもしれない。
それでいいと思う。僕が経験してないこと経験している先輩だから。

久保ちゃん明日講演何時から?
そっか〜お昼過ぎなら朝まで飲んでも大丈夫だよね〜?
おいおい!
僕は大人の自覚を見せて、てっぺんくらいでおひらきにした。


久保田ショップ




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