戦場カメラマンのこと

2014年08月13日 02:08

渡部君が有名になり日本で「戦場カメラマン」という言葉が普通に使われるようになった。
とっても分かりやすくて良いのだが、語弊があると困る。

「戦場カメラマン」として、戦場だけを取材している人を僕は知らない。
仲間のジャーナリストはそれぞれにテーマを持って取材している。
そのうちの何人かがいわゆる「戦場」という現場にも足を運ぶ能力があり、究極の現場の取材をしている。
軍関係に詳しいジャーナリストがいたり、僕のように戦争の被害者難民にフォーカスするジャーナリストもいたり、「戦場カメラマン」と一括りにできないくらい各々特徴、得意分野がある。

「戦場カメラマン」と呼ばれる人達が戦場に赴くのに恐怖を感じないのか?
かつて、笑っていいともに出演した時に、渡部君が「一度戦場を経験したカメラマンはまた戦場に戻ってくるんです」とコメントした。
確かにそうだと思う。
しかし、その理由は皆違うと思う。

イラクのバグダッドで目の前での銃撃戦を撮影した時、銃声と空気を割いて飛ぶ弾丸の音を聞き、流れ弾にあたるかな〜と思いながら銃撃戦が行われているビルにダッシュしていった。
その時はアドレナリンで恐怖など感じていなかったが、ホテルに帰ってVTRを見ていて、相当ヤバい所まで突っ込んで行ったな〜と鳥肌がたった。
その時渡部君が「いや〜惜しい事をしました、僕も銃撃戦見たかったです〜」と笑顔で呟いた。
彼こそ本当の「戦場カメラマン」だと思う。

昨年、シリアに入るというジャーナリスト仲間の玉本英子さんに会いに行き、「シリアヤバいし、最後かと思って会いにきたよ」と言ったら、「やめて下さい、私は大丈夫ですから。久保田さんこそ気をつけて」と言われた。玉本英子はどこに行っても無事帰って来ると信じて行くタイプなのかもしれない。

僕はかつて、中途半端な覚悟で戦場に入って、足は震えるし、腰は抜けるし、正常に動けない自分を経験した。
それ以来、ま、運悪く当たったら仕方ないと諦める覚悟をするようになった。
本当は生き残りたいんだけど、生き残りたいって意識が強過ぎると、究極の現場に出くわした時に正常な判断ができない。
この感覚は武道に似ているかもしれない。
昔、空手をやっていた時、「見切り」をするのだが、当たる恐怖が先立つと「見切り」はできない。
空手の試合もそうだが、壇上に上がれば恐怖などかけらも感じないのだが、試合が決まって、その日を迎えるまではとても緊張する。
それは僕が未熟だったのが原因だが。

戦場の取材を決めた時、そして、実際にエアーチケットを手に入れた時。
この辺りが一番緊張する。
エアーチケットを手に入れてから、出発の日までは思い残す事のないように、あれこれ忙しい。
この10数年、何度も「覚悟」をしてきた。
表面上だけでなく、心底覚悟しておかないと、現場でビビってしまう。
僕は本当に恐がりなだけにちゃんと準備しなければならない。

最近会っていないけど、渡部君は笑顔で出国できるタイプなんだろうな〜と思う。
僕は成田空港が好きになれない。

先日の山形、仙台の講演の時も聞かれた
身の危険があるのになんで行くんですか?

それでも現場に行くのはそこに友がいたりするから。
こんなメールをくれる友人は僕の宝だ。
I will try to contact the son of governator of ○○ city to help u to reach the front lines and at the same time to protect you.
そんな友が住む国の事、少しでも伝えたくなる。

久保田ショップ


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