趣味

2013年09月20日 07:00

昔、昔あるカメラマンの先輩に「久保田〜いいカメラマンになりたかったらケチらずに色々と遊べ」と言われた。
若かりし頃の僕は、カメラマンやっていて貧乏なのにあれこれ遊べる訳ないじゃん。と反発気味だった。
先輩の言葉を聞いてから20年近くの歳月が流れた。
5年くらい前に理解できた気がするが、15年も経ってようやく先輩の言葉の意味が理解できた。

反射神経と動体視力だけが自慢の僕が中学、高校とテニスをやった。
調子こいて大学でもテニスをやってみたが、僕と同じくらい反射神経と動体視力に優れ、なおかつ運動能力にすぐれた人達がわんさかいた。

テニスに見切りをつけた僕は反射神経と動体視力、そして恐怖を乗り越える根性でできるモータースポーツの世界に入って行った。バイクで峠を走っていたが、仲間がどんどん他界していくのを見て、公道は危ないからサーキットに行こう!と思い、ライセンスを取得し、レースを始めた。
富士スピードウエイでの3時間耐久レースを最後にレースを引退し、そこから10年海外と日本を往復する生活だった。
w136.jpg
この頃、前出の先輩から教わった渓流釣りにのめり込み、テントを持って山奥に入りイワナやヤマメを釣るのが趣味だった。
wイワナhiro
平行して、付き合いで始めたゴルフにはまり、一時血がでるまで練習して、あっと言う間に100をキリ、今は80~100の間を往復している。

数年前、行きつけのラーメン屋の兄ちゃんに連れられてダーツバーに行ったのをきっかけにダーツを始めた。
ダーツはうまくなりそうになると海外取材にでかけてしまい、万年Bフラ。
w0001.jpg

そして今年、たまたま訪れた伊豆の白浜。
ビックリするくらい波が高かったので、近所のコンビニでボディーボードを買って波に乗る。
wN1074.jpg
ダーツ仲間の一人がボディーボードの経験者で教わりつつ波に乗る。
そうこうするうちにサーフィンがしたくなった。

5年程前、生まれて初めてバリでサーフィンをして、波に乗る楽しさを経験したのと同時に高波にのまれ肋骨を骨折した。
日本でサーフィンをしたいとは思っていなかったが、今年始め、シリア取材で左腕を骨折した時、健常者である事の有り難さを実感した僕は、五体満足なうちにサーフィンもトライしよう~!と決意し、友人の友人がやるサーフィンスクールに一日だけ行き、基本を教わった。
w13.jpg
日本でのサーフィンデビューが9月11日。三回目のサーフィンが台風18号が近づく日だった。
取材に行く前に怪我をしては本末転倒だと思いつつも、今しかできないかもしれない事は今やりたい。と思った。
20代から30代にかけてレースをしていたが、今できるかというと、結構厳しいかもしれない。
この歳で新しい事、しかもリスクがあるスポーツを始めるのはなかなかの勇気がいるが、後発でもいいから経験したいと思う。

話はようやく元に戻るが、先輩が「遊べ」と言ったのはこの事だと思う。
テニスをやっていたから、経験のないカメラマンよりテニスをうまく撮れる。
レースをやっていたからバイクレースの撮影の仕事もできた。
ゴルフはセンシティブな競技で、シャッターを押すタイミング、ポジションが難しいが、自分がプレーしていたから選手の気持ちが分かる。
釣りは勿論、アウトドアの経験を生かし、アウトドア雑誌の撮影もやらせてもらった。
僕が経験してきた趣味はどれもカメラマンとしての僕の仕事に役立っている。
そして、どの趣味も上手になる限界がくるが、そこで諦めず続ける事も僕の仕事に役立っているかも。
そして、そして、一番は趣味を通じて知り合った仲間。
自分とは違う世界で生きてきた人達から教わる事がまたまた僕の仕事にも生きて来る。

今年、大怪我をして初めて「戦場カメラマン」って危ない仕事だと気がついた。
命もそうだが、いつ障害者になってしまうか分からない職業。
だから、出来る時に出来る事をやりたい。
もしかしたら、最大の趣味は「ジャーナリスト業」かもしれない。
wカンダハル

久保田ショップ


スポンサーサイト


コメント

  1. 同感です。

    5年くらい前に理解できた気がするが、15年も経ってようやく先輩の言葉の意味が理解できた。←これは、仕事にしても何にしても、本当に共感します。いろいろ経験して初めて、言っていた意味がわかります。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://kubotahironobu.blog53.fc2.com/tb.php/1053-ee9c075d
この記事へのトラックバック


最新記事