彷徨うイスタンブール3

2014年08月31日 13:00

バスではなく線路を走る乗り物があると旅は格段にやりやすくなる。
イスタンブールのメトロやトラムはコインを買って、そのコインを改札口に入れ、出る時はフリーというスタイル。目的地がどこでも4リラ。最初は戸惑うかもしれないが、馴れれば目的地までの値段をチェックしなくて良い分楽かもしれない。
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メトロからトラムに乗り換え、スルタンアフォメットを目指す。
このトラムから見る旧市街の景色だけでも十分な観光になる。
時間がある人は終点まで乗って戻って来ても良いと思う。
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路面電車の区画にバイクだけでなく、車入って来たりする。
日本だったら、安全考慮して走行禁止になるエリア。
その辺りがゆるいのがトルコらしくて良い。
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次の目的地を控える中、観光をするかどうか、結構迷う。
トルコ(イスタンブール)は比較的、どころかとっても治安が良い。
いつぞやのデモもタクシム広場に近づかなければデモが行われている事さえ気がつかない程だった。
それでも海外。
カメラ取られたり、財布をすられたらいやだな〜と思ったりする。
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丸一日時間が余ったので観光を決行したが、来て良かった。
冬に来た時とは全く違う青空の下のアナソフィアを見る事ができた。
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一応、自撮りで記念写真も。





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ジャーナリストこの仕事

2014年08月31日 04:44

17年続けてきたこの仕事。
今回を引退試合にしようと思っている。

それでもこの仕事?には魅力があって、クルド人2人、カザフ人1人、日本人3人であれこれ語らいながら食事をする機会をもてた。

クルド人は友が多いが、イラクの地に於いて、始めてカザフの人と話す機会が持てる。
そんな、世界の人達と出会う機会が持てる、この仕事。

辞めたくもあり、続けたくもある。

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彷徨うイスタンブール2

2014年08月31日 02:00

ようやく見つけたエアポート アウトレット センターに入り。
早速、最上階の一つ下の階にあるフードコートへ。
最上階は映画館が入っていた。

フードコートを一周して、お肉系のファーストフードっぽいお店で食べる事にした。
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チキンを食べたが、時間チャンスがあったらビーフも食べてみたいと思う。
アウトレットの警備の人に聞いて、ようやくメトロの駅にたどり着いた。
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空港から二駅目のイニェボスナという駅だった。
ここまで来て、ようやく自分のホテルの位置関係がつかめた。
メトロの駅を見つけたからといって、別に行く場所があるわけではない。
昨年、寒い時期に訪れた旧市街のスルタンアホメットに向かう事にした。
青空だし、昨年とは違った写真が撮れるかもしれない。そんな期待を持ちつつ、メトロからトラムに乗り換え、旧市街へ向かった。








彷徨うイスタンブール

2014年08月30日 16:14

トランジットの為のホテルを安さと空港の近くという利便性で選んだため、いまいち
ホテルのロケーションが分からない。

フロントのお姉さんにCity mapをもらい、「このホテルの場所を教えて下さい」と言うと、
この辺!と何もない辺りを指してくれた。
ホテルに着いて仮眠して、10時を過ぎた、朝ご飯?も食べたいので、とにかくホテルを出る。

500メートル程先にモスクらしきものが見えたので、まずはそっちに足を向けた。
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日本人の観光客が絶対訪れなさそうな、地元のモスクにたどり着いた。

別に急ぐ旅でもないし、観光したい訳でもないので、旅の基本、迷う事、彷徨う事から始めてみる。
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トルコらしい鮮やかな食材を撮影しながらあるく。

しかし、まずは自分のいる場所をしりたいので、遠くに見える大きなビルに向かって歩く。
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そこはエアポートアウトレットだった。
残念な事に僕が持っているガイドブックにエアポートアウトレットは載っていなくて、まだ場所は分からない、
でも、遠くにアタトゥルク空港が見えて、空港から3〜4キロくらいなのは検討がついた。

エアコン効いているだろうし、フードコートくらいあるだろうと思い、エアポートアウトレットに入った。







イスタンブール、トランジット

2014年08月29日 15:35

12時間半のフライトでイスタンブールに到着。
ちょっと困るのが、到着時間が午前5時過ぎだということ。

イミグレでスタンプを押してもらい、荷物を受け取ってもイスタンブールの夜は明けていなかった。
本来、最終目的地のアルビルまで荷物を運んでもらえるのだが、僕が乗る予定だったフライトがキャンセルになり、新しいフライトが翌日の午前8時発。
今まで知らなかったが、24Hを超えるとトランジットで一度荷物をピックアップしなければならないらしい。

考えようによっては午前3時にアルビルに着くより、午前11時に到着する方が動きやすくはある。
しかし、その分、イスタンブールで一泊しなければならなくなった。

殆どのホテルのチェックイン時間が14時。
次の日も朝が早いので、空港に近いホテルを予約しておいた。
ホテルのロビーでウトウトするなんてできないし、観光する時間でもない。

翌日の朝早くチェックアウトするから、滞在時間短いし、お願い!少し早めにチェックインさせて!
なんて言おうかな~と考えながらホテルに着いた。
頑張って英語で交渉しようと身構えながらパスポートを出すと、フロントのお兄さんは何も言わずルームキーを渡してくれた。
何とラッキー。
ピースボートに乗る前々日、また早い時間にイスタンブールに着く。
同じホテルを予約したのは当然かな〜。

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成田空港へ

2014年08月29日 07:19

大荷物を持って都内を移動するのは結構大変。
見送りはいらないよ!
と言っていたけど、移動のサポートは欲しかった。

広島から帰って来たばかりのゆ~とが新宿から成田空港までつき合ってくれた。
重いスーツケースを持って歩くと日本が全然バリアフリーでないと気がつく。
そして、大荷物を持って山手線に乗ると他の乗客から白い目で見られる。
使い慣れない京成線でホームを間違え、、なんとか成田空港に到着。

TK53便は予定より30分早い22:00出発予定。
せっかく成田空港まで来てくれたのに一緒にご飯を食べる時間もなかった。
前回の羽田空港のようにコンビニでビール買って一杯やろうか?と思ったが、遅い時間の成田は殆どのショップがしまっていた。
結局、イミグレの前でゆーととお別れ。

21:30にボーディングしたものの、ウトウト寝ていて離陸のショックを感じたのは22:40だった。
結局、定刻より遅い離陸だった。

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イラクへGO!

2014年08月28日 20:52

今回の取材準備は余裕がある筈だった。
が、突然の沖縄取材の為、直前でドタバタ。
しかも、もう行けないと思っていた八ヶ岳の写真展にTBSの友人と行く事になり、実質の準備に使える日は一日だけとなってしまった。

ピースボートに乗るためトルコまで飛ぶ。
トルコに飛んでそのまま船に乗るだけでは勿体無い。
ISISがモースルを占領し、アルビルに向かっているイラクに行く事にしていた。

そしたら、日本人がシリアで拘束され、自分はカメラマンと医者半分半分などとウソをつく事件が起きてしまった。
そして、アメリカ人のジャーナリストが首を切られ殺されてしまった。
今まで日本人ということで、拘束されたり、誘拐されかけても助かってきた。

日本人も銃を持っているという今回の事件の影響は大きい。
僕はカメラマンです!と言っても本当はスパイじゃないのか?と疑われてしまう時代がきた。
イラク取材のアレンジも大変だが、その後ピースボートに乗って長期間家を空けるため、家賃を振り込んだり、等々準備が大変だった。

そして、毎回そうだが、出発日のちょっとナーバスな朝を迎えた。
チョビがいてくれた頃と違って、本当に我が家を空き家にして出て行くのはやっぱり寂しい気持ちになる。
チョビがいてくれたから、何があっても帰ってこよう!という強い気持ちになれたものだが。
一人暮らしというのは結構不便で、ピースボートが簡易書留で送ってくれた重要書類も直前まで家にいなかった為、出発日に受け取る事になってしまった。

まあ、チョビ(ネコ)がいても簡易書留は受け取れないが。
12時過ぎに書類を受け取って、八王子のヨドバシカメラへ。
今回は取材が長期間なため、2TBのポータブルHDを購入。
その足で20年近く通っている洋食おがわへ。
出発前の緊張感もあってあまり食欲はなかったが、八王子の両親のような小川さんに会わずに取材には行けない。
「しばらく日本のご飯食べられないから沢山てべていきな!と具沢山のみそ汁をサービスしてくれた」。

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沖縄最後の夜

2014年08月28日 07:00

沖縄最後の夜って2日目だけど。
飲み相手を探したけど、見つからず。
昔は琉球大学、沖縄国際大学に知り合いが一杯いたんだけど。。

さすがに二日連続で公設市場に行くのもつまらない。
かといって、知らないお店に一人で入る勇気もなく。

ちょうど別件で電話したTBSの友人に良いお店を紹介してもらった。
創業1972年8月15日。
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まずはビールを一杯やりながら豆腐を頂く。
琉球の言葉詳しくなくて、発音間違うと恥ずかしいから、メニューを指差して、これ下さい!ってオーダーしちゃった。
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そして、沖縄と言えば泡盛。
ちょっとカワイイ器に入った12年の古酒を頂いた。
カウンターで一人で飲んでも大丈夫な店だった。
とっても人気店でオーダーした料理がなかなか出てこないのが、僕には良かった。
泡盛をチビチビやりながら、沖縄最後の夜を楽しんだ。

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久しぶりに訪れた沖縄

2014年08月28日 01:44

7〜8年振りに訪れた沖縄。
懐かしい、国際通りを歩いてみた。
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地元の人が「お店結構変わったよ」と言っていた通り、昔とは違うお店が一杯。
なんといってもドン・キホーテには驚いた。
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一人ご飯に困り、昔の記憶を頼りに公設市場の二階でご飯を食べた。
勿論、オリオンビールとともに。

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ひめゆりのおばあ。

2014年08月25日 19:33

最後に会ったのはいつだっただろう。
戦(いくさ)はこわいからね。生きて帰って来てね。
とテッシュに包んだ餞別をくれた。

戦争体験は聞きたくても聞けなかった。記憶を辿る事がどれほど痛い事か自分が経験しているから。
何度目にであった時か、コーラを飲みながら。
「ひめゆりの友達が毎晩枕元に立つのよ、なんであんただけ生き残ったの?って言われるのよ」と泣き出してしまったおばあ。
その時、カメラを回そうと思ったが、僕は彼女にカメラを向ける事ができなかった。
広島に住む被爆者の友人にも、戦争体験を聞いたのは何度も、何度も会ってからだった。

次に会ったらおばあにも話を聞こう。と思いつつ7〜8年が経過してしまった。
ようやく訪れた辺野古。
天国に行ってしまっていたら、どうしよう〜。とドキドキしながら、地元の人におばあの消息を訪ねる。
数年前に病気をして、辺野古の基地反対運動には参加できなくなってしまったそうだ。
うろ覚えの自宅の場所を聞くと「記憶がだいぶダメになってきて、今は施設に入っていて自宅にいないですよ」
と聞いた。

長年、沖縄に来れなかった事を少し後悔する。
どこの施設か聞いて、会いに行きたかったが、僕自身の自己満足に過ぎないと思い、やめた。
ジャーナリストとしては最悪の結果を生んでしまった。
貴重な戦争体験、結局聞き逃してしまった。

おばあはようやく戦争の苦しみから解放されたのかな〜。
沖縄にもひとつ区切りがついた。
それでも、もう一回会いたいとも思う。

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ピースボート

2014年08月25日 00:46

この度、ピースボートという船に「水先案内人」というポジションで乗ることになりました。
そして、遠慮せず、長期間乗る事にしてしまい。。
9月1日から10月21日まで八王子の我が家は空き家になってしまいます。

京王線の山田駅から徒歩7分の我が家。
東京に用事があって、長期滞在する必要がある人は是非我が家を使って下さい。
新宿まで40分弱で行けます。

ウイークリーでもマンスリーでも。
1〜2日でもかまいません。

小説、漫画、過去の掲載紙などあり、退屈しないと思います。

ご希望の方は久保田まで
久保田のアドレス
chobikun5@hotmail.com

一瞬の出会い。

2014年08月22日 13:54

辺野古第二ゲート前でバスを待っていた。
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時刻表を見ると約30分待ち。

バス停の裏で草刈りをしているおばさんがいた。
暑い中大変だな〜と見ていた。
後、数分でバスがやってくるという時間、おばさんが「暑いですね〜」と声をかけてくれた。
本当、暑いですね〜!と応えると、
「あら男の人だったの?ピンクのシャツ着ているから女の人かと思っちゃった、失礼しました〜」

ずっと草刈っていたんですか〜
「基地反対の抗議行動してるでしょ〜、それで辺野古が汚くなったらダメだから朝10時から草刈っていたですよ〜」

ってもう14時なんだけど。
「もう暑いから水が美味しくて〜」

素敵なおばさんとお話し始めた時、時間通り、77番もバスがやってきた。
名残惜しい気持ちを残しつつ、「それじゃ行ってきます〜」と別れを告げた。

この時の僕は路線バスで那覇まで行くのがどれほどの時間を要するか想像していなかった。
(レンタカーを借りる余裕がなかった)

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ジャーナリストとしての発言。

2014年08月19日 01:47

邦人がシリアで拘束された事でコメントを求められたりする。
僕が拘束された人と知り合いであれば(かつてアフガニスタンで拘束された常岡氏のように)答えられる事もあるが、全く知らない人。

そして、今回急浮上したPMCに関しても僕は存在こそ知れ、日本人が関与しているとは全くしらなかった。
ISISに関しても、日本で受け取る情報だけで、彼等と接触した事はない。
アフガニスタンのタリバンに関してなら多少はお話しできるが。。

一人の日本人が拘束された事は最初衝撃のニュースとして伝わったが、あっという間にワイドショーネタになっていく。

僕はジャーナリストとして人の批判をあまりしないし、したくない。
100人の人がいれば100の常識があり、100の正義が存在する。
ブログでもそうだが、ジャーナリストの発言は重い。
故に僕は断定的にものを書かないようにしている。

人の命は重い。
それを「ほぼ処刑されているとみて間違いないだろう」と語るのはジャーナリストの仕事なのか。
そして、僕が目を疑ったのは「ISISに捕まったら、ほぼ、やられてしまう。タリバンよりひどいやつらですから」のコメント。

僕より影響力のあるジャーナリストがこういうコメントを残すのが信じられない。
読者はどう思うだろう?
中東情勢に詳しいジャーナリストが語った上記の文章。

ISISとタリバンを比較して論ずる事の意味が理解できない。
ご本人にとって、双方とも反政府武装勢力というカテゴリーに入っているのか。

90年代にタリバンに接触した経験がある人なら、こんな文章にはならない。
日本でアルカイダもタリバンもISISも同じようにしか理解されないのは日本のメデイアに責任があると思う。

かつてイラクに行った時、僕にとってサダム・フセインは独裁政権を続ける怖い人!というイメージだった。
ところが、戦後のイラクで、サダムがいなくなった事を喜んでいたイラク人でさえ「サダムの時代の方が良かった」と多くの人が愚痴をこぼした。
人違えば正義は違う、同じ人でも時が違えば正義が違ってくる。

内戦が長く続いたアフガニスタンではどの部族もどの将軍も敵対する勢力を虐殺してきた。
日本では評判が良くなかったドスタム将軍も地元では勿論ヒーローだった。
マザリシャリフの空港にはマスード将軍の写真が飾られていたが、カンダハルではタリバンを応援する人が多い。
すべてを把握する事は難しいが安易な表現が大きな誤解を生む事もある。
思想家でも評論家でもないジャーナリストとしての発言の重さを思う。

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広島からの電話

2014年08月18日 14:03

「日本におるん?シリアで日本人カメラマンが拘束されたってニュースみたけん、久保田さんかとおも〜て、電話したんよ」→本人の言葉に出来るだけ忠実に。

彼から電話をもらうのはかれこれ一年振りだろうか。
シリア、カメラマン、この二つの単語にふれ、もしや久保田?と思って心配してくれた人は結構多いのではないかと思う。

一夜空けて、かなり詳しい情報が入って来た。
昨日、友人が知らせてくれたオフレコの情報通り、湯川遥菜氏で間違いなさそうだ。
本人はカメラマン兼医師と言っているようだが、YouTubeのコメントにhe was armed.
武装していた。と書かれてあるのが気になる。
動画の中でも、「なんでお前は銃を持っていたんだ」と尋問されている。

僕たちカメラマンはどんな危険な場所に赴いても、武装したりしない。
勿論、医師も武装しないだろう。

そして、
日本政府は湯川遥菜氏拉致を2日前に把握→安倍首相は2日間ゴルフ三昧
などという情報も。

日本のメディアはこの3年間シリア内戦の報道をほんの少ししかやってこなかった。
山本美香さんがなくなり、あたらに日本人が拘束されて初めて「今シリアで何がおこっているのか?」と特集を組み始めている。
ニュースバリューとは、メディアではなく、僕たち一人一人が考えなければならないと思う。

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速報!シリアで日本人が拘束された可能性大。

2014年08月18日 02:11

在シリア日本大使館がシリア北部アレッポで日本人らしき人物が拘束された可能性があることを明らかにした。
年齢、性別等は明らかになっていないが、、
慎重に慎重を期す日本大使館が邦人が拘束された可能性があると明言したということは、
かなりの確率で邦人が拘束されたとみて良い。
大使館関係者は「犯行声明は出ていないが、誘拐とみている」と語ったらしい。

拘束されたのは日本人カメラマンであるとの情報も。
「イスラム国」が関与しているとの情報も出ている。

と、書いている間にも情報がどんどん入って来る。
今はここに書けないが、明日には多くの情報が公開されると思う。

もし、カメラマンであるなら、(旅行者は現在のシリアに渡航しない)伝えるべくして入国した筈。
誘拐〜身代金となった時、
また自己責任論が噴出するのが怖い。

そして、明日は我が身。

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イラク戦争の記事。

2014年08月17日 16:08

イラクの記事を探していて、ダンボール箱一杯に入っている新聞を掘り起こした。
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当時の新聞を見ると、イラク関連記事の多さにビックリする。
僕自身のルポだけでなく、国際面が連日特集を組んでいる。

シリアの内戦に関する新聞記事の量と比較すると2003年〜2004年頃の報道の多さは何十倍もあるように思える。

あれこれ、新聞を探していて、一枚の封筒を発見した。
開けてみると、出版社が倒産してしまい、今や絶版となってしまったアフガニスタンの写真集Who?の売上金が入っていた。
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よく見ると、近年日本で使われている紙幣とは違う紙幣だった。
海外取材前に突然発見された現金。
神様からのプレゼント?かな〜。

一年に一度くらい現金が発見される我が家。

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人の想い

2014年08月17日 01:31

言葉の想い、無言の想い。
人の想いを背負うのはなかなかに大変な事だ。

散って行った友。
この世に残る友。

諦めかけた時に背を押してくれる友。

死を意識し、死を背負いながら生きる友。
生きて帰って来いよ。
そういう友に、帰って来るまで生きていろよ!
と、なかなか言いづらい。

自分に出来る事があるのは僕にとって有り難い事なのかと思う。
それでも、日本を離れる日まで迷い続けると思う。

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ワディラム

2014年08月15日 03:35

FBにカバー写真が追加できる事を知った。
なんとなくPCに入っていたワディラムで撮った記念写真をアップしたら、思いのほか反響があった。

ので、懐かしいワディラムの写真をブログにも。
JICAの人に勧められ、撮影がない金曜日にワディラムを訪れた。
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絶景とはまさにこの事。
僕がキャンプ地に着いた時には誰もいなくて、砂漠を独り占め。
早速、隠し持って来たビールを開けた。
勿論、生温いビール。
それでもこの地で飲むと最高の味。
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一人の時、困るのが記念写真。
仕方なく、自分の陰を記念に撮影。

後から日本人が3人来ると言われていて、「こんな場所にきてまで日本人に会いたくないな〜」
と思っていたら、やってきたのは当時、僕が取材対象にしていた青年海外協力隊の3人だった。
3人ともワディラム経験者で色々と教えてくれ、毛布を持って来て空の下で寝た方がいいよ!と教えてくれた。
唯一の難点は、3人が来てから、ガイドの解説が英語からアラビア語に変わってしまった事!
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ちょいとカメラの使い方を教えて記念写真を撮ってもらった。
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3人がいてくれたから、日没まで崖の上にいる事ができ、黄昏の記念写真も撮ってもらえた。
3人のうちの誰が撮ってくれたか書くと「でしょ〜」って満面の笑みで言われそうなので、名前は伏せておきます。
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砂漠の日没は感動!の一言に尽きる。
いつも出会いには感謝。
経験者がいなかったら、日没の撮影は絶対不可能だった。
この崖、結構登るのが大変。
と、言う事は降りるのはもっと大変。
暗くなって崖を降りる勇気は僕にはない。
しかし!協力隊の人達はみんなタフ。クロックスで崖をすいすい降りて行く。
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そして、大自然からの最後のプレゼントは天の川。
いつの日かまた訪れたいワディラム。


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イスラム国が1500人性奴隷に=少数派女性ら―国連声明

2014年08月14日 13:12

Yahoo!!ニュース
時事通信より
【ニューヨーク時事】国連事務総長のムラデノフ特別代表(イラク担当)とバングラ特別代表(紛争下の性暴力担当)は12日付で共同声明を出し、イスラム過激派「イスラム国」がイラクのヤジディ教徒ら少数派住民を誘拐し、性暴力を働いているとの情報があるとして「重大な懸念」を表明した。女性や少女、少年約1500人が拉致され、性奴隷となることを強いられた恐れがあるという。
 誘拐されたのはヤジディ教徒やキリスト教徒のほか、イスラム教徒のトルクメン人やシャバクなどイスラム国が制圧した地域の少数派の人々。声明はイスラム国の行為が戦争犯罪や人道に対する罪に当たる可能性があると指摘。その上で、地域諸国政府を含む国際社会に対し、被害者の即時解放に向けた支援を訴えた。 

21世紀になって、まだこんな事が行われているなんて目を疑ってしまうニュースだ。
上記のニュースは確認できていないが、クルドの友人からはキリスト教が弾圧され、着の身着のままでモースルを脱出してアルビルに来ていると聞いている。
アルビル市内にある教会は一時避難民で一杯になったそうだ。
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アルビルで最古の教会、今年の5月に撮影した。ここも避難民で一杯になったのだろうか。

イラク北部、クルド地区で何が起きているのか、映像を交えたニュースが欲しい。

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戦場カメラマンのこと

2014年08月13日 02:08

渡部君が有名になり日本で「戦場カメラマン」という言葉が普通に使われるようになった。
とっても分かりやすくて良いのだが、語弊があると困る。

「戦場カメラマン」として、戦場だけを取材している人を僕は知らない。
仲間のジャーナリストはそれぞれにテーマを持って取材している。
そのうちの何人かがいわゆる「戦場」という現場にも足を運ぶ能力があり、究極の現場の取材をしている。
軍関係に詳しいジャーナリストがいたり、僕のように戦争の被害者難民にフォーカスするジャーナリストもいたり、「戦場カメラマン」と一括りにできないくらい各々特徴、得意分野がある。

「戦場カメラマン」と呼ばれる人達が戦場に赴くのに恐怖を感じないのか?
かつて、笑っていいともに出演した時に、渡部君が「一度戦場を経験したカメラマンはまた戦場に戻ってくるんです」とコメントした。
確かにそうだと思う。
しかし、その理由は皆違うと思う。

イラクのバグダッドで目の前での銃撃戦を撮影した時、銃声と空気を割いて飛ぶ弾丸の音を聞き、流れ弾にあたるかな〜と思いながら銃撃戦が行われているビルにダッシュしていった。
その時はアドレナリンで恐怖など感じていなかったが、ホテルに帰ってVTRを見ていて、相当ヤバい所まで突っ込んで行ったな〜と鳥肌がたった。
その時渡部君が「いや〜惜しい事をしました、僕も銃撃戦見たかったです〜」と笑顔で呟いた。
彼こそ本当の「戦場カメラマン」だと思う。

昨年、シリアに入るというジャーナリスト仲間の玉本英子さんに会いに行き、「シリアヤバいし、最後かと思って会いにきたよ」と言ったら、「やめて下さい、私は大丈夫ですから。久保田さんこそ気をつけて」と言われた。玉本英子はどこに行っても無事帰って来ると信じて行くタイプなのかもしれない。

僕はかつて、中途半端な覚悟で戦場に入って、足は震えるし、腰は抜けるし、正常に動けない自分を経験した。
それ以来、ま、運悪く当たったら仕方ないと諦める覚悟をするようになった。
本当は生き残りたいんだけど、生き残りたいって意識が強過ぎると、究極の現場に出くわした時に正常な判断ができない。
この感覚は武道に似ているかもしれない。
昔、空手をやっていた時、「見切り」をするのだが、当たる恐怖が先立つと「見切り」はできない。
空手の試合もそうだが、壇上に上がれば恐怖などかけらも感じないのだが、試合が決まって、その日を迎えるまではとても緊張する。
それは僕が未熟だったのが原因だが。

戦場の取材を決めた時、そして、実際にエアーチケットを手に入れた時。
この辺りが一番緊張する。
エアーチケットを手に入れてから、出発の日までは思い残す事のないように、あれこれ忙しい。
この10数年、何度も「覚悟」をしてきた。
表面上だけでなく、心底覚悟しておかないと、現場でビビってしまう。
僕は本当に恐がりなだけにちゃんと準備しなければならない。

最近会っていないけど、渡部君は笑顔で出国できるタイプなんだろうな〜と思う。
僕は成田空港が好きになれない。

先日の山形、仙台の講演の時も聞かれた
身の危険があるのになんで行くんですか?

それでも現場に行くのはそこに友がいたりするから。
こんなメールをくれる友人は僕の宝だ。
I will try to contact the son of governator of ○○ city to help u to reach the front lines and at the same time to protect you.
そんな友が住む国の事、少しでも伝えたくなる。

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小さな絵本美術館、テレビの取材。

2014年08月12日 14:24

先週末、台風が接近している中、多くの人が八ヶ岳の小さな絵本美術館を訪れてくれた。
バングラデシュ仲間が来てくれ、友人姉妹とその父、母が富山から来館してくれた。
そして、日頃、ダーツと飲みの付き合いしかない友人も来てくれた。

僕はいつもこんな感じで、自分を大きく見せるどころか、より小さく見せてしまう方が多い。
ダーツ仲間だどは「ピーちゃん、こんな人だけど、まあまあ良い写真撮れるんだね〜」
「仕方ないから写真買っていってやるか〜」。
もしかして、ちょっと凄い!と思っても、絶対凄い!とは言ってくれない。笑!

そんな中,SBC信越放送が取材に来てくれた。
しかも!報道局長直々に。

2001年アフガニスタンの写真展を開催していた時に9・11が起き、アフガニスタン戦争が始まった。
今回、戦火の子供達の写真を展示していて、一番新しい写真が今年の5〜6月に撮影したイラク北部の子供達の写真。
まさか、開催期間中に米軍による空爆が始まるとは想像できなかった。
10数年の時を経て、何か運命を感じる。

アフガニスタン戦争の時、戦争を取材に行くというより、友人達がいるアフガニスタンが戦場になるのに、関わりを持った自分が日本で普通に生活しているなんて、とても無理で現地に飛んだ。
今、イラクに対しても同じ想いだ。

唯一の違いは、10年前は行って帰って来たら、報道ができた。
今は報道するのがかなり難しい。

SBCの人が取材を終え、美術館の人に挨拶をして帰る時、「土曜日の夕方あたりの放送になります、久保田さんは見れないので同録をお送りします」と言っていた。
美術館のスタッフは笑顔で答えていたが、その後、衝撃の事実が判明した。
なんと、美術館のスタッフ2人が、2人ともテレビを持っていない!

長野に暮らし、日々、美術館で素敵な物を展示する生活をするとテレビは必要なくるのか。
僕は仕事柄テレビが必要だが、日本のテレビは殆ど見ていなくて、海外のニュースばかり見ている。
僕の友人でも家にテレビないから、久保田さんの番組みれないよ〜っていう人が何人かいた。
必要なニュースはネットで十分手に入れる事が出来る現代。
暇だからテレビ見る。というより、暗くなったら寝て、朝日と共に活動を開始する人生の方が豊なのかも知れない。




アメリカがイラクへ空爆開始

2014年08月08日 22:40

8月8日午前、オバマ米大統領がホワイトハウスで緊急声明を読み上げ、イラク北部で勢力圏を広げるイスラム過激派「イスラム国」への限定的な空爆を承認したと明らかにした。

シリアを空爆すると明言したにも関わらず、議会の承認を得られず、空爆を見送ったアメリカ。
世界の警察を自負するアメリカとしては、やると言ってやらない。を二度続ける事はないと思っていた。

しかし、さすがに今日の今日で空爆を開始するとは想像していなかった。
今だから言っちゃうけど、僕が行くまで空爆を始めないで。。と思っていた。

今年の5月に訪れたイラク北部。
北部の中心都市アルビルとISISに占領されたモースルとは車で数時間の距離。
現地で活動を続けるNGOやクルド人の友人からの情報で、シリア難民で溢れかえっているアルビルにモースルからの国内避難民がやってきていると聞いていた。

10年振りに再会したクルド人の友はイスラム教徒だが、家族はキリスト教という変わった家庭。
ISISはシーア派は勿論、キリスト教徒に対して相当な弾圧をくわえているようで、友人家族も恐れている。

もともと、2003年にイラク戦争を引き起こし、サダム政権を崩壊させた事によって新たにうまれた歪み。
米軍は新政権による国内の治安の安定を見る前にイラクを撤退した。
弱体化したイラク政権は国内の安定を実現させる力を持てず、マリキ首相は何度もアメリカの力を借りたいとお願いしていた。。そのお願いを無視していたアメリカが動いた。
マリキVSバルザーニ、イスラエルの動き。
イラク北部のクルディスタンが独立した時、どの政権に近い国になるのか。
様々な政治的な絡みがあっての空爆開始。

40万人以上の国内避難民が発生し、日中50度にも達するイラク北部で多くの幼い命が消えているという情報が入って来ている。
国際社会はイラク北部の新たな火種にたいして、人道支援をちゃんと展開できるのだろうか。
現在、シリア難民やイラクの国内避難民に対して人道支援をしている日本のNGOには退避勧告がだされるだろう。日本のNGOがいなくなっても生きていかなければならない命がそこにある。

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せんだい地球フェスタ

2014年08月08日 01:45

せんだい地球フェスタは、仙台国際センターを会場に、市民の国際交流、国際協力、多文化共生等の国際活動を紹介し、さまざまな出会いと学びの場を提供するイベントです。毎年、約80団体と100名以上のボランティアが参加し、フェスタを運営しています。世界のさまざまな文化・暮らしが体験できる一日です。
HPより

年に一度こんな素敵なお祭りを開催している仙台は素敵だ。

オープニングセレモニーは人文字?から始まった。
DSCN2930.jpg
床に描かれた下絵の通りに参加者が風船を持って集まる。
DSCN2935.jpg
沢山のブースがあり、その国ならではの食事やお土産物を買う事もできる。
僕はIVYと共に参加させてもらい、映像を交えながら、シリア、イラクの現状を話させてもらった。
なんと久しぶりの午前一回、午後一回のダブルヘッダー。
二回とも参加してくれる人の為に、午前、午後とベースは一緒だが、内容をアレンジしたお話を用意した。

会場にはとっても多くの人が来ているのだが、一番奥の会議室まで来てくれる人が少ないのが残念。
会場に入り、目の前の階段を上がると各国の名物料理が食べられるスペースがある。
そこにはビックリするくらいの人がいる。

お昼ご飯、インドカレーを食べ、コーヒーを買いに行こうと思ったが、つい別の飲み物を買ってしまった。
テーブルと椅子が配置されているが、どこも一杯。
仕方なく、ボランティアで参加している学生さんらしき2人がいるテーブルに相席させてもらった。

一人で飲み物を買いに行くのもつまらないので、元IVYユースのYさんと一緒に行った。
飲み物を飲みながら、Yさんに「この2人にも写真見に来るように言ってよ」とささやいた。
Yさんが写真展示と講演会の事を案内してくれた。
2人は14:30から自分たちのサークルの出番があるそうで、講演には行けないとの事。
残念。
最初に話しかけるのは苦手だが、きっかけを作ってもらえたら話せる僕。
結構良い写真あるから、写真だけでも見に行ってよ!とお願いした。

飲み物を平らげ、会議室で講演の準備をしていると、先ほどの2人が写真を見に来てくれた。
こういうイベントに参加する学生さんだけあって、穴が空く程写真を見てくれた。

飲み物を買って、相席しなかったら、その時声をかけなかったら、薄い確立の連続で写真を見に来てくれた2人に感謝。
そのうちの一人はすぐに僕のブログにコメントをくれ、関心があるバングラデシュの写真を見てもらう事ができた。
ボランティアで途上国の子供達が画いた絵を使ってカレンダーを作っているらしい。
僕にも絵を選ぶ選考委員になって欲しいと言われたが、自分の写真でさえ選べない僕なので、子供達が一生懸命描いた絵のなかからカレンダーに使う一枚を選ぶなんてできない。

カレンダーもいいけど、ポストカードもいいんじゃない!って提案してみた。

とかく内向きになりがちな日本。
こんなイベントがあって、国際交流に関心がない人でもお祭りとして楽しんで参加してもらって、それをきっかけに世界の事に関心を持ってくれたらありがたいと思う。

せんだい地球フェスタは誰もが参加しやすい雰囲気があった。
また機会があったら参加してみたい、そう思えるイベントだった。

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原爆投下から69年。

2014年08月06日 23:37

イコール戦後69年。
戦後70年を前にして、世界は再び戦争に向かっていると言っても過言ではない。
そして、日本も。

世界唯一の被爆国として、世界に対して不戦を誓ってきた日本。
8月6日を前にして「集団的自衛権」の容認という閣議決定。
広島の被爆者の人達は日本の首相に対して「集団的自衛権」の撤回を求めている。

首相は日本の国土、国民を守る為に、決して戦争をする国になるわけではない。と説明。

世界のどの国が平和を訴えても「偽善」言われてしまう。
唯一の被爆国である日本こそが、武力に頼らない平和を訴える権利を有しているとも言える。

世界の国々を取材する中、多くの国の人が日本と言えば、東京、その次に出て来る地名はヒロシマ、ナガサキ。
我々日本人が思う以上に世界の人達は被爆国、戦争を放棄した日本を知っている。

ヒロシマ、ナガサキの惨劇があったからこそ、世界は69年間「核」を核を使わない世界を構築してきた。
一方で、大量破壊兵器、化学兵器を駆使しながら、世界は日々戦争をしている。

日本の多くのメデイアは今日という日にヒロシマの特集をしている。
同じ過ちを繰り返さない為に、風化させない為に。
同じメディアが現在進行形のシリアの内戦報道に対して、「視聴率が取れないからやらない」と明言する。

過去を風化させない報道は勿論、大切。
同様に現在進行形の遠くの国で起きている戦争を伝えなければ、何かが曲がっていってしまう。と思う。

原爆を投下した米兵がすべてこの世を去り、被爆者だけが、残る世界。

東京大空襲から疎開し、被爆したシンジ。
青森の空襲を経験したガッコちゃん。
沖縄でひめゆりの学徒で生き残ったおばあ。

多くの戦争経験者の友がいながら、一番奥の事を聞けていない僕。
この数年が勝負だとも思う。

今日、テレビが伝えている戦争の痛み。
同じように世界の痛みも伝えてくれたら、と思う。

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仙台、青葉城。

2014年08月06日 18:30

仙台街中の観光地と言えば、仙台、青葉城。
名前は知っていて、伊達政宗が築城した事までしか知らなかった。

一度も戦火に遭う事なく、国宝に指定されていた大手門、脇櫓、巽門が第二次世界大戦の仙台空襲で焼失してしまったというのが皮肉とも思える。

午前中、ホテルで仕事をして一人ランチをした後、仙台に住む友人カメラマンがプチ観光に連れて行ってくれた。
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まずは、仙台市内を一望できる場所で記念撮影。
せっかくだから一緒に写ろうよ!と僕が誘い、男2人で誰かにシャッターをお願いするのも恥ずかしく、自撮り。
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顔が小さく写るようにと、目一杯後ろに行くプーさん。
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勿論、伊達政宗卿との記念写真も。
案内してもらったし、アイス奢るよ!僕は抹茶!
「じゃあ僕も抹茶で」とプーさん。
あれ、抹茶嫌いなんでしょ〜。
「これを機に克服する」
2人のやり取りを聞いていたアイス屋さんのお姉さんが爆笑。
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結果、本当に抹茶をオーダーしてしまった。
と、普通ならここで観光が終わる。

海外でもそうだが、やはり地元の人しか知らない事が多い。
「さっき、通って来た道、かなり大回りしているんですよ。震災で石垣が崩れてずっと通行止めなんですよ」とプーさんが教えてくれた。
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震災から3年過ぎてようやく復旧工事が始まったようだ。
完成予定は平成27年。

東北にはまだまだ復興していない場所が多々あると実感した。

<久保田弘信の作品ショップ

戦場カメラマン渡部君が登場するイラクのDVD有りの在庫発見。残り3枚





仙台のお寺

2014年08月06日 07:00

この数年で3度目の仙台。
今回は少しだけ時間があって、仙台駅方面まで続くクリスロードというアーケード街を歩いてみた。

夜、多くの店が閉まった後に歩いたら、京都の寺町と同じ匂いがした。
翌日、歩くと商店街の中に真言宗のお寺を発見した。
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心落ち着く匂いに誘われ、中に入ってみた。
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ほんの小さなお寺だが、一階に不動明王が安置され、二階もお詣り下さい!の張り紙に誘われ、二階に上がるとw2937.jpg
普賢菩薩や大日如来が安置されてあった。
普段、賽銭箱にお金を入れない僕だが、正月の初詣以来、お願いごとをするようになった。
世界のあちこちで大切な命を大切な友を奪う戦争を止めて下さい。
今回は一つおまけ、どうか僕の心にも平和を下さい。



トモの言葉

2014年08月03日 01:19

昔、昔、横浜の中華街で写真展をした。
その時、僕の写真を見てくれたトモがいる。
トモは全然痛くない、普通の子供の写真を見て涙したそうだ。

昨日、そのトモと一杯やった。

9月、トルコに飛ぶ予定があっるから、少し早めに飛んで、トルコのご近所の国を取材したいと思っている。
でも、取材費、なんだかんだで30〜40万かかるから、しかも、現状どこにも売れなくて99%赤字になる。
それでも行きたいと思うから、今金策中なんですよ〜。
って、借金するあてなんかないから、応援してくれる人に取材費少しでも助けてもらうしかないんだけどね〜。

数日前に、友人のカメラマンとFBのチャットで話した時、彼は絶対行くべきだと言ってくれた。

昨日のトモは「兄貴が日本にいて、良い写真撮り続けてくれるなら30万くらい出すよ!でも危険な所に行くのを応援するのに30万は出せないよ。だって友達だから」と。
分かった!日本にいて、原稿書いたり、ちょこちょこと撮影して暮らすから30万ちょ〜だい!
って笑顔で言ってみたかったが、言えなかった。

トモとは全然合わなかった時期もある。
その時もトモはニュースを見たり、ブログを見たり、僕の事を知ってくれていて、いつも心配してくれていた。
改めて、自分がやっている事でどれほど多くの人に心配をかけているかと実感した。

僕が多少危険度がある取材に行く。と言った時、僕の友人達は賛成と反対15:15になるのではないかと想像する。
どちらの意見の友人も僕の事を思ってくれている。

来年、続ける自信がない。
しかも、今だから出来る事、今だから行かなければならない場所がある。
究極の現場を見て来たから、普通の子供の写真を撮っても痛さが伝わる写真になるのも事実。

新宿3丁目の交差点で大の大人が抱き合う(ハグ)。
僕は照れ屋だけど、恥ずかしいと思う余裕さえなかった、いつもはクール(を装う)トモが。。

この仕事をしてきて、多くの友を失った。
日本でも大切なものをいくつも失った。
この仕事をしていたから出会えた人も沢山いて、かけがえのないトモにも出会えた。
なんと因果な仕事だろうか。

絶対帰って来るから、取材費出して!って言おうかな〜。

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メディアの悩み

2014年08月01日 15:47

ネット系のメディアが発達してきたことによって、情報の早さはネットメディアが一番早くなり、テレビの視聴率や、新聞、雑誌の発行部数は落ちてきた。

テレビ、新聞、雑誌に求められるものは情報の早さではなく、その分析や解説となってくる。
もしくはネット系ニュースにも流れていない独自のスクープ。

ニュースに関して言えば、難しいものを扱うと視聴率が低下する!という紛れもない事実の下で、ニュースというより芸能ネタに近いものに変貌していく。

テレビにとって視聴率はスポンサー様の次なる番組への広告を通じての投資を呼び込むもので、かなり重要なファクターとなっている。
視聴率など気にせず、大切なニュースを流してくれたら良いのに。。なんで思うのは素人考えで、番組担当者は分刻みどころか、秒刻みの視聴率を気にしながら番組を製作している。

僕自身は、ドラマやバラエティー番組で儲けて、ニュースは赤字覚悟!
というのがテレビ局の良い姿かと思うのだが、残念な事に大きな会社の中で横への資金の融通はない。

近年、ブログを書くと、拍手だけじゃなく、FBでの「いいね」やTwitterへのリツイートなどの指標があるので、この記事は良く読まれている、この手の話はあまり人気がない!など、僕も視聴率ならぬ、読書率?が気になったりする。

もし、このブログに特定のスポンサーが付いていたらどうなるだろう?
と想像する。
スポンサーがこの手の話はページビューが落ちるのでやめた方がいい!と提案してきたら。。
それが、僕が書く、ブレイクタイム的な軟らかい記事なら良いのだが、僕が最も伝えたいと思う海外の情報だったら。。
そう考えると、テレビ局の辛さも理解できる。

僕は個人なので、スポンサーを選べば良いが、テレビ局は現在ついてくれている優良スポンサーを失いたくないと思うのが当然だと思う。

ジャーナリストにとってのスポンサーは純然たる広告収入をあてにするのではなく、お前を応援しているからスポンサーになってやるよ!という「たにまち」、「パトロン」のようなスポンサーでなくては成立しないのかもしれない。
とはいえ、すぐにスポンサーは見つからないので、次回取材の為に、また我が家のお宝、即買会を開催予定です。

僕は自分が伝えたい事の為に、一生懸命、自分の方向性を良いと思ってくれるスポンサーを探せば良い。
しかし、テレビ局はスポンサーに合わせて方向性を変えなければならないのが大変だと思う。
新聞そうでもないが、この事は雑誌にも言える事だと思う。

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