生きているうちに会っておきたい人。菊地秀行

2014年02月25日 16:54

先日古本屋さんで小説を買った。
ふと裏表紙を見ると菊地秀行氏のサインがあった。
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比較的新しい本で、菊地氏のサインも去年のものだった。
せっかく菊地氏のサインを貰った本を古本屋に売ってしまうのがちょっとビックリ。

我々カメラマンや作家さんにとっては受難の時代が到来したと言える。
新刊で発売された本が数日後には古本屋に並び、その価格は半額近くになっている。
印税で生計をたてる作家さんにとっては新品の本が売れないのはかなりの痛手だと思う。

かくいう僕自身が古本を買っているので、申し訳なさひとしきりではあるが。

初めて菊地秀行氏の本を読んだのはいつだっただろう。
映画のようにテンポ良く読めてしまい、バイオレンス、エロス、そして人情がちりばめられている。
菊地氏のメインとも言える「魔界都市新宿シリーズ」秋せつらとドクターメフィストという超がつく美男子?が登場するが、戸谷よしこ、トンブ・ヌーレンブルグ、屍刑事等々、最高の脇役で固められている。
菊地秀行の本

新宿区全体を魔界都市にしてしまい、そこに秋せつらというマンサーチャーを生み出し、この超美貌の持ち主、秋せつらがせんべいやの主人であるというところに菊地氏のお茶目な性格が見え隠れする。
新宿を訪れると、戸山住宅近くを通ると「この辺りに吸血鬼がすんでいるんだ」などと思ってしまう。

話は秋せつらに戻るが、人探しがお仕事の秋せつら、一番の武器は1,000分の1ミクロンの妖糸。
人のトレースにも攻撃にも使え、防御としては糸砦という最高のバリアーとして使える。
戦場に行く時、妖糸があったらいいな〜。なんていつも思う。

読者が映画のように読み進める本を目指しつつ、次々に新しい本を求められる大変な状況を長年続けている菊地秀行氏。
普通の人が想像できない世界を作り出した菊地秀行氏、是非会ってみたい。
ふと気がつけば我が家にはダンボール一杯の菊地氏の本がある。
僕は読んだ本は売らない。
中古で買った本でも。

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もっとも会いたいが、もう会えない人、半村良

2014年02月24日 13:26

会いたくても会えない人。
他界してしまった母美登里、愛猫のチョビ。

一度も会った事はないが是非会いたかった人。
それは半村良氏。

高校2年生の時、たまたま手にとった妖星伝。

全六巻もの大作。
正直、一巻を読み終えるのには時間がかかった、江戸時代から始まり、登場人物も多く、先が見えない感じがしていた。
二巻、3巻で想像を絶する世界が広がり始め、なけなしのお小遣いで買った四巻五巻は高校の授業中でさえ読み止めるとこができず読んでいて先生に怒られた。

六巻を読み終えた時、「この本は半村良が書いた本ではない、神がして半村良に書かせた本だ」と当時の僕は思った。
生きるとはどいう事なのか。どんな生き方が理想なのか、そんな事を物語の中で僕に教えてくれた本だ。
六巻を読み終え、忘れた頃に完結編の七巻が発売された。
中学の時相対性理論の本を読み、物理の世界に進みたいと思っていた僕は七巻に描かれた理論の世界を映像で見せてくれるような文章に引き込まれ、人の最終形態を想像するようになった。

妖星伝を読んで大日如来に会いたくなった僕は自転車で京都へ行き、当時の金堂で半日を過ごした。
大学時代に読み返し、社会人になって読み返し、つい最近また読み返した。
僕の人生にもっとも大きな影響を与えてくれた本だ。

傑作に出会うと同じ作家の本を片っ端から読む。
その後読んだ「岬一郎の抵抗」は対人関係にセンシティブすぎる僕自身にちょぴり勇気をくれた本。

SF作家として初めて第72回の直木賞を受賞している。
が、受賞作の「雨やどり」は半村良氏の得意とするSF作品ではない。

人、神、時間、空間、作家でありながら物理の世界を相当なレヴェルで覗きこんだ半村良氏。
作家として、もっとも会ってみたかった人物だ。


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もっとも会いたい人!

2014年02月23日 13:56

お願いすれば誰にでも会わせてくれると言われたら。
誰に会いたいだろう。

ミーハーな気持ちなら、アーティストのYUIかな〜。
南こうせつさんのラジオ番組に出演させてもらった時、戦場でYUIの曲を聞いたりしているんです。と話させてもらった。

もし、本当に誰にでも会わせてもらえるなら一番会いたい人はベア・グリルスだろう。
ベア・グリルス Wikipedia
本名はEdward Michael Grylls、元英国特殊部隊の隊員。
CSのディスカバリーチャンネルでMAN vs. WILDを見た時、こんな凄い人がいるのかと驚いた。

パラシュートで前人未到の地に降り立ち、そこから脱出して人の世界に戻ってくる。
持ち物はサバイバルナイフとリュック。
食料はミミズなど当たり前で、死んだ動物の肉まで食べる。
水が足りなかったら自分の尿を飲む。

遭難した時の現地での生き残る術は圧巻。
とても為になる。

視聴者がベアと一緒に旅をする番組があったが、機会があったらベアの一緒にサバイバルをしてみたい。
サバイバル術だけでなく、番組内でのベアの性格がとても良さそうに見える。
ターゲットを世界にした時、最も会いたい人物だ。


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コソボ独立6周年記念パーティー。

2014年02月20日 19:06

ご縁があって訪れた独立前に訪れたコソボ。
当時は首都のプリシュティナにはミッシングの方々の写真が貼られ、ミトロヴィツァに架けられた橋には多くの銃痕があり、フランス軍が警備をしていた。

そんなコソボが独立してはや6年。
独立記念の年を独立記念パーティーは小さな会場に50人程の人が集まっただけだった。
昨年の独立記念パーティーはシリア取材の為、出席を表明していたにも関わらず参加できなかった。
今年は絶対参加させてもらおうと気合いを入れていた。

今年の会場はホテルオークラ。
東京の僻地である八王子にはまだ雪が残っていて、スーツを着るのは良いが革靴は少し躊躇われた。
チノパンにスニーカーも考えたが、場所が場所だけに無理してスーツででかけた。

会場に到着してビックリ。
結婚式のように会場に入る人達が長蛇の列。
入り口で来賓の人を迎えているのは在日コソボ共和国大使館の大使アフメット・シャラ氏。
200名以上の来賓の方々を一人一人と言葉を交わしながら迎え入れている。
来賓の方々の服装もきらびやかなものが多く、スーツ着て来ていなかったら、こっそり帰っていたかも。

日本はバングラデシュの時と同様にコソボの独立をいち早く承認したため、二国間の関係はとても良好だ。
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アフメット・シャラ大使は昨年はできなかったが、今年は日本語でスピーチをしたいと思っていました。
と日本語で挨拶をしてくれた。

続く来賓の挨拶はなんと法務大臣の谷垣氏
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独立記念初年度のイメージがあった僕は、ちょっと場違いな所にきてしまったかな〜と思うくらい。
そして、乾杯のご発声は僕の写真集にコメントを下さった緒方貞子氏。
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アフメット・シャラ大使がマイクの高さを調整してくれていた。
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国際社会で活動した緒方氏だけあって、英語でスピーチされ、日本語で解説をされていた。
young country,small countryと言われたコソボだが、たった6年で独立記念パーティーには在日の各国大使館の方々が参加するすごいパーティーとなった。

岐阜県と同じくらいの面積の小さな国コソボ。
北海道のような美しい風景が広がっていた。
もっと小さなパーティーを想像していた僕はコソボ関係者の人にプレゼントする写真を準備していた。
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これは渡すタイミングないかな〜と思いつつも、アフメット・シャラ大使に近づいてみた。
大使の周りには政界の人を含め多くの人がいた。
日本人なので、通訳を介して大使とお話している人が多い。
これはチャンスと!思い、スキを見て、「すいません、大使、ほんの些細なものですが、プレゼントがあります」と写真を渡した。
渡してすぐ去るつもりだったが、大使が写真を見てくれて、美しい写真だね〜と言ってくれたので
「独立前に訪れて撮った写真の一枚です。独立後は一度も訪れていないので、また訪れたいと思います」と簡単な会話ができた。
パーティーに招待してくれた友好協会の人に挨拶すると「久保田さんですよね〜」と覚えていて下さった。
色々な偶然と人の出会いの中で訪れたコソボ。
自分が関わった国だから、この先も見続けて行きたい。


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ドナドナ、ポチ

2014年02月19日 14:02

近年稀に見る大雪にみまわれた関東地方。
統計的には僕が生きている間にもう一度同じくらい雪が降る事はなさそう。

そんな大雪の日に限って仕事があったりして。いつも暇なのに。
膝上までくる雪の中を歩いて千葉まで行ったりした。

我が愛車ポチは3日間雪に埋もれていた。
昨日、ようやくポチ救出作戦を決行し、チョビを埋葬したスコップでポチの周りの雪をどけた。
日頃使わない背筋痛。

ようやくポチに乗り込めるようになり、エンジンに火を入れようとしたが、火が入らない。
バッテリーが弱ってしまった感じ。
仕方なく、保険に付随したレスキューをお願いし、ブースターをつないでエンジン始動を試みるもかからず。
プラグがかぶってしまった様子。

レスキューに来てくれた京王自動車のスタッフはとてもいい人で、普通ならリフトアップしれ外すプラグを上から一生懸命外してくれた。「プロがこんな事言っちゃダメですが、根性で外します」と。
プロとはの与えられた環境の中で精一杯の仕事が出来る人、そして、言い訳をしない人だと思う。
無理矢理手を入れてプラグを外したため、スタッフの腕は引っ掻きキズができて僅かに血が流れていた。
僕に出来る事はホットコーヒーを出すことだけだった。

悪戦苦闘したにもかかわらず、ポチは息を吹き返す事なく。
本日二度目のレスキューでアンフィニへ入院となった。
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今日来てくれたスタッフもとてもいい人で、昔FDに乗って走り屋をやっていたそうでロータリーには詳しい。
一応エンジン始動を試みたがやはりダメで、生まれて初めて車に乗ったままレッカー車につり上げられた。
チョビが他界し、ポチまで他界してしまったらどうしよう〜。
もうすぐ20万キロのポチ。9月の車検、もう一度チャンスをあげたい。
運ばれて行くポチを見て、「ドナドナドナードナーって頭の中で歌が。。」


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世界の混乱。

2014年02月19日 01:42

平和協議が行われたにも関わらずシリアの混迷はつづいている。
シリアでの死者は14万人を越え、そのうち子供は7600人と言われている。

そして、人数の割には平和的なデモと見えていたタイのデモで警官が3人死亡、50名以上の負傷者が出てしまった。

ベネズエラでも反政府のデモが過激化し、3人が死亡。
しかも、ベネズエラでは反政府活動を主導、資金供与を行っていたとして国大使館職員3人を国外追放処分にした。
48時間以内の国外退去を求めたってところが、ちょっと緩くて二国間の力関係を感じる。

先日はナイジェリアの村を武装集団が襲い、少なくとも106人が殺された。

近年、世界が揺れているように思える。
僕がこの仕事をしていて、世界のテレビを見ているからそう思うのか、昔から変わらない状態なのか。

シリアもベネズエラも背後にアメリカの関与が噂される。
何十年も経つと、戦争を裏からコントロールしたのはCIAだった。と言う本が出版される。

独裁国家が崩壊し、新たな政権が生まれようとするとき、周辺国家及び大国はそれぞれの思惑で次なる政権を支援する。
だからといって、これ以上血が流れるのは見たくない。


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7.62mm弾

2014年02月14日 04:09

ふと気づくと目の前に銃口があった。
銃はM16A2かA3かそんな事は分からなかった。
銃を構えている人も何人か分からなかった。

一つだけ分かったのは撃つ気満々だという気配。
至近距離なのにバーストかフルオートか分からないが、僕の左肩から右太腿まで、これでもか、というくらい7.62mm弾を撃ちまくった。
心臓は避けられたが、肋骨を貫通して体内に入って来る7.62mm弾の痛い事。
もう、十分でしょう。と思っているのに足にも銃弾が。

あまりの痛さに飛び起きた。
マジ痛かった〜!とパジャマとめくると心臓のすぐ隣からお腹にかけて肌が赤く腫れていた。
夢の続きかと思い、お約束通りほっぺたをつねると痛い。
ってか、太腿も痛くてパジャマのズボンをめくると太腿にも腫れが。

まだ夢かと思い、時計を見て、顔を洗って、衛星放送のテレビを見てようやく現実に戻った。
でも体の腫れはそのままだった。

実戦でやられるならまだしも、夢に殺されちゃ割にあわない。
よく催眠術で木の棒を焼けただれた鉄ですよ〜って手に押し付けると本当に火傷になるっていうけど、
そんなの見た事ない。まあ、ありそうだとは思うが。

夢で撃たれた場所が腫れていたら。。さすがに怖い。

10数年前のアフガニスタン戦争の頃は日本に帰国してしまうと現地の事はなかなか分からなかった。
国際電話は高い時代。
今はインターネットが発達したため、日々現地の情報が入って来る。

去年、三回にわたって行ったシリア取材。
そこで出会った、短い時間だけど、友と思える人が何人も他界している。
昨日も、また一人。
ネットが故に名前も顔も出せないのが切ない。
シリアに想いを馳せながら写真を整理していた。
全景ひろ2
2006年にダマスカスで撮影した記念写真。
この時、シリアは良い国だと思っていた。
何年後になら同じ場所に立てるのだろうか。
あ、その為には夢に殺されないようにしなきゃだ。


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ホムスからの脱出

2014年02月12日 22:17

今日現在、1100人以上の人がホムスから脱出したようだ。
そして、WFPのスタッフがホムスに入った。

WFPのスタッフによるとホムスの人達はとても通常の状態とは言えず、草などを食べて生き延びているそうだ。

と、シリアのニュースの後に沖縄の基地問題が報じられている。
沖縄での米兵の殺人、レイプ事件の事。
移設に反対する沖縄県民の事。
ニュースとかかくありたいものだ。


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シリア、ホムスからの脱出。

2014年02月11日 01:21

CNNでホムスからの脱出のニュースが流れていた。
平和協議によってホムスから青年男子以外の女性や子供の脱出が認められた。

国連の車が危険を顧みずホムスに向かい、シリアの人々を脱出させる。
白旗を掲げた国連の車に向かう市民の列に銃弾が撃ち込まれる。
誰が発砲したかは問題ではない。

戦闘行為を出来ない人々、白旗を掲げた国連の車に対する発砲が行われている時点で常軌を逸した行為と言える。
白旗や医療関係者、プレスには攻撃をしない。と言う常識はもはや世界で通用しない。
連日、ホムスからの脱出劇が行われている事を日本人の何%が知っているだろう。
その原因に関してはもはや語るまい。


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ラガットちゃん救済募金のお願い。agein

2014年02月10日 15:05

ラガットちゃん救済募金の振込先に僕のメインバンクを使う訳にもいかず、手数料の事を考えゆうちょ銀行にしました。
実は。。ゆうちょ銀行には不思議なルールがありまして。
振込元がゆうちょ銀か一般銀行かで、口座番号の表記が異なるようです。

ゆうちょ銀→ゆうちょ銀  10040―98127531
一般銀行→ゆうちょ銀  支店名008店番008普通預金9812753

なんとも難しいルールです。
ただ、一般銀行の窓口でも「10040―98127531」と伝えると、変換してくれるそうです。

取り急ぎご報告まで

ラガットちゃん救済募金→ミスのお知らせ。

2014年02月10日 14:42

ラガットちゃん救済募金のお願い。

過去に書かせてもらったブログですが、ネット上での拡散をお願いしたファイルに明記した募金の振込先にミスがありました。
正しくは
ゆうちょ銀行
店名008
店番008
普通預金
口座番号98127531→最後の1がタイプミスで抜けていました。
クボタヒロノブ

岐阜新聞を見た方が間違いを教えてくれました。
せっかく募金をしてくれようとして、出来なかった方々には大変ご迷惑をおかけしました。
それでも振り込んで下さった方々は。。お手間をおかけしました。
友人のデザイナーにお願いしてファイルも作り直します。

本当に失礼しました。
久保田弘信

東京都知事選挙。

2014年02月10日 07:00

東京都知事選挙が過去3番目に低い46.15%という過去3番目に低い投票率で幕を閉じた。
新たな都知事に選ばれたのは舛添 要一氏。
この結果はマスコミの世論調査の結果と一致している。

今回の選挙はインターネット選挙と言ってもいい程、ネット上で様々な情報が駆け巡った。
さておき、選挙結果を報じる新聞を読んでちょっと、むむ?

元厚生労働相の舛添要一氏(65)が、元首相の細川護熙(もりひろ)氏(76)▽前日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏(67)▽元航空幕僚長の田母神(たもがみ)田母神(65)らを破り、初当選した。宇都宮氏が次点、細川氏が3位となった。

この順番はなんだろう。
紙面に書いてある通り、得票率順に記載すべきではないのだろうか。

僕は政治学者じゃないので、詳しくないが、個人的には舛添要一氏と細川護熙氏の一騎打ちに宇都宮健児氏と田母神俊雄氏が続くと予想していた。

元首相が2人現れて来ても次点は宇都宮健児氏となった。
都民が元首相、原発廃止論よりも宇都宮がかかげる福祉政策に耳を傾けた結果だろうか。

しかし、日本の行方を左右する程の力を持つと言われる東京都知事選挙の投票率が50%を下回っている。
こんな選挙で良いのだろうか。
東京の田舎である八王子でさえ雪の影響はそれほど感じられなかった。
投票率の低さと天候はあまり関係がないように思える。

誰かがネット上で書いていたな〜。
飴と鞭。
選挙に行かない事に罰則をもうけられないなら、選挙に行った人にご褒美を出したらいい。
投票に行った人に地元でのお買い物券をプレゼント。
そんな事しなければ投票率が上がらない事が問題だが。


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大雪去って。

2014年02月09日 18:18

深夜には雨っぽくなっていた。
朝起きると、窓の外から眩しい光と青空が見えた。
チョビだるまは。。と思って外で出てみると
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チョビは一晩だけいてくれただけで、またお空に戻って行ってしまったようだ。

晴天で気温が上がったため、表通りの雪は殆ど溶けて車で出かけられそうな雰囲気。
と、ところが!
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我が家の駐車場にはまだまだ大雪の名残が。
雪にワクワクするのは事実だが、雪解けは大変だった。
ポチの周りの雪をどけるだけで腰が痛くなった。

実は。。チョビを埋葬する時に友人から借りたスコップがまだ我が家にあった。
スコップがなかったら、さすがにポチの周りの雪解けも大変だったと思う。

選挙に行き、お買い物をして帰宅した。
さすがの大雪だけあって、あちこち雪が残っていてFRのポチは時々おしりをふりながらなんとか目的を果たした。

まだ雪は沢山残っていたので、ちょっと寂しい僕は再びチョビだるまを作ってみた。
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たかがネコ、されどネコ。
友人が昨日のブログを見てメッセージをくれた。
友人も飼い猫を亡くしペットロス状態だと。
ネコと暮らした人でないと分からない気持ちかもしれない。

そしてラガットちゃんのブログにコメントを下さった方。
自身の子供もラガットちゃんと同じ症状で、他人事とは思えないと。

それぞれの立場になってみないと分からない事って沢山あると思う。
お金持ちのお家に生まれ、何一つ苦労なく生活してきた人には借金を苦に自殺まで考える人の気持ちは想像し難い筈。

それでも。
他人を思いやる気持ち、そこに共感してくれる気持ちを持ってくれる人は多いと思う。
チョビが亡くなったとき、ネコとは縁のない生活をしていた人も僕の寂しさを理解してくれ、
日本で戦争や難民とは関わりを持たない生活をしている人達もシリア難民に心を寄せてくれたりする。

雪で思った。
ほんの少し相手の気持ちになって話したり、行動できれば、世の中のトラブルは半分以下になるんじゃないか。と


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大雪、チョビだるま。

2014年02月09日 02:33

いい大人になっても雪が降るとワクワクしてしまう。
13年ぶりの大雪だそうで。
と、言う事は、確率的には、これほどの雪には13年後にしか出会えない。
愛車ポチの周りは膝上まで雪。
明日以降、少しでも出やすいように雪だるまをつくりながら、車の周りの雪をどけた。
そして、
玄関にはチョビだるまを作ってみた。
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チョビに見えない?そんな事ないです。チョビの魂が宿ってます。よ〜く見て下さい。
気温が上がったようで雨っぽくなってきた。
明日までチョビがいてくれるかどうか分からないので、夜中に写真を撮ってみた。

小学生の頃を思い出した。
岐阜県とはいえ、大垣駅のすぐ近くに住んでいた僕にとって、たまに積もる雪は最高のお土産だった。
雪だるまや、滑り台を作った。

僕の家の前だから邪魔にならないだろうに。隣のおじさんが僕が作った雪だるまをスコップで壊しているのを見た時にはなんとも悲しい気持ちになった。
後一日待ってくれれば自然に溶けてなくなるのに。
子供心に「あんな大人にだけはなりたくない」と思った。

昨年も、我が家の駐車場に作った雪だるまを近状の小学生が見て
「これ、もう溶けちゃうね〜、少しでも雪付けてあげよう〜」と言っていたのを思い出した。
だから、というわけではないが、今年も夜中に雪だるまをつくってしまった。


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大雪!

2014年02月08日 11:48

とても静かな朝だった。
降り積もった雪がすべての音を吸収してくれていた。
ん?雪?
窓を開けると、わお!天気予報大当たり。
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我が愛車ポチは雪に埋もれ、脱出不可能な状態。

大雪のせいで我が家の近くの裏道を走る車はなく、シンとした静けさの音が聞こえてきそうな朝。
首都機能はマヒしてしまう状態。
週末であったのは唯一の救いか。

昨日見かけた野良ネコが心配になる。


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「STAP細胞」ニュースで明らかになった日本のメディアと日本人の。。

2014年02月07日 14:24

STAP細胞の画期的な製造方法で日本だけでなく世界から注目を浴びた小保方博士。
日本のメディアは化学の世界の成果をもゴシップネタにしてしまっているようだ。
Wireless Wire News
ネット上でも様々な見解が書かれているので、上記を参考にしてほしい。

要約すると、世界では小保方博士と称されているのに、日本では「小保方さん」、「30歳の若き女性研究者」と紹介されている。極めつけは新聞でさえ、「リケジョ」と学生のような略語で表現している。
ちなみに僕は「リケジョ」の意味が分からずググってしまった。

小保方博士が50代や60代の男性であったらこんな扱いにはならないだろう。
世界的な偉業と性別、年齢が関係あるのだろうか?
そこに関係性を持たせたいのが日本のメディアであり、それを期待する日本人なのかもしれない。

僕は以前から新聞等に取材を受けた時、久保田弘信(?歳)の(?歳)をやめましょうよ。と言い続けている。
新聞紙上で僕の写真を掲載してくれる場合など、(?歳)は必要ないと思う。
見た目で判断してくれたら良い。写真がなく文字だけの記事なら年齢もありかと思うが。

某新聞社の記者とこの話で激論?になった。
記者さん曰く「読者は誰だどんな年齢でどんな環境でそだったか?そういう事に関心があるんです。だから私たちはその情報を提供するのが義務なんです」と。

メデイアが物事の本質を伝えず、すべてをワイドショーのように扱ってしまう。
そして、大衆もそれを望んでいる?

日本人全体がまだ年功序列を引きずっている。
まだ若いのに!と言う言葉があちこちで聞かれる。
年齢や性別でなく、その人自信が評価される、そんな日本にしていかないと、、世界からおいて行かれてしまう。

ネット上で小保方博士の事が話題になるのは、危機感を抱いている人が多いからではないだろうか。

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ラガットちゃん救済募金のお願い。

2014年02月06日 21:23

残暑、と言うにはあまりにも暑い日のヨルダン。
青年海外協力隊で活動する友人がシリア人が運営するNGOのような組織に連れて行ってくれた。
シリア人の代表とヨルダン人でサポートしている2人に出会った。

ヨルダン人のアブニダールが「hiro大変な家族がいるんだけど、一緒に来て見てくれるか?」と僕をマフラック郊外の家に連れて行ってくれた。

壁にヒビが入ったボロ家には女性と多くの子供達が住んでいた。
末っ子のラガットちゃんは障害を持っていて、手術が必要な状態だった。
しかし、シリアの団体は多くの難民のサポートをするのに手一杯で、ラガットちゃんの手術までサポートできない状態。
「hiro写真撮って、日本で伝えて、なんとかお金集まらないかな〜」とアブニダール。
約束はできないけど、僕ができる範囲で協力するよ。と答えた。

その時、僕の頭にはジャーナリストの大先輩である橋田さんの事が浮かんだ。
橋田さんはイラクで目を負傷したモハマッド君の事を日本で報道し、日本に連れて来て手術まで成功させた。
僕に同じ事ができるだろうか。

アフガニスタンの時、難民支援で200万以上の借金をしてしまった僕。
もう、伝えるだけで、支援には関わらないでいよう。そう思っていたのだが。

あちこち話を持って行くが、ラガットちゃんがお茶の間で見るにはちょっと厳しい顔だとか、紙面では厳しいと断られた。これまた現実。

これほどのネット社会だから、新聞やテレビがダメでもネット上で募金を募ってみようと思い、友人にチラシを作ってもらった。シリアから逃れて来た人達は自分の顔が出る事で、本国に残して来た家族に被害が及ぶのを恐れる。
ラガットちゃんとお母さんが写っている写真が一番よいのだが、アナログのチラシは良くてもネット上での拡散ができない。改めて、お母さん抜きのチラシを作ってもらいFBなどで拡散してもらっていた。

今までシリアに持って行く薬を下さった歯科医師会の方、和歌山県の高校の先生方や遠くコスタリカで国連の職員になる勉強をしている友人、ジュネーブにいる国連の職員、シリアに関わった人達、日本のモスリムの人達、そして僕の友人達から募金を頂いている。

本当は2月中になんとかお金を集めて、僕が時間を取れる3月末までにヨルダンに持って行こうと思っていたが、
まだまだ手術費100万円の10分の1にも満たない状態。
一人1万円は大変だけど、一人1000円で1000人ならなんとかなると思った僕だが甘かった。

そんな昨今。
我が地元の岐阜新聞がラガットちゃんの記事を掲載してくれた。
岐阜新聞の記事
本紙には写真も掲載してもらえたらしい。

お金も必要だが、新聞に掲載してもらえる事で、より多くの人がシリアの事を身近に感じてくれたら有り難い。
下記にネット用の拡散可能チラシを添付しておきます。
拡散よろしくお願いします。
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大原での写真展、Canonのスタッフ。

2014年02月06日 15:53

数年前、千葉の大原で二度目の写真展を開催した。
場所が外房の大原ということもあり、全日程会場に行く事はできなかった。

ご一報下されば!
昔からお世話になっているCanonプロサービスのスタッフの人が僕がいない時に写真展会場を訪れてくれていた。

そして、先日、久しぶりにそのスタッフと一杯やる機会があった。
僕たちプロカメラマンを心から応援してくれて、出来る限りのサポートをしてくれていた時代のスタッフ。
同席してくれたもう一人のCanonの人とはアフター5でお会いするのは初めて。
昔懐かしい、僕にとってのCanonの黄金時代の話に華が咲いた。

「久保っちゃんこれ!写真展に行った時の写真。渡すの忘れていたよ」
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と、大原まで足を運んでくれた時の写真を渡してくれた。
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「やっぱ、写真展行ったんだって証拠のこしとかんとね〜」と豪快に笑いつつ。
ありがたい。
さすがCanonの人。
写真展会場の内部だけでなく、僕が一度も訪れていない大原駅の写真も撮ってくれていた。

むか〜し昔。銀座のCanonサロンでは夕方5時を回るとスーパードライがでてきた。
僕なんか若輩者で、帰ろうとすると、一杯飲んで行きなさい!と当時の所長に勧められ、Canonのスタッフとプロカメラマンの交流の場があった。
時代が変わり、社内で一杯などできなくなってしまったが、前出の2人はCanonというカメラメーカーとポロカメラマンの接点をなんとか残そうとしてくれている。
そんなスタッフもこの数年で定年を迎えてしまう。
写真業界全体が厳しい時代になり、デジタル化によって、カメラがますますセンシティブになっている現代。
こんな時代だからこそ、メーカーとプロカメラマンの接点が重要だと思う。
何かしらの接点が残る事を期待しつつ、往年のスタッフがいてくれる間は銀座に足を運び、色々な話を聞かせてもらいたいと思う。


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THE PAGE イラク

2014年02月05日 14:24

戦後10年を経ても未だ平和を手に入れられないイラク。
今年に入ってから数十人単位で人々が亡くなる大きなテロ事件何度もが起きてる。

サダムフセインの圧政からイラク市民を解放する。
大量破壊兵器を保持し、国際社会に対して脅威であるイラクを攻撃する。

英米軍の攻撃によってサダム政権はあっという間に崩れ去った。
戦後統治は国連ではなく、攻撃に参加した英米軍を中心に行われた。

そして、治安の回復を見ないまま、英米軍はイラクから撤退。
イラクは平和どころか、テロの横行する国になってしまった。

国際社会は戦費を負担した日本を含め、イラクに対して責任がある筈だ。
サマワで自衛隊が活動していた頃まではイラクのニュースが入っていたが、今やイラクの現状を知れるニュースは少ない。
雑誌やテレビで出せないニュースをネットで出してもらった。
派手な空爆シーンが報道される中、イラクでは何が起きていたのか。
THE PAGE イラク
戦後間もない頃から「サダムの時代の方がまだ良かった」とこぼしたイラクの人々。

理由はともあれ、一つの国に何千発ものミサイルを打ち込み、政権を転覆させた国際社会。
今のイラクの治安回復に責任を追うべきだろう。

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尾道最終日。

2014年02月05日 08:00

尾道最終日。
お世話になった小林さんと別れ、僕の足はまた丁寧寺に向かっていた。
歩くの大嫌い、山登りも嫌いな僕。
我ながらネコが関わると人が変わるようだ。
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天気もよくお散歩日和。
昨日、僕の肩に乗ったネコは一眼レフを持って撮影中のお兄さんのお膝にいた。
やっぱり甘えん坊のネコだ。
ちょっとだけ、お話したかったが、先約がいたので諦めた。
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階段の近くにちょっぴりチョビ似のネコを発見。
額のMの字柄が似ている。
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お悩み相談の家の前にもネコ。
まるでネコが悩みを聞いてくれるような雰囲気。
「ネコさん僕の悩み聞いてくれる〜」と話しかけてしまった。
春先、また尾道に呼んでもらえそうな雰囲気。
またネコに会いに行こう。
こんな時、長生きしたいと思う。

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尾道探訪。

2014年02月04日 18:22

尾道のネコと戯れ、商店街を通って駅に向かう。
DSCN2659.jpg
人もまばらな商店街。
後で知ったが、商店街の殆どのお店が休みの日だった。
危うく、シャッター街と勘違いするところだった。
DSCN2661.jpg
商店街に銭湯!
これは粋でいいね〜!と思って近づくと、銭湯はお土産物屋さんになっていた。
この銭湯、いつまで営業していたのか分からないが、お買い物帰りに一っ風呂なんて、尾道の人は粋だと思う。

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