僕のカメラ。

2013年10月31日 08:00

シリア難民取材からバングラデシュのロヒンギャ難民取材まで、僕自身にもハードな取材だが、
僕のカメラにとってもハードな取材だ。
一ヶ月に及ぶ取材につき合ってくれた僕のカメラは埃だらけ。
素人がメンテナンスできる限界をとっくに越えているので、銀座にあるCanonのプロサービスへ持ち込む。

昔、昔のプロサービスはなんとなく担当の人がいてくれて、カメラマンの特性や使用状況を知っていてくれた。
時の流れはプロサービスというカメラマンとメーカーの接点さえも合理化に向けてしまい、今では銀行のように機会から発券されたレシートを持って窓口に向かう。

昔は、大御所と言われるカメラマンが優先的に扱われる事もあり、不公平な部分もあったと思う。
しかし、そこには人と人のつながりがあり、メーカーは前線で撮影するカメラマンを心から応援してくれていた。

誰でも平等に。
レシートを受け取って窓口に行く事によって、前回不具合があった事を順番できまった担当者に一から説明しなければならない。
近年、デジタル化されたカメラは便利である分繊細で、フィルムカメラに比べるとトラブルも多い。
現場で、一瞬しかないシャッターチャンス、そんな時カメラがPCのようにフリーズしたら。。
その原因は近年のデジタルカメラでは特定しにくい。
それ故、知っている人に使用状況、トラブルが発生した状況を説明して、なんとか修理をお願いしたいと思う。

シリアもヨルダンもバングラデシュも高性能のカメラにとっては過酷な環境だと思う。
今回も一ヶ月の取材中、二度カメラがフリーズした。

カメラの清掃とメンテナンスをお願いするのに、僕のカメラの過去の状況を知っている人にお願いしたい。
銀座のCanonを訪れた時、プロサービスで僕が最も信頼しているNさんが他のカメラマンの対応をしていた。
僕はレシートを取らず、Nさんに目配せをして対応をしてもらった。
プロサービスを受ける人は会員証を提示するのがルールだが、Nさんは長年僕を知っていてくれるので面倒な手続きなしで対応してくれる。
20年近くつき合っているCanon。
写真展でお世話になり、今、最も協力してくれているAさんも後一年で定年らしい。
銀座Canonへ幾たびに若いスタッフを紹介される。
写真業界の未来がよろしくないだけに、フリーカメラマンにとってメーカーのサポートが大切だと思う。

僕が駆け出しのカメラマンだった頃からお世話になったCanonのスタッフは後2年で全員いなくなってしまう。
願わくば、次世代のスタッフも杓子定規な対応でなく、僕たちフリーのカメラマンを応援してほしいと思う。
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マイメイシンのブジャ。

2013年10月30日 01:17

全体としてはイスラム教徒が多いバングラデシュだが、マイメイシンはヒンドゥー教の人が多い。
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ちょうどプジャのお祭りの時期にあたったため、街全体がお祭りムードだった。
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お祭りを楽しむ人もいれば、幼子を連れて露天商を営む人もいる。

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チョビ

2013年10月27日 18:41


久し振りにパパと一緒にお風呂に入るチョビ。

マイメイシンのネコ

2013年10月27日 08:23

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やっぱりマイメイシンにもネコがいて、お茶目な顔と真面目顔を見せてくれた。

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戦場カメラマン渡部君が登場するイラクのDVD有り




マイメイシンへ

2013年10月26日 13:32

Jun Travel Bangradesh.通称JTBの旅行計画はとにかくハード。
カウントダウンパーテーが終わって帰宅したのは何時だろう?
翌日、マイメイシンに行くためにグルシャン2での待ち合わせ時間が7時半だったような。
なんとか3時間くらい寝れそう。

少し遅れるという連絡が入った時、何となくほっとして2人ともソファーで少し寝た。
長らく噂だけ聞いていたエクマットラのヒロキさんと初対面、そして、初めてのマイメイシンにむかった。
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お誕生日カウントダウンパーティーへ

2013年10月25日 05:00

まだまだ一緒に飲みたいという雰囲気のダワットから抜け出し、CNGをキャッチして次なる会場へ。
ジュンの友達で、かつて協力隊で活動した人のお誕生日カウントダウンパーティーへ向かった。

会場になっている自宅の屋上には、なんと!プールがある。
遅れて到着した僕たちの前でパーティー参加者が着衣のままプールに入っている。
着替えなんてないけど、これは行くしかないでしょ〜。
そもそも、長旅でシャワー浴びたかったし。
お財布をポケットから出し、防水カメラだけを持ってプールに飛び込んだ。
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つもりが、携帯電話がポケットに入っていた。
やってしまった〜!と思ったが、この携帯は3日後に復活した。
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人気者のジュンはみんなに担がれ、プールに投げ込まれた。
ここがバングラデシュだと忘れてしまうくらいのパーティーだった。
帰り際になり、大使館の人が持って来てくれた白ワインが開けられ、自家製のお酒共々結構飲ませてもらった。
パーティーがお開きになり、ジュンの家に帰り着いたのは日付が変わってかなり経ってからだった。
こうして、長い長い弾丸ツアーの幕が閉じられた。


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ダワット

2013年10月24日 05:00

ダッカへ帰って来てすぐにジュンの知り合いの家にご招待された。
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バングラデシュには「ダワット」という文化があって、親しくなると自宅に招いてもらい、ご飯をごちそうになる機会が増える。
勿論、僕自身にそんな知り合いがいるわけではないが、友達の友達は友達と思ってもらえるので、ジュンと一緒にお邪魔した。
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過去にも何度かダワットの経験があったが、バングラデシュに住むヒンドゥー教のお宅にお邪魔するのは初めて。
イスラム教ではないため、ご飯と共に地酒が振る舞われた。
これがまた強い!お酒。
勧められるままに沢山飲んでしまった。

長旅もこれで終わり、と思いきや、ジュンは次なるパーティーへと僕を誘う。
時すでに23時過ぎ。

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列車の旅toダッカ

2013年10月23日 14:29

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ジャングルの中で列車とすれ違ったり。
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何時間も列車の屋根に乗り続ける人を見たり。
懐かしい、タンガイルの駅を見たり。
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そうこうしているうちに首都のダッカへ帰って来れた。
一泊2日の弾丸ツアーがようやく終わった。
と思いきや、到着早々、ジュンの知り合いのお家にダワット。
まだまだ終わらない弾丸ツアー





家出から帰って来たチョビ

2013年10月22日 12:19

日本から嬉しい写真が届いた。
家出から帰って来たチョビ。
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何故かプーさんと2ショット。



一泊2日の弾丸ツアー

2013年10月22日 02:12

世界遺産の前で記念撮影をして、はるばるやってきた証拠を残す。
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現地滞在時間(起きている時間)はほんの数時間。
帰りは列車の旅。
列車はそもそも遅れる可能性が高いが、一度走り出せば渋滞に巻き込まれる可能性がないのが良い。
10:30発の列車は12:30発となり2時間遅れ。
しかし、バス停と違って駅は退屈しない。
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日本では絶対不可能な線路の上での記念写真も。

ホームや線路を行き交う人々を見ているだけで、バングラデシュを感じる事ができる。
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イードの連休とあって列車は満席。バングラデシュ名物?の乗れる場所は屋根でもどこでも乗るベンガル人を見れた。
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バングラデシュの世界遺産。

2013年10月20日 23:47

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パハルプールの世界遺産に到着。
しかし!ダッカに帰る列車の時間がせまっているので、遺跡にいられる時間は僅か40分程。
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遺跡そのものよりも、世界遺産に指定される遺跡の敷地内にヤギが入り込んでいる事が面白かった。
足早に遺跡を観光して、ジョイプールハットの駅に向かう。

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世界遺産への長い道のり

2013年10月20日 06:00

取材も旅も突然の連続が多い。
突然パハルプールの世界遺産を見に行く事になった。
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僕の苦手な長距離バスでの移動。
しかも!イードのお休みと重なり、バングラデシュは日本のお盆休みのような状態。
10:15発のバスが出発したのは12:30。
以前訪れたタンガイルが通過点だが、通常3時間もあれば着くのに倍の6時間もかかってしまった。
バスの終点ジョイプールハットに着く前に日付が変わりそうな勢い。
ジョイプールハットに到着したのはなんとか日付が変わらない23時過ぎ。
ダッカに帰るのにまたバスじゃ体が持たない。って事で駅に向かいダッカ行きの列車のチケットを入手。
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駅のホームでディム(卵)が売られていたので、その場で食べた。
やっぱりバングラデシュはディム。
ホテルに戻ったら24時を回っていた。
12時間以上の移動に疲れたいたのだが、僕とジュンは赤ワインを一本飲んでから眠りについた。

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ダッカのスラム2

2013年10月19日 08:30

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線路沿いのスラムは相変わらず。
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3度目にして新たな発見があった。
スラムの中にNGOがやっている学校が存在した。
ロヒンギャ難民の取材を終えたら、帰国直前に再びスラムを訪れよう。

今回はシリア難民に始まり、スラム、ロヒンギャ難民と続き、なんとも欲張りな取材になってしまった。
問題は。。。帰国後の発表媒体!

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ダッカのスラム。

2013年10月18日 13:24

バングラデシュの取材目的はダッカ市内のスラムとロヒンギャ難民の二本立て。
到着した日はさすがに疲れていたので、ジュンがオフィスに行った14時から夕方まで爆睡。
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夕ご飯は料理人のジュンがお好み焼きを作ってくれた。
この味で体力回復!
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以前はなかったカエル?芋虫?のゲートを見つつスラムへ。

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バングラデシュへ

2013年10月18日 00:58

ヨルダンの取材を終え、バングラデシュへ移動。
ドバイの空港ではまたもやボーディングゲートで止められ、もしかして!また乗れない?
と思ったら、女性と子供がいるので席を変わって欲しいとシートナンバーを変更された。

なんとかダッカ空港に着くとイミグレーションは長蛇の列。
外国人専用レーンにベンガル人が並ぶ。
何故かみんな書類に不備があって、自分の順番が来てから書類を書くもんだから、恐ろしく時間がかかる。
しかも!ベンガル人がどんどん横入りしてくる。
あ〜バングラデシュに来たな〜って感じ。
3人まで横入りを許したが、4人目以降は食い止めた。

40分近くまってパスポートにスタンプを押してもらう。
僕の時間はほんの2分くらい。

これは荷物がとっくに出て来ているし、他の人に持って行かれたら大変とばかり、3番のターンテーブルに向かって走る。
と、出口近くでジュンが待ったいるのが見えた!
ジュンに荷物取って来るわ!と身振りで伝え、ターンテーブルへ。
この時点で飛行機が到着してから約1時間が経過しているのに何故か荷物が出て来ていない。
う〜ん。This is Bangladesh!

そして最後の難関、荷物のX線検査。
カメラが見つかると税金を取られてしまう。
はやる心を抑え、集団と共に移動、ジュンがいるのは分かっているが、今発見したかのように
お〜ジュン〜!と手を振りつつ、X線検査をパス。
1年半振りにようやくダッカ市内へ。

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アブニダール&マックルーベ

2013年10月16日 21:56

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シリア難民支援をしているシリア人の団体がある。
そこで働くヨルダン人スタッフアブニダール。
アブニダール本当の片言の英語しか話せない。それでも僕のアラビア語より上手。
お互いに片言で語り合う。目と目で会話できるよね〜!といつも言っていた。

事務所でお手製のマックルーベを頂いた。
やっぱり家庭の味は美味しい。
アブニダールは何度も言った「I never forget you!HIRO」
僕も絶対忘れないよ。
そして、近々また会いに行く。

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アズラックキャンプへ行く途中。

2013年10月15日 19:44

6月にヨルダンを訪れた時、アズラックに新たなキャンプが建設中だった。
現在、ほぼ感性していて、いつでも難民の受け入れが可能だと聞いたので見に行ってみた。
非常にアクセスが悪い所で、いつものごとく「わらしべ長者作戦」でいろんな人に協力してもらってキャンプにたどり着いた。
キャンプの事は日本に帰国してから改めて紹介します。
今日はキャンプに行く途中で出会ったネコ。
またネコ?
そうです、またまたネコです。
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一休みして水を買いに行った時、椅子の下に一匹のネコが。。
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どっかへ行ってしまうと思いきや、
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柱にすりすり。
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キメ顔も見せてくれた。


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ヨルダンでもやっぱりネコ!

2013年10月10日 21:49

今回ヨルダンでの初ネコはシリア難民をサポートしているマレーシアの学生さんのお家で出会った。
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日本のネコと似ているな〜と思っていたら。
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なんとも不思議な顔を見せてくれた。

このネコちゃんはマレー語かアラビア語かどっちかな〜。


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アンマンの看板

2013年10月10日 15:12

10年前イラク戦争に向かう時、今や日本国民の殆どが知る戦場カメラマン「渡部陽一」君とアンマンのアブジャールホテルに泊まっていた。
当時から不思議な雰囲気を持った人だったが、これほど有名になるとは誰も思っていなかった。
当時の事は記憶の彼方に飛んで行ってしまっていたが、道路標識を見て様々な記憶がよみがえって来た。
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僕たちが泊まったエリアは「ジャバル・フセイン」これからイラクに行く僕たちにとってはさもありなん。と言う名前。そして、ジャバル・フセインにある「アフガン人の通り」これ、10年前にも見た。
なんでヨルダンで「アフガン人の通り」なんだろう?と思いつつも調べる事もなかった。

10年経っても僕の気持ちはそれ程変化していない気がする。
昔より、少し慎重になったくらいかな〜。
しかし、世の中は大きく変化した。
イラク戦争の頃はフリージャーナリストが沢山活躍できた。
国際報道も多かった。
今はシリアで内戦が起きても報道は少ない。
フリージャーナリストは絶滅危惧種となりつつある。
次の10年はどうなるのか。ふとそんな事を思った。

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夕暮れのザータリキャンプ

2013年10月10日 04:00

6月にザータリキャンプを訪れた時は午後2時前にはザータリを出ていた。
今回初めて、朝一番から国連スタッフが帰る午後4時までザータリにいた。
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夕暮れになると気温は一気に下がり、昼間半袖でも暑かったのが信じられないくらい寒くなる。
風が強くなり、砂嵐が起きる。

今回、キャンプで朝まで過ごす機会がありそうだったが、時間の関係で見送らざるを得なかった。
難民の人達は確かに不平不満を言う。
支援をする人達は夜や朝方、キャンプがどのくらい大変な環境にあるか知らない。
視察に来た人は2泊3日でキャンプに泊まってもらうと良いかと思う。(セキュリティー上不可能だが)
見た目以上にキャンプ生活の大変さが実感できると思う。

最近、ヨルダン政府が主要な国境を閉じたため、難民の人達は砂漠で一晩を過ごし、ヨルダンにやって来る。
ダウンジャケットを着ても寒いかと思う気温の中、薄着で幼い子供を抱え国境をわたって来る。
日本はあらたに60億円のシリア支援を打ち出した。
本当に困っている人達の為に使われる事を祈る。

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2013年10月09日 16:00

三日程前、日本からチョビが帰ってこないと連絡があった。
以前もそうだが、僕が海外取材に出るとパパを探しに行って迷子になってしまうのか、よそ様に保護された事が
あった。
首輪には電話番号が書いてあるが、あ!僕の携帯番号だ!
不安な日々が続く。
日本を出る時、一度家に戻って、一杯ナデナデしてきた。
もしかしたら、もう会えないかも。と毎回思う。
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HDに撮影したデータを書き込んでいたら、不意に一番可愛いチョビの写真を見てしまった。
人間の子供ならパパが帰ってこない理由も理解できるが、チョビは理解できない。
いつか帰って来ると待ち続けるチョビの事を考えるととても切ない。
お陰様でチョビは無事帰宅したらしい。

僕の友人ジャーナリストで戦場に行きたいといいつつなかなか行かない人がいる。
彼には奥さんと子供がいる。
無理に行かなくていいと思う。
僕自身ネコでさえ後ろ髪を引かれる。
もし、僕に子供ができたらどうなるのだろう〜。


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出会い!イラク人。

2013年10月08日 21:56

懐かしい気分でアンマンのダウンタウンにあるローマ劇場を訪れた。
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ちょうど10年前、イラク戦争の時、ヨルダンをベースにしてイラクに入っていた。
取材を終え、ヨルダンに帰って来てちょっと一休みでローマ劇場に遊びにきた。
偶然、劇場でイラク戦争反対のデモをやっていた。

前回、6月にヨルダンを訪れた時、夕食後、夜のローマ劇場を訪れた。
今回は陽があるうちに訪れる事ができた。
1JDの入場料を払って中に入ろうとしていると「一緒に写真撮ってもらって良いですか〜」と声をかけられた。
勿論、いいですよ〜!と答え写真を撮ると、お相手はヨルダン人ではなくイラク人だった。
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振り返ってみるとヨルダンに用事があってヨルダンに来た事はなく、イラクや、シリアがきっかけだった。
10年の歳月を経て、またイラク人と会う偶然に驚き、その場でFace Bookでお友達なれることに時代の進化を感じる。


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冬へ向かうヨルダン。

2013年10月07日 16:40

朝一番から難民キャンプに入り、国連スタッフが帰る午後4時までキャンプにいた。
何度も砂嵐があり、のどはカラカラ。
カメラも砂まみれで、調子悪くなる。
ハードなコンディション。

すべてを終え、マフラック市内でお世話になったシリア人、ヨルダン人に挨拶&お別れをしてアンマンへ。
アンマンに着いたらもう9時近かった。

とってもお腹がすいていたので、最後の最後くらいファーストフードにしようと思いでかけた。
2週間前は半袖で夜出歩いて、ちょっと寒いかな〜。って感じだったが、長袖にジャケットを着ても寒いくらいの気候になってきた。
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ヨルダンは暑いとイメージされがちだが、冬は雪が降るくらい寒い。
難民キャンプな2度目の冬に突入する。


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難民キャンプ以外のキャンプ2

2013年10月07日 05:22

名も無き難民キャンプ。
子供達が簡易プールを作っていた。
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キャンプへ出勤?

2013年10月06日 02:55

長年にわたって戦争、難民取材をしている僕。
あちこちの難民キャンプを取材させてもらってきた。
今回生まれて初めて難民キャンンプにローカルバスで出勤した。
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マフラック市内からキャンプ前までバスが出ている。
バス停を探していたら一緒に行こう!と声をかけてくれたのはシリアの人だった。
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入り口で取材許可証を見せてゲートをくぐる。
シリア人と仲良くお話しながら歩いていたら警察官が走って追いかけて来た。
何故か僕の腕をつかみ、ゲートへ連れ戻す。
良く分からないまま車に乗せられ連行される。

国際機関のブースがあるベースキャンプを越え、僕が行った事のない奥へ。
そこでキャンプを統括する人に会い、許可証を見せサインをもらい、解放される。
何故か車では送ってくれず、歩いてベースキャンプに向かう。

ところが、ベースキャンプ前で再び英語が通じない警察官につかまり、振り出しに戻る。
警察に悪気はないのだが、外国人が歩いてキャンプに入るという前例がないため、あちこちで尋問を受ける事になる。結局、ゲートをくぐってからベースキャンプに入るまで40分以上かかってしまった。

前回はJICAの車に乗せてもらってキャンプインしていたので、個人として難民キャンプに入る事がこんなに大変だとは全く想像できなかった。

キャンプで働く国際機関の人達にいきさつを話したら。。
「歩いてキャンプに入って来るなんて無謀な事をしちゃいかん。帰りはうちの車で帰りなさい」とIOM、UNHCRの人達が車で送ってくれた。
しかも、「次に来る時は電話をくれたら迎えに行ってあげるから」。と名刺に携帯番号を書いて渡してれた。
難民を取材するというセンシティブな仕事だが、国際機関で働く人達が報道の大切さを理解してくれ、協力してくれるのはとても有り難い。

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難民キャンプ以外のキャンプ

2013年10月05日 18:12

シリア難民の生活は難民キャンプもしくは街での生活。
この二つだと思っていたが、三つめが存在した。

国境に近い地域。
難民キャンプではない地域にテントが張られ、シリアの人たちが生活している。
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ザータリキャンプに入ったものの、環境が悪く、外にでて親族が集まって生活しているそうだ。
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子供を含め100人近い人たちが生活している。
彼等の生活をサポートしてくれる団体はなかったが、
なんと!マレーシアの学生さん達が彼等の生活をサポートしてあげているそうだ。

かつて、僕がアフガニスタン難民を個人で支援していた事を思い出す。
僕は本当に個人で、お金も足りなかったが、マレーシアの学生さん達は地元マレーシアのモスク等から寄付をつのり、ちょっとしたNGO並みの支援をしている。
彼等の行動力に敬服!


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シリア難民の住む家。

2013年10月05日 08:19

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難民キャンプでも街でもシリアの人達は大変な生活をしている。

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ザータリキャンプagain.

2013年10月04日 15:00

3ヶ月振りにザータリキャンプを訪れた。
前回はJICAの車で訪れたので何の問題もなく入れたが、今回はマフラックからタクシーのつもりが、
友人が送ってくれた。

取材許可証はあるものの、車ではキャンプの中まで入れず難民の人達の流れに乗って歩く事になった。
ベースキャンプに近くなると、再び許可証の提示を求められた。
許可証を見せてすぐに入れるかと思いきやヨルダン警察に連れられ、車でちょっと離れた場所へ。
あれこれ、たらい回しにあい、ようやく許可証にサインをもらえた。
またベースキャンプまで車で連れて行ってくれるかと思いきや、歩いて行け!って。
ま、これも楽しい。

国連やJICA、NGOと一緒だとストレートに入れるキャンプもジャーナリスト個人だとなかなか難しい。
3ヶ月振りに訪れたザータリキャンプの第一印象は「静か」だった。
国連の人に聞いたわけではないので、正確かどうか分からないが、数ヶ月前20万人近かったキャンプの人口は今では10万人強だと。
キャンプ内の商店街もしまっている所が多かった。
目的なくキャンプ内をうろつくのは難しので、前回と同じように床屋に行く事にした。
同じ床屋を探してもらったが、見つからず、違う床屋へ。
ダラから来た床屋さん、昨年の12月に床屋をオープンしたそうだ。
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とても丁寧にカットしてくれた。しかも安い!1JD=約140円。
あれこれ世間話をしながらインタビューさせてもらった。
カメラを持ってインタビュー!ではなく、こんな世間話の中にシリアの人達の本音が隠れていたりする。

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ヨルダンとシリアの国境。

2013年10月03日 15:00

RAMTHAというヨルダンとシリアの国境を訪れた。
国境の検問所は閉ざされ、警備の人さえ殆ど見かけなかった。
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6月にヨルダンを訪れた時、ヨルダンで難民関係を扱うトップの人が
「シリアはアラブの隣国だから、我々ヨルダンはどれほど多くの難民が押し寄せて来ても受け入れる」と言っていたが、3ヶ月後の現在。オフィシャルのボーダーは閉ざされ、正規でないルートでヨルダンに入って来るのも難しくなっているようだ。
国境近くにはヨルダンに入ろうとして入れない人達が数千待機していると聞いた。
難民問題は確実にヨルダンの経済を圧迫している。


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ザータリキャンプagain.

2013年10月03日 00:47



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