10数年前のヨルダン写真。

2013年06月30日 23:09

一ヶ月の及ぶ取材の写真、動画を整理し、HDに保存していたら懐かしい10数年前のヨルダンでの写真を
発見した。
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イラク戦争から帰って来て、アンマンで撮った記念写真。
やっぱり若いかな〜?



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サルト観光2

2013年06月29日 21:42

ルートに沿って観光をする。
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靴屋さん。普通に通り過ぎそうだが、大昔から靴屋さん街だったと聞くと街の歴史を感じる。
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そして、サルトはスパイスと漢方のような薬草が有名。
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人気店には平日でも沢山のお客さんが列を作っていた。





サルト観光。

2013年06月28日 07:00

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日本の協力でサルトに博物館が作られた。
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アフリカで見た、ビー玉を使ったゲーム。木をくり抜き、ビー玉の代わりに石が使われた古い物が展示してあった。
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博物館の人が英語で丁寧に説明してくれる。が、展示物はアンマンの国立博物館に遠く及ばない。
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博物館のテラスから見るサルトの景色はgood。
サルトの観光を推進する為に、博物館だけではちょっと厳しい。
そこで、日本のコンサルタントなどの協力によって、街全体を観光してもらう企画が生まれた。
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街を一周する観光ルートを作り、ガイドの人が街の歴史を説明してくれる。
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街に出ると早速博物館で見たばかりのゲームに興ずる地元の人達に出会った。
海外を訪れても博物館はつまらない。と思う人でも、このツアーなら楽しめると思う。

つづく



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黄色の街サルト

2013年06月27日 06:25

サルトの街は昔ながらの家が多く、街全体が黄色に見える。
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古い街並を散策するだけで楽しい。


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サルトの裏路地2

2013年06月26日 06:45

サルトはイスラム教とキリスト教が融合した面白い街。
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古い歴史あるモスクがあれば
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これまた
古い歴史ある教会もある。
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裏路地にはイスラム圏らしくない女性のドレスが。






サルトの裏路地

2013年06月25日 20:14

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首都アンマンからそれほど遠くない街サルト。
日本の協力を得つつ観光開発を試みている街。
裏路地が赴きがあってとても素敵だった。



ヨルダンの水事情。

2013年06月23日 05:19

ヨルダンの水事情は大きな問題。
首都アンマンでさえ、給水は週に1〜2回。
そのため多くの家では給水タンクを常備している。
そんな事をヨルダン事務所の次長さんから聞いた。

トルコからやってきて、ちょっと良いホテルに泊まり、バスタブに浸かっていた僕だが、翌日からやめた。
知らない事は罪だったりする。

ヨルダンの水事情に日本が大きな力を貸していた。
アンマン郊外にあるザイ浄水場。

国境を越え、北から流れていた水が最後に死海に流れ込む。
日本では想像し難いが、国際河川が最後にたどり着くのがヨルダンだ。
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シリアから流れてくるヤルムーク川などを水源にザイ浄水場で浄水している。
この大きなプールのような施設が二つあり、その一つは日本の無償資金援助で作られている。
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現地の人が浄水のシステムを紹介してくれた。
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ザイ浄水場のコントロールルーム。

この浄水場ができた事によってアンマンなどの都市部への水の供給がかなり改善されたそうだ。
どのくらいの効果があったなど、関心がある人は外務省のページなどを参考にして下さい。

さて、ヨルダンと言う国の水問題を改善する為に日本が無償資金援助を行った事を日本人の何パーセントの人が知っているだろう。

かくいう僕も知らなかった。
僕たち日本人が思うよりヨルダンと日本は密接な関係にある。
過去のブログで書いたような観光開発への協力もある。
ヨルダン国立博物館
ODAの使われ方などはもっともっとメディアが伝えて良いと思う。
日本と二国間の関係が良いなど、ほんの少しのきっかけで、訪れてみたくなる国になるかもしれない。

いつも思う。世界が日本を知る程に僕たちは世界を知らない。


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料理隊長!

2013年06月22日 01:58

以前ブログで紹介したマフラック5姉妹の一人山田さん。
施設で子供達に笑顔をプレゼントする仕事。
僕が取材に行ったときは美術隊員と協力して絵を描いていた。
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大きな模造紙に描き、そこに線路を描いて、最後に列車を貼付けていた。
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子供達は思い思いに絵を描き、つながった線路に列車を乗せた。
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マフラック市内には線路がある。
かつてシリアまで走っていた線路。
子供達はヨルダンで楽しくくらしていても、心のどこかで祖国シリアの事を思っているのだろう。

山田さんにはもう一つの顔がある。
それは料理隊長。
山田さんは料理が得意らしく、マフラックに住む他の隊員の分まで食事を作ってあげる事が多いそうだ。
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この日もマフラックの市場へ買い出しに。
日本では想像もつかないくらい大きなキャベツが売っていた。
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市場ではシリア難民の人も多く働いていて、山田さんは人気者。
僕も1JDの親子丼をごちそうになった。
しかし、山田さんの任期は7月で終わってしまう。
マフラックが少し寂しくなってしまうかも。

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トルコのアスカリショップ

2013年06月20日 08:00

国境の街アンタクヤには沢山のアスカリショップがある。
街の中心部の表通りに面した場所だけでも4〜5軒のショップがある。
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防弾チョッキがあれば良いと思って探したが、2月には見つからなかった。
今回、何軒かのショップで防弾チョッキを見つけた。
欲しいな〜!と思ったが、マガジンポーチが付いていて邪魔なので止めた。戦闘要員と勘違いされるのがイヤなので。

ショップには実銃こそ売っていないが、軍服やホルスター、マガジンポーチなどが売られている。
アラビア語通訳の西君がジハードTシャツを買いたがっていた。
もし、拘束されたときに持っていたらとんでもない勘違いを生むので、帰国する直前にするようにお願いした。

アンタクヤを離れる日。
スークの中に小さなアスカリショップを見つけた。
西君が「ちょっと寄っていいですか?」と言うので立ち寄ってみた。

お店の奥には自由シリア軍の旗が貼ってあった。
この頃、西君はマレーシア人かインドネシア人に間違われる事が多く、ショップの人にもインドネシア人だと思われていた。僕は日本人。
お店の人が西君にジハード鉢巻きをプレゼントしてくれた。
僕には。。お前は日本人でモスリムじゃないからダメだと。残念。

お店で働いている人もシリア人っぽかったので、西君がどこ出身ですか?と聞いていると、一人のおじさんが、
「私はアフガニスタン出身だよ」と答えた。
え?トルコの辺境の街にアフガニスタン人?
僕の頭の中でダリー語がよみがえった。
「アズ コジャー アマディー?」と聞いたときのおじさんのビックリした顔。
トルコの街でダリー語を聞く事は殆どないだろう。
「アズ アフガニスタン」と
いやいや、それは分かったから、アフガニスタン コジャー?
「アズ マザリシャリフ」
わお〜アッファリン!
ダル インジャー ゼンデギー ちぇとーる?
などなど、会話が弾み、何故か僕にもジハード鉢巻きをくれた。
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シリア人とアフガニスタン人の店員は良いが、店主は結構怪しい目をしていたので、早めにお店を出た。
今回、自由シリア軍の兵士が必要な物を買い出しに来ている姿を何度か見かけた。
アンタクヤのアスカリショップ。
昔からあるのだろうか。
やはり国境の街。


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ウム・カイス

2013年06月20日 07:30

ヨルダン北部、シリアの国境に近い街ウム・カイスを訪れた。
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ゴラン高原も見えるというが、地元の人の話だと、これらしいが、よくわからない。
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ウム・カイスの遺跡はそれほど観光客がいなくて、僕好み。
すごく大切な物が、そのまま朽ち果てるままに置き去りにされているのも良い。
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そして、この遺跡には沢山のトカゲさんがいる。
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そして、そして、
一番の収穫は生まれて初めてイエメン人と出会い、既にFBでお友達になったこと。
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アラブの春の影響で大変な事態になる前にイエメンを訪れたい。


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JICA Volunteer at Jordan 5

2013年06月19日 19:00

青年海外協力隊と聞くと途上国の村落の開発や教育関係やをイメージする人が多いと思う。
かく言う僕もそうだった。
僕の友人はバングラデシュで料理隊員だった。

協力隊の隊員には特別なスキルを持った人も多い。
今回ヨルダンに派遣された短期ボランティアの一人渡辺さんは理学療法士というスキルを持った人。
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マフラック市内の施設で理学療法士として活躍している。
難民である事だけでも大変なのに、障害を持っていると尚更大変な生活となってしまう。
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渡辺さんは女性という立場から女性患者さんに優しく接していた。

仕事が終わり、夕食の買い物に行ったとき、地元に住むシリア難民の人に呼び止められた。
「うちの子を見て欲しい、施設には何度もお願いしているんだけど、未だに誰も来てくれない」と
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渡辺さんは時間外労働を快く引き受け、脳性麻痺の少年を看てあげていた。
近隣にはシリア難民の人が多く、うちの子も看てちょうだい!とどんどん声がかかる。
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内戦に父親と共に銃撃され、父親は他界してしまい、女の子も足を骨折してしまった。
一日の活動で疲れているにも関わらず、次から次へとやっている子供達を看て渡辺さん。
こんな隊員さんもいる事、知って欲しい。


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シリアの病院とムジャヒディン

2013年06月18日 22:26

シリア国内の病院。
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今年の2月末に訪れた時も自由シリア軍の兵士が出入りしていたが、病院のゲートで武器を預けてから病院施設内に入ってきていた。

今回は自由シリア軍、海外からのムジャヒディン共に武装したまま病院内に入って来ていた。
病院自体が自由シリア軍のベース的な存在になりつつある。
前回も兵士達が病院に来て、ネットを使い連絡を取り合っていた。

僕たちは日本にいてアサド軍が大学や病院を空爆したニュースを聞き、なんて酷い事をするんだ!
と思うが、自由シリア軍の基地のような使い方をしている事にも問題があると思う。

病院関係者と3ヶ月ぶりの再会を楽しみながらお茶をしていた。
そこに外国人部隊の人達がやってきた。
病院の人が「hiroは日本のカメラマンでとってもいいやつなんだ〜」と紹介した瞬間に一人の兵士が拳銃を抜き、
僕の頭に銃口を突きつけ、撃とうとした。

僕は。。あれ、セーフティー外したかな?初弾はチャンバーに送り込まれているかな?
抵抗しようか、そのままでいようか。
頭から弾丸があご側に突き抜けたら死体はかっこ悪いかな〜?
なんて事をほんの数秒のうちに考えた。

病院関係者が「やめろ!やめろ!hiroはちゃんとプライバシーを守ってくれるカメラマンなんだから」と説明してくれ、ようやく銃口が頭から離された。
後で気づくと頭のてっぺんにたんこぶができていた。

この仕事をしていて、何度もホールドアップの経験はあるが、直接銃口を押し付けられたのは初体験だった。
今年の初めと違い、自由シリア軍の旗色は悪く、海外からの義勇兵に頼らざるを得ない状況だ。
しかし、病院関係者も含め、地元の人達は海外からの義勇兵を扱いきれず困っている感じが見受けられた。
ドクターや病院関係者はとても頑張っているのだが、この病院もアサド軍のターゲットになってもおかしくない。
そう思った。

僕がもっているハンドガンが僕の頭に突きつけられた銃。
笑顔で記念写真を撮っているが、頭は真っ白だった。


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JICA Volunteer at Jordan 4

2013年06月18日 08:00

ヨルダンに逃れて来たシリア難民の数は80万人を越えると言われている。
勿論、難民キャンプだけでシリアの人達を収容できるわけもなく、多くの人達はヨルダンの街中で暮らす事になる。

内戦が長期化しつつある現在。
ヨルダンの街中に住む人達への物的サポート、精神的サポートが必要となってくる。

青年海外協力隊隊員の一人、西村さんはかつてシリアで2年間の隊員経験があり、内戦が始まった今。
かつて自分が触れ合ったシリア人に何かできる事はないか。そう思いヨルダンでの活動に志願した。
西村さんはキャンプ内で活動する2人と同じく、青少年活動という枠組みの中でマフラック市内にある子供達の為の施設で活動している。
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キャンプ内の施設と同様に子供達がつかの間、戦争を忘れ笑顔を取り戻す場所だ。
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子供達は歌ったり、踊ったり、お絵描きをする。

ザータリキャンプではセーブザチルドレンのヨルダン人スタッフがイニシアティブを握っていたが、この施設は日本人のボランティア西村さんが中心となって活動をしていた。
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この施設の特徴は子供達だけでなく、お母さん達も一緒に施設に来て他のお母さん達とお話をしたり編み物をしたりしている事だ。
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難民生活が長期化し、女性達が精神的にふさぎ込んでしまう事を防いでいる。
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子供が描いた絵を見せてくれた。
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この写真の中に戦争で両親を亡くし、兄弟2人だけでヨルダンに逃れて来た子供がいる。
その一人の男の子、年齢はティサだったか、タマーニャだったか忘れてしまったが、僕が子供達を撮影しようとするとカメラの目の前に現れて邪魔をする。
でも、悪気はなさそうで、かまって欲しい視線を感じた。
撮影しなきゃ、という想いと、この男の子をほっておくのはイヤだな〜という想いが交錯していた。
そんな時、西村さんが、「この子両親を戦争で亡くして兄弟2人だけなんですよ」と教えてくれた。
正確には母親は刑務所に入れられたそうだが、長期間連絡が取れず、生存は絶望的だそうだ。

彼が求めたのは父性だったのだろうか。
僕が施設にいる間、かなりの頻度で僕の近くにまとわりついていた。
僕は早めに撮影を切り上げ、残りの時間を言葉か通じない彼と遊ぶ時間にした。

西村さんが子供の境遇を教えてくれなければ、鬱陶しい子供と思ってしまっていたかもしれない。
彼はいつも眉間にしわを寄せ不機嫌そうで、他の子供達とあたってしまう事も多いらしい。
そんな子供が僕に心を開いたかどうかは分からないが、つかの間懐いてきた。
西村さんは「ちょっとジェラシーですよ〜」と笑顔で言った。

そして、翌日。
同じ子供が西村さんに「あの日本人のお友達は今日来ないの〜」と聞いたそうだ。
今回、子供の描いた絵を見て泣いた、難民のおばさんの話を聞いて泣いた、そして、この子供の話を聞いて泣いた。僕たちは子供の出す表面的な笑顔だけを撮影してはいけないと、改めて思った。
フォトジャーナリストとしてでなくてもいい。
一人の人として、もう一度、この子に会いたいと思う。
一時、彗星のように現れて消えて行く、そんな無責任な大人にはなりたくない。

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Wadi rum 3ネコ

2013年06月17日 23:05

ワディラムの砂漠にもネコがいた。
このネコ、ちょっぴり保護色の砂漠色。
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奇妙な形をした岩に登れる。
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そしてかなり怖そうな橋になった部分を渡れるらしい。
背中にカメラを背負い岩山を登る。
するとワディラムネコちゃんがついてきた。
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さすがネコ。
身のこなしは軽く、僕を先導するようにどんどん岩山を登って行く。
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まだこないの〜!とばかり上で待っているワディラムネコ。
こんな乾燥した暑い場所でネコが生きられるのにちょっとびっくり。
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しかも、このネコ分身の術まで使いこなす。


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Wadi rum 2 砂山

2013年06月17日 04:09

ワディラムの砂山に行った。
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最初は勢い良くダッシュ。
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半分くらいまではなんとかダッシュ。
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頂上まで行けると思いきや、バテバテ。
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それもその筈、靴の中は砂だらけで重りを入れたみたい。
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心臓が破裂しそうだったが、砂に寝転がり見上げる空は最高。
協力隊隊員がふるさとの歌を歌ってくれた。


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Wadi rum

2013年06月16日 08:00

ヨルダン南部のワディラム。
ベドゥインのキャンプに到着すると僕一人だった。

裏の岩山に登ると景色がキレイだよ。と言われ登ってみるが、結構怖かった。
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右下に見えるのが僕が泊まった、というか荷物を置いたテント。
結局一晩中星空の下にいた。

僕以外にお客さんが3人いると聞いていたが、どうも日本人らしい。
僕が岩山で黄昏れているとよっこら、登って来た。
なんと!僕がマフラックで取材させてもらった協力隊の人だった。
世界(ヨルダン)は狭い。

一人で苦労して記念写真を撮っていたが、日本人が来てくれたので、黄昏のかっこいい写真を撮ってもらった。
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JICA Volunteer at Jordan 3

2013年06月15日 22:17

ヨルダンにあるシリア難民キャンプで2人の青年海外協力隊隊員が活動している。
セーブザチルドレンと共に子供達の面倒をみている。

難民キャンプ内には学校が2つある。
学校に通う年齢以前の子供、学校が終わったあとの「学童」のような要素ももっている。
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シリアの子供達は内戦から逃れヨルダンにやってくるまで、僕たちが想像できないくらいの辛い思いをしている。
そんな子供達に少しでも笑顔をプレゼントするのが2人の仕事。
2人はそれぞれ違った場所でひとつのテントを担当している。
元山さんが担当するテントは少し大変そうだった。
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子供達は歌や踊り、その他ゲームなどをして楽しむ。
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女の子や小さい子供達は「アキ」「アキ」と元山さんを慕っているのだが、男の子、とくに年長者が大変な状態だった。
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年長者のボスのような少年と暴れん坊の数人が元山さん達の活動を邪魔している。
日本で言えば学級崩壊のような状態。
僕が訪れたときも、かまって欲しい気持ちをうまく表現できない子供達がグレていた。
ヨルダン人スタッフも結構怖い顔で子供達を叱っている。

実は、こんな時こそ日本人の出番。
遠くの国から来た日本人、一生懸命アラビア語でコミュニケーションをとってくれる日本人。
いろんな活動を邪魔したりするものの、少年達の元山さんに対する対応はヨルダン人スタッフに対する対応と違って見えた。

僕が、こんな大変な場所を担当したらキャンプへの出社拒否をしちゃいそう。
そんな大変な活動だが、元山さんは任期を延長して、これからも子供達に笑顔をプレゼントしていくようだ。
全く頭が下がる思いだ。

シリアのように内戦が長期化する時、難民に対する支援は物的な支援だけでなく精神面での支援が必要になってくる。過酷な環境の中で活動する隊員の事を少しでも知ってもらえたら、と思う。


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ベルボンの小型三脚

2013年06月15日 15:59

海外取材に三脚を持って行くかどうか、いつも迷っていた。
近年は、ベルボンの小型三脚を持参している。
DSCN0522.jpgた。
使う回数は少ないが、あるととても便利。
今回もワデジラムの星空撮影で長時間露光に耐えてくれ、青年海外協力隊のインタビューではビデオカメラをホールドしてくれた。
この大きさだから持ち歩ける。



シリア難民キャンプの床屋。

2013年06月14日 07:00

日本でもそうだが、床屋さんは情報宝庫。
世間話の中から思いがけない貴重な情報を得ることも多い。
僕はどこの国に行っても、大変なヘアースタイルにされる覚悟で床屋さんへ行く。
前回、トルコの床屋さんへ行ったので、今回はヨルダンの床屋さんへいくつもりだった。

シリア難民キャンプに行くと、キャンプ内に床屋さんがあった。
これはもう行くしかない。
ヨルダン人スタッフは「やめた方がいい。消毒していないし、病気になるぞ」と忠告してくれたが、
どうせお金を使うなら難民キャンプで使いたいという思いもあり、キャンプ内の床屋さんへGO。
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国連スタッフやNGOスタッフが難民キャンプ内で床屋に行く可能性はほぼ0。
つまり外国人で難民キャンプ内の床屋に行くのは僕のような物好きだけだろう。
キャンプの床屋はやめた方たいい!とアドバイスしてくれたヨルダン人、キャンプ内のシリア人が携帯で僕を撮影し始めた。
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そんな事には目もくれずプロ意識前開でカットしてくれる床屋さん。
日本人の髪の毛切るのは初めてですか?と聞く。
勿論、初めてだという答えを期待し、僕が記念すべき第一号ですね!と言うつもりだった。
ところが!「二人目だよ!ダマスカスで一人日本人をカットした。そうそう、JICAの人だよ」と。
なんという偶然。
実は一件目の床屋さんはお客さんがいて、時間がかかりそうだったので、二件目の床屋さんに入った。
あれこれシリアの状況を聞きながらおじさんが一生懸命カットしてくれた。
そして!
ふと気づくとおじさんが新品のカミソリの袋を開けている。
あ、剃るのは結構です!と言いたかったが。。。
言えなかった。
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他の国の床屋さんと比較しても、ものすごく丁寧にカットしてくれた。
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最後に記念写真。
シリアが平和になって、ダマスカスで再び床屋に行き、このおじさんと再会できる日が少しでも早く来て欲しい。





ヨルダン国立博物館2

2013年06月13日 18:00

期間限定、入館料無料のヨルダン国立博物館。
見所はまだまだある。
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遠い国で日本語を見るとちょっと嬉しかったりする。
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貴重な死海文書。
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そして、自分の名前をインプットすると歴史上の文字に変換してくれ、そのコピーがお土産として持って帰る事ができる。
このプリントも無料なのが嬉しい。



夕ご飯は命がけ?

2013年06月13日 02:53

先日、JICAの人と一緒に「マンサフ」と言うヨルダンの郷土料理?を食べた。
帰り際にドライバーさんが、僕にとって一番マンサフが美味しい店はここだよ!と教えてくれた。

幸いな事に僕が泊まっているホテルから歩いて行ける場所。
と、うことで今日の夕食はマンサフに挑戦。
が、しかし、お店の前には片側3車線の広い道が待ち構えていた。
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写真では車が少ないように見えるが、、ひっきりなしに車が走っている。
しかも!ヨルダンには信号が殆どない。
平均速度は60キロ以上。たまに勘違いした車が100キロ近い速度で走っている。
何度もためらいながら、猛ダッシュで渡る。
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ようやくにしてたどり着いた店でオーダーしたマンサフ。
中東エリアでさんざん羊を食べてきて、もう羊はいらない。と思っている僕が美味しいと思えた。
ヨーグルトスープの酸味が羊のクセをおさえてくれている。

美味しいご飯を食べて帰宅するのが、来る時以上の苦労。
午後7時を回りアンマンはラッシュアワー。
なんとか中央分離帯まで渡ったものの、残り半分がどうしても渡れない。
戦場カメラマンが交通事故で死んだら末代までの恥。
なんてお思っていると、僕より30メートルくらい下流に一人のヨルダン人が現れ、猛スピードで走る車の流れにつっこんでいった。
マジか?自殺志願者?と思って見ていると、マトリックス並みにヒラヒラと車をかわして道路を渡りきってしまった。
同じ芸当は僕には。。無理。
2分、3分と渡れない時間が続く。
これは、もう仕方ない。子供の頃教わった通り、手を上げて車にアピールしながらなんとか渡った。
ヨルダンの首都アンマンでシリアの戦場と同じくらい緊張してしまった。




THE JORDAN MUSEUM ヨルダン国立博物館

2013年06月12日 05:15

ヨルダンは、日本人が持つ中東のイメージと違い、天然資源に恵まれず、産業が発達していないため、必要な物資の大部分を輸入し、貿易収支は恒常的に赤字となっている。

しかし、ヨルダンは文化遺産や死海を始めとする自然景観などの観光資源に恵まれていて、外国人観光客がもたらす観光収入は、貿易赤字を補うために重要なものとなっている。
ヨルダン観光開発の為に日本は71億9,900万円を限度とする貸付けを行い、その資金によってヨルダン国立博物館が建設された。
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博物館は今年の1月に完成し、この夏グランドオープンの予定。
現在はプレオープンの期間で、土、日、月の10時〜14時まで入館する事ができる。
しかも!入館料は無料。
博物館の人の話では正式な入館料は決まっていなくて1JD〜5JDくらいになるそうだ。
一階部分のみの限定公開だが、行く価値はあると思う。
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入ってすぐ目玉と思える展示品があった。
なんでも最古の人形像だそうだ。
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正確な年代は分からないようだが、推定年代を見てビックリ。
その他にも死海の文書など考古学に関心がある人なら一階をみるだけでも一時間以上かかるくらい宝の山。
もし、入館料が5JDになったら、、、ちょっとためらうかも。
でも!今は無料。
ヨルダンにいる人、来る予定がある人は是非足を運んでみて下さい。



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トルコの看板2

2013年06月09日 22:18

以前トルコの分かりにくい看板の話をブログに書いた。
トルコの看板
シリア難民の取材を終え、再びイスタンブールに戻って来た時、
なんと看板が変わっていた。
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僅か2週間で看板が分かりやすく取り替えられたようだ。
友人は「まさか久保田さんのブログがきっかけじゃあ。。」
なんて事はないと思うが、偶然注目したわかりにくい看板が分かりやすくなっていてビックリ。



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ヨルダンの星空。

2013年06月09日 08:00

ヨルダンは砂漠型の気候。
湿度が低く、星空を見るには最高の環境。
金曜日はあちこちお休みになってしまい、取材ができないので、砂漠に行った。

アフガニスタンのアチン以来10数年振りに一晩中外で寝た。
星空に抱かれて眠るなんて、これ以上の贅沢はない。
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砂漠の岩と北斗七星。
この時間は空がまだ漆黒になっていなかった。
岩山にマットを敷き、寝る準備をしつつ星空を眺める。

午前0時を過ぎた辺りから、空の色が青黒から漆黒になってきた。
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日本ではレアな天の川も肉眼で確認できる。
しかし!カメラの目は僕の目に見えない星まで写し取ってくれる。
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トルコからヨルダンへ連続でシリア難民を追い続けて、少しばかり疲れた僕の心を癒してくれる星空。
世界中の人が戦争などなく、美しい星久保田ショップ




空を眺められる世界が来る事を願いながら残りの取材を続ける。


JICA Volunteer at Jordan2

2013年06月08日 07:30

ジャイカボランティアの人は難民キャンプの中だけでなく、ヨルダンの街中でもシリア難民の為に活動している。
マフラック市内にある施設で活動する隊員。
美術隊員とのコラボで子供達を画を描いた。
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まずは紹介。
日々の取材と写真データの整理が膨大な量の為、詳しい記事は後日。

JICA Volunteer at Jordan

2013年06月07日 21:37

混迷するシリア情勢。
日本のジャイカのボランティアがシリア難民キャンプで活動している。
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大変な経験をしてきた子供達に笑顔をプレゼントする仕事。
あまりに現地にとけ込みすぎて、この写真の誰がボランティアなのかすぐに分からないかも。


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トルコがゆれている。

2013年06月04日 02:42

トルコは国境沿いに大量のシリア難民を抱え大変な状態。
国境の街レイハンルでは2月の国境ゲートでの爆弾事件に続き、5月にはレイハンル市内でも多数の死傷者を
出す爆弾事件が起きた。

国境の街でニュースを見ているとイスタンブールで大規模なデモが起き、警察との衝突がニュースになっていた。
ヨルダンにくる直前、イスタンブールで友人に会ったが彼も催涙弾を浴びたそうだ。

ヨルダンに来てニュースを見ると、イスタンブールでのデモは未だ続いているようだ。
お酒の販売やバーの営業時間に対して厳しい法案が通りそうだ。
それだけではないが、トルコ国民の現政権に対する不満は頂点に達しかけているようだ。
日本でもニュースになっているだろうか。


聖ペテロ洞窟教会。

2013年06月03日 07:00

これらしい観光名所がないアンタクヤ。
街中にあるモザイク博物館とならんで観光名所である
聖ペテロ洞窟教会。

ガイドブックには歩くと30分くらいと書かれてあるが、炎天下を歩けば小一時間かかりそうな場所。
そんなわけで、アンタクヤの青バス(市バス)にトライ。
AT462.jpg
あれこれ聞くが、結局19番のバスが聖ペテロ洞窟教会に行くらしく19番のバスをひたすら待つ。
実はバス停に到着した時にちょうど19番が行ってしまったばかりだった。
30分程待って19番に乗車。
青バスには大きなモニターがあってバスがどのルートを通り、今どこを走っているかが確認できる。
地名だけでなく地図上でどの方向に向かうのか確認できるので、とても便利。
日本にも取り入れてほしいシステムだ。

10分程で到着するが、ん!ここが聖ペテロ洞窟教会?という雰囲気の廃墟。
AT0463.jpg
とりあえず近づいて行くが、工事関係者らしいおじさんが、こっちに来てはダメだと身振り手振り。
近所の子供に聞くと、一人の男性が亡くなって工事、入れない。と断片的な情報。
ふむ、苦労して来たが、帰るしかない。
が、しかし、バスは。。

道で困り果てていると青バスではない乗り合いの小型バスがやってきた。
街の方に行くというので、行き先はわかならいが乗り込む。
アンタクヤは山を目印にすれば方向音痴の僕でも大体の方角が分かる。
乗り合いバスを降り、15分ほど歩いてホテルに帰って来た。
なんともよくわからないバス遠足だった。


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羊の群れ

2013年06月02日 19:00

羊の群れがやってきた。
春になり青々と茂った草を食みながら真っすぐ僕の方へやってきた。
w0416.jpg
そして、僕の存在などおかまいなしに僕を取り囲み草を食む。
w0417.jpg
なんとものどかな景色。

写真にキャプションはつきもの。
撮影者が解説をつけなければ写真は意味をなさないし、誤解を招く事もある。
できれば、キャプションは短い方が良い。
しかし、最低限の情報は必要だ。
この写真にキャプションがなかったら。。
上記の文章だけで撮影地が表記されていなかったら、のどかな写真で終わるだろう。

この写真の撮影地が内戦下のシリアであったら、写真のイメージは一気に変わるのではないだろうか。


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アンタクヤに日本人?

2013年06月02日 09:31

日本のNGO難民を助ける会のドライバーハッサン。
気だてのいいおじちゃんで、色々な事を教えてくれる。
そのハッサンに「アンタクヤに旅行で来る日本人ってどのくらいいるのかな~?」と聞いてみた。
「この30年くらいで3人しか見た事ないよ。今はNGOとあなた達ジャーナリストがいるけどね」と笑顔。

そんなアンタクヤに日本人の集団が現れた。
難民を助ける会の人達と打ち合わせを兼ねて昼食を摂るとき、折角だから落ち着いてお話ができるちょっと高級店に入った。

僕たちがオーダーを終え食事を待っている時、「はーいこちらです~」と日本語が聞こえた気がした。
見ると、入り口から日本人らしき、年輩の集団がわさわさとレストランに入って来た。
そういえば、平日のお昼なのに大きなテーブル2つにReservedのプレートが乗っかっていた。
ちょっと勇気を出して聞いてみると日本から来た15日間トルコを旅する人達だった。
「お仕事ですが?」と聞かれたので、正直にカメラマンです!と答えると、何故か皆さんコンパクトカメラを出して記念写真を撮って下さいと僕に頼む。

そのうち、一緒に写って下さいと!やはりおばさま方にはモテル僕。
一人のご夫人は「ビールでも飲んで下さい。ごちそうしますよ」とまで言ってくれた。
ちなみにこのレストランにビールはないのだが、気持ちが嬉しい。
僕一人だったらコーラぐらいごちそうになっていたかも。
アンタクヤというアクセスが悪く、見所もすくない場所に日本のツアー客がくるとはビックリ。
聞けば、皆さん何度も旅行をしている方々で、イスタンブールやカッパドキアではなく今まで行った事がない場所に興味があるそうだ。

イスタンブールに着いてすぐアンタクヤまで飛んで来たという皆さん。
僕なんかトルコまでの12時間のフライトでもうイヤだ、なんて思ているのに、年輩の方々の体力と好奇心に脱帽です。
よい旅を!


戦場カメラマン渡部君が登場するイラクのDVD有り









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