東京の下町。

2013年04月30日 17:04

先日、生まれて初めて高田馬場駅に降り立った。
山手線で高田馬場に着き、人の流れに乗って進んで改札を出たら、出口ではなく西武線のホームに着いてしまった。

改札口の駅員さんに「すいません、出口と間違えました」と伝え出口に向かう。
いや〜赤っ恥だ〜。

なんとか駅を出ると、放射線状に道が広がっている。
僕の目標方向はナナメ、折角なので商店街を抜けていく事にする。
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下町の定義はよくわからないが、高田馬場も下町っぽい雰囲気を醸し出していた。
狭い通りの両側に様々な店が立ち並んでいる。
パチンコやゲーセン、そして風俗店があるなか、昔ながらの商店が点在するのがとても不思議な感じだった。



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春〜GW

2013年04月28日 09:00

我が家の庭の桜は散ってしまたが、今度はフジの花が満開だ。
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ちょっと逆光も狙ってみた。
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正確にはフジの花は我が家の庭でなく、我が家の目の前にある公園に咲いているのだが、ほぼ我が家のようなものだ。
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うちの娘チョビもお花見。



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<がん検診>実施の千葉市、がん見落とし調査せず…女性死亡

2013年04月25日 14:45

毎日新聞ニュースより
 千葉市が実施する肺がん検診で、担当医ががんを見落としたために手遅れとなり、市内の女性(当時59歳)が2007年に死亡していたことが分かった。医療機関側は見落としを認めて遺族に和解金を支払ったものの、市は内規で義務づけられた調査をしていない。遺族側が繰り返し調査を要望しても、市は千葉県警が立件を見送ったことを理由に拒否。医療事故調査の専門家は「再発防止のために調査は必要で、刑事責任の有無とは関係ない」と市の対応を疑問視している。【田中裕之】
遺族や市によると、女性は05年6月と06年6月、市の肺がん検診の委託先となっている医療機関でX線検査を受け、いずれも肺に陰影がみられた。06年は前年より直径が8割程度大きかったが、医師から「異常なし」と判定された。その後、背中の痛みを訴えて別の病院を受診すると、末期の肺がんと診断され、07年11月に死亡した。

 県警は業務上過失致死容疑で関係者を事情聴取するなど捜査に乗り出したが、10年3月ごろに立件を見送った。一方、医療機関側は見落としを認め、同12月に1200万円を支払うことで遺族と和解した。

 当時の肺がん検診は、旧老人保健法に基づく健康診査の一環として市が40歳以上の住民に実施しており、遺族は市側とも話し合いを望んだが、理由を示されることなく拒否された。市と市医師会が結んだ契約書には「事故が起きた時は事故調査特別委員会を設置して速やかに調査する」と定められているにもかかわらず、調査委も設置されなかった。設置を求める遺族に対し、市は昨年9月に「事実確認などを行ったが、捜査が始まったことなどから結論を待つことにした。捜査結果が不送致(立件せず)とのことなどから調査委は開催しなかった」と回答した。

 毎日新聞の取材に市は「遺族と医療機関の和解の際、事実関係を公表しないと決めた」などとして、詳しい説明をしていない。

 ◇再発防止、検証訴える夫

 「余命は3カ月から1年です」。06年10月、女性と夫(67)は医師の言葉に耳を疑った。がんは広く転移し、手術や放射線治療も既に不可能だった。

 その4カ月前に受けた肺がん検診では「異常なし」だったはずなのに……。2人が検診時のカルテを取り寄せると、「乳頭の陰影。昨年より大きい!!」と書かれてあり、肺がんの陰影を乳頭と誤認したことが疑われた。「転移がなければ手術できた可能性がある。5年間の生存率も9割近かったはず」。相談した専門家にそう言われ、夫婦は落胆した。

 検診を担当した非常勤医は「右肺の異常陰影に気づいていたが、近く(乳がん発見のための)乳腺検査があることを理由に、早急の精密検査の指示を出さなかった」と手紙で謝罪。和解協議の中で医療機関側は「陰影は乳頭や肋骨(ろっこつ)と重なり、特に見つけがたい場所」と釈明した。

 夫はミスを認めた医療機関側より、肺がん検診の実施主体である千葉市の姿勢に不信感を募らせる。医療事故が起きた際に調査委設置まで義務づける内規は「珍しい」(厚生労働省)とされるが、市が設置したケースはゼロ。市健康支援課は「規定ができた経緯は分からない」と言う。

 夫は「市が真相究明に乗り出さないので、警察の捜査に期待したが、捜査結果を逆手に取られた。市は規定の義務を果たし、検証すべきだ。そうすることなく、検診の質の向上や再発防止ができるのか」と話している。【田中裕之】

僕の母親も地元の医師に長年にわたってガンを見過ごされていた。
母親が胸が苦しいと訴えた時には精神的なものだから、と安定剤を処方され、
調子が悪く、食事が摂りづらいと訴えた時には点滴のみ。
大きな病院への紹介状をお願いしても「どこも悪くないのに紹介状は書けない」と。
母が倒れ、紹介状をなんとか書いてもらったが、「加療の為の入院をお願いします」との紹介状。

その紹介状を持って病院に行くものの、勿論断られた。
その時、母親が倒れ、看護士が助けてくれて、抱きかかえただけなのに「肝臓が腫れている」と検査。
末期のガンだと発覚。
看護士が触っただけで、「肝臓が腫れている」と判断できる状態の患者にどこも悪くないと言い続けた医師に医師として働いて欲しくない。
我が家の場合は和解などなく、医師は自分に責任はないと逃げている状態。
損害賠償云々ではなく業務上過失致死容疑だと思う。
世の中にこんな医者がいる事が怖い。
母親を看た医師は今も岐阜県の大垣市で医療活動を続けている。



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ヤンママネコPチャン

2013年04月24日 05:31

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まだまだ子供なのに、近所のネコさんとラブラブになり、4匹も子供を産んだPチャン。
動くPチャンをアップ。
Pチャン動画




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ボストン爆弾テロ。

2013年04月23日 13:25

ボストン爆弾テロの犯人が逮捕された事によって日本のテレビ各局がテロ事件関連のニュースを頻繁にやっている。
テーマは何故?が多い。
確かに何故と思う部分は多い。
犯人がチェチェン系のアメリカ人だった事。
兄がロシアに行き、もしかしたらチェチェンに入っていたかもしれない事。
そこまでは分かっている。そしてテレビでもチェチェンゲリラという言葉が使われる。
しかし、チェチェンがどのような状態で何故チェチェンゲリラが存在するのか?
そんな解説には流れていかない。
実は先日訪れたシリアにもチェチェンの義勇兵が沢山来ていた。

某テレビ局の司会者が「幼い子供や一般人をターゲットにするなんて、わかんないな〜」と。
本当に分からないのだろうか。
アフガニスタンやパキスタンで対テロ掃討作戦で空爆を行い幼い子供や一般人が犠牲になった時も
「わかんないな〜」と言うだろうか。

司会者が「わかんないな〜」とコメントすると言う事は、ボストン爆弾事件を起こすきっかけ、イスラムの過激派の人達にとってアメリカがターゲットになる理由を分析せず、視聴者にも理由無き悪の犯行。という印象を与えてしまう。

アフガニスタンやパキスタンの対テロ掃討作戦で罪のない一般人が犠牲になったニュースだったら、
「対テロ掃討作戦の為とはいえ、幼い子供や一般人が犠牲になるのは悲しいですね」などとコメントするのではないだろうか。

今回の事件の犯行理由はまだ明らかになっていないが、理由は必ずある。
アフガニスタンからイラク、多くの罪無き人々を殺戮してきたアメリカがテロのターゲット国になるのはイスラムの同胞を思う過激な思想を思う人達からすれば当然の事。
ではターゲットを米軍にすれば良い。なんて理論は通じない。重火器を持たないテロリストが狙うのは一般人などのソフトターゲット。
テロ事件は決して許される行為ではない。
それ故、何故そんな事件が起こるのか、イスラムの過激派の人達の行動を「わかんないな〜」にしてはいけないと思う。

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友人宅の猫

2013年04月21日 17:52

友人の息子ふーたが子猫を拾ってきた。
まだ一歳にもならない小さな猫。
その猫が、なんと!赤ちゃんを四匹産んだ。

猫界のヤンママだ。

お誕生日!

2013年04月21日 13:38

お陰様で今年も誕生日を迎える事ができました。
出会ってまだ数年しか経っていない人から午前0時過ぎに「おめでとう」メールが来て嬉しかった。
Face Bookやミクシーではなく携帯に直接送ってくれたのが、ビックリで嬉しかった。

近年、Face Bookのお陰で遠くの人やお会いした事ない人まで「おめでとう」を言ってくれる。
一晩明けて、我が地元の大垣へ。
東海地区にしかない「スガキヤ」で一人朝ご飯兼、お昼ご飯を食べる。
昔、母親とよく訪れたラーメン屋。
今年は何十年も前に僕を生んでくれてありがとう!と言えなくてちょぴり切ない。

大垣では「ようこそ先輩」の10周年の講演。
そして、いつものミュージックジャーナルでの打ち上げ。

10年。そう、ちょうどイラク戦争の頃から地元の若者達に「知る事」の大切さを伝え続けて来た。
今回は近々に撮影したシリアの状況を見てもらった。
テレビや雑誌では見る事ができない戦争って本当は痛いものだと分かる写真も見てもらった。
打ち上げでは誕生日を迎える僕と恩師の先生の為に手作りのバースデーケーキが用意された。
写真。。。撮れなかった。

皆さんは二次会のカラオケに向かう。
僕は。。失礼して同級生の待つ地元のうどんや朝日屋へ。
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同窓会以降何度も会った友人も多いが、今回何十年ぶりに再会する友も。
親友!という言葉さえ知らなかった頃の仲良しだった友人。
「もう〜!クボが戦争に行ってテレビ出て、本当に心配したんだから〜」
「有名になって芸能人みたいだけど、僕にとってはクボなんよ」
嬉しいね〜。僕にとっても君はスエだよ。
地元のうどん屋、朝日屋のご主人も僕の同級生。
奥さんがやってきて「シリアのテレビ正座して見ましたよ、もう行っちゃダメですからね」と言ってくれた。
うどん屋なのに僕の誕生日用にリラックマのオムライスを作ってくれた。
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もう、今更だけど、年齢はボカしてみた。
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大の大人が「かわいい〜」って言いながら写メを撮る。
同級生は面白い。
母親にありがとうを言えなくて、ちょっと切なくなっていた僕だが、同級生のお陰でしこたま笑った。

FaceBookで一番におめでとう!を言ってくれたのは何年も会っていないコスタリカの友人だった。
ネットの進化は何年も会えていない友との距離をつめてくれる。
遠くや近くからおめでとうを言ってくれた皆さんありがとう〜!
せっかくここまで生きてこれたから、もう少し、この仕事頑張ります。

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スーチー氏の発言とロヒンギャ問題。

2013年04月19日 01:27

スーチー氏は日本記者クラブでの記者会見で、民主化の陰で深刻化する民族・宗教対立を「静観している」との批判があることに対し「必要な発言をしている」と反論し、「法の支配」を確立したうえで話し合いによる国民和解を目指す従来の考えを強調した。
毎日新聞yahooニュース

西部ラカイン州で仏教徒と反目するイスラム教徒のロヒンギャ族は多くの国民から隣国バングラデシュからの不法移民とみなされ、少数民族問題からも取り残されている。スーチー氏は「(ロヒンギャ族に)公民権法が適用されるかどうか、市民権があるかどうかの確認が必要」と慎重な発言にとどめた。
ロヒンギャ難民の動画
自国に住んでいる人達に市民権があるかどうかの確認が必要とはどういう事だろう?
日本はミャンマーを貿易相手国として認識し、いち早くODAの再開を決断したが、少数民族の問題が解決に向かう前に再開して良かったのだろうか?
ミャンマーで暮らす少数民族の人は欧米や日本がミャンマー政府を応援してしまうと少数民族問題は闇に葬られてしまうと危機感を露にしている。
ミャンマーがビルマになるのかどうか。
日本はパートナー国としておつい合いするのであれば、工場を建設するだけでなくミャンマーという国の本質をちゃんと知るべきだと思う。
1500人ものロヒンギャ難民が隣国バングラディシュに押し寄せたニュースは世界を駆け巡った。
しかし、日本では新聞の国際面とネットニュースだけで、大きな扱いにはならなかった。
ミャンマーがスーチー氏の力で民主化に向かっているのは事実だと思う。
隣国バングラディシュに逃れたロヒンギャ難民の総数は20万〜40万人とも言われている。
これほど大量の難民を生み出す国にODAを再開する日本。
良いのか悪いのかは日本人が判断すれば良いと思う。
事実を知った上で。

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地球の力

2013年04月18日 21:34

左腕のキズを癒す為に温泉を訪れた。
熱海の海岸沿いの走り湯に行ってみた。
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存在はしっていたものの訪れるのは初めてだった。
なんとも寂れた所で、観光客は殆どいなかった。
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お湯の温度は70度を超えるため触る事はできないが、地球の奥からやって来たお湯によって洞窟の中は天然のサウナとなっている。
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記念写真を撮ったが湯気でケムケム。
上着を脱いでしばらく地球のパワーを頂いた。



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ピュリツァー賞

2013年04月17日 00:32

今年のピュリツァー賞はAFPのフリーカメラマン、ハビエル・マンサーノ氏が受賞した。
受賞写真はシリアのアレッポで撮影された写真だった。
AFPのフリーカメラマンにピュリツァー賞、シリア戦場の写真で

AFPが各ブログと提携していて、記事が書けるのだが、何故がFC2は提携されていないようで。

久しぶりに写真を見て美しい!と思ってしまった。
戦場の写真がこんなに美しくて良いのだろうか。と思う程に。

僕が同じ現場にいて、この光を見つける事ができただろうか。
激戦のアレッポで写真を撮影する事で精一杯だったかもしれない。
最前線でこんな写真を撮った人は間違いなくすごい。

物事に「たられば」はないが、もし、僕が同じ写真を撮ったとしても、日本国内で埋もれさせてしまっていたのではないかと思う。
フォトジャーナリストは写真を撮るだけでなく、発表する力も兼ね備えなければならない。
僕にはその力がまだまだ足りない。

ピュリツァー賞が良いかどうかは別として、ピュリツァー賞を取ることによって一枚の写真が世界を駆け巡る
事に価値があると思う。



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イスタンブールのトラム(ピンク)

2013年04月16日 02:05

オレンジやピンクが好きな僕。
イスタンブール郊外に向かった時、ピンクのとても可愛いトラムが走って来た。
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モスクをバックに撮影。

帰国して一ヶ月が過ぎた。
先週まで撮影で忙しくて感じる暇がなかったが、撮影が落ち着いた今。
なんか不思議な感覚がやってきた。

あ!来たって感じ。
全く何の原因もないのに突然切なさを感じたり、自分の立ち位置が見えなくなったり。
一昔前ならパニクっていたかも。

流石に長年の経験で自分が焦っているのが原因だと自己分析できる。
戦地を訪れ、再び戦地に向かわなければならない時に感じる感覚。
取材ではなく、助けが必要な人達が待っている時の感覚。

早く再び現地を訪れたいと言う気持ちと、日本での生活をちゃんとしなきゃと言う気持ち。
第三者機関が絡むとますます複雑に。
できれば赤字が少ない方法で渡航したい。でもゆっくりしていて良いのだろうか?ついついそう思ってしまう。

困るんだよな〜!美味しいもの食べていても突然味覚がなくなる。
笑いの渦の中にいても突然自分だけ違う世界にはみ出してしまう。



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ゼーガペイン

2013年04月14日 21:17

物理学を学んで来た僕にとってゼーガペインというアニメは驚きの連続だった。
残念ながら2006年にテレビ東京系列で放送された時にはリアルタイムで観る事はできなかったのだが、
アニマックスでたまたま観る事ができた。

とはいえ、途中から見たので何故みんなが幻体となって量子サーバの中で行きているのか分からなかった。
舞浜サーバだの、幻体だのSFとしてはありとあらゆる要素が盛り込まれてあり、単なるロボットアニメの域を越えた壮大な話だ。

最終回に近い時、取材で海外に出ざるを得ず、録画予約をしておいた。
帰国して、さっそく観ると、クライマックス!最終回の二話手前でHDが一杯になってしまい、録画できていなかった。なんとしても観たいと思ってレンタル屋さんを探してもゼーガペインは見つからなかった。

今回、そのゼーガペインのDVDを見つけた。
シリアから無事帰国できて良かった。
また思い残すものをひとつやっつけられた。

2006年時点では量子サーバや量子コンピュータという概念はSFの域を出ていなかったと思うが、
近年、量子メモリーは原理実験に成功し、無限に近いデータを保存する事が可能になるのも近い将来の事となりそうだ。
ネットで調べてゼーガペインの始まりは分かったが、実際にDVDを見てみたい。
いっそ、全巻買ってしまおうかと思う。
理系の人でないと話が難しいかもしれないが、ちょっと涙が出る程の感動の物語になっている。



シリアの講演。

2013年04月12日 01:15

明日、というか、もう今日だが、帰国後初めてシリアのお話をさせてもらう。
テーマは僕が何故今のフォトジャーナリストという仕事を選んだのか?
仕事とは?
なので、アフガニスタンでもイラクでも良いのだが、せっかくなので近々に訪れたシリアの話にするつもり。

僕の講演にレジュメと言う物はない。
勿論、予定原稿もない。
それ故、講演の依頼を受けた時からトイレ、お風呂、寝ている時(一番良いアイディアが生まれる)など心が空白になる度にどうやって伝えようか。と考える。

明日はお台場まで行かなければならないので、早寝したいところだが、この写真を使おう!とか、順番を変えようなどなどやっていたらこんな時間になってしまった。
なんとか二時までにすべてを終わらせて眠る。。つもり。



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骨折〜筋整流法

2013年04月11日 01:11

バイクのレースをしていた時でさえ足の甲を剥離骨折しただけで、大きな怪我はなかった。
そんな僕が腕を骨折してしまった。
しかも、海外で。
簡単に言うと、転んで左肘を強打してしまったのだが。。
関節の尺骨という骨を骨折してしまった。

微妙な場所で、後遺症を残さない為には手術をした方が良いと判断されたが、、
手術できる病院がなかなか見つからず、たらい回しになっているうちに骨がくっついてしまった。
とはいえ、固定していた時期が長かったので、腕の曲げ伸ばしが難しくなってしまった。

鼻をかむのに左手が鼻に届かない。
お茶碗を持てない。
そして。。僕の車RX−8はマニュアルなので、シフトチェンジができない。
などなど、生活が大変になった。

都心の病院に行くのに満員電車に乗り、優先席の前に立っていた。
優先席には若いお姉さん、40〜50代くらいの女性、ゲームをしている若いサラリーマン、そして70代くらいの白髪の老人が座っていた。
左腕を吊った状態で立っているのは結構大変だった。
そんな状態でも若い3人は知らん顔。
その時!白髪の老人が「大変でしょう〜、お座り下さい」と席を譲ろうとしてくれた。
優先席に座るべき人に席を譲られても困ってしまう。「大丈夫ですから」と言ったが、
「私はすぐに降りますから座って下さい」と席を譲って下さった。
このやり取りをしている間、優先席に座っている他の3人は知らん顔。
しかも、譲ってくれた老人は20分近く同じ電車に乗っていた。

新宿駅に着けば、携帯でメールを打ちながら前を見ずに歩いて来る人にぶつかられ、左腕に激痛が。
自分が障害をもって初めて日本と言う国が優しくなく、都会は危険が一杯だと気がついた。

骨折から一ヶ月近く経っても左手で自分の肩を触れない。
これが結構不安になってくる。
接骨院でリハビリをしても肩まで後10センチが永遠の距離に思えてしまう。

そんな時、知り合いがやっている筋整流法を頼ってみる事にした。
かつて、あちこちで匙を投げられた人達が静岡まで来て、治って行く。
僕の肘もなんとかなるかな〜。
友人でもある小口さんが、肘の凝り固まった筋を調整してくれた。
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なんと!余裕で肩を触る事がでるようになった!
かつて、杖をついて来た老婆がぴょんぴょん跳ねるように帰って行ったのを見た。
狐につままれたような気分だったが、自分の体が治ると驚きは別物だった。
筋整流法
今日、大学病院に行き、リハビリの為の装具を作ってもらう予定だったが、必要なくなった。
この装具個人の体に合わせて作るオーダーメイドの為、保険を使っても2万円を越える。
僅か10日前に全然曲げる事ができなかった腕が曲がるのを見て、担当の医師も驚いていた。

調子にのって、そろそろゴルフしてもいいですかね〜?
と聞くと、レントゲン写真を見せられ「この部分、大分くっついていますが、まだ骨折の後が見えるでしょ〜」
「せっかく順調に治っているんだから、もう少し我慢して下さい」と言われてしまった。
ごもっとも!腕が動くようになったとはいえ、一日経つと腕が熱っぽく、頭痛もする。
もうしばらく、良い子にしていよう。そう思いました。

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イスタンブールの街角

2013年04月09日 20:25

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いろんな雑貨が欲しくなってしまう。

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憧れのイスタンブール駅

2013年04月04日 11:06

アジアとヨーロッパの境と言われるイスタンブール駅。
オリエント急行の始発駅。
いつの日か訪れてみたいと思っていた。

取材も終わり、帰りのチケットも手配できた。
夕方4時過ぎ。ホテルに帰る前にイスタンブール中央駅に行く事にした。
いつか旅行で来るとは思っていたが、まさかシリア取材の帰りに来るとは想像もしていなかった。
ものすごく古い駅を想像していたが、思いのほか近代的な駅だった。
駅に入るとまるでデパートのようにあちこちで物が売られていた。
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切符を買わなければホームに入れないかと思ったが、向かって一番左のホームには入る事ができた。
オリエントエクスプレスと書かれたお洒落なホーム沿いのカフェを見ていると、ちょうど列車が入って来た。
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駅の中にはオリエント急行の博物館もあり、オリエント急行を見る事ができる。
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インターナショナルのチケット売り場がイスタンブール駅らしい。
駅入り口近くにチーズが山積みされてあった。
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チーズ好きの僕としては買うしかない。
重さを気にしつつも一つ購入。

日本に持ち帰り、食べてみたら。。バターだった。


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昭和の家

2013年04月03日 07:22

テレビアニメなどの昭和の家のイメージといえば、あちこちにたらいや桶が置いてある雨漏りの家。
「かあちゃん、雨漏りの音がうるさくて眠れないよ〜」。
「よくきいてごらん、音楽みたいだよ」。
ティン トン シャン。
「あ〜本当だ〜」と喜ぶ子供。

昨晩帰宅すると我が家は雨漏り。
チョビが必死に雨漏りを食い止めていた。
写真
ネットで買ったスピンモップのバケツがこんなところで役にたった。
大きなバケツが30分で一杯になってしまう。

こんな時は大家さんに電話するものだが、家の大家さんはおばあちゃん。
緊急事態に時間の無駄は省きたい。
リフォーム時に何度も顔を合わせている建設会社に電話。
「これは大変ですね〜。とりあえず明日までバケツで頑張って下さい、明日の朝屋根に登りますから」
結局ティン トン シャンを楽しむしかなくなってしまった。
入居時に入った火災保険は雨漏りにも適用されるのだろうか。
相当な被害が出てしまった我が家。テレビが無事だったのは不幸中の幸いか。




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イスタンブールの夜景2

2013年04月01日 14:06

トルコ最終日の夜はとても寒かった。
三脚を持つ手が冷たくなってシャッターを押せないくらい寒かった。
でも、せっかくのチャンスなので夜出かけて写真を撮った。
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ホテルから坂を登ってブルーモスクへ。
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ライトアップされた噴水を見けた。
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噴水の色が刻々と変わるので、色んな色を撮影した。
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次、イスタンブールを訪れる機会があったら、青空の下のブルーモスクを見てみたい。


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