シリアの春。

2013年02月28日 21:48

シリアに春が近づいている。
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美しい花が咲き
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カエルも活動を始める。

そして、シリア国民連合が明日にもトルコのイスタンブールで暫定政権のメンバーを発表する予定だ。
国際社会が動き、シリアに本当の春が訪れる事を祈る。



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シリアの国内避難民。

2013年02月28日 07:52

トルコの国境に近い山奥の村。
日に日に白いテントが増えていく。
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シリア政府軍はついにスカッドミサイル(短距離弾道ミサイル)を使い始めた。
その射程距離は500〜600キロ。
首都ダマスカスからアレッポを攻撃するには十分。しかし、その推定精度は900メートル。
つまり、攻撃目標の直径1キロの円内に着弾させるのが精一杯のミサイル。

政府軍が狙ったかどうか分からないが、攻撃されたのはアレッポの貧民街。
この攻撃で50以上の一般市民が犠牲になった。

戦争が起きて、一番に国外へ避難できるのはお金持ち。
その次が国外の難民キャンプへ。
もっと貧乏な人は国境を越える余力もなく国内避難民に。
そして、もっとも貧しい人達は戦争のさなかでも戦地を離れる事ができない。

スカッドミサイルによる攻撃は、そんな人達をも疎開に向かわせた。
シリアを後にする時、国境に近い村では新たなテント村が建設途中だった。










ブレイクTime。やっぱり床屋。

2013年02月27日 18:40

このところ、かなりシリアスな話が多かったので、ちょっと一休み。
海外に出たら、やっぱり床屋。
今回もトルコで床屋に行ってしまいました。
1写真
右側の彼、結構要注意です。
僕も名刺渡しちゃいましたが、「俺はこんな日本人と一緒に仕事をしたんだ」とせまって来ます。
根はいい人なんですが、最終的にお金。お金!

とこや-2
さておき、トルコの地方都市アンタクヤの床屋さん。
なかなかお上手。
とこや
テレビでは見た事あったけど、初めて火を使って産毛を燃やされた。
w写真
オーダーしたにも関わらず、やっぱり前髪はぱっつん。
頭も洗ってもらって15Tl。



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アラブの春。シリアの春。

2013年02月27日 01:31

リビア、エジプトを駆け巡ったアラブの春はシリアにもやってきた。
アラブの春は新たな時代を迎える為の産みの苦しみなのだろうか。

あまりにもその犠牲が大きすぎる気がするが。

シリアに春はいつ来るのか。

季節は長い冬を終え春を迎えつつある。
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シリアの山岳部にいると、建物さえ見なければ日本のようだ。
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この風景と同じように、シリアに春が。。少しでも早く訪れてほしい。



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トルコ〜シリア国境3

2013年02月26日 01:32

トルコとシリアの国境。
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シリアからトルコに入って来る人より、トルコからシリアに戻って行く人が圧倒的に多かった。
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内戦を逃れ、せっかく隣国のトルコに避難してきたのに、また戦渦のシリアに戻って行かなければならない人達。
その理由を考えなければならないと思う。

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トルコ〜シリア国境2

2013年02月25日 06:06

2月12日トルコ南部ハタイ県のシリアの国境で自動車爆弾事件があり、9人が亡くなり30人以上に人が怪我をする事件があった。
事件は民間人を狙ったものではなく、当日国境を訪れる予定だった政治家を狙ったものだったようだ。

この事件のせいで、国境は閉鎖され、当初シリアに行く予定だった看護士が行けなくなり、僕が医薬品を運ぶ事になった。

ハタイに到着して、国境の状況を調べると、既にオープンしていてトルコ側、シリア側ともに人の行き来があるらしい。
人から聞いた話だけでは現状は分からない。
ということで、高い交通費を使って国境へ向かった。

国境に近づくとトラックが国境に向かって長蛇の列を作っていた。
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国境検問所で爆弾事件があったため、車のチェックが厳しくなりシリアに物資を運ぶトラックが足止めをくらっていた。
政治家を狙った爆弾事件がシリア国内で物資の到着を待つ一般市民を苦しめる。

通常、国境はどこも写真撮影に対して非常に厳しい。
爆弾事件があった国境なら、尚更厳しいと思い、国境に近づく前から何枚も写真を撮りながら近づく。
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ところが以外な事に国境の目の前まで行って撮影しても大丈夫だった。

国境で待たされる時間が長くなると、待っている人を相手に商売をする人も出て来る。
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いつまた爆弾事件が起きるか分からない場所でも平気で商売をしている。

なんて調子に乗って撮影していたら見事に捕まってしまった。
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何人だって聞かれて、日本人ですよ!と答えると。日本人ならOKだ。写真撮れ。
と何故か二人で記念写真を撮った。

こちらで支援活動をしている日本のNGOの人は別の国境で何人だ?て聞かれて、日本人です。と答えたら。
「良かったなお前が中国人ならこの場で射殺していたぞ」と言われたそうだ。

爆弾事件から1週間も経っていないのに国境が何事もなかったかのように普通にオープンしているのに驚いた。
そして、自由シリア軍にとってロシアと中国は敵なんだと実感した。



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内戦下のシリアでヒッチハイク。

2013年02月24日 18:00

病院のドクターが二山越えた病院に薬をもらいに行くというので同行した。
車で40分程かけて行った病院は国際機関の援助が入っていて、外国人のドクターが沢山いた。
ドイツ人のドクターが色々と病院の事を説明してくれた。

ドクターも僕も目的を果たし、帰路につこうとした時。
僕たちの乗って来た車が消えていた。
どうやら救急車が足りなくて、僕たちが乗って来た車が患者さんを迎えに行ってしまったらしい。

ドクターが「仕方ないから歩いて帰ろうか」と言う。
車で40分、歩いたら2時間では着かない。
でも小春日和の良い天気だし、途中の村々も見て歩けるのはありがたいので。
「いいね〜歩いて帰りましょう〜」と返した。

ドクターはマジか?と言う顔をした。
車なくてどうしよう〜って困る僕の顔を見たかったようだ。
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山の新鮮な空気を吸いながら歩く事10分。
後ろからトラックがやって来た。
ドクターがトラックに手を振って止めてくれ、見事にヒッチハイクが成功した。
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このトラックでほんの少し走ったばかりの時、後ろからハイエースクラスの乗り合いタクシーのような車がやって来た。
ドクターと僕はトラックにお礼をして、乗り合いタクシーらしい車に乗り換えた。

乗り合いタクシーは途中何人かを乗せ、何人かを降ろし、病院に到着した。
お金いくら払うのかな〜。
僕もポケットのお札を出す準備をしていたが、ドクターは「ありがとう〜」とお礼をして病院の中へ。
僕もよくわからぬままシュクランと言ってドクターの後を追った。

よく考えてみたら道中、誰もお金を払っていなかった。
戦時下のシリアであっても村々の移動も必要。
もしかしたら、村と村をつなぐボランティアタクシーなんだろうか。

ドクターに確かめようと思ったが、病院に帰って来たドクターは既に次の仕事に入っていた。
誰にお金を請求するわけでもなく、村と村をつなぐ乗り合いタクシーがあった。
システムは分からないが、そんな乗り合いタクシーがあった。
それでいいと思った。



廃戦車。

2013年02月24日 04:11

前線から病院へ帰る途中に廃戦車があった。
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アフガニスタンで朽ち果て、錆び付いた戦車を何台も見た。
戦車はその重量が40tから50tにもなる。
壊れた戦車は除去するのも難しく、置き去りになっていく。

シリアのこの戦車も10年後もこの場所にあるのだろうか。
戦車の写真を撮りながら、シリアの戦争が終わり、「昔、戦闘があったんですよ」。
と観光名所になる日が来てくれたらいいな〜。そう思った。


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トルコ〜シリア国境

2013年02月23日 18:00

海に囲まれ、陸続きの国境を持たない日本人にとって国境はなじみがうすい。
この山を越えたら隣の国とか、この川を越えたら隣の国、なんてのはまだ分かりやすい方で
なんの境界線もなく、有刺鉄線もなく、軍による警備も殆どない。そんな国境もある。
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写真はトルコとシリアの国境。
遠くに見える山の向こうがシリア。って言われたら納得するのだが、手前に土があり、緑の絨毯が続く、その向こうに見える家はもうシリア。
その距離は1キロもない。
これじゃあ、どれだけ国境を閉鎖しても難民の流入は止められない。
勿論、武器の流入も止められない。



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シリアのドクター。

2013年02月23日 05:11

内戦が始まり、けが人が続出するなか医療活動を続けていた首都ダマスカスのドクター。
お金のない人には無料で診療をしていた。
シリアの秘密警察に逮捕されそうになり、家族ともども国外へ脱出。
アサド政権にとって医者は犯罪者?

ありとあらゆる知識人を排除しようとしたポルポトを思い出した。
家族を国外へ逃がしたドクターは再びシリアに戻り、毎日のようにやってくる戦争の犠牲者の治療にあたっている。
アレッポから逃げて来たドクターも同じような状況だったようだ。

病院で一緒にご飯を食べ、お茶を飲み、僕の事を一人の友人として扱ってくれる。
そんな彼等が写真を非常に恐れる。
手術中の写真やビデオ、日本で伝えて欲しいけど、顔は絶対かくしてくれよ。
毎日のように写真はいいけど、顔はダメだよ。と繰り返す。
本人だけでなく家族にも被害が及ぶ事を非常に恐れている。

優秀なドクターを殺してしまったり、国外に逃げなければならない状態にしてしまったアサド政権。
今、ダマスカスではドクターがいなくて困っているらしい。
まだ学生で経験のない医者候補生にまで医療行為をさせて、本来なら助かるべき命まで奪ってしまっているらしい。
医療従事者とジャーナリストは戦争の敵ではない。
そんな時代は遠い過去の歴史の中にしか存在しないのかもしれない。


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シリアの前線。

2013年02月22日 07:10

国境近くにある病院の人が他の病院へ行くけど、ついて来るかい?と誘ってくれた。
勿論、同行。

他の病院での用事を済ませた時。「この近くに政府軍と自由シリア軍の前線があるけど行きたい?」と聞かれた。
そりゃ〜行きたいけど、あなたを危険に巻き込む事はできないよ。と僕。
「怖くない?危険だけど行きたいなら連れて行ってあげるよ」。
僕は、僕が行く事によって、あなたや病院関係者に迷惑がかかるなら行きたくない。と。
「大丈夫だよ。僕は何度も行っている場所だから」

と言う事で、シリア国内に数ある政府軍と自由シリア軍が対している前線に行く事になった。
「ここから先が危ないんだよ。祈って!」といいつつドライバーがスピードを上げた。
道は尾根。僕が乗っている進行方向右側が政府軍のエリア。スナイパーがいるらしい。

危険な道は1キロ弱。無事、自由シリア軍の基地に辿りついた。
前もって僕が行く事は伝わっていないのに自由シリア軍の人達は笑顔で迎え入れてくれた。

政府軍の戦車を見たい?と聞かれた。
ここまで来たら行くしかない。
5〜6人の兵士に案内されながら政府軍の陣地が見える場所へ移動。
僕の目測で10キロ弱と思っていたが、5〜6キロしかない場所に政府軍の戦車が2台。
2日前に撃ってきて、この建物が破壊されたんだよ。って、そこに僕たちいるじゃん。
勿論、彼等の基地も政府軍の射程圏内。

そんな場所で寝泊まりし、戦闘に備える自由シリア軍の若い兵士達。
明らかに若い兵士がいて、リーダーに彼は何歳?と聞くと17歳だと教えてくれた。
基地にはカラシニコフが沢山あったが、アメリカ製の銃もあった。
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彼等のセキュリティーの都合上、これ以上装備を紹介できない。
M16は高いでしょう〜。と聞くと「2000$くらいで買えるんだよ」と教えてくれた。
装備は整っているが、戦車やヘリコプターで攻撃されたらかなり厳しい戦闘になる。
この日はちょうど自由シリア軍がアレッポの空港を占拠した日。
報復は自由シリア軍ではなく民間人になされている。


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シリアの病院

2013年02月21日 14:00

シリアの病院に到着して一息つく間もなく、救急車が空爆の犠牲者を運んできた。犠牲者は12歳の幼い少年。
近所のショップにネスカフェ(粉コーヒー)を買いに行ったところでヘリコプターから攻撃を受けて重症。
子供をかばった青年も30ミリクラスの銃弾を浴び左腕がボロボロに。
一晩で三回もの手術が行われた。
病院に運ばれて来たのは助かる可能性がある人。

シリアに入国。

2013年02月21日 04:08

予定通りいかず、セキュリティの確保にも苦労したが、何とかシリアに入ることができた。
国境を越えた途端に爆発音が二回。
自分が戦地に入ってきた事を実感する。

国境の街ハタイ空港。

2013年02月19日 07:00

ハタイという田舎の空港。
旅行代理店の人にイスタンブールからハタイの国内線を頼んだ時、「すいません、空港コードか空港のスペルを奥って下さい」と言われた。
大手代理店の人が知らないくらいの空港。

そんな田舎の空港なのに国際線があった。
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ちょいちょい聞こえてくるアラビア語に耳をすませていると、家がなくなってしまったから仕方ない。。
なんて声が聞こえて来る。
行き先を示す掲示板がXX...と書かれていて、行き先は分からなかった。


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食のトルコ、トルコの食。

2013年02月18日 04:08

トルコの食と言えば、日本でも有名なカバブ。
お肉にも、味付けにも色々な種類があって、僕としてはどれも美味しいと思えた。
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スパイシーなのも、鶏肉も美味しかった。
敢えて言えばビールと一緒だったらもっと美味しいかも。
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代わりにはならないけど、ご当地コーラで。


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チャイ

2013年02月17日 18:03

国境の街へ飛んだ。
田舎の空港はツーリストインフォメーションの人が英語を話せない。
空港での待ち時間、ネットできる場所を探した。
銀行のお兄さんが「あそこのカフェはネットできるよ」と教えてくれた。

コーラ、はやめてチャイにした。
懐かしい、イラクで毎日飲んでいたチャイと同じグラス。
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勿論、砂糖一杯。



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イスタンブールの風景

2013年02月17日 05:08

夜に到着した国は、翌朝全く違う顔を見せてくれる事が多い。
朝食付きのホテルだったので、4階のレストランへ行く。

どんよりとした小雨まじりの空。
それでもイスタンブールは美しく思えた。
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予想したより海が近く、高台のホテルに泊まっていると気がついた。
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海が近いからウミネコさん達が空を行き来している。
その一羽が煙突の上で暖をとっていた。
なんともほのぼのとした風景だった。
隣の国が内戦を続けているなんて想像もできないくらいに。


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イスタンブールのトラム

2013年02月16日 06:33

イスタンブールのトラムは結構遅い時間まで走っていてとても便利。
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外国人にとってローカルバスはどこへ行くか分からなくてとても難しいが、トラムのように路線がはっきりしていると使いやすい。

トラムで目の前に座っていた二人の男性。
僕はトルコ語は全く分からないけど、アラビア語は聞けば、それがアラビア語だとは分かる。
二人の男性は間違いなくアラビア語で話している。
イラクのアラビア語と違ってとてもキレイ。これってフスハー、ってことはこの人達シリア人?
顔立ちもシリア人っぽい。
そう思って話を聞いていると時折「家が、何かが壊された」などの言葉が聞こえて来る。

何か話しかけようかな〜と思ったのだが、二人の話にカットインできなかった。
僕が降りる寸前に「僕日本人だけど、国はどちら?」とアラビア語で聞いてみた。
二人は「シリアだよ、戦争してて大変な国だよ」とジェスチャー付きで答えてくれた。

一瞬降りるの止めて話を聞こうか迷ったが、大荷物で知らない場所まで行って戻って来るのも。。。
と思い諦めた。マッサラーマ(さようなら)と言って降りると、二人は僕が見えなくなるまでトラムの中から手を振っていてくれた。
もし話を続けていたとしても僕の言語能力では殆ど理解できなかったと思う。
それでも話をしてみたかったな〜
笑顔の素敵な二人だった。


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空港から街へ

2013年02月15日 22:13

13時間のフライト、夜の到着。街まではタクシーにしようかと思ったが、結構高い。
ここは節約でメトロとトラムを乗り継いで行く事にする。
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タクシーでいくと25〜50tl。
メトロとトラムなら3tl×2。
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トラムでの出会いもあり、結果良かった。



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飛んでイスタンブール〜!

2013年02月15日 16:43

僕の人生の中で最長記録だと思う。
直行便で13時間も飛び続け、ようやくイスタンブールに到着した。
ホテルに着いたのは現地時間で22時近かった。

一夜明けて今日のイスタンブールは冷たい雨。
始めての国だからだろうか。雨でも画になる都市だと思えてしまう。
ホテルで軽食をとりながら、自分のMacで自撮りしてみた。
w写真(2013-02-15-15.54)

数日滞在したい気持ちをこらえて、このブログをアップしてすぐ、再び空港へ。
国境の町へ飛びます。



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スーツケースが壊れた〜。

2013年02月14日 21:00

45ℓのザックを使っていて、そんなに歩かないし、パッキングの面倒さからスーツケースを使うようになった。
1代目はインドのデリー空港で投げられて破損。
2代目は同タイプの派手なオレンジ色。

2代目もアフガニスタン、イラク、北朝鮮とあちこちで活躍してくれていたが、ついにローラーが壊れてしまった。
成田空港に向かう時、なんか重い。と思ってチェックしたらローラーの一つが消えていた。
直前に。。
こんな時運が悪いと思うか、僕の身代わりになってくれたと思うか。
僕は後者。
本当は、マジか〜。運悪い!って思いたいんだけど、運悪いと思うと次なる運の悪さを招く。

今回だって11日出発を目標にしていた。
11日出ていたら国境の自爆テロに遭遇していたかもしれない。
出発日を変更した事で良い方向になる事も一つや二つでてくるだろう。

バングラディシュで友人がブログの予約投稿の仕方を教えてくれた。
このブログを皆さんが目にする頃、僕はシリアの隣国にいると思います。


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海外取材のトラブル。

2013年02月12日 21:50

久しぶりにご飯が食べられず、無理矢理食べて吐くなどという醜態をさらしてしまった。
戦場カメラマン殺すには現場のトラブルよりも行く前のトラブルで十分らしい。
出発直前で看護士さんがリタイアしてしまったのはとても大きい。
現場のドクターに僕が一度でも会った後なら良かったのだけど、タダでさえ心が荒む内戦の中、人と人の信頼関係はとても重要になってくる。

沢山頂いた薬を届けきれないのも困る。
どうしてももう一人パートナーが欲しい。
といっても出発直前で一緒に行ってくれる人なんて見つかる訳ない。
と、思いきや見つかってしまった。

電話してから10分で行く事を決断してくれた。
後輩ではあるが、そんな友に感謝。
物質だけじゃなく、支援してくれた人達の想いは何があっても届けたい。




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2013年02月12日 21:43

届いた医薬品。

2013年02月12日 13:38

京都の友人の父から、そして、その仲間の人達から大量の医薬品が届いた。
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これですべてだと思っていたら。。。
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最後にダンボール二箱届いた。
抗生物質1000錠だけでも凄いのに。

これってもしかして、アフガニスタンの時と同じように半年から一年通い続けなきゃならないって事だろうか。
アフガニスタンの難民を支援している時、このくらいの薬があったら、もっと多くの人を助けられたな〜と思う。
そして、一緒に行く筈だった看護士さんが急遽行けなくなり、僕一人で渡航する事になってしまった。
文字通り「重い」荷物になってしまった。
国境近くまででも薬を運んでくれる人がいたら助かるのにな〜。
近年、オーバーチャージ厳しいし、看護士さんならまだ言い訳できるけど、僕が大量の医薬品を持っていたら間違いなく捕まってしまう。
あ〜悩みどころだ。


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取材に行く話。

2013年02月07日 23:27

そろそろ、取材に行く話を解禁しても良いかと思う。
近年、ネット社会は情報が早く、キーワード検索で引っかかってしまうのが困る。
アフガニスタンで僕の友人が拉致されて以来、日本の○○省の方々も僕のブログをチェックしてくれているようですし。

本当は早くブログに書いて、いろんな人のサポートが欲しかったのだが、上記の理由で個人的に友人達にメールして支援をお願いしていた。
皆さんの協力のお陰で現金で買ったらとてつもない値段になる程の医療品が手に入りました。

そして、カンパの代わりにDVDを買ってくれた人、本当、ありがとうございます。
なけなしのお金で行く取材(人道支援)だけに数千円単位のお金でもとても助かります。
決して裕福でない人が協力してくれるのがまた嬉しいです。

さて、内戦が続く大変な国に行く事になったのですが、先日某通信社にいる日本の雇われジャーナリストとしては一番能力がある。と僕が思っているHさんに電話した。
実は○○に取材に行く事になりまして。。「そっか〜久保ちゃんいいな〜。羨ましいな〜」だって。(笑)
あげくの果てに「楽しんでおいで!」だって。

取材に行くというとみんな「止めた方がいいよ〜。危ないよ〜」と声をそろえたように言う。
Hさんは経験豊富なジャーナリストで、僕が行こうとしている国がどれほど危険か勿論分かっている。
分かった上で「楽しんでおいで!」と言ってもらえると、「頑張ってきます!」て笑顔になれる。

海外取材に出かける度に色んな人の力をかりている。
いつの日か皆さんに恩返しを。。と思いつつ、助けてもらってばかり。
こんな僕ですが、、さて、、なんて締めくくろう?


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ジャーナリスト山本美香

2013年02月07日 05:28

山本美香の事を書こうと思いつつ、時間だけが過ぎていた。
僕が海外に飛んでしまう前に書きたくて、でも心落ち着く中で書きたくて。

「山本美香さんを送る会」に参加させてもらって、一冊の冊子を頂いた。
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冊子を読んでビックリ。
共通項が多い。
まず、誕生日が一ヶ月違い、勿論生まれた年は同じ。
そして、アフガニスタン、イラクを取材しているのも同じ。
結構同じ時期に取材していてすれ違いだったようだ。イラク戦争で「こんにちわ」と挨拶するくらい。

一番驚いたのが山本さんが宇宙に関心を持っていた事。
幼き頃、いつかは宇宙旅行をしてみたいと思っていた山本さんが夢中になったのが、アメリカの天文学者カール・セーガン博士が監修した「コスモス・宇宙」だったらしい。
僕は「コスモス・宇宙」を見て、中学生にして相対性理論の本を読み出し、大学では絶対物理学を学ぶと決めた。
家庭に事情で一度大学を辞めたものの、念願の宇宙物理学を勉強し、卒論は「インフレーション宇宙のシミュレーションモデルの作成」という訳の分からないテーマで、東大のグレープというコンピュータを使わせてもらった。
大学院に進学し、NASAに就職するのが夢だった僕。

何が間違ったか、フォトジャーナリストという仕事を始めてしまった。

山本さんは僕と違い、1990年に大学を卒業後、朝日ニュースターに入社し、報道記者としての人生をスタートした。
1990年頃の僕が何をしていたかというと、何故かバイクのレースをやっていた。

ジャーナリスト人生に真っすぐ進んだ山本さんと回り道してきた僕の差が出たと思う。
山本さんは「中継されなかったバグダッド」という本を書いているが、僕も報道されなかったイラク戦争というDVDを作ったものの、本を書きたいと思いつつ書けずにいた。

山本さんに学ぶ事は営業のうまさ、ジャーナリストたる者取材はできて当たり前、それを世の中に発表してこそのジャーナリスト。
僕は回り道してきた分、その能力に欠けていた、と今更ながらに思う。

冊子の最後のページには山本さんの直筆で、「ジャーナリストがいることで最悪の事態を防ぐ事ができる・抑止力」と書かれてある。
まさにそう思う。
そうでなければ命がけの取材など続けられない。
橋田さんが逝き、長井さんが逝き、山本さんが逝った。
この10年で僕が知っている人が3人も逝ってしまった。
いつも思う、この仕事を続けている限り、僕の順番も回って来るだろう。と。

橋田さんは良かった、長年ジャーナリストをしてきた長老。誰も批判などできなかった。
長井さんは酷かった、無謀だったとか散々言われた。
山本さんは「送る会」にものすごい人数が集まり、財団もできる。
さて、僕はどうだろう。
そんな事を考えながら取材の準備をしていたら、こんな時間05:30になってしまった。


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2月6日雪の中。

2013年02月06日 16:47

昨晩、夜中の2時過ぎに外を見たが全く雪の気配なし。
今度こそ天気予報が外れたかと思っていたが、朝になったら見事に雪景色。

雪が降り続く中郵便屋さんが人の想いと人を救う薬を届けてくれた。
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アフガニスタン戦争の頃を思い出す。
あの頃、取材云々ではなく難民を助ける為に何度もアフガニスタン、パキスタンを訪れ、多額の借金を作った。
干支が一周するくらいの年月が経ち、僕も少し賢くなった。
自分一人でやろうとせず、想いある人の力をかりようと。
抗生物質100錠自分で買ったら相当なお値段になると思う。
遠き国に想いを馳せ、微力ながらと言いつつ、とっても大きな力をかしてくれた人に感謝。


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戦場カメラマン!

2013年02月06日 07:00

静岡の友人小口さんの所で働くスタッフに「戦争とか行って怖くないですか」って聞かれた。
今まで何度も聞かれた質問。
僕は根っからの戦場カメラマンではなく、アフガニスタンもイラクも友人達がいた。
一人だったらとっても怖いんだろうけど。。

いつもそんなふうに説明するんだけど、今日は何故か違う言葉が出て来た。
「怖いっていうより切ないんだよ」。
「こうやって静岡でも友人がいて楽しい時間が過ごせるのに、そんな友人達と会えなくなると思うと切ないんだよ」。
自分で話していて、あ!これって僕の本音だと思った。
死そのものに対する恐怖より、自分という存在が消えてしまい、いずれは人々の記憶からも消えていく、それが、怖い、というか切ない。

でも、この仕事のお陰で今日という日、偶然に思える一度の出会いを大切にできる自分になれたのは財産かな〜。

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戦場カメラマン渡部君が登場するイラクのDVD有り




オーパスワン

2013年02月05日 11:40

静岡に写真家の友人がいる。
友人と言っても僕より年上の人生の先輩なのだが、友人。

海外取材の前には必ずのように静岡を訪れている。
特に危険度が高い取材の時は。
「クボちゃん、行く前にオーパスワン飲ませてあげるからおいで」と誘ってくれた。
チケットの手配などを済ませ、ダッシュで静岡へ。
「何年のが飲みたい?」ってセラーを開けてくれたが、ブルゴーニュならいざ知らずナパバレーの当たり年はまったく知らない。僕は「何年でもいいですよ、飲み頃のを選んで下さい」と。
僕の友人、小口さんはこういう時ケチらない。
グレートビンテージと言われている1995年のオーパスワンを出して来てくれた。
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僕のワイン人生でボトル価格が2万円を上回るワインを飲むのは勿論初めて。
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せっかくなので抜栓させてもらったが。。
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コルクがとても柔らかい、慎重に抜いたものの、見事に折れてしまった。
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デキャンタした方がいいよ。と言われ、デキャンタしつつも少しだけグラスにもらった。
普段ピノノワールを好んで飲んでいる僕としてはカベルネ主体のオーパスワンの香りが想像できなかった。
その香りは僕の想像を越えていた。
95’のオーパスワンはマルベックが2%入っている。
お味は。。95’という熟成されたビンテージの特徴もあるのか、とても優しい貴婦人のようなワインだった。
30分経っても、一時間経っても香りが立ち上り続けた。
さすがに世界にその名をとどろかせるオーパスワンだけの事はある。
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僕の後ろにいるのが友人の小口さん。
小口さんのお弟子さん二人も一緒にのんでいたので、もう一本飲みましょう〜よ。とセラーをのぞき、僕好みのヴォーヌロマネを出して来てしまった。
これまた小口さんこだわりのワインで、ドメーヌ・ロベール・シルグという小規模のワイナリーで40人もの人員を動員し、手作業で収穫作業を行っているこだわりのワイナリー。
化学薬品を使わないリュットリゾネで手間はかかるが、優しくブドウを育てている。
オーパスワンとヴォーヌロマネ、そしておつまみは小口さんお手製の牛タンやチーズ。
なんとも贅沢な送別会をしてもらった。
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締めは夜中のラーメン。
小口さんと、お弟子さん、友と飲むワインは最高だった。


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若きフォトジャーナリストの話。

2013年02月03日 00:06

アフガニスタン、イラクと二つの戦争を経験して、日本のあちこちで講演をさせてもらった。
どこの講演だっただろう。
一人の若者が僕の講演を聞いてくれて、フォトジャーナリストになりたいと思ったらしい。

近年、僕を訪ね、フォトジャーナリストになりたいんですが、どうしたら良いですか?と聞いて来る若者が多い。
しかし、今日のブログで紹介する彼は僕にあれこれ聞いてこなかった。
ただ一言「僕も久保田さんのように伝わらない現実を伝えたい」と言った。

彼は自分で勉強し、現場経験をつみ、立派なフォトジャーナリストになった。
時折、現場から僕にメールを送って来てくれた。
彼は中東のあちこちを取材し、今、世界的に問題になっているシリアにも足を運んでいた。

ある時、突然、彼のお父さんからメールが来た。
「息子が亡くなりました」と。
僕は。。僕が彼をジャーナリストの道に引きずり込んでしまった。と思い、お父さんに責められると思った。
お父さんのメールは「息子は久保田さんに憧れ、自分のやるべき事を見つけられて幸せだったと思います」と言う事が書かれてあった。

僕は年賀状をあまり書かないが、彼のお父さんからは長年にわたって年賀状が届いていて、僕もできるだけお返事を書いていた。

時代は進化し、彼のお父さんと僕はface bookでお友達になっている。
2013年初の海外取材に行く事が決まり、友人達に報告件、支援をお願いしている。
彼のお父さんにメッセージを送ろうかどうか、PCの前で15分程迷った。
様々な思いがあって、僕がメッセージを送って良いのかどうか迷っていた。
送る後悔と送らない後悔を考えて送った。
時間はそろそろ明るくなる朝方だった。
5分と待たずにお父さんから返事が来た。

僕が行く国は彼が愛した国。そして、偶然だが、彼の命日は2月の27日。
お父さんは抗生物質1000錠と活動資金を送ってくれると。
徹夜でいろんな人にメールを送っていて、もう限界で寝る寸前にお父さんに連絡をした。

いつも思っている。
自分のしている仕事ってなんだろう。
命がけで取材しながら伝えられなくて、貧乏して、次の取材にも行けなくて。

彼のお父さんとメールのやりとりをして、何かが吹っ切れた。
僕はまだ動ける。
彼の想いとお父さんの想い、そして、人を助ける事ができる薬。
僕が運ぶ。


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