フェニからチッタゴンへ

2011年12月30日 22:30

列車の時間までギリギリだったので、近所の人に自家用車で駅まで送ってもらった。
にも関わらず、列車が遅れているらしい。
慌てて損した。

バングラデシュで初めての駅なので列車を待つ間に駅の風景を撮影する。
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バングラデシュの子供もたくましい。
片手に一杯のお菓子を持ちながら片手で列車に飛び乗って行く。
写真を見てから気がついたのだが、よく見れば裸足。

などと楽しかったのは30分程。
一時間経っても列車が来ない。
しかも情報がない。
とりあえずトイレに行こうとしたら駅長室らしい部屋の人に呼び止められた。
トイレ。。。行きたいんですが。。というと駅長室のトイレを使わせてくれた。
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敬虔なモスリムの駅長さんは写真を撮ろうとすると帽子をわざわざかぶり変えてくれた。
ご多分にもれず「茶~?」と聞かれ、頂きます。とお茶をごちそうになる。
隣の部屋が管制室になっていたので覗いて写真を撮らせてもらった。
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列車の運行状況の把握は電話がたよりのようだ。
僕の乗るべき列車は。なんと4時間遅れ。
結局、駅長室で4杯ものお茶をごちそうになってしまった。
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21時近くになってようやく列車が到着すると、不案内な僕の為に駅長さんが列車に乗り込み僕の座席まで案内してくれた。
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駅長さんのおかげで楽しい4時間だったが、車窓からの景色を楽しみながらチッタゴンへ向かう僕の夢は崩れさってしまった。

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フェニ駅

2011年12月30日 13:30

フェニの駅はのどかだ。
何故か線路と線路の間にヤギさんがまったりと草を食んでいる。
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オバーパスがあるが、みんな線路を渡って行く。

ただでさえ外国人がいないバングラデシュ。
フェニともなれば外国人は殆ど見られない。

ホームで列車を待っていると、あっという間に人だかりができてしまう。
動物園の動物の気持ちが分かる。
IMG_5724-のコピー

スリや置き引きの被害が殆どないバングラデシュとはいえ、これだけの人に囲まれるとちょっと困る。
ベンガル語ができない僕は「みなさん暇なんですか~。僕を見ていても何もでてきませんよ~」と日本語で話しかけた。
どうしても人が去って行ってくれないので、近くの売店でお茶を飲む事にした。
この時は。。この先に待ち構える不幸を想像さえしていなかった。

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バングラデシュの列車。

2011年12月30日 05:35

長距離バスの移動に疲れ、飽きていた。
鉄道が整備されているなら鉄道での移動が好きだ。
トイレがある。そして、到着した場所が分かりやすい。

しかし、バングラデシュで列車のチケット手に入れるのはとても難しい。
時刻表がベンガル語のみ。
勿論、外国人専用の窓口などない。
友人の力を借りてチケットをゲットした。
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全く何が書いてあるか分からないが、夕方の列車でフェニからチッタゴンへ行く事ができる。
車窓からの景色が楽しみだ。

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バンドルボン4

2011年12月29日 20:34

バンドルボンの集落を訪ねる為に船をチャーターしてみた。
川を見ると何隻か船があり、市民が移動の足として使っているようだった。
僕はベンガル語全く話せないので、河原に降りて、船を指差して「船頭さんいますか~」と声をかける。

船頭さんらしき人がきてくれた。
後は友人にお任せして交渉してもらう。
僕の友人はベンガル語で喧嘩できるくらいの達人なので、あっという間に交渉を成功させてくれた。

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天気もよく、船にのっていると暑いくらいだった。
川を遡るといくつも集落が見られ、みなそれぞれに、洗濯、水浴びで川を利用していた。
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一見深そうに見える川だが、乾期の為水深は浅く、2度も座礁してしまった。
二時間程の船の旅を終え、上陸すると可愛い子供達が待ち構えていた。
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バンドルボン3

2011年12月28日 18:30

外国人は立ち入り許可証が必要なバンドルボン。
ホテルで許可証を確認されただけで、街中ではそんな雰囲気は全くなかった。

CNGをチャーターして山に入って行くとさすがにチェックポイントがあり、軍の兵士が警備にあたっていた。
兵士が持っていたのは旧式の銃だが、防弾ベストのポーチに予備のマガジンが一杯に入っていた。
通常、平和な感じのチェックポイントにいる兵士は4つも予備マガジンを携帯していない。
いつ何が起こってもおかしくない状態だと思える。
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バングラデシュに来て色々なフルーツを見たが、ぶどうは見た事がなかった。
バンドルボンでぶどうを発見した。
他のフルーツに比べるとビックリするくらい高いが友人達と一緒に食べようと思って買った。
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もうひとつマスカットのようなぶどうもあったが、こちらの方が美味しかった。








プロゴルファー杉原輝雄さん死去。

2011年12月28日 16:53

かれこれ20年近く前。
芸能人のインタビュー撮影をしていた。
カメラマンとして駆け出しの僕はテレビで見た事がある有名人を撮影するのに緊張していた。

大阪へ行って杉原輝雄さんのインタビューをお願いします。という依頼が来た。
ライターさんと待ち合わせのANAホテルへ到着。
杉原プロを探す。

当時の僕はゴルフの経験もなく、杉原プロが飛ばし屋のジャンボ尾崎と死闘を演じた事くらいしかしらなかった。
なんとなく、顔を覚えていたくらい。

待ち合わせホテルのロビーでカフェを覗き込み杉原プロを探すが見つからない。
なんと杉原プロはお茶でも飲んで待っているという僕たちの期待を裏切り、柱の陰にぽつんと佇んでいた。
僕の第一印象は「こんな小さな人なんだ」だった。
インタビューはライターさんにお任せで、僕は30分という短い時間にライィングを整え、杉原プロの表情を追いかけた。
後に知った事だが、調子が悪くシード権をなくした年だった。

残念な事にインタビューの内容は覚えていないが、笑顔を交えなつつも要所要所で鋭い眼光を見せる杉原プロだった。
体格に恵まれず、飛距離では圧倒的に不利でありながら長年プロ生活を続けた杉原プロ。
強さを全面に出さず、気さくで話しやすい人柄だった。
我が母親と一歳違いでの永眠。
ご冥福をお祈りします。

下記、毎日jpより
がんとの闘病を続けながら「生涯現役」を貫いたプロゴルファーの杉原輝雄(すぎはら・てるお)さんが28日午前、死去した。74歳。葬儀は近親者のみで執り行う。

 12歳の時、大阪府茨木市の自宅近くの茨木カンツリー倶楽部でキャディーをしながらゴルフを始め、1957年にプロ入り。62年の日本オープンで初勝利を飾ってトッププロの座を不動のものとした。優勝は国内56回(うちツアー28回)、海外1回、シニア競技6回。

 身長162センチ、体重60キロと小柄で、ドライバーの飛距離は出ないが正確無比のショットを放つ名手で、しぶとい戦いぶりから「マムシ」の異名を取った。さらに、関西の若手のみならず、全国のプロを束ねたことから「プロゴルフ界のドン」の称号が付いた。

 98年4月の4戦目「デサントクラシック」において、前立腺がんであることを明かした。しかし、「試合に勝とうと思って出場しているので、手術が2週間で済んでも、ツアーで戦える体に戻すには半年かかる。そんな時間の余裕はない」と手術はしなかった。

 その後も若手選手に交じって試合に出続け、レギュラーツアーでは誰も達成したことのない「エージシュート」(年齢以下のスコアでのラウンド)にも挑戦した。2006年の「つるやオープン」で68歳の国内最年長予選通過記録を達成。第2ラウンドでエージシュートにあと1打と迫る69ストロークを記録した。また、「中日クラウンズ」には10年まで51回連続出場を果たし、アーノルド・パーマー(米国)が海外4大大会の「マスターズ」に50回続けて出場したのを上回る同一大会連続出場の「世界新記録」を樹立した。

バンドルボンの子供達

2011年12月28日 07:39

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少数民族、ベンガル人が混在するバンドルボン。
子供達は異民族を意識していたりするのだろうか。


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バンドルボン

2011年12月27日 19:30

外国人旅行者が少ないバングラデシュ。
滞在中に出会った外国人はセントマーティンで出会った欧米系のバックパッカー一人だけだった。

ただでさえ珍しい外国人。
ましてや許可証が必要なバンドルボンでは外国人が訪れる事は少ないのだろう。
食事、買い物、何をしていても周りに人だかりができてしまう。

地元の子供達と遊んだ後、一人道を歩くと素敵な木漏れ日が僕を迎えてくれた。
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ヒルトラック3県

2011年12月27日 07:50

ヒルトラック3県の一つバンドルボンを訪れた。
平地が多いバングラデシュでは珍しく丘陵地帯と言われているが、実際は山!と言う感じ。
竹林などが見られ、日本の田舎のような風景が見られる。

少数民族が多く住むエリアで、時折トラブルも発生する事から外国人は許可証がないと入れない場所だ。
勿論、訪れるのは初めてで、許可証が必要なくらいだから危険度が高い場所かと思いきや、バンドルボンに関しては街に危険な匂いはなく季節がら多くのベンガル人が観光に来ていた。
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ここでも外国人は殆ど見かけず、地元の人達は日本人に興味津々だった。
通りかかった乗り合いトラックの人達も人懐っこい笑顔を見せてくれた。


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インド国境に近い村

2011年12月24日 19:30

村の風景

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フェニ~インド国境。

2011年12月24日 12:39

フェニから村の奥に進むと突然インド国境が現れる。
監視塔がある。
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どこが国境線か分からない。
しかも監視塔には人がいない。

そして、田んぼの中に三角の石が一つ。
地元の人にこれが国境だと言われてもピンと来ない。
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三角の石の手前がバングラデシュ、奥がインド。
長年海外を取材しているが、こんな国境は見た事がない。
手前も奥も同じ田んぼが広がっているだけ。
外国人が来るような場所ではないから監視塔に警備の人もいない。

勿論、僕は田んぼをまたいでインドに行って来た。
元々インドだったバングラデシュだからこんなものかもしれない。
バングラデシュとインドはとびとびの土地があるらしく、トレードしようという話もでているらしい。
地元で農業を営む人からすれば行政の単位が変わっても自分たちの生活にさしたる影響はないようだ。

収穫期はバングラデシュ人とインド人が隣り合わせで稲を刈るのだろうか。
そんなシーンを見てみたいと思った。

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フェニ郊外

2011年12月24日 08:33

フェニ郊外の村に行くとインド国境が近くなる。
今は使われていない鉄道の線路。
かつてはインドまで列車が走っていたそうだ。
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陸続きで国境を持たない日本人には理解しづらい感覚。
タイとミャンマーを結ぶ鉄道を思い出した。

フェニにはまだまだ驚く国境があった。

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フェニ

2011年12月23日 21:37

バングラデシュに来ても友人がいなかったら絶対とずれる事がなかった街フェニ。
地元の子供達と記念写真を撮った。
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コックスバザール3

2011年12月23日 17:24

コックスバザールの路上夜市。
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夜の路上市場を撮影してみた。
バングラディシュの特徴で、外国人慣れしていない人が多い為、写真を撮ると「こっちも撮ってくれ」と言ってくる人が多い。
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写真好きな人が多いとカメラマンとしてはやりやすい。

そんなコックスバザールでKFCに行った。
セットオーダーするとしばらく席で待ってくれと待ち札代わりのキューブを渡された。
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なんとなく素敵なキューブだったので写真を撮ってみた。

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バングラディシュの交通事情。

2011年12月22日 21:53

バングラディシュ一番の問題は渋滞かもしれない。
首都ダッカ、第二の都市チッタゴンだけでなく地方都市でも慢性的な渋滞がある。

狭い国土に人口が集中していることも原因だが、道路事情が明らかに悪い。
日本でいう国道のような幹線道路の殆どが1車線。
無理な追い越しをかけるバスの事故が絶えない。

今日、100キロ程バスで移動したが、その移動時間は4時間半を越えた。
道中横転したバスを見かけ、バスとトラックの衝突事故を見かけた。

渋滞が頻発するもう一つの理由は多種多様な交通機関にある。
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写真右側がリキシャー。左側を走っているのがCNG。同じ道路を後方から大型バスがやって来る。

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写真はオート、電気で走る乗り物。

同じ道を早さが違う乗り物が走るんだから大変。
チッタゴンでは馬車も見かけた。

走り来るCNGを撮影しようと待ち構えていたら、猛烈な勢いでバスが追い越して行った。
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風圧にあおられ、路肩に落ちそうになるCNG。
こんな光景が毎日見られる。
長距離バスの最前列に座ると、それはそれは心臓が縮むような恐怖をあじわう事ができる。

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コックスバザール2

2011年12月21日 18:37

コックスバザールにはミャンマーの人が多く住んでいる。
ミャンマー難民の人もいるし、バングラデシュに移り住んでいる人も多い。

そのため、コックスバザールには仏教寺院がいくつかある。
そのうちの一つにネコがいた。

お寺のネコと記念写真を撮ってみた。
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コックスバザール

2011年12月21日 00:33

コックスバザールと言っても特別バザールがあるわけではない。
バングラデシュ南部の街の名前だ。

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早朝に到着したコックスバザール。
日が昇り始めた頃、リキシャー、CNGがバス停に集まって来た。

朝は寒いが、日が昇ると一気に暑くなる。
バングラデシュはこの時期、一日で四季を体験できる。

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コックスバザールの子供達の写真を撮ってみた。

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僕の仕事はゴミ拾い。

2011年12月20日 00:42

セントマーティンを出てバングラデシュ第二の都市チッタゴンへ来た。

ダッカ同様、渋滞が激しい。

片側2車線の中央分離帯。
一人の少年がゴミを拾いながらやってきた。
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まるで忍者のように。
久しぶりにカメラを向けるべきがどうか迷った。
彼の鋭いまなざしに対して僕は何ができるのか、どうすれば良いのか一瞬分からなかった。

迷いは一瞬で、結局一枚撮らせてもらった。
撮ったあとベンガル語が話せない僕は「どうも、こんにちわ」と日本語で話しかけた。

少年は中央分離帯から降り、まっすぐ立ち僕を見た。
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再び一枚撮らせてもらった。
少年は笑顔こそ出さないが、一枚目とは違った顔を見せてくれた。
お金ちょうだい!って言われるかな~。と思いつつも撮り逃げする気持ちにはなれず、日本語で「いい目しているね」と話しかけた。

少年はお金を要求する代わりに最高の笑顔を見せてくれた。
久しぶりに痛かった。

高級車が走る広い道。
明らかに貧しい少年。

いっそお金を要求されたら。痛くなかったかもしれない。
自分の写真を撮った異国のカメラマンに笑顔を見せて立ち去った少年。
僕は何かを伝えたかった。
何も伝えられず、潤む目で精一杯の笑顔を見せるだけだった。

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セントマーティンのエビ!

2011年12月18日 15:43

セントマーティンは島だけあって海産物が安くて美味しい。

とりわけ日本人に嬉しいのは伊勢エビ。
日本で食べたら3000~5000円するであろう伊勢エビが200タカ~400タカ(200円~400円)で食べられる。

と言う事で、到着早々、ランチは伊勢エビのカレー。
ディナーは伊勢エビのBBQ。

やってしまった。
せっかくの美味しい伊勢エビとJ地元のお魚。
バングラデシュを訪れたら、エビを食べる為だけにでもセントマーティンに行く価値があると思う。

写真を撮るの忘れてしまった。
読者の皆さん、ごめんなさい。
お詫びにセントマーティンの写真を一枚。
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セントマーティンのビーチ

2011年12月17日 07:32

バングラディシュと言えばベンガルタイガー!
と思ったが、当たり前だがそうそう出会えるものではない。
しかし、ベンガルタイガーが有名なのは間違いない。

だからだろうか。
セントマーティンのビーチに咲くビーチパラソルはタイガー模様だった。
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バングラディシュでも有数の観光地なだけに国内から多くのツーリストが来ていた。
そんな中、夕暮れ、ビーチに佇む地元の子供たいた。
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バングラディシュの人は写真を撮り終えた後に笑顔になるケースが多い。
真面目な顔で写真に写りたいようだ。

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セントマーティンの子供

2011年12月15日 18:03

他の国同様、バングラディシュでも子供の水汲みシーンに何度も出くわした。

島であるセントマーティンは特に水が貴重なようだ。
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送電線がなく電気は発電機のみの島セントマーティン。
内陸部では子供達が水汲み、農作業をしていた。

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セントマーティンの床屋

2011年12月15日 09:30

バングラディシュに来たら絶対床屋に行こうと思っていた。
首都ダッカでいくつもりだったが、時間がなくて行けなかった。

なんとなく南端の島セントマーティンで床屋に行く事になってしまった。
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なんとなくお茶をした目の前に床屋があったので行く事に決めた。
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お兄さんはとても丁寧にカットしてくれた。
ひげ剃りは。。。お断りしようと思ったが、ちゃんとカミソリの刃を新品に変えてくれたので、ひげ剃りもお願いした。
30分以上かけてとても丁寧にやってくれた。
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photo by Jun

友人曰く、「この人かなり上手ですよ!」と。
「セントマーティンで床屋に行った日本人って、もしかしたら久保田さんが初めてですよ」と。

訪れた国の床屋さんに行くのが僕の趣味。
また新たに床屋さんに行った国が増えた。

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セントマーティン島へ

2011年12月14日 01:40

バングラディシュ南端の島セントマーティンへ向かう。
船着き場からは3隻の船が同じ時刻に出発する。
そのうちの一隻が瀬戸~今治号。
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日本の中古船を買ってこの航路で使用しているらしい。
日本で活躍したのはそんな大昔ではないと思う。
日本で現役時代の瀬戸~今治号に乗った経験のある人も多いのではないかと思う。

船はテクナフの河口から海へ出てセントマーティンへ向かう。
途中対岸にミャンマー領が見える。
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僅か数キロ先にはミャンマーがあり、対岸はフェンスと鉄条網で覆われミャンマー人がバングラディシュに来れない構図が見て取れる。
一瞬ドキとする光景だが、地元のバングラ人は全く気にしていない様子だ。

まだまだ観光開発がされていないバングラディシュではセントマーティンに向かう外国人も殆ど見かけない。

アフガニスタンやイラクとは違う政治的な難民問題が存在する。
何故が日本では殆ど報じられていない。
複雑な気分を味わいながらセントマーティンへ向かった。


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バングラディシュ日記10

2011年12月12日 13:37

ダッカ~フェニ~コックスバザールへ

ダッカですべての用事をすませ、フェニ~コックスバザールへと夜行バスで移動する。
僕は列車での移動は好きだけど、夜行バスの移動はあまりすきではない。

まず、バスにはトイレがない。
休憩してもいつ出発するか分からない。
到着した場所がわかりにくい。

等々の理由で列車の方が好きなのだが、フェニ~コックス方面には路線がないため仕方なくバスでの移動。
フェニで一休みして友人宅を訪れ、朝方コックスバザールに到着する。
時間のメモがあったのだが、iPhoneが盗まれてしまったため分からなくなってしまった。

コックスで休む間もなく、セントマーティンに向かう船着き場へのバスに乗る。
途中休憩。
休憩所で面白いものを買った。
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右手に持っているのが皆さんご存知のコカコーラ。
左手の缶がちょっと珍しい。
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名前はハンター。
なんとバングラディシュ国内産のビールだ。
イスラム教徒が大半を占めるバングラディシュで休憩所の売店のようなオープンな場所で地ビールがうられているのはとても珍しい。

思わず買ってしまった。
お味は。。。

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バングラディシュ日記09

2011年12月10日 03:15

JICAオフィスへ。
バングラディシュの首都ダッカは僕が想像したよりも大きな都市だった。
アジア最貧国と言われているがとてもそうは思えない。
貧富の差があるのだろうが、ダッカに住む人はパキスタンのイスラマバードに住む人よりリッチに見える。
自分が見て来た国としか比較できないがパキスタンに比べたら高級車の数が圧倒的に多い。

ダッカは一日中どこかの道が渋滞している感じだ。
友人宅からJICAオフィスに行くのに2度リキシャーを乗り換えた。
大きな道があって渋滞しているとリキシャーはその向こうまで行ってくれない。
英語が通じる率も低く、ベンガル語を話せない旅行者が移動するのはなかなか難しい。
立ち並ぶ高層ビルと突然出てくるスラム街。
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川沿いのスラム街
バングラディシュを理解するのは難しい。

バングラディシュJICAの所長さんと調整員の人とミーティングを終え、早くもダッカを離れる準備をする。


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バングラディシュ日記08

2011年12月09日 13:48

10:17友人が迎えにに来てくれた。
早速、荷物を持って友人宅へ移動する。

近年、新しい国に到着して一番にする事は携帯のシムカードを購入する事になってきた。
一昔前は「スラヤ」衛星携帯電話を持ち歩いていたが、最近ではどの国に行っても携帯が発達しているので「スラヤ」を持ち歩く必要がなくなった。
「スラヤ」は我が家で埃をかぶっている。

アフガニスタン戦争以降、国連やローカルNGOとの付き合いが多くなり、どうしても連絡がとれる地元の番号が必要になってきた。
シムカードを買うにあたって国によってはパスポートのコピーが必要だったり、外国人は買えない場合もあるが、バングラディシュは身分証明も必要なくとても簡単に買う事ができた。

いつでも連絡が取れる状態を作った後、ダッカ市内を散歩する。
言葉が通じない国の子供達を撮影するのは楽しい。
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バングラディッシュ日記07

2011年12月08日 23:35

12月4日
差し込む朝日と工事の音で目が覚めた。
窓を開けるとホテルの裏側で工事が行われていた。
寝ぼけ眼で外を見ると女性が工事現場で穴を掘っている。
イスラム圏ではそうそうお目にかかれる光景ではない。
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シャワーを浴びて寝たのが5時近かったから3時間くらいしか寝ていない。
覚醒しきらない頭が現実を否定した。
何度見ても派手な服装の女性が穴を掘ってる。
バングラディッシュ一枚目の写真は僕に僕にとって驚きの写真になった。
イスラムの国は基本的に女性を守っている。
工事現場で穴を掘るなんて重労働を女性にさせない。
でもバングラディッシュでは行われている。
バングラディッシュの第一印象は?から始まる事になった。


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バングラディッシュ日記06

2011年12月07日 22:17

バングラディッシュ到着。

3人の中国人がようやく出て来て全員荷物をピックアップして外に出る。
友人からバングラディッシュは一眼レフカメラの持ち込みが1台しかできない。2台目からは15000タカのタックスがかかってしまう。と聞いていた。
予備のボディーと友人に貸すための40D、トータル3台のボディーがバッグに入っている。
スーツケースに入れるか手荷物に入れるか、とても迷った。
結局手荷物に1台、スーツケースに2台入れた。
お迎えの空港職員が「日本人だからX線検査いらないでしょ~」と言ってくれたが、スーツケースだけは検査が必要となってしまった。
しまった!逆だった。手荷物に2台ボディーを入れておけばよかった。
案の定僕の荷物にはチョークで×印が付けられ、開けられてしまう事になった。
検査台には中国人が沢山の電球をぶちまけていた。
あまりにも長く待たされるので、「日本人の荷物を早く見てやってくれ」と職員が言ってくれた。
イエローの派手なスーツケースを開けた税関職員が「お~これはプロフェッショナルカメラじゃないか。しかも2台もある。なんでこんな大きいカメラを持って来ているんだ?」。僕の友人が9日に結婚式をするから写真を撮ってあげるんだよ。「1台だけでいいだろう!2台目は15000タカの税金を払わなければならない」。15000タカって約15000円。それはいかん。
「お前はTAXにinterestingがあるか?」と聞かれたので「no」と答え。一生に一回の結婚式だよ!もしカメラが故障したら取り返しがつかないでしょ。だから2台持って来たんだよ。僕50以上の国を旅しているけどカメラ1台しかダメなんて国初めてだよ。そんなルール知らなかったし(本当は知っていた)。
ホテルのお迎え~空港の職員も「彼はバングラディッシュに初めてくるんだし許してあげなよ」と言ってくれた。
税関のおじさんは「絶対にカメラを売るなよ」と言ってきた。「勿論!これ僕のお父さんの形見だもん」。「新品じゃないだろうな」。「見てよキズが一杯あるでしょう」。そんなこんなで15000タカを取られることなく無事通過する事ができた。
お迎えの車に乗ってホテルにチェックインした時の日本時間は午前6時近かった。日本を出て24時間以上。
よく考えたら一日に4つも空港に離着陸する経験も初めてだった。

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バングラディッシュ日記05

2011年12月05日 22:17

バングラディッシュ到着。
長い旅路の末ようやくバングラディッシュに着いた。

イミグレーションの列に加わる前にkubotaと書かれたサインボードを見つけた。
夜中に着くので一泊目だけホテルを予約しておいた。
通常、入国をすませ荷物を受け取った後に「お迎え」の人と出会うものだが、バングラディッシュではイミグレーションの中に「お迎え」の人が来ていた。
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とりあえず第一関門突破。
ホテルの人が空港の中に入れるのかと思ったら、契約しているホテルの人が空港職員にお迎えを頼んでいるようだ。無事入国をすませ、荷物を受け取る。

同じホテルに泊まる予定の中国人3人が出てくるのを待つ。

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バングラディッシュ日記04

2011年12月05日 12:01

昆明トランジット

クンミンは僕が想像したより大きな空港だった。
ダッカ行きの人達は新たなボーディングパスを渡され着いてくるように言われた。

午前0時を回ったにも関わらず空港内は人でごった返している。
迷ったら。。バングラディッシュへ行けなくなるな~と思いながらバングラディッシュ人を目標に着いて行く。

マッチ売りの少女ならぬ、ライター売りのおばさんが空港内に入って来ていて目の前でライターに火を付ける。
足下を照らしているのではなくライターを売っているようだった。

またまたイミグレーション。
ここで中国から出国となる。
そしてまたまたセキュリティーチェック。
フィルム時代だったら毎回大変な事になっていたと思う。
イミグレーションを抜けて搭乗口。

現在時刻は00:48。
ボーディングタイムは01:30。
インターネットさえできればそれほど長い時間とは感じないのだろうが。
常套手段であるVIPラウンジの前に行ってもwifiが拾えない。
なんてったってVIPラウンジ閉まっているもん。


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