自転車車道~パーキングメーター撤去。

2011年10月30日 13:07

自転車車道説からパーキングメーターを撤去する話が出て来た。
そもそもお金を払ったら路上駐車できる。というパーキングメーター。
お金を払えばいいのか?という違和感があるが、実際、都内の駐車場の数を考えるとパーキングメーターは必須とも思える。

自転車が車道を走るように徹底するのは間違いではないかもしれないが、ルール先にありきで、準備が整っていない。
左折巻き込みの危険を考えて、自転車は直進時にそのまま車道を進むようにするらしいが、車のドライバーからすればかなり怖い思いをすることになる。

歩行者と自転車の交通事故を減らす為に自転車車道説。
交通事故全体を減らす為には車のドライバーに関しても取り組みが必要だ。

日本では車の免許証がID代わりになっていて、車を運転しない、すでに運転する技術がなくて運転免許証を持っている人が多い。
盆、暮れ、正月に事故が増えるのは当たり前、年に一度しか車に乗らないような人が車を運転する。
高齢者教習が数年前から始まったが、教習が必要なのは高齢者ばかりでなくペーパードライバーだと思う。
日本の免許所持者の数を考えると、免許書き換えの度に教習を行うのは厳しいかもしれないが、書き換え二回に一度は実地教習をした方が良い。

縦列駐車は勿論できない、目的の場所はあればウインカーも出さずに突然曲がる。
こんなドライバーが沢山いる状態で自転車を車道に出すなんて、事故が増発して当たり前だと思う。

ブログにコメントを下さった方がいる。
「教習所には警察OBがたくさん就職しているのですが、教習所といえば経営難が深刻化している業種。そして、高齢者教習などという制度ができましたっけ。
今度は自転車というのもあながち間違いでもないかもですね。」

教習所の経営が深刻化しているのは知らなかった。
より事故を減らす為に500円でワンコイン教習とかやって、その証明書を持って書き換えに行ったら良いと思う。
教習は簡単。
エンジンをかけ、一周して来て元の場所に止めるだけ。
これだけの事ができないドライバーが何%いるだろうか。
ちゃんとできないドライバーは次段階の教習を受ければ良い。

いつの世も改革は必要だと思う。
時代の流れに合わせ、より良い方向に行く為に。
改革の余波で犠牲者が増える改革にだけはしてはいけない。
特に交通関係は犠牲者が出てから対策が取られる。
交通事故が起きてから信号が設置されたり、ガードレールができたり。
今回の大改革はちゃんとケアしなければ多くの犠牲者を生む。










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サイパンの空。

2011年10月30日 01:05

サイパンスコール後の空。
IMG_3892_1-のコピー

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突然始まった「自転車車道説」

2011年10月28日 20:23

そもそも道路交通法では自転車は軽車両の区分に入り、車道を走る事になっているのだが、日本の狭い道路事情を考えると車道を走る事が危険になる場合が多い。

近年、自転車と歩行者による事故が頻発した事で自転車は車道を!と言う事になったようだが、今度は自転車と車の事故の増加が心配される。

最近では自転車と歩行者の事故の過失を補うための自転車保険もではじめてきた。
それほど歩行者との接触事故が多いのだろう。

だからと言って急激に自転車は車道、警察による取り締まり(注意)までやり始めるのはどうなのだろう。
自転車しか乗らない人、車しか乗らない人、自転車も車も乗る人、この3者に分かれるが、自転車しか乗らない人には自転車がどういう動きをすると車に迷惑なのか分からない、車しか乗らない人には自転車が坂道で突然よろける可能性がある事がわからない。

僕は自転車も車も両方使うが、片側一車線の狭い道で車道を走るのはとても怖い。
逆に車に乗っていると、突然道を横断したりふらつく自転車はとても怖い。
原付でさえ30キロの法定速度で走っていると横を通る時気を使うのが、自転車だと10~15キロくらい、大型トラックの風圧で揺さぶられる事もある。

既に自転車にウインカーを付けるなどの話も持ち上がって切れいるがハード面だけでなくソフト(教育)が追いつかなければ事故が増えるだけだ。

26日午前7時25分ごろ、三重県伊勢市上野町の県道で、自転車に乗っていた  
  市内の中学2年(13)が、同県志摩市浜島町、塗装工の男性(18)が  
  運転する軽トラックにはねられ、全身を強く打ち死亡した。男性は足に打撲の軽傷。  
   
急激な改革によって自転車と車の事故が急増しない事を祈る。
気軽に誰でも乗れる自転車が一昔前の原付のように講習による免許制?となるようか事態もあるかも。

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衆院のネットサーバがサイバーアタックに遭う。

2011年10月26日 05:21

衆院のネットサーバーや衆院議員らの公務用パソコンがサイバー攻撃を受けた問題で、議員と秘書の計約960人全員分のIDとパスワードが盗まれた疑いがあることが朝日新聞の調べでわかった。
議員約480人と秘書約480人の全員分にあたるIDやパスワードを盗み、本人になりすまして各自のパソコンを外部から操作することが可能だったらしい。

誰がこんなサイバーアタックをかけたのか。
民主党の前原政調会長は同日の記者会見で、「(感染は)ゆゆしきことで、防御体制をどう確立するかは喫緊の課題だ。看過できない」と述べた。自民党の石原幹事長も「国家の根幹に関わる問題だ」と指摘しているが、誰がアタックをかけたのかに言及していない。
勿論、日本のメディアも犯人に関して言及していない。

フランスのメディアはこの事件に関して
Japan parliament hit by China-based cyberattack
と、中国にベースがあるサーバからのアタックだと書いている。
FRANCE24

海外メディアが書いているのに日本のメディアが書いていないのは何故だろう。
朝日新聞のネットニュースの見出しは
「全衆院議員のパスワード盗難か 管理者権限で操作」

この見出しだと内部犯と思えてしまう。
フランスメディアの
Japan parliament hit by China-based cyberattack
という見出しとはかなりかけ離れている。

現時点ではどちらが正しいのかは分からない。
もし、日本のメディがが同じ情報をつかんでいて、政治的な部分の配慮で情報を流していないとしたら。
メディアの信頼性はますます薄れてしまうだろう。

インターネットでの情報が簡単に入る現代では日本のメディアが情報発信をしなくても、海外のニュースから情報を仕入れる事ができてしまう。
僕がブログに書かなくても、ネット上の情報をつかむのが得意な人は既にこの事を知ってると思う。

メディアは第四の権力と言われる。
情報が世界を動かす。
第四の権力が他の権力に迎合してしまったら、再び過去の過ちが繰り返される可能性が高くなる。
一つの情報で戦争が起こってしまう現代だからこそメディアの情報発信が大切になってくる。

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CanonEOS-1Dx

2011年10月25日 15:39

次期オリンピックに照準を合わせてCanonが新たな一眼レフボディーを発売する。
CanonEOS-1Dx
今までの1D系のレスポンスと1Ds系のフルサイズCMOSセンサーを兼ね合わせたフラグシップ機だ。

DIGIC4ですら凄まじいエンジンだと思っていたのに1DxはデュアルDIGIC 5+を搭載。
高感度でのノイズ除去をする事で高感度撮影での画質を向上させている。

マーク?でアフガニスタンの暗闇、僕の肉眼でさえはっきり見えない馬車とアフガニスタン人を撮影したとき、モニターにははっきりと映像が映し出され驚いた経験がある。

PKA_0450.jpg
馬車が来たのは分かったが、何をしているか見えなかった。写真では馬の表情までが見て取れる。
PKA_0454.jpg
暗闇の中でおじさんがポーズを取ってくれた、町灯りで僅かに顔が見えるくらいだった。

最高感度で撮影した為、ノイズ、偽色が現れていたが、1Dxではどうなるのか、考えるだけでわくわくする。

マーク?を買った後、マーク?が発売されても、マーク?が発売されても買う気にはならなかった。
1Dxは買う事になるだろう。
値段が70万とか80万円だったら見送りだったが、このスペックで60万円台なら買いだと思う。

スポーツ系の人は望遠レンズの事を考えるとマーク?の方が良いのかもしれない。
コマーシャル系の人は画素数と落とした1DxよりDs系の方が良いのかもしれない。

僕の撮影分野としてはワイドでのフルサイズ、スナップショットでのレスポンスを考えると1Dxは最高のカメラだと思う。
昨日、Canonへ行き、偶然実機に触れる機会があった。
操作系のボタンだけで30近くもあり、一生使わない機能も出てくると思う。
ホールド感、シャッターのレスポンスの良さは最高の物だ。

1Dxはスポーツモードで体操だの陸上だの絵がついたアイコンをセレクトする事でシーンに合わせた撮影ができるようになっている。
デジタルカメラの進歩は間違いなくカメラマンの仕事をすくなくした。
AFの精度、露出の精度が上がる事によって長年の経験と勘がなくても撮影ができるようになった。

一方でフィルム時代ならストロボを使わなければ絶対写せなかったシーンでの撮影が可能になった。
残りのカメラマン人生の中で1Dxの後、あと一台カメラを買うかどうかだと思う。
清水の舞台から飛び降りるつもりで購入したマーク?はもはやロートル機。
1Dxも同じ運命になる可能性が高いが、カメラの性能が写真のクオリティーに影響するようになってしまっては仕方ない。
Canonが開発した最高のテクノロジーを現場で早く使ってみたいと思う。
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リビアの行く末。

2011年10月24日 05:40

長期に渡って独裁政権を続けたカダフィ大佐が拘束、殺害された事によってリビアに自由が戻ったかのような報道が多いが、事はそれほど単純ではない。

そもそも王制だったリビア、勿論、富の分配が平等である筈もなく、リビア国民に反発の気持ちが高まっていた。
そんな時、陸軍士官学校を出たカダフィ大佐がクーデターを起こし王を退陣させた。
この時点ではカダフィ大佐は悪い王様を追っ払った英雄だっただろう。
無血革命によって新たなリビアを作り上げたが、残念な事に新たな政権も国民が望む形にはならなかった。

反政府デモから内戦となり、軍事力では圧倒的な力を持つ政権に対してNATO軍が反政府側を支持する事によってカダフィ政権は崩壊した。

早速リビアの旧王族が「カダフィ体制打倒は長年の夢だった。一国民として国の再建に尽くしたい」王政復古アピールし始めている。

アフガニスタンのケースと似ていないだろうか。
アメリカが嫌うタリバン政権を崩壊させる為に北部同盟に武力支援をする事によってタリバン政権を崩壊に導いた。10年後のアフガニスタンではタリバンが復活しつつある。

リビアの場合、カダフィ大佐の独裁政権が正しかったとは思えない。
圧倒的な軍事力を持つ政権側が反政府勢力に対して攻撃を仕掛けた時にNATO軍が人道的介入と言う事で空爆を行った。反政府勢力が首都を制圧した後もNATO軍はカダフィ派に対して空爆を続けた。これは人道的介入ではありえない。

部族問題、王室の問題を考えると、すぐさまリビアが民主的な国になっていくとは考えがたい。
アフガニスタンの二の舞にだけはしてはいけない。

世界には独裁政権国家が沢山ある。
何故リビアにはNATO軍が介入したのだろうか。
国の名前を挙げだしたらキリがないが、我々日本人が分かりやすい北朝鮮は?ミャンマーは?

カダフィの独裁政権が良かった訳がない。
金正日体制はどうだろう。

国際社会(西側)が認める政権とはその国の国民にとって良い政権ではなく、アメリカ及び西側諸国に脅威とならない政権であると認識すべきだろう。

メディアはリビアが解放されたというニュースだけでなくNATO軍がどのように軍事介入していったかをちゃんと報道すべきだ。







サイパンでもネコ

2011年10月24日 03:30

お世話になったダイビングショップには4匹もネコがいた。
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宇宙で最初の星の光とらえる

2011年10月23日 16:59

137億年前の宇宙誕生から3億年後、宇宙で最初に誕生した星から放たれたと見られる光を観測することに、宇宙航空研究開発機構などの研究チームが世界で初めて成功した。

宇宙物理学を学んでいた僕としては驚愕のニュース。
僕が学生だった頃は宇宙が誕生したのは150億年前くらいだとされたいた。
近年、観測技術の進歩は僕が学生だった頃の理論をいくつも実証する事に成功し、新たな理論を生み出しつつある。

宇宙は出来たての頃の熱さのなごり4Kの黒体輻射でみたされている。
この黒体輻射観測と遠方の銀河のドップラー変位の観測が宇宙の年齢を探る鍵だった。

僕の卒論のテーマは「インフレーション宇宙のシミュレーションモデルの作成」だった。
現在の宇宙の大規模構造、(銀河が多く存在する場所とあまり存在しない場所がある)になるためには宇宙の初期段階においてなんらかの「ゆらぎ」が必要となってくる。
その「ゆらぎ」の原因が初期段階において宇宙の膨張が激しい次期があり、その膨張の激しさが「ゆらぎ」を作るという理論。これがインフレーション宇宙論。

これが正しいかどうかを判定する為に東京大学にある「グレープ」という重力多体問題を扱うコンピュータをお借りしてC言語でシミュレーションを作ったのが僕の卒論だ。

今回の発見で最初の星が生まれたときにはすでに宇宙の大規模構造が出来ていたことがわかったらしい。
物理学会紙を読まなくなって15年近く経つ僕にはさっぱりわからない。

宇宙最初の星の光といってもその光はドップラー効果によって我々が肉眼で観測できる光ではなく赤方変位をして赤外光となっている。
その光を観測したのが日本の天文衛星「あかり」だ。
この観測の為には様々なノイズを除去するのが大変だったと想像できる。
地上にある電波望遠鏡では不可能な観測だろう。

僕が進もうとしていた宇宙物理学の分野がこれほどまでに進歩しているのはとても感動的だ。

宇宙開発は過去の科学者やSF作家が想像したより遅々としてしか進んでいない。
2010年代は多くの人が月面や宇宙コロニーで生活できるくらい、と思われていた。
一つの原因は推進材やロケットを作る金属をを戦争の為のミサイルに使っているからだ。
科学者達のあくなき探究心が戦争ではなく未来の宇宙開発に向けられる事を切に願う。


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リビアで事故 テレ朝記者ら死亡

2011年10月22日 00:51

テレビ朝日によるとリビア国内で取材陣の乗った車が交通事故に遭い、日本人の記者1人を含む3人が死亡したということです。
死亡したのは、カイロ支局長の野村能久記者(37)と、現地スタッフ2人の合わせて3人。また、日本人のカメラマンが軽いけがをしたということです。取材陣は、カダフィ大佐死亡のニュースを取材するために、エジプトからリビア中部のシルトに向かう途中だったということです。

海外の報道が縮小傾向にある昨今、カダフィ大佐死亡のニュースを取材に向かったテレ朝の報道に対する姿勢は評価できる。
残念な事に取材クルーは取材に入る前に事故に遭ってしまったようだが、取材に向かう時、取材中、危険は必ずつきまとう。
今回、残念な事故が起きてしまったが、局員を死亡させてしまった責任を追求して、最終的に取材にgoサインを出した報道局長等にプレッシャーがかからない事を祈る。

亡くなった記者の人達の冥福を祈る。
そして、事故をきっかけに報道が自粛しない事を祈る。
いつの時も現場に赴き、日本人の目で取材し報道する事が大切だ。

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海、ダイビング

2011年10月21日 14:38

サイパンでの取材は一日で終わる。
エアーチケットでくるよりホテルとのパッケージにした方が安い。

そんなわけで、せっかくきたサイパンの海に潜る事にした。
UNHCRの友人からhiroは絶対ダイビングやった方がいいよ!水中写真も撮りな。と勧められていた。

潜りたい気持ちはあったのだが、中学時代の友人がモルジブで流されて40分後に救出された話を聞き、尻込みをしていた。

サイパンでは一日で講習からダイビングまでやって、ライセンスを取れるプランがあった。
このチャンスを逃したら一生ライセンスを取れないと思いチャレンジ。

DVDを見てダイビングの基本を勉強。
浅瀬の海に行って実際に潜る練習をする。
日本ではこの練習はプールで行う事が多いようだが、サイパンでは青い海。
マスク、レギュレーターのリカバーの仕方を教わり、身長+αの水深のあたりを魚を見ながら潜る。
僕としてはこの時点で大満足。

お昼を食べ、午後は2ダイブ。
全く潜った経験がない僕がいきなり潜る。

波打ち際ですべての用意をして、今度は本格的に深い海に潜って行く。
潜ろうとした時、波におされ、マスクがずれ、しかもうまく潜航できなかった。
この一瞬で僕は恥ずかしながらパニックに近い状態になった。
レギュレーターさえ離さなければ呼吸には困らないから大丈夫、と言い聞かせても視界をふさがれ鼻に海水が入ると潜航するのを諦めて浮上したくなってしまった。

ダイビングマスターが僕の手を引っ張って潜航させてくれたが、「僕、もういいですダイビングやめます!」と叫びたい気分だった。

一度潜って落ち着けば何という事はないのだが、全くの素人がエントリーが難しい場所からトライしたのが良くなかったのかもしれない。
日本でライセンスを取るならもっとステップをふむだろう。
戦争の時の恐怖を上回るくらいの恐怖を久しぶりにあじわった。

一度目のダイブで9.3メートルまで潜った。
海の中の光、魚達。
UNHCRの友人ヨシさんが僕にダイビングを勧めてくれたのが分かる。
コンパクトデジタルでいいからカメラが欲しかった。

2本目は12.4メートルまで潜った。
運の良さは海の中でも発揮された。
1本目にしてバラクーダと遭遇し、大量の鯵の群れとも遭遇した。
wP1010015.jpg

百聞は一見にしかずと言うが、まさに!
鯵が群れをなして泳ぐのはテレビなどの映像で見ていた。
目の前で見ると。。凄い。
何千どころか何万もの鯵の群れ。
大型の魚がやってきて鯵を補食する。
鯵の群れは一瞬崩れるがまた元の形に戻って行く。

wP1010020.jpg

そんなシーンを見た僕は海の中なのに「おーすごい!」と叫んでいた。

サイパンは僕が想像していたより寂れていた。
世界的な不景気、日本の震災。
観光客は減っているようで、ガラパンにはつぶれてしまったお店が沢山あった。
ダイブマスターの人は「サイパンバブルと言われた頃と比較すると酷い状態ですよ、でもサイパンはリピーターの人が多いんですよ」と教えてくれた。

まだまだ見れていない日本の戦争の歴史がサイパンには沢山ある。
そして美しい海。
日本から4時間弱で来れるサイパン。
僕もリピーターになりそうだ。




カダフィ大佐が死亡か?写真は本物?

2011年10月20日 22:31

20日、最高指導者だったカダフィ大佐を北中部シルトで拘束したと発表した。リビア国営放送が伝えた。拘束時、銃撃戦になり、大佐が死亡したとの情報もある。

反体制派は20日、シルトに進攻し90分で陥落させた。カダフィ大佐は拘束時は穴の中に隠れており、「撃つな」と叫んだとの情報もある。

カダフィ大佐はNATO軍の戦闘機による空爆で両足を負傷していたようだ。
ここまで逃げ回ったカダフィ大佐が最後に「撃つな」と叫んだ可能性は高いと思う。

ビンラディン氏の時もそうだが、今回もカダフィ大佐が死亡した証拠として映像が公開されている。
中には眉唾な写真もあるようだ。

確かに現代のコンピュータを駆使して画像処理をすれば顔のすげ替えが分からない写真は作り出せる。
某外国の洪水写真は合成だったことがバレた。
報道が真実を伝える一番の道具が写真だったが、その写真の真偽が分からない時代になってきた。

未来はデジタルカメラに埋め込まれたオリジナル映像であるというデータだと証明された映像しか報道に使ってはいけないというルールができるかもしれない。
それすらも偽造されたらなす術なしだが、再三者機関でチェック、管理したカメラしか使えないといったルールまで必要になってくるかもしれない。

ショッキングな映像ですが、見たい人は下記のページに飛んでみて下さい。
Darkness of ASIA









海。

2011年10月19日 21:43

生まれて初めてボンベを背負って海に潜った。
とても美味しそうな鯵の群れに出会った。
wP1010038.jpg

続く



青空

2011年10月19日 17:53

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海外でマナーの悪い日本人。

2011年10月18日 20:43

生まれて初めて乗ったデルタ航空。
飲み物のサービスがあり、機内食が運ばれ始めた時、気流の悪いエリアに入りサービスが一時中断した。
英語のアナウンスの後に日本語でも案内がされた。

隣の隣に座っていた日本人女性(20代前半)が大きな声で「すいませ~ん。すいませ~ん」とアテンダントを呼んだ。そこそこ揺れていたし、調子悪いのかと思ったら。。。
「機内食まだですか~」と日本語でまくしたてる。

アテンダントは「揺れが続いていて危険なのでサービスを中断していますからしばらくお待ちください」と。
英語が理解できなくてもアテンダントが言っている事がなんとなく分かったらしい女性は不機嫌そうに
「あ、そう」と言い、ふて寝をし始めた。

近年アメリカは入国審査が厳しくなり、一人にかかる時間が長くなっている。
イミグレーションは長蛇の列、僕の順番がくるまで30分近くかかった。
その間に別室行きを命じられた乗客が一人。
毎回アメリカへの入国は緊張する。

ゴルフツアーに来たらしいおじさんが携帯を取り出し電話を。
すぐさま係員がきて「ここでは携帯ダメです」と言っているのに話を続ける。

長く待たされてやる事がなくなった子連れのお父さんが携帯カメラで長蛇の列を撮影した。
イミグレーションオフィサーではない係員が来て「ここは撮影禁止です、撮影した画像を消去して下さい、でないとカメラが没収されます」。
おじさんは悪びれもぜず「ジャパニーズ、プリーズ」。

おいおい、最低限の英語さえ理解できず、現地のルールを守れないのなら海外旅行に来ないでくれ。
こんな人たち入国拒否してくれて良いですよ。

海外経験が豊富で英語も堪能な戦場カメラマン渡部君など何も悪い事をしていないのにパスポートにアメリカが嫌いな国のスタンプが沢山付いていただけで別室送りになって3時間近く解放されなかった。

海外旅行は多いに結構。
狭い日本にしがみつかずに色々な国の人、文化に触れてもらったら良いと思う。
しかし、文化、風習、ルールが違う国を訪れる時、最低限その国のルールを勉強してから旅に出て欲しい。





今日のワイン。

2011年10月18日 08:44

ネゴシアン、アラン・コルシアが日本向けに瓶詰めしたワイン。
近年、ブルゴーニュワインが高騰するなかリーズナブルな価格で美味しいワインに出会う事が難しくなった。

このワインはドメーヌの名こそ付いていないが、ネゴシアンが作るワインを信用していなかった僕の気持ちを変えさせてくれたワインだ。
写真

とてもフルーティーで、バニラフレーバーを感じる。今までにない感じのピノノワールだ。
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BARでの写真展。

2011年10月14日 18:33

千葉の写真展を終えた写真達が埼玉のG.S.DINERというBARに行った。

たまたま写真展に来てくれた友人の一声で展示が決まった。

BARのマスターやお客さんが僕に会いたいと言ってくれているらしいので、東松山へ行って来た。

僕の写真はギャラリーだけじゃなく地下鉄の通路やデパートの催事場等あちこちに展示されてきたが、BARは初めてだ。

建設会社の2階にあるBARは雰囲気のある僕好みのBARだった。
僕が将来作ろうと思っているギャラリーカフェ&BARのお手本になるような店だった。
僕のお店はワイン主体にする予定ですが。。。

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店内はロウソクの光を基調とした暖色でまとめられている。

IMG_0422.jpg

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マスター自身が塗ったという白壁に僕の写真が展示されていた。
一杯やりにきた人達の目の片隅に入ればいいと思う。
そして、写真が外された後に一杯やりに来たお客さんが「あれ、この前まで写真展示してありましたよね~」とマスターに話かけてくれたら最高。

東京都内でBARでの写真展示も企画中。
ギャラリーだけにとらわれず、インテリアの一部として多くの人の目に止まれば幸い。





寒さ対策ストア




世田谷の高放射線。

2011年10月14日 13:17

世田谷区で観測された高放射線量は民家の床下に置いてあった放射性物質が入ったビンが原因だと分かった。
原発事故とは無関係。

このニュースに対してネット上では「政府関係者が後から置いたんじゃねえの」など、政府が原発事故との因果関係を否定するためにやった裏工作だという書き込みが多く見られる。
mixiなど年齢が推測できるページでの書き込みをみると若い世代の人が多い。

実際に政府がそこまでの事をやったかどうかは別として政府の発表、マスコミの発表にたいして鵜呑みにできないという風潮が強まっているように思われる。

放射性物質が入ったビンが見つかった民家の持ち主は「瓶などは初めて見るもので心当たりは全くない」と話している。
この民家、今年2月まで女性が住んでいたそうた。
この女性、長年住んでいたようで、もし床下に放射性物質を出すビンがずっと置かれていたら女性の被爆量は相当な量になるらしい。
「なんで女性は生きているの?放射性物質の危険度って分からん」などの書き込みも見られた。

世田谷の件が一段落?したと思えば船橋市からまたホットスポットが見つかった。
関東圏はどこがホットスポットになっていてもおかしくない状態。
改めて原発事故の影響の大きさを痛感する。

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格安PC


日本の放射線規制値。

2011年10月13日 00:41

ベラルーシの放射能専門家が日本記者クラブで記者会見をし、東京電力福島第1原発事故を受け、日本政府が設定した食品の暫定規制値が高過ぎるなどと指摘し、「日本の数値は驚きで、全く理解できない」と述べた。
ベラルーシでは食品の基準値を細かく分類していることや、飲料水の放射性セシウムの基準値が1リットル当たり10ベクレル(日本は同200ベクレル)となっている。

日頃、我々日本人が情報公開が曖昧で国が国民の事を考えていないと思いがちなロシアのに日本の規制値があまり高すぎると指摘されている。
その規制値が倍とかでなく20倍という数値だということを重く受け止めなければならないだろう。

そして、世田谷区で区が安全の目安としている空間放射線量(毎時0.23~0.25マイクロシーベルト)の約11倍にあたる最大毎時2.70マイクロシーベルト(6日現在)を測定したと発表した。
この数値、自治体が観測して分かったものではなく区民が簡易測定器で測定し、区に報告して明らかになったものだ。

不安を煽らないようにとか様々な理由で原発事故後の情報公開が曖昧になっている。
国や東電が動かないから国民が自主的に放射線量を測定し、報告するような事態になっている。
発表されていない地域で放射線量が高いホットスポットが沢山あるだろう。
5年、10年先の我々の健康を考えたら保証問題がどうのと言っていないで、ありとあらゆる情報を公開し、できうるすべての方策を取るべきだろう。








ESTA

2011年10月11日 16:21

対テロ戦争(対イスラム戦争)を続けるアメリカは国への入国に関してとてもセンシティブになっている。
9・11で本国への攻撃を受けた後、報復攻撃としてアフガニスタン戦争を始め、現在もタリバン掃討作戦を継続している。
アメリカにとってのテロリストを排除する攻撃で民間人に多数の犠牲者を出し、アメリカは自分の国が恨まれているのを知っている。

中東諸国の人がアメリカに渡航するのはとても大変な事だ。
そこには「疑わしきは罰せず」ではなく、すべての人を疑って審査する姿勢が伺える。

そのアメリカは2009年1月12日からESTAという制度を取り入れた。
ESTAとはアメリカのビザ免除プログラムを利用して、航空機または船でアメリカに渡航するすべての渡航者は、事前に電子渡航認証システム ESTA(Electronic System for Travel Authorization)により、電子渡航認証の取得が義務付けられる。というもの。

日本はアメリカの同盟国であり相互にビザ免除の取り決めを行っている。
その日本人もESTAによって渡航前に電子渡航認証の取得が必要となった。

所要でアメリカに行かねばならなくなりESTAを取得する為にネットをひらいた。
なんと!
2010年9月8日より、ESTAによる渡航認証の申請には、14ドルの手数料がかかり、クレジットカードでの支払いとなります。
と書かれていた。
14$!
ネットで申請するだけならビザ免除プログラムと思えたが、14$もの手数料がかかるのなら、それはもうビザ免除ではなくネットでビザを取得するのと変わらない。

アメリカ人が日本に来るのにいくらかかるのか知らないが、日本人がアメリカに渡航するのに14$必要とは。

日本人がパキスタンを訪れるにはビザが必要だが、ビザ発給の手数料は昔からワンコイン100円だ。
その昔ビザ代が高いと言われていたインドも現在は1200円。
近年、中国もビザなしで渡航できるようになった。

最大の同盟国アメリカに渡航するのに14$。






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デジタルカメラの技術革新

2011年10月11日 01:15

撮影依頼があった。
「体育館の中での撮影なのでISO2500くらいで撮影して下さい」。
ISO2500!
僕が持っているマーク?はそんな感度で撮影できない。

ついに来たか。
仕方なく高感度で撮影できる7Dを手に入れる事にした。
昨年Canonからお借りしてアフガニスタンでテスト撮影をした時、コストパフォーマンスの良さに驚いた。
実売価格で10万円そこそこで買える。
僕のマーク?は50万近い値段で買った。
僅か数年で5分の1の値段のカメラに負けてしまう。
デジタル時代の恐ろしさ。

撮影当日。
生まれて初めてISO2500という僕たちフィルムで育ったカメラマンには想像つかない感度で撮影をした。
僕の目にはどうみても1/15で5.6くらいが限界の明るさなのに1/250の速度でシャッターが切れる。
頭では高感度だから大丈夫と思っていても長年染み付いた感覚が「ありえないシャッター速度」だと否定してしまう。
撮影しながら目眩を覚えた。

今までは絞りやシャッター速度で露光をコントロールしていたのが、ハイテクデジタルになってISO感度をこまめに変えて撮影する同じシャッター速度、絞りで撮影する時代になってきた。
暗いからシャッター速度を落としたり、絞りを開けて撮影する時代は終わったのかもしれない。

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写真展から写真展へ

2011年10月05日 17:54

千葉での写真展が終了し、そのうち10点が埼玉へ向かった。

写真展に来てくれた人が「埼玉でも展示できる場所を探してみます」と言ってくれた。
世の中には僕と同じくらい有言実行型で行動が早い人がいるもので。
翌日にメールが来た。
「私がよく通うバーのマスターに相談したらいくつかいい場所を教えてもらって、そのマスターがうちで良ければ展示して下さい」と言ってくれているんです。と。
「先走り過ぎですかね~」。いえいえ、僕もよくやる事なので。。
逆にいつの日かやってみたい!なんて言って実現したためしがない。

僕の写真が見てもらえるならそこが地下鉄の通路でもレルトランでもバーでもかまわない。

そんな訳で埼玉の東松山にあるバーで写真が見れます。

開催期間 : 2011.10.7(金)~15(土)   開催時間 : 18:00~26:00(平日) 27:00(土日)
場所 : G.S.Diner(東武東上線 高坂駅西口を背に直進右手。徒歩約10分。長島建設2F)

お近くの人は是非立ち寄ってみて下さい。
僕も一度は会期中にお邪魔するつもりです。







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デジタルカメラ

2011年10月05日 04:17

初めてデジタル一眼レフを使ったのはイラク戦争の後期だった。
試験的にCanonからEOS-1Dと10Dを借りて使ってみた。
バッテリーはすぐなくなるし、ハイライトの白飛びが酷く階調が出せなかった。

あらから8年。
デジタル一眼レフはプロカメラマンの想像を越える進化をした。
2003年頃、多くのプロカメラマンがデジタルへの移行を考えつつもフィルを平行して使っていた。
2011年現在、僕を含め殆どのカメラマンがデジタルを使っている。

清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟で購入したEOS-1Dmark?。
当時の値段で50万円程。
写真

そのmark?では撮影できない状況が出始めてきた。
デイライトでの撮影ならmark?でも十分なのだが、光量が足りず高感度での撮影が必要な場合は現行モデルの10万円以下のデジタルカメラのクオリティーにも劣ってしまう。
mark?での有効感度はISO800が限界。
しかし、近年発売されたアマチュア向けのデジタル一眼レフはISO1600どころか3200でも十分なクオリティーを発揮する。

フィルムカメラのオートフォーカス機能がないCanonF-1はその価格も10万円そこそこで15年以上活躍してくれた。
デジタルになってボディーの値段は50万越えが当たり前になった。
しかも4~5年前に買ったフラグシップカメラが現行のアマチュア機に劣ってしまう。
カメラマンには受難の時代である。

先日、クライアントから「今度の撮影は体育館の中なのでISO6400くらいまで使えるカメラで撮影お願いします」
と依頼がきてしまった。
mark?にはISO6400はない。
オートフォーカスがなければマニュアルでピントをとればいい。
僕たちの時代のプロカメラマンなら誰でもできる。
暗い場所ならフィルム感度を増感すればいい。

ISO6400。こればかりは道具がなければ撮影できない。
フィルム時代に置き換えれば自分だけ高感度のフィルムを持っていないと言う事に等しい。

高感度での撮影依頼がくる、すなわち高感度でハイクオリティーの結果が残せるカメラが必要になる。
ついに来たか~。という思い。
こんな依頼がこなければ新しいカメラを購入する気持ちにはなれない。
またまた清水ジャンプの気持ちで新しいボディーを購入する事を決めた。
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写真展無事終了。

2011年10月03日 11:46

約一ヶ月という長い写真展が終わった。

さすがに結構疲れた。
会場がいすみ市という遠隔地の為、会場の往復にかなりの時間と費用を費やす事になった。
せっかくの写真展だから、できるだけ会場にいたいという思いとタダでさえ写真展は大赤字だからこれ以上経費を使うのは自分の首を締めるから止めた方がいい。という思いが交差していた。

写真家という仕事自体がある程度経済的に余裕がないと難しい仕事であるのと同じく、写真展もある程度の余裕がないと難しい。

僕は正直、今回の写真展に対してかなりの背伸びをした。
自分の力だけでは成立しない、多くの人の助けがあって初めて成立するレヴェルまで背伸びしてしまった。

会場にいて自分の写真を見つめている時、本当にここまでやってしまって良かったのか。と何度も思っていた。
写真展が終わった今。
やってよかった!とようやく思えた。

写真展は人との出会いをもたらす。
来場してくれた人の「こんな素敵な写真が見れて良かったです」。と言う言葉。
無言で会場を去って行った人でも、会場内を何度も行き来し、一つの写真を穴があく程みてくれた人。
そして普段はバカな事ばかり言っていて「真面目」と言う言葉に縁がなさそうなダーツ仲間の視線。
最終日もダーツ仲間が来てくれた。
僕より一回りも年下のバッタは「Pチャン、俺にはこんな事しかできないですが。。」と写真展のお祝いを出してくれた。一緒に来たリーダーは差し入れを持って来てくれた。
その箱から「ケーキかシュークリームかな~」と思い開けてみると、な、なんと!ローストチキンが入っていた。
x2_88fab91.jpeg

リーダーは僕がローストチキンを見た瞬間の「え!」という顔を見ていつものようにニコニコ。
Twitterでも呟いたが、一筋縄ではない連中だ。

故郷の岐阜からは僕の高校の後輩が子連れで来てくれた。

僕が至らなくて多くの人にちゃんとしたお礼が言えず、もてなしもできなかった。

自分の写真と向き合う時間は僕自身と向き合う時間でもあり、多くの事を学ぶ事ができました。
改めて、今回の写真展に来てくれた方々、様々な形で写真展に協力して下さった方々。
本当にありがとうございました。

写真展で役目を終えた写真の一部は埼玉と京都へ向かいました。
改めてブログ上で案内させて頂きます。














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