日本写真家協会の写真家達によるチャリティー

2011年04月26日 18:30

東日本大震災の被災者支援のために写真家達が動く。

2011年4月29日~5月5日 10時~18時(最終日は16時まで)
東京ミッドタウン
フジフィルムスクエア1階スペース1+2
写真

日本有数の写真家達が自分の作品をチャリティーとして出品する。
様々な分野の写真が一度に見られる貴重な機会。

六つ切りサイズの写真が展示され、気に入った写真はその場でお買い上げ頂き、お持ち帰り頂けます。
販売価格は10,000円~50,000円

展示即売されるので、最終日には展示されている写真が少なくなると思います。
久保田は静岡の写真家小口氏と共に3点出品します。

久保田弘信の作品ショップ







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東北地方へ

2011年04月25日 07:55

愛知県に住む僕の友人が4tトラックで支援物資を東北地方へ運ぶというので同行した。
トラックw

全線開通した東北自動車道は地震の影響であちこちが凸凹の状態。
意外なことに福島県内の道路の被害が大きかった。
英国の新聞にも紹介されていたが、この短期間での道路修復作業は素晴らしい。

水沢市に入り、地元の人の案内で陸前高田市へ向かう。
道中、大船渡市のサン・リアという地元のショッピングセンターで昼食兼の休憩となった。
アンリア1

店内には様々な商品が並んでいて、震災から一ヶ月、ようやく日常が戻ってきたんだと実感させる雰囲気があった。
しかし、よく見るとショッピングセンターの中にも未だ営業を再開していないお店がいつくかあった。
アンリア

店内の構造がよくわからず、裏口の方へ出てしまった。
そこには大雨の中レインウエア姿の若いお兄さんが数人いて、「焼きそばやカレーうどんありますよ。タダですから食べて行って下さい」とテントに案内された。
炊き出し

インド大地震の時を思い出した。
取材でグジャラートにいた時、インド北部から来た炊き出しグループがいて、「僕は被災者じゃないですから」とお断りしたのに「お腹が減るのはみんな一緒だよ、沢山あるから食べて行きなさい」と食事をごちそうになった。

せっかくなのでカレーうどんを頂く。
カレーうどんを食べながら案内してくれた若者達と話をする。
「ちょうど自動車学校の路上教習で陸前高田の方を走っていたんですよ、津波が30分早かったら助かっていなかったです」
「前日に陸前高田の友人宅に遊びに行っていて。。。」
などなど、みんなそれぞれに間一髪で助かっていたようだ。
friends.jpg

ようやく暖かくなってきたとはいえ、肌寒い大雨の中ボランティアとして働く地元の若者達。
3人の目が良かった。
それぞれに友を失い、僕たちが想像できないつらい体験をしてきたであろう。
僅か一ヶ月で素晴らしい笑顔と強い眼差しを見せてくれた。
こんな若者達がいれば岩手は復興できる!
そう思わせてくれる若者達だった。
偶然の出会い。再会できる日がある事を祈る。

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大垣の点景

2011年04月21日 15:41

子供の頃、よく遊んだ場所を訪ねてみた。
地蔵

通称地蔵公園。
お地蔵さんが祭られているから地蔵公園と呼ばれていた。
シーソーや回転するジャングルジムみたいな遊具はなくなっていた。

バルブ

近所の工場?
小学生の頃、このバルブを開き水を出して遊んでいた。
ものすごい勢いで水が出て、友人は突き指をした。
当時の僕は水の圧力で鉄板が切断できるなんて事を知らなかった。

バルブ2

僕のような悪ガキがいたせいか、周りが鉄柵で囲まれていた。

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母の冷たい手

2011年04月20日 15:13

ずーっと昔の今日、母が僕を生んでくれた。

母は東京から350キロ離れた岐阜で一人暮らしをしている。

父と離婚し、癌を患い、自分の為に生きる事をせず、昭和の女性らしく父や連れ合いの為に自分の人生を費やしてきた人だ。

僕がカメラマンの道を選んだ時、「せっかくだから先生(高校の教員)になった方がいいんじゃない」と言ってた。
アフガニスタン、イラクと二つの戦争を取材し、新聞やテレビに登場したとき
「あなたがやりたい事がようやく分かった、頑張りなさい」と応援してくれた母。
「危ない国に行くのもいいけど、親より先に逝っちゃいけないからね、それが一番の親不孝だから」と。

そんな母がそろろそ危ない。
癌で胃の殆どを摘出してしまったため食が細くなっていたが、このとこと殆ど食べられなくなってしまった。

講演があって岐阜に戻る事ができたので、母を連れ出し、母が大好きなラーメンを食べに行く。
残念な事に母は一杯のラーメンを半分も食べられない。
今まではちゃんと歩けていたが、今回は歩くのもやっとな感じ。

転ばないように母の手を握り、寄り添って歩く。
母の手は驚くほど冷たかった。

東京に戻ってくる前、母を訪ねた。
「孫の顔を見るまでもう少し長生きしてよ」と話す。
本当は寄り添って一晩一緒に寝てあげたかった。

動く、言葉を発する母親に合うのはこれが最後になるかもしれない。
そう思って母に別れを告げ、東京に戻ってくるのはとても切ない。

こんな仕事だから東京にいざるを得ない。
願わくば、次回岐阜に帰るまでなんとか生き延びていて欲しい。

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松本市長、菅谷氏

2011年04月14日 12:15

チェルノブイリ原発事故で放射能汚染に晒されたベラルーシで5年半医療活動をした医師、現在は松本市長の菅谷氏がテレビに出始めた。

今まで事故があっても放射能がまき散らされても「大丈夫」の意見ばかりが流されてきたが、ようやくにして「危ない」の意見が報道されるようになってきた。

菅谷氏が定例記者会見で福島原発について語った事がきっかけだが、氏が普通に医師でチェルノブイリ原発事故後の医療活動に従事していただけではマスコミに登場できなかったかもしれない。

風評被害はよろしくないが、危険な状態を隠すのはもっとよくない。
菅谷氏のコメントはニコニコ動画で見る事ができる。
要旨をまとめてくれたページがあったので下記を紹介します。
定例記者会見

一方で、まさに風評被害、という現実がある。
新潟県中越沖地震でも、柏崎市の粗大ごみを鉄道輸送で受け入れ、無償で焼却処理した実績がある川崎市が災害廃棄物処理の支援を表明した。
ところが、川崎市民から「放射能に汚染されたごみを受け入れるな」などの苦情が2千件以上寄せられた。

福島からの避難民が「放射能がうつる」といじめにもあっている。

ゴミ!汚染されたゴミを運んだら、運ぶ人が被爆しますよ。
「放射能がうつる」!放射能は感染症じゃないからうつらないですよ、もし接触した人が被爆するくらいなら当の本人が死んじゃうレベルですよ。

二転三転して、日本政府から流される情報が本当なのかどうか分からなくなっている。
放射性物質に対して「ただちに人体に害を及ぼす事はない」。じゃあどれくらい接種し続けたら害があるの。
風評被害を恐れ中途半端な情報公開をしたため、本当に安全なのかどうか分からなくなり風評被害を生んでしまったようだ。

海外メディアからは「耐える日本人」、「災害からの復旧が早い日本」などなど賞賛されているが、医療に従事している人でさえ福島からの避難民がスクリーニングを受けていないと診療しないとか、震災復興のために募金はするけれど、ゴミは受け入れないなど、日本人の村社会「おらの村だけがよければよいさ」と報道されない事を祈る。

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原発周辺「当面住めない」?

2011年04月14日 00:10

首相が「当面住めないだろう。10年住めないのか、20年住めないのか。そういう人を(内陸部に)住まわせるエコタウンのような都市を考えなければならない」と述べたと記者団に明らかにした。
首相発言
日本政府は事故から一ヶ月を経て、ようやく原発の事故レヴェルをレヴェル7に引き上げた。
震災以来テレビなどの報道機関では御用学者が「大丈夫」だとか「ただちに人体に害を及ぼすレヴェルではない」と叫び続けてきたが、冷静に考えれば一ヶ月を経ても収束していない事故、しかも空気中、海水にたれながされた放射性物質の量は発表された数値だけでも想像を絶するレヴェルだ。

10年や20年住めなくなるというのは政府首脳の本音ではないだろうか。
住民感情逆なで

問題は誰が発言したかではなく、実際に政府の首脳陣がそのように思っていると言う事実だ。

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ネット規制強化法案閣議決定。

2011年04月12日 12:28

本当に日本なの?と思う法律が閣議決定されてしまった。
菅政権、震災のドサクサの中で「ネット規制強化法案」を閣議決定

表向きは震災後にネット上で頻発した「デマの規制強化」が目的のようだが、実質的な言論の自由を抑圧する法律となる。
ジャーナリストの上杉隆氏は自身のTwitterで「火事場泥棒。言論の自由への挑戦。情報暗黒内閣の正体露に。」と書いている。
まさに震災のドサクサにまぎれた悪法だ。

日本政府に対して反対の意見や政府にとってマズイ情報をネット上で流す人間を監視、場合によっては逮捕できるんだよ!と言っている。
孫正義氏は「御用学者等が流した「安全」デマなどは誰が…⁈ 」
「私なんて間違えてデマRTした事何度もある。これからは、確認取るのも大変⁈ これから何回逮捕されるのか⁈ 確証ない時は毎回⁈⁈⁈⁈」と書いている。

この二人のようにネット上での発言で影響力を持った人間を監視~排除できることになってしまう。
なんでも賛成の意見しか出てこない、出せない国など気持ち悪い。

中国で反政府デモが起こらないようにネットに流れる情報を政府が監視、コントロールするのをみると怖い国だと思うが、いよいよ日本もそこまできてしまった。

そして、そして怖いのはこのニュースが流れているのがネット上だけだということ。
これだけネット上での情報のやり取りがある時代で、「ネット規制強化法案」は多くの国民に影響がある法律。
なのにテレビのトップニュースにならない。
折しも、原子力安全・保安院が原発事故の深刻度を示す「国際原子力事象評価尺度(INES)」の暫定評価を最悪の「レベル7」に引き上げると発表したニュースの陰にかくれてしまっている。

アフガニスタン、イラクの二つの戦争を見てきて、日本は報道自由の国ではないですよ。様々な情報にフィルターがかけられていて、そのフィルターを無事通り抜けた情報だけが報道されている。と講演の場で話させてもらってきた。
いつも現場で起きている事と日本で伝えられている事に大きな温度差があった。
「まあゆうても国際報道だから、自分らの生活には直接関係ないしね~」と言っていた人も今回は傍観視できないのではないだろうか。

世界では民主化運動が盛んになってきている。
日本も自由を勝ち取るために立ち上がらなければならない時期にきたのかもしれない。

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岐阜、大垣で講演。

2011年04月11日 19:50

久しぶりに岐阜と大垣で講演です。

もともと、この時期アフガニスタンに行っている予定で、帰国報告会の予定があった。
残念な事にアフガニスタンビザが取得できず、未だビザ待ち。
ビザ発給代金の7500円はアフガニスタン大使館から返してもらっていない状態。

アフガニスタン戦争以降、高校の恩師である国枝先生が地元での講演を度々企画してくれていた。
「あまりお金は出せないけど、両親に顔見せがてら帰省してよ」と。
今回、アフガニスタンに行けなかったにも関わらず、下記のような企画を立ててくれた。
お近くの人は是非顔を出してみて下さい。

15日は国枝先生がコーディネーターとなり僕中心のお話。
16日は中高生たちとの語らいが中心です。

戦場カメラマンと語ろう! 放射能・平和・自由」
4月15日(金) 19:00~20:30
ハートフルスクエアG:研修室50(JR高架下岐阜駅東隣)
入場無料

久保田弘信さんがなぜアフガニスタンやイラクに通うようになったのかを聞き、さらに今の時代について若者と語り合います。


「ようこそ先輩平和課外授業8年目 ~ぼくらで創ろう平和大革命!!」
4月16日(土) 13:30~16:00
大垣市北地区センター
入場無料

ようこそメンバー1年の行動の軌跡を紹介するとともに、みんなで平和について考えます。
今年は参加型!
中高生&若者がどんなことを考え、どんな意見表明をするか、楽しみです。

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お花見自粛に変化。

2011年04月08日 01:18

石原慎太郎氏のお花見自粛要請=自粛令によって都内のお花見で有名な公園にお花見の自粛を呼びかける立て看板がた立てられていたが、ここへ来て撤去の動きが出始めた。
東京・中央区の公園では、花見の宴会の自粛を呼びかける看板を撤去した。
中央区水とみどりの課・石田純一課長は「経済に対する影響が、自粛によって出てきている」と話した。

一番の追い風だったのは被災地からの『お花見』のお願いのYouTubeだったのではないだろうか。
YouTubeで「花見を!」と訴えたのは、岩手県二戸市の「南部美人」という清酒の蔵元。
地震から1ヶ月が経とうとする今、「自粛」という“二次災害”が被災地の経済を苦しめていると、経済活性化が被災地にとっても重要だとメッセージしている。

未曾有の大災害なだけに「こんな時にお花見するのは不謹慎かも」と思う人も多い中、被災地からのメーッセージは大きな影響があったと思う。

政界では蓮舫節電啓発担当相が石原発言に対して「権力で自由な行動や社会活動を制限するのは最低限にとどめるべきだ」と語った。
Twitterでも「自粛はあくまでも個人の判断、権力を持つ人が要請したら、それは他粛になってしまう」などの発言が見られた。
石原氏と蓮舫氏のバトルは第三ラウンドのようで、お互いのやり合いは好きにしてもらえれば良いが、今後の日本経済の復興の為に知恵をしぼってほしい。

日本人の気持ちの優しさが生む自粛は美徳だと思う。
一方で、こんな大変な時に不謹慎だとか自粛すべきだとか、自分の思いを集団で成就させたいと思ってしまうのは良くない習慣かもしれない。

今日、広島の友人と電話で話した。
「お店やってるんだけど、電気消せ!って毎日のように言われるんよ。周波数が違うから被災地には使えないと説明しても分かってもらえんのよ」と。
一方で、「仙台の友人から電話をもらって、もうキャバクラも営業再開しているし遊びに来て!と誘われちゃったよ」と話してくれた。
自分の家も流されちゃったけど、被災地だからって遠慮されるよりも遊びに来てもらった方が気持ちが楽になると言われたそうだ。
震災から3週間が過ぎ、そろそろ僕たちがどう行動していったら良いかの情報が多く流れ始めている。
と、ブログを書く直前、またもや大きな地震。
人々の想いがプラスに働く事を切に願う。
久保田弘信の作品ショップ
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計画停電に埼玉県知事が

2011年04月07日 19:11

埼玉県知事の上田清司氏が吠えた。
「東電も停電しなさい、本社から支社まで。官邸だって国会だって。そうすりゃ、分かりますよ」
産経ニュース

このところ落ち着きを見せている計画停電だが、夏のピーク時には避けられない様子。
東京の中心部には停電がなく、周辺の田舎に停電が押し付けられているような不公平感に政治的な立場の人が意見を述べた。

東京都の中心部へ行くと、デパート、コンビニではいつもと変わらないように電気が付けられているが、計画停電の実施地区へ行くと未だにコンビニやファミレスは看板に電気を付けず、施設内も節電がされている。
計画停電が実施された地域とそうでない地域では節電に対する意識に明らかな差がある。

先日、郵便局を訪れたら営業していないのかと思う程真っ暗だった。入り口近くは電気がともされているが、局員が働くエリアはすべての電気が消されていた。
「書類などを処理する時、暗いと大変じゃないですが」と聞くと
「お客さんが字などを書く場所だけ明るければ、私たちは大丈夫です」と答えてくれた。
都心の郵便局へ行った時はどうだったかはもう書くまい。唯一の救いはエスカレータが止められていた事。

上田氏は「医療機関や信号、重度の社会福祉施設などは適用除外にしないとダメ」とも述べている。

深夜のコンビニなどは電力のピーク時にあたらないため、防犯の意味もあり電気を付けた方が良いらしい。
夏の電力ピークの時間帯を知るなど賢い節電が必要になってきている。
新たなグループ分けで続く計画停電はこの先より公平なものにすべきだろう。
人々の不満が爆発しないうちに。

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ブレイクTime

2011年04月05日 02:04

地震の後、ついつい地震関連の事ばかりブログに書いてしまっていた。
読者の方から、なんとなく心温まるような写真付きのブログが見たいという要望を頂いた。

先日、中国取材をした時の写真を。
中国で荷物を運ぶ時に使う自転車。
HQ2Y0659.jpg

農村部を取材した時に僕も乗ってみた。
HQ2Y0725.jpg

ギア比の関係で最初こぎだす時が結構大変だった。

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消防職員の友

2011年04月03日 16:47

計画停電が中止されたので、久しぶりに近所のお風呂屋さんへ行った。
久しぶりにお湯につかり、脱衣所でぼ~っとしていると
「久保田さんお久しぶり~」と声をかけられた。
ん?誰?と思うと20年前に車仲間だった「純平」がいた。

「純平」とは僕が当時勝手につけたニックネーム。とても純でいいやつだったから。
その「純平」と2年ぶりにお風呂屋さんで再会した。
そう、2年前にも同じお風呂屋さんで再会していた。

そういえば「純平」消防隊員だから大変なの?と聞くと、「同僚が福島へ行っているんですよ」とまさかの展開になった。
また2年後に再会しようね。と笑顔で分かれた後、帰宅すると純平からメールが来ていた。
日記の記事を是非読んでほしい。と。本人は僕の職業も知っているし、多くの人に知って欲しいと転載の許可をくれた。
下記、純平が書いた日記をそのまま転載します。。。

自分は消防職員であり、救急救命士です。
この1週間は怒濤のようでした。今もたくさんの仲間が戦っています。

3 月 11 日午後 2 時 46 分東日本大震災が発災した。
自分は救急隊員の検診と予防注射を終えてJR高田馬場の駅の列車内にいました。
突然、今までに味わった事の無い揺れを感じたため、電車からおりてホームの安全そうな場所に身を移しました。
見える風景全てのものが揺れており室外機や小さな看板等があちこちで落下していました。

震度5の揺れを感じたら職員は全員が消防署に集合し、任務に就く事が決まっています。
交通が麻痺しているためひたすら走ったり歩いたりしながら20Kmの道のりを経て消防署につきました。
テレビを見て事の重大さをあらためて実感し、同時に消防署では都内のあちこちで起こっているエレベーター閉じ込めの救助や火災の対応に追われながら、被災地への緊急援助隊の話が持ち上がっていました。

自分は救命士として救急現場で働いているが、5年前まではオレンジの服を着てはしご車に乗ったり消防車で火事に救助に行っていました。
中越の地震の時も派遣隊として活動しており、消防隊長の経験もあり、NBC災害(核/生物テロ/化学災害)の訓練も勉強もしているので、何かの役に立つ自信がありました。救急でも救助でも・・・。

「緊急援助隊として派遣してください。」と申し出ました。しかし、部隊長の判断は「救命士は今は(東京から)出す事は出来ない。自分の仕事をこなすように。」との命令を受けました。自分は納得ができませんでした。いま、こんな有事に、こんな時のために自分は訓練や勉強をしてきたのではないか。なぜ行かせてくれないんだ、とばかり思っていました。

結局派遣隊には消防小隊の後輩や先輩が行く事になったようで救急現場で派遣隊が出発した事を無線で聞き、救急隊や消防隊として抜けた穴を埋める形で丸2日間働き続けました。一度帰宅していいとのことで、夕方ころ3日ぶりに自宅に帰り自宅で一晩過ごしまた署にもどりました。そして、署で24時間の勤務を終えた後、自分は2日間自宅で待機するように言われました。

こんな時だから、何でもするから働きたい、との申し出るも、却下されました。家で待機するように、と。今、福島県の原発現場に派遣救急隊を編成する案がでていたり、派遣隊の交代要因として自分がメンバーに入っている事を聞かされました。福島は安全確認が取れ、安全に活動できる事が確認できれば派遣との事でした。自分が体を休めている間、派遣隊になりそうなことは家族にもはっきりと言い出せませんでした。真っ暗な停電の中で行きたいような、行きたくないような気持ちになっていました。
結果的に派遣の連絡はなく、福島への救急応援もやはり安全確認がとれない中ですることが出来ないとの判断の様でした。

かわりに救助機動部隊に所属する自分の同期が壊れた原発施設に放水するために派遣されたのを知りました。
いわゆる、ハイパーレスキュー隊という部隊です。国はこの災害に関して被爆限度を臨時的に引き上げたとの事。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201103/2011031700972 めちゃくちゃです。これは安全面というよりも事故拡大防止のための苦肉の策。現場の人たちは命を懸けている。
都知事 消防隊への圧力に抗議
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1542238&media_id=4
こんな要請もあったようです。

現場の混乱も困惑も恐怖も理解せずに「安全だ」とテレビでしゃべる自称専門家がいる。
あいつらはいったいなんだ??偉いのか??何が安全なのだ??安全な被爆があるのか??
それならなぜ、雨が降った今日、現地入りするはずだった首相が天候を理由に現地入りをキャンセルしているのだ?????

結果的に30ミリシーベルト近い被爆を受けながら、ミッションを終えた、ハイパーレスキュー隊。
テレビではぎりぎり安全な範囲の作業でした。とのこと。

安全な被爆なんて、無い。

帰ってきた同期と連絡がつきました。「もうオレの1回が来ちゃったよ。」って言ってました。
「見えない敵」「ミッション達成」=恐怖克服、安全確保―原発放水・東京消防庁
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1541182&media_id=4
この報道で隊長が涙に声を詰まらせながら会見していたのを知っていますか?
「隊員の家族に申し訳がないから」だと言う声がネットで流れていましたが・・・。
他にも理由はあるのだと思います。

現場で規定線量を超えて被爆した多くの隊員は2度と任務に就くことができないのです。
彼らは勉強して多くの知識を得て、体力を積んで訓練を受けた宝物達なのです。
しかし次に同じような災害がありこれ以上、被爆する事は許されないのです。
だからもう二度と現場に立つ事が出来ないのです。
今まで育てた隊員達を送り出した隊長も同じように辛いんだな、と思ったのです。

人を助けたいという思いで仕事に就き、苦しい訓練を受けてきて、まだ30にもなっていない多くの隊員が、
これから先、もう救助隊としての任務に就く事が出来ないかもしれない、それを分かっていて任務を遂行したのです。

テレビでは800メートルホースをのばし水をかけた。見事命中し、被爆の恐れがなくなった。
とわずか1分にも満たない時間で報道されていましたがこれは奇跡に近い成功なのです。
1本20m重さ100kg近い巨大なホースをひたすら運んで一本づつつなぐのです。
つまり何十カ所ものつなぎ目を確実につながなければそこからものすごい圧力の水が吹き出て終わりなのです。
がれきの中を引きずって穴でも空こうものならそこで終わり、だから彼らはひたすらホースを背負って運んだのです。
放射線を浴びながら。

誰1人スーパーマンなんていないのです。
170cm65kgの人間達がありんこのようにホースを運んだのです。
50人もの隊員全員がリスクを知っていながらなお、やらせてくださいと申しでたそうです。

「もうオレの1回が来ちゃったよ。」ってのは、「いつか来る1回のためにがんばろうな。」って言う、8年前に消防学校を卒業する時に交わした、そいつとの合い言葉です。

「おまえの事だから一刻も早く現場に行きたいって思ってるんだろ?おまえはこれからまだまだ現場で活躍しなきゃ行けない人間なんだからな。わがまま言わねーで、東京で頑張ってろ。」って言われました。

そう言われたら「なんで災害現場に行かせてくれないんだ。」って思ってた自分がとても恥ずかしくなりました。

自分が一番力を発揮できる時に、捨て駒になれる勇気と判断力。
そんなものが自分には欠如していたと思い、恥ずかしくなりました。

自分の持ち場を守る事。
今自分に出来る事を頑張り抜く事。
そして、直接何か出来ないからと言って決して下を向かない事。

いつか来るかもしれない、その時まで自分はまだまだ
勇気も、知識も、そして判断力も、磨かないといけないと思いました。

災害派遣に行った前の署の後輩も頑張ってきたようです。
元気に帰ってきました。
小学校で寝泊まりしたようですが、自分の毛布やら寝袋やらを
被災者に渡しちゃって、消防車の中で寝てたらしいです。
あんまりに寒くて目が覚めたら雪が降っていて、
体を動かさなきゃ、ますます寒い、って思って、「3日間、朝から小学校のトイレ掃除してたんです。」だって。
いつも自分がトイレや水回りはきれいにしとけ、って怒ってた後輩だったので、嬉しかったです。
水が来てないのでトイレが流せず不衛生になっていたので雪や雨水をためて掃除してきたそうです。
「先輩一緒に来てたら真っ先にやりますよね?」って。「当たり前だ。」
でも当たり前の事を当たり前にやるのが難しいんです。
その時に人間の本性が出るんです。
毛布や寝袋はどこやった!って怒られたらしいですが、満足げな顔ですみません、って謝ったようです。

死体の山の中で生存者検索をしながら頑張ってきたんだから、これからだんだん辛さや無力感が出てくると思います。
そんときは、力になろうと思います。

報道はあれでいいのでしょうか???
死者、行方不明者、2万人を超す!ってやってますがテレビには死体なんか映りません。
1体も。すごい事ですよ。とんでもなくねじ曲がってますよ。

東電は責任を取るべきだって騒ぐ人たち、明かりを煌々とつけながら。
消防以上に、自衛隊、警察、東電、地域の人、頑張っていると思います。

買い占めするなら、コーヒー一本飲むなら、一駅歩いて・・・募金しませんか??
これからだんだん報道も少なくなって行くと思います。
しかし、復興はまだまだ先です。



昨日は地下鉄サリン事件から16年の日でした。
忘れていました。人間なんてそんなもんです。



忘れてはいけない、大切な人をなくして悲しみにくれている人がいる事を。

忘れてはいけない、誰かがどこかで頑張ってる事を。

忘れてはいけない、この大災害を。



自分に言い聞かせている毎日です。


救命士の研修所で一緒に勉強した東北のみんな、
今も現場で頑張る同士が無事である事をただひたすら祈っています。

~追記~

自分を大切に出来ない人は
他人を大切に出来ない。

一見矛盾しているような事を言っていますが、

まずみんなも
自分の持ち場を大切に、
自分の大切な人を大切に、
そして何より自分自身を大切に。

そしてそれが出来たとき、
はじめて他人を思いやる事が出来たらいいな。


さて・・・生きますか。。。
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お花見と石巻川開き祭り

2011年04月02日 12:18

東京都はお花見はやめましょうムード。
自粛要請は都知事ほどの権力を持つ人が発すれば実質禁止令とどうようの効果を持つ。

上杉氏の無期限活動休止のニュースを見ていたらお花見について書いてある文章を見つけた。
東京都民よ!「自粛」なんかよして、花見に行こうぜ!

多少荒っぽい文章ではあるが、「被災地復興チャリティー花見」大賛成。
自粛を呼びかける看板の近くでお花見するのは気分がのらないと思う。
芸能人があちこちでチャリティーイベントをしているようにお花見もチャリティーにしてしまえば、心のリフレッシュもできるし、被災地の人達へ少しでも支援ができる。

さておき、うれしいニュース。
石巻川開き祭りが予定通り開催されるらしい。
石巻川開き祭り

未だ安否が確認できない僕の友人が年賀状の写真で紹介してくれたお祭り。
一度見てみたいと思う。

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アフガニスタンニュース。

2011年04月02日 04:27

比較的、というか、もっとも安全だったマザリシャリフで国連施設が襲撃され11人が死亡する事件が起きてしまった。
原因はアメリカ人牧師がた事に対する抗議デモだったようだ。

人の心の支えになる筈の宗教指導者が他の宗教の教典を燃やすなんてもっての他だ。
アフガニスタン戦争からもう10年近く経つのに未だ治安は安定をみない。

アフガニスタンの中でも安全だったマザリシャリフでの事件。
これで国連やNGOが撤退して困るのは現地の貧しい人達。
マザリシャリフには昔から支援を続けている日本のNGOがいる。
彼らの支援でどれほどの人が救われた事か。

今回の事件で彼らが撤退する事も考えられる。

コーランを燃やしても9・11で亡くなった人は喜ばないだろうし、それに対して抗議デモがあっても良いが、
国連を襲撃するのはお門違いだ。

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多チャンネルの意味

2011年04月01日 12:28

テレ東アニメに「被災者に配慮欠ける」という批判の電話とメールが600件寄せられたというニュース。
テレ東アニメに「被災者に配慮欠ける」9割

東日本大震災から3日目(13日)にアニメなど通常番組を再開したことに対して批判が集中したらしい。
9割が否定的だったというが、日本の視聴者はクレームの電話はよくするが、番組に対して賞賛の電話は少ない。

日本はキー局だけで民放5局と公共放送がある。この狭い日本で衛星放送を除いてこれだけチャンネルがあり視聴者が選べるのはある意味すごい。
アメリカではあの広い国土で3大ネットワーク+FOXとCNNと比較するとチャンネルの充実度は十分だろう。

東日本大震災から3日目(13日)にアニメなど通常番組を再開したことに対して批判が多かったようだが、3日目というと民放各局は地震の特集番組ばかり放送していた。
そんな時にテレ東がアニメを放送したのは批判される事ではないと思う。
我が家の近所のおばさんが「テレビをつけると津波の映像ばかりで怖くてテレビをつけられない」と言っていたのを思い出す。
その時僕はテレ東がアニメを放送していると知らなかったのでテレ東見ると良いですよ!とアドバイスしてあげられなかったが。

むしろ各局が同じ切り口のニュースばかり放送している方が問題だ。
通常時でもテレビ局の夕方ニュースのスタッフは同じ時間の他局のニュースをチェックしていて、あの局が食べ物屋の特集で視聴率高かったからうちもやれ!なんて会話がよく聞こえてくる。

滑稽だったのはアフガニスタン戦争の時。
世界中のメディアがパキスタンのイスラマバードにあるマリオットホテルに拠点を置いていた。
マリオットの屋上は各社のブースで一杯の状態。
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この時日本からは6局のテレビ局が来ていた。ひとつの国から6局は多分一番多かったと思う。
この時、各局のデスクはBBCやCNNの映像を見て、同じ場所へスタッフを取材に行かせていた。
アフガニスタンへ入る事もできず、一泊200$を超える部屋をいくつもキープして取材?をしていた。
僕はなけなしの取材費で襤ボロホテルに泊まり、多くのジャーナリストが北部同盟側から取材するなか、タリバンの本拠地カンダハルへ入った。
あの時、大手テレビ局が使う取材費の10分の1でもあればカンダハルにもっと滞在できたのに。。。
と今でも思うし、その状況は変わっていない。

日本経済が低迷する中テレビ局の統合案もでてきたりしている。
アニメのテレ東、ワールドビジネスサテライトのテレ東。そんな特徴があるのは喜ぶべき事。
テレ東のアニメを楽しみにしている子供は多い。
被災地(福島県を除く)で放送がなかった子ども番組「ピラメキーノ」(毎週月~金曜午後6時30分)が、4日から3カ月間、「You Tube」で配信れるという。
NHKは地震時の貴重な情報をネット上で流すのを拒否した。
自局の放送をネット配信するテレ東は偉いと僕は思う。
局に対するクレームも良いが賞賛のメールや電話も視聴者の貴重な意見だと思う。

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