嬉しきかな友の存在よ。

2011年01月29日 05:49

引っ越しを考え始めてから街を見る目が変わった。
立派な一軒家が建ち、その隣にはワンルームの小さなアパートが建っている。
地主さんっていいな~。自分の家があるっていいな~。

最低限住む所さえあれば生きて行ける。
近年八王子あたりのアパートは供給過多で空き家が多い。
にもかかわらずフリーターの人が住もうとすると審査が通らなかったりする。

社会人として何年も家賃を払い続けてきた実績があっても「保証人」を求められる。
僕はまだ両親が生きているから良いが、働き盛りでも天涯孤独の人はどうしたら良いんだろう。
定住先がないから良い仕事につけない。良い仕事につけないから定住先が見つからない。

世の中お金持ちの子供がお金持ち。
平等なんかじゃないな~。日々思っていた。

引っ越し先のリフォームが終わり、荷物を運び込める状態になった。
友人が軽トラを貸してくれた。
違う友人が乗用車で貴重品を運んでくれた。
ダーツやのマスターが引っ越し寸前のP邸に現れ、これまた荷物を運んでくれた。

僕は決して恵まれた家庭に生まれ育っていない。
勿論、貧乏。
でも、耳がちぎれそうな寒さの中、笑顔で引っ越しの手伝いをしてくれる友がいる。
お金で買えないかけがえのない友達。

今日も明日も友人達がお手伝いに来てくれる。
引っ越し祝いは集まってくれる友達への感謝のお祝いだ。
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新居にて、1990年物のコンビーフと僕

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お引っ越し

2011年01月28日 03:16

20年近く住み慣れた我が家の引っ越しは想像以上に大変なもので・・・。
日々、大昔の宝物が出てくる。

今日はコンビーフの缶詰が20個つまった段ボールが発見された。
当分飢え死にしなくてすみそう。(缶詰でよかった)

今日は一年ぶりくらいに会う友人が引っ越しの手伝いに来てくれた。
何故かコロプラのやり過ぎで腱鞘炎だという友人は食器類などの割れ物を手際良く梱包してくれてとても助かった。

取材の準備、原稿、引っ越しと重なり僕の頭は一杯。
今週土日の引っ越しも友人達が手伝ってくれるのが唯一の救い。
新居ではもう鍋パーティーしないよ!と宣言していたが、引っ越し祝いの鍋パーティーはやらなきゃ。

ブログ書いてないで原稿を書こうかな。

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戦場カメラマン効果。

2011年01月26日 13:42

戦場カメラマン、渡部陽一君のおかげで雑誌が戦場カメラマン企画を掲載することが増え始めている。
現在発売中の週刊誌Flash、月刊カメラマンに久保田の写真が小さく掲載されています。

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早稲田大学で瀬谷ルミ子さんの講演中。

2011年01月21日 17:05

瀬谷ルミ子さんの講演なう!
この後瀬谷さんのインタビューと撮影。
瀬谷ルミ子さんとは何処かで会っているのだか、いつ、何処だったか思い出せない。
現在は紛争予防センターの事務局長。

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月刊カメラマンと引っ越しとヤフオク。

2011年01月20日 13:55

月刊カメラマン2月号の126ページに少しだけ僕に関する記事があります。
きっかけは忘れてしまったが、月刊カメラマンとは長いおつきあいをさせてもらっている。
カメラマン最前線というコーナーは僕が憧れていたページ。
そこにも登場させてもらい、巻頭のカラーページを頂いた事も。

さておき、引っ越し間近。
部屋を整理すればするほど、お宝が出てくる我が家。
戦争を経験してから物をコレクションすると言う気持ちが全く消えてしまった僕。
せっかくの物は欲しい人に売りましょう。
と言う事で友人から教わったヤフオクでお宝販売。
タカラトミーの限定品。

本当は画像付きのタグを貼れる筈なんだけど、何故かうまくできない。涙!
HTMLに詳しい人!知恵を貸して下さい。

取材費に困ったら、戦争直前に買ったサダムウオッチ(サダムフセインの写真付きの時計)を売ろう。

話は変わりますが、「写真集を買ってくれた人の話」は予想外の反響でした。
拍手、コメント、常岡さんが拉致された時と同じくらいの反響。
世間ではタイガーマスク運動が話題になっているが、こんな不況の中でも人を思いやる気持ちに溢れた人は沢山いるようだ。
もしかすると、子供の頃は誰もが持っている他人への優しい気持ちが大人になるにつれて薄れていってしまうのかも。
「写真集を買ってくれた人の話」は改めてブログに書きます。

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写真集を買ってくれた人のお話。

2011年01月14日 13:26

先日、アフガニスタンの写真集Afghan Blueを買って下さった方かたメールが届いた。
世界で一冊の写真集にしたいということでサインをお願いされ、久保田ショップから購入して下さった。
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勿論、サインはよろこんで。
メールを読んで僕は不覚にも涙をこらえる事ができなかった。
ご本人の承諾が得られたので、写真集を買って下さった方と娘さんのエピソードを紹介します。

以降原文にて
実は写真集を見ていた時に、ちょっと泣ける出来事がありました。4歳になる娘が「それ、あたしも、みたい」と写真集を覗き込んできました。
しばらくは私の膝の上で一緒に見ていたのですが、写真の子供たちを指差して 

「とおいくににすんでる、おともだちね。もしかして、わるいおみず、のんでる?」 

と聞いてきました。

わるいおみず、について説明させていただくと、娘はカトリック幼稚園に通っていて、年に2回、恵まれない人々のために募金をします。フィオレット週間、といって、幼稚園から渡された貯金箱に1週間毎日、募金をするのです。 



ただ募金をするのではなく 
「お母さんのお手伝いをして、ご褒美にもらったお金を入れる」 
「ジュースを飲みたかったけど、我慢して水を飲みました。ジュースを飲んだつもりで、ジュース代を入れます」 
といったお手伝いや我慢を覚えさせる目的もあります。 

幼稚園では先生方が 

「遠い国に住んでいるみんなのお友達は、悪いお水しか飲めなくて、おなかが痛くなったり、ご病気になったりします。ごはんが食べられなくて、亡くなってしまうお友達もいます。みんなが少し我慢したり、お手伝いしたり、そういうお金を貯めて、送ってあげましょう。そのお金が一枚の毛布、一切れのパンになります」 

と説明してくださり、娘はそれを聞くと俄然やる気になるのです。

おまけに私もコーヒーやジュースを禁止されます。 

そこから、写真集の中の子供たちを「とおいくににすむ、わるいおみずしかのめない、おともだち」と発想したようでした。
最初は子供達の心配をしていましたが、今度は久保田さんのことを聞いてきました。 

昨年、久保田さんが「笑っていいとも」に出演なさった時、娘は風邪をひいて幼稚園を休んでいたので「渡部陽一さんの隣に座っていた人が撮った写真」と説明しました。
するとコーナーの内容が理解出来ていた娘の中で 

戦場ジャーナリストは取材費を自分で稼ぐ→取材費を捻出するのが大変→外国で体調を崩したら病院に行くお金がない... 

と勝手にリンクさせたようで、自分のクマの財布を持ってきて、テーブルの上にお金を並べ始めました。 

「たいへんじゃないの!このおかね、しゃしんをとったおにいさんに、あげたい!びょういんのおかねに、してもらいたい。あたしの、とおいくにのおともだち、たすけてくれたんでしょ?じゃあ、あたしが、しゃしんとったおにいさん、たすけるの」 

と言いました。

久保田さんが異国で病院に行けないとかわいそうだから、私が医療費を払う、と言うのです。たった4歳の娘が「自分以外の誰か」を思いやる気持ちに、涙が出そうでした。医師が不足しているという現実も娘にはわからないし、どう説明してら良いのか、と胸がいっぱいになりました(親バカですみません)



娘には「その気持ち、写真を撮ったお兄さんに伝えておくね。きっと喜んでくださるから」と言い聞かせました。久保田さんの写真を見た4歳の女の子が感じたこと、それが少しでも励みになれば、と思い、お知らせしました。 



育児においては、娘から教わること、勉強になることばかりですが、今回も人間同士が助けあうこと、ホントに考えさせられました。 

写真を撮る仕事って、素晴らしいですね。真実を伝えるだけでなく、4歳の女の子にも影響を与えるんですから、意義あるお仕事だと思います。 

私たちにはわからない苦悩、おありだろうと思います。それを考えたら簡単に「応援しています」と言って良いものか、迷ったりもしますが、娘の態度を見て、今は素直に「応援し続けていきます」と言いたいです。 

次回、取材に行かれる際は、私の娘が久保田さんの医療費を払いますので、ご安心ください(笑)写真集、本当にありがとうございました。世界に1冊しかない大事な宝物です。


この数年、危険な目にも遭い、職業としてのジャーナリストが成立しなくなりつつ、何度も何度も引退を考えていた。(考えている)。
このメールを読ませてもらって、改めて、僕にもまだ伝えられる事があるんだ。
この仕事をしてきて本当に良かったと思った。
クマのお財布を持ってきてお金を並べてくれた4歳の女の子。名前も知らないけど、本当にありがとう。






引っ越し財産。

2011年01月13日 06:26

長く住んだ我が家の引っ越しの準備。
何十年も開かずの間になっていた場所があって、ビックリするものが沢山でてくる。
1989年「ふりかけ」が出てきた時はさすがにあきれた。

押し入れを整理すると昔使っていた鞄が出て来た。
まだまだ使えそうなのでお風呂で洗っていると、お守りやボールペンがでて来た。

これは丸洗いする前に全部のポケットを調べなきゃ危ないと思ってあちこち開けると、
な!なんと!お札がでて来た。
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ラッキー!
数えてみると1万6千円あった。
フォトショップCSを買おう。

友人に見せると、「これって今使っていない古いお札ですよ~」と言われた。
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た、確かに!よく見れば夏目さんと新渡戸さんだ。
意識して使わないが、現千円札と五千円札は野口さんと樋口さんだ。

さすが、十年以上前に現役で使っていたバッグだ。

押し入れから出てきたとき、少しカビっぽくて捨ててしまおうかと思ったが、貧乏性の僕は洗えばまだ使えると判断した。
もし、そのまま捨ててしまっていたら・・・。
今後出てくるすべての鞄、服はすべてチェックしよう。
そして、未来への貯金をしないように気をつけよう。
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妻籠、馬籠宿。

2011年01月10日 04:45

吉田兼好の墓を訪れる前に妻籠、馬籠宿を訪れた。
東海道と違って今では街道の役割を失いつつある中山道。
故にその景色は趣きがある。
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終点まで車を回送してくれるなら、馬籠宿から妻籠宿まで旧街道を歩いてみたかった。

プライベードではあまり写真を撮らなくなった僕だが、石畳に落ちる木漏れ日に思わずカメラを取り出した。
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馬籠宿から妻籠宿へはそれほどの距離ではないが、一つ峠を越えなければならない。
これほど近いのに宿場町が二つ存在するのはこの峠のせいだろう。
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旅籠に泊まることはできなかったが、おいしい蕎麦を食した。

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吉田兼好、徒然なるままに。

2011年01月08日 06:38

誰もが知る吉田兼好。
徒然草の
『徒然なるままに、日暮らし硯に向かいて、心に映りゆく由無し事を
 そこはかとなく書きつくれば、怪しうこそ物狂おしけれ』
なるくだりはあまりにも有名。
はて、学校で勉強したのは社会だったか古典だったか。
その吉田兼好、後宇多天皇に仕えていたが、天皇が崩御すると出家し歌人としても有名になった。

実は以前から気になっていたのだが、岐阜県と長野県の県境にある恵那山トンネルの岐阜県側に吉田兼好の墓とカーナビに表示される。
兼好

トンネルに入らずにジャンプすればすぐに行けそうな場所だが、一般道から行くにはかなり大変そうな場所。
先日、妻籠宿を訪れた時に吉田兼好の墓を訪れてみようとトライした。
ナビに位置をセットし、吉田兼好の墓に向かうが一向に観光案内の看板一つも出てこない。
ついに道は未舗装路になり、ますます怪しい。
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と、いうか、僕の愛車ポチで行くのは殆ど不可能な道になってきてしまった。
しかも、これって行き止まりの後はバックで降りてくるしかないかも。
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未舗装路を走る事十数分。ナビが目的地だと示す位置にたどり着いた。
そこには吉田兼好の庵と書かれた木柱と石を積み重ねただけの墓石のようなものがあった。
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出家し世の儚さを感じた吉田兼好がこの地で何を感じたのか。
今でこそ寂れた場所だが、妻籠、馬籠宿からはそれほどの距離ではない。
学校で勉強した時にはただ単に徒然なるままに・・・と暗唱しただけだったが、この地を訪れてみて吉田兼好という人物の人となり、徒然草の全文を読んでみたくなった。

しかし、思うのは岐阜県人は観光誘致が下手。
妻籠宿も寂れているし、僕の生まれ故郷大垣市にはかの有名な松尾芭蕉、奥の細道の結びの地がある。
奥の細道が岐阜県で終わっていると知っている人がどれほどいるだろうか。
僕自身はそんなひっそりとした場所がすきなのだが。


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僕の友人常岡さんの本


2011年元旦。

2011年01月06日 04:30

あけましておめでとうございます。
読者の皆様今年もよろしくお願いします。

実家にいたためネット環境がなく、新年のブログアップが遅くなってしまった。
今年はどんな年になるだろう。
相変わらず続く経済不況はマスコミ界全体にも暗い影を落とし続けていて、報道番組の減少、
出版不況はまだまだ続きそうな感じ。
この不況下、唯一勝ち組に回れたのが戦場カメラマン渡部陽一だろう。
日本の一般市民に戦場カメラマンという言葉を浸透させた彼の功績は大きい。
僕自身、おこぼれに預かり「笑っていいとも!」に出演させてもらった。

日本にも「戦場カメラマン」というより戦場にも赴くフリージャーナリストが数多く存在し、
ハイリスク、ローリターンなのに地道に取材を続けている人が存在すると知ってもらえたらありがたい。
僕も含め多くのフリージャーナリストは取材しても発表する媒体が減りつつあり、ジャーナリスト業だけで生計をたてていくのが困難な状況にある。
僕は昔からカメラマンとして様々な分野の写真を撮っていたので、日本国内にいればカメラマンとしてなんとか食っていく事ができる。
そのカメラマン業もデジタル化に伴い昔のような職人技が必要なくなりつつあり、大変な状況であるのは否めない。
とはいえ、プロでなければ撮影できない分野がいまだ存在するのも事実だ。

こんな状況だから取材結果をブログで発表する機会が多くなると思う。
ブログでは食っていけないので、スポンサーを探すとか新たな展開が必要になってきそう。
先輩ジャーナリスト達も既存のメディアに頼らないネットメディアの開拓をはじめている。
そんな訳ですから、今年もこのブログが果たす役割は大きくなりそうです。
おそらく、第一弾の取材はアフガニスタンになると思います。
年末に書いたキャノンのブログでもように、こんな僕でも一生懸命サポートしてくれる人が存在する。
そろそろ自分自身の生活に戻りたいとこの数年思っているが、僕を応援してくれる人が存在するうちは頑張ります。
改めて、本年もよろしくお願いします。
久保田弘信。

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