2010年を振り返って。

2010年12月31日 23:16

2010年もあと僅か。
なんとか年が明ける前にブログを書く事ができた。

今年も出会いの年だった。
例年と違うのは日本国内でいくつも良い出会いがあったことだ。

3月、2009年行く事ができなかったアフガニスタンへ行った。
戦後9年が経ってもアフガニスタンの治安は一向に回復せず、過去最低と思える状態だった。
ホテルの目の前で爆弾テロがあり、首都カブールでは誘拐されそうになり、マジ怖かった。

取材も無事終わるかと思いきや、友人の常岡氏が誘拐されてしまい、その後解放までの5ヶ月間はアフガニスタンと連絡を取り合う毎日であっという間にすぎてしまった。

立命館大学、京都大学で講演があり多くの大学生と知り合う事ができた。
東京ではBBQや我が家での鍋パーティーでNGO関係者や同業者、学生まで多くの人と出会えた。
今年はダーツ仲間の輪も広がり、仕事と全く関係なく本音で語り合える友と多く出会えた。

今年は中学の同窓会もあり、懐かしい友人達とも再会できた。

そうこうするうちに今年もあと1時間をきってしまった。
取材しても発表の場がなくなりつつあり、僕の人生でも転機になる一年だった。

S.キューブリックの2001年宇宙の旅。
今年は2010年。残念な事にSF作家が予想するより人類の宇宙進出は大幅に遅れてしまった。
推進材をロケットではなくトマホークミサイルに使っているようでは。。。
2011年、少しは世界が良い方向に進む事を祈りつつ、2010年最後のブログを

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キャノンでの忘年会

2010年12月28日 05:45

銀座キャノンで忘年会があった。
ギャラリーでの立食パーティー。200人を越える人が集まり、会場は身動きもできない程。
一部の人たちは銀座の路上でビールを片手に。

昔お世話になったキャノンを引退したスタッフと再会できるのは嬉しい。
思えば、まだ名も無き頃、若手のカメラマンだった僕の面倒をみてくれたスタッフがいた。
「キャノンのスタッフとカメラマンでゴルフをするから良かったらいらっしゃい」と声をかけてくれた昔の所長。
「いえ、僕なんか若輩者ですから」
所長「そんな事ないでしょ。みんなプロカメラマンなんだから」

昔からずっとお世話になっているキャノン。
僕はずーーとキャノンを使い続ける。

でも残念なことに近年キャノンからニコンへ鞍替えしたカメラマンも多い。
技術的な部分でニコンに変えるのは問題ないが、一部のカメラマンはキャノンのプロに対するサポートに不満を持ってニコンへ移って行った。

今日の忘年会を見てビックリした。
なんとも平均年齢が高い。
引退したキャノンのスタッフや一線を退いたカメラマンの人も多いだろうが、まだまだ現役の人でも平均年齢が高い。
キャノンのスタッフと話していると「久保っちゃんなんか一番若い世代かもね」と言われた。

カメラマンというか、写真家の人たちは自分の舞台が回ってくるのが遅い。
30代40代はひよっこと言われ、50代どころか60代になってオートフォーカスじゃなきゃピントも合わせられない世代になってからようやく舞台が回ってくるケースが多い。

早く若い世代の人たちに舞台をまわしてあげれば良いのだが、我慢に我慢を重ねてようやく手に入れた舞台を手放す人はすくない。

若くて、口がうまく、人気だけで活躍しているカメラマンも知っているが、若くて溢れる才能を持ちながらも舞台に上がれないカメラマンも知っている。
日本の写真業界全体の事を考えると、今日のような忘年会にもっと若手のカメラマンが参加できなければ未来は暗い。
僕なんか写真学校も出ていないし、有名な先生に師事した訳ではないのでJPS(日本写真家協会)に入った写真家としてはとってもアウトローは存在だ。
だからこそ思う。
もっと若い世代にチャンスを。

そして、名も無い頃から面倒を見てくれているキャノンに感謝。


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同窓会=忘年会

2010年12月21日 16:33

大垣市立北中学校の同窓会の忘年会が大垣市内で行われた。
立命館大学での講演があり、岐阜での講演もあり参加できないと諦めていた。

僕がフリーになったのは23時過ぎ。
ちょうどその時同級生からメールが入った。「二次会やっているよ!」
車に乗っていた僕はお酒飲めないが、昔の仲間の顔を見る為に二次会会場へダッシュ。
17人の参加者全員が二次会の会場(スナック?)のような店にいた。
なんと団結力の強い仲間たちだろう。
参加者の男女比率はほぼ1:1。
遅い時間まで女の子?も残っているのがすごい。

同じクラスだった、当時、僕がなんとなくほれていた女の子?に聞くと「上の子高校生で下の子中学生だからもう平気」。みんな年頃の子供を持っている。なんか僕は置いてかれたな~と思う。
でもさ~。旦那さんは?と聞くと、「うん、帰ってこなくてもいいよ!って言ってくれている」
結婚生活も長くなるとこんなイージーなんだろうか。

「久保田君すごいね~いい仕事して~」と言ってくれる友。
参加者のみんなは地元に残って自営業で社長をしていたり、みんないい仕事をしている。
しかもみんなちゃんと家庭を持っている。
子供達が同じ学年で、僕たちが卒業した北中学に通っている人も多い。
僕からすれば、ちゃんと家庭を持って安定した仕事をしているみんなの方がすごいんだけど。

僕たちの時代の北中は10クラス以上あった県下一のマンモス校。
在学中に一度も顔を合わせた事がない友人も沢山いる。
あの人誰だっけ?と聞かなければならない事もしばしば。

それでもみんな一番悪さをし、一番悩んだ時代を一緒に過ごした仲間。
しかも。。みんないい歳。
気兼ねなく本音で語り合えるのが良い。
年末にもう一回飲み会が計画されそうな雰囲気(忘年会は終わったのに)。
次回は我が友達の写真付きで日記を書きたい。



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笑っていいとも!効果2

2010年12月20日 02:38

今日は笑っていいとも!増刊号。
何故か本人は見逃してしまったが、友人達は見てくれたようだ。
かれこれ、10年近く会っていない友人のカメラマンから電話をもらった。
「懐かしくて電話しちゃいましたよ~」。

ご無沙汰。の時間が長くなってしまうときっかけがないと連絡しづらくなってしまう。
いいとも!はそんなきっかけも作ってくれた。

田原市に住む友人はいいとも!をきっかけにセントファーレの一階にある書店に僕の写真集とDVDを置いてもらう事をお願いしてくれた。
しかも。。。最高の場所
買ってもらえなくても立ち読みしてもらえるだけでも嬉しい。
写真集

田原市では何度か講演させてもらっている。
地元の人たちの暖かさに感謝。

写真集は書店に置いてもらえる寿命が短い。
勿論、ネットでも買えるが、やはり手に取って中身を確認できるのが書店の良さ。
こんな最高の場所でなくても写真集を置いてくれる書店が増えたらありがたい。
奇特な本屋さんがいらっしゃいましたら是非ご連絡ください。

写真集、DVDは下記からも購入可能です。
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空爆の下では出版社が倒産してしまい在庫がないのでアマゾンからどうぞ。





笑っていいとも!効果

2010年12月17日 01:20

様々な迷いのあげく出演した「笑っていいとも!」。
お昼の長寿番組だけあって良きにつけ悪しきにつけ効果は絶大だった。

土壇場まで出演が確定しなかったため、お知らせしきれなかった。
ところが!意外なことに「笑っていいとも!」に出るよ!とお知らせしなかった人たちが見てくれた。
知らせなかった友人は「いいとも!でるのに教えてくれないなんて冷たいじゃん」とメールをくれた。
もう一つ凄いのは何年も連絡がなかった友人が「笑っていいとも!」を見て連絡をくれた。

僕が戦場カメラマンかどうか。
バラエティーに出演する事が良いのかどうか。
迷いの中、忙しくなってしまった渡部君に再会できるという事が大きな後押しになった。

そして桃井さん、合田さんという同業者と会うこともできた。
控え室で桃井さんとお互いの写真集をトレードした。

四人のカメラマンが揃い、渡部君が僕たちゲスト3人の写真を撮ってくれた。
iitomo.jpg
撮影、渡部陽一

「いや~良く分からない状態です」と僕に言った渡部君。本心だと思う。
アフガニスタン戦争後、イラク戦争後、僕はあちこちのテレビに出まくった。
なんだか自分の立ち位置が分からなくなってしまっていた。
僕の場合はジャーナリストとしての出演ばかりだったが、渡部君は芸人のような扱いであちこちのバラエティーに出演している。
いままでの自分の仕事内容からすると大変な思いだろうと思う。

戦場カメラマンの代名詞となった渡部君。
彼の存在が日本の戦場カメラマンに光をあててくれるのかもしれない。
渡部君は単なる芸人ではなく現場では様々な苦労をしているカメラマンだと多くの人が認識してくれたらありがたい。
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笑っていいとも!

2010年12月15日 14:09

笑っていいとも!の生放送が無事終了した。
戦場カメラマンという職業がお茶の間の人たちに少しでも知ってもらえたら良いのだが。

アルタ屋上にて。
映像は増刊号で使われます。

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12月15日

2010年12月14日 21:19

明日12月15日。
お昼休みがある人は笑っていいとも!を見て下さい。
勿論、お休みの人も。


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ピースキャンプ公開プレゼンテーション

2010年12月12日 10:02

立命館大学で一週間にわたって行われたPACE CAMP。
アフガニスタンとイラク、二回の講演。
夜は参加者達の毎晩遅くまでアフガニスタンの事を話し合った。

これほど長くアフガニスタンの事を連続で考える機会は僕にもなかった。
学生さんから発せられたいくつもの素朴は疑問はアフガニスタンに通い続けた僕にとって常識になりつつある事柄も多く、アフガニスタンの事を伝える時の参考になった。

今日は参加者達がまとめた結果の発表。
日曜日ということもあり一般の参加者はそれほど多くなさそうだが、毎日不眠不休で頑張った参加者達の発表が楽しみだ。発表は13:30まで続きます。
お近くの人は是非立命館大学以学館4号教室までどうぞ。

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立命館大学で講演

2010年12月10日 14:34

今日は立命館大学でイラクのお話をします。
場所は立命館大学衣笠キャンパス。
立命館大学の正門を入って、時計台の左側を真っ直ぐ突き当りが研心館。その3階の632教室が講演会会場。
18:00~19:30

お時間ある人は是非どうぞ。

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立命館大学国際平和ミュージアム

2010年12月08日 11:36

かつて平和ミュージアムで写真展と講演をさせてもらった。
どこから依頼がきて平和ミュージアムで講演する事になったのかは記憶にない。

講演時、館長である安斎先生にご挨拶をした。平和ミュージアムの館長さんって偉そうな人かな。
と想像していたが、とても気さくな人だったと記憶していた。

今回は立命館大学のピースキャンプに参加した事で僕が安斎先生のお話を聞く機会が持てた。
テーマは平和と民主主義のお話。
先生の言葉で耳に残った事。
年間3万人以上の自殺者を生み出す日本。イラク戦争での一般市民の犠牲者が15万人程と言われているが、
戦争状態のイラクの犠牲者に僅か五年で平和と思われている日本の自殺者数がおいついてしまう。
満足いく社会で未来に対する不安が無ければ人々は自殺という手段を選ばない。
戦争でない状態を平和とは定義できない。

「抑圧状況の意識化」が大切。知らなければ主体性は発揮できない。
講演先で「国際協力、平和の為に自分たちに何ができるでしょう」と聞かれた時、僕はいつも「知る」事から初めて下さい。と伝えている。
安斎先生と言葉は違うが伝えたい事は同じだ。

先生は年間で100近くも講演をされているそうだ。昔の僕なら講演でメシが食えていいな~!と思っただろうが、今はそう思わない。
自分が考える「平和」への道を講演するのはとても心労が大きいと思う。
先生は自分ができる方法で平和への道を模索にながら生きているようだ。
さて、僕はこれからどうするだろう。

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ホームページ、シリーズネコ

2010年12月07日 19:10

ホームページのギャラリーにシリーズ猫をアップしたつもりが、うまくリンクができていなかった。
取り急ぎブログにリンクを貼ります。

猫好きの方は是非どうぞ!スリランカネコを追加。
シリーズ猫

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久保田弘信の写真集、アマゾン

おすすめ商品

立命館大学BKC

2010年12月07日 15:09

立命館大学の琵琶湖、草津キャンパス。セントラルアークのドリームクロスラウンジで写真展。
このラウンジにはSUBWAYがあり、学生は授業の合間に友人と語り合ったりPSPで遊んだりしている。
ラウンジに大型モニターがある。
「あのモニタージャックしてDVD流しちゃいなよ」と学生さんに話すと、いとも簡単にモニターをジャックしてしまった。

それぞれの休憩時間。モニターを注視する人はいないが、少しづつ顔を上げる人が多くなったり、休み時間が終わり次の授業の為に立ち上がったもののモニターから目を離せない人がいてくれるとうれしいものだ。

このキャンパスの下には遺跡も眠っているそうだ。

写真展は11日15時まで。


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立命館大学で講演

2010年12月06日 21:05

明日、12月7日は立命館大学、琵琶湖草津キャンパスでアフガニスタンのお話。
キャンパス ラルカディア102教室で16時20分~17時50分(90分)

南草津駅から立命館大学行きバスで10分くらい。
大きな教室なので、お時間ある人は是非お越し下さい。
キャンパス内で写真展も開催中です。

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被爆者からのお手紙

2010年12月03日 02:11

この夏広島で出会った一人の被爆者。
長らく戦争、被爆の体験を胸に秘めていたが、近年語り部として活動し始めている人。

この数年、日本にいる時、戦争のPTSDに悩まされ不眠症の僕。
僕とは比べ物にならないくらい大変な経験をされていて、しかも、せっかくできた瘡蓋をはがすように語り部をしている。
戦争の痛みを分かってくれる人は戦争を経験した人だけかもしれない。
優しい瞳をした被爆者の方に思わず僕は悩みを打ち明けてしまった。

イラクのDVDをお送りすると約束しつつも日々の忙しさにかまけてお送りするのが遅くなってしまった。
今日、被爆者の方からのお手紙がポストに入っていた。

私ごと世界最強兵器核爆弾の洗礼?を受け有無を言わせぬ肉体的苦痛の極みのケロイドに過去65年間苦しみ続けました。二千メートル離れていてもボロボロに焼かれた殺人光線。想像以上の爆圧風で吹き飛ばされ、そして放射線被害。精神的外傷。久保田弘信さんもイラクで戦争体験をされ実体験を少しされましたね。

寝られない時は私は腕立て伏せを毎日最低20回!!体の調子が良い時は50回やり体をクタクタに疲れさせます。六十有余年続けているので累計四十万回以上です。
継続は力なり。
体力的、精神的にも自信がつき良く眠れます。よ。
。。。。。略
ワシは格好悪く生きさせてもらう
と締めくくられていた。

DVDは差し上げたのに
DVD代として 失礼ご容赦の程。と代金が添えられていた。

奇跡的な確率で拾った命。しかし腕全体のケロイドは曲げる度に痛みを伴う。
それでも毎日の腕立て伏せ。感服!

最後の時まで一生懸命生きようとしている被爆者の方。
自分の弱さが恥ずかしくなる。
「ワシは格好悪く生きさせてもらう」
あなた程かっこ良く生きている人はそうそういないですよ。

僕も。。もう少し頑張ります。
自分にできる事がある限りは。

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