さりげなさが嬉しい。

2010年10月26日 17:10

写真展が終わり、久しぶりに地元のダーツ屋さんへ。
入るなりダーツ屋のマスターが「ピーチャン(僕のこと)写真展お疲れ様でした。コーヒー奢りますよー!」と店内にある自販機のコーヒーを奢ってくれた。
このさりげなさが嬉しい。

しかもこのマスター、写真展に行けなかったからイタリアンご馳走しますよ!
と言ってくれてる。

ダーツ屋に通うようになってから一年以上、僕は自分の仕事の事を話していなった。
バルに来るダーツ仲間の殆んどが僕の本名を知らない。
ジャーナリスト久保田ではなく、ダーツ仲間のピーチャンとして認識してもらえる場所は僕にとってまさにホームだ。
ダーツして子供のようにはしゃげる空間と仲間たち。
最近、アフガニスタン関連でテレビに出演したが、ダーツ仲間は「ピーチャンテレビ出てたじゃん」と普通に扱ってくれる。中にはテレビ出て真面目な事話してるピーチャンなんかやだー!と言ってくれてる仲間も。
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常岡さんの帰国、外務省の対応編パート2

2010年10月22日 23:45

常岡さんの誘拐事件に関して書くのも今回が最後だろう。
前回の日記から間があいてしまった。
この期間、色々と調べたりインタビューをしたりしたが、一番驚いたのは「あの誘拐された人ってどうなったの?」と未だに聞かれたりすること。
誘拐されたときに比べ、解放された時のニュースが少なすぎたのが原因だろう。
常岡さん解放のニュースは日本のマスコミにとって外務省に嫌われてまで流す価値のあるニュースではなかったのだろう。

僕がアフガニスタンからパキスタンに帰ってきたとき、誘拐の第一報が入った。
僕は国民の義務として?外務省とカブールの日本大使館に連絡した。
長年アフガニスタンに関わってきたので続々と情報が入ってきていた。電話代も滞在費もかかるので大使館に
「協力して一緒に情報収集しましょう」と言ったら。「もう日本に帰国してもらって良いです」と言われてしまった。
内庁の反応も同じだった。
そのくせ、言葉は悪いが、そのくせ外務省はパキスタンに滞在中の各新聞社やNHKに電話して「どんな情報でも良いから教えてください」とお願いした。
僕から出た情報がNHKや朝日新聞に伝わり、そこから外務省に伝わっていった。
まあ、外務省としてはフリージャーナリストの情報など信用できないということだろう。
しかも、誘拐された事実と誘拐されたときの状況を説明しても、タリバンとつるんでいる常岡さんは誘拐されたのではない。との見解も持ち続けられた。
今回事件で日本の大手マスコミはどれ程の誤報を流しただろうか。
タリバンの犯行はあり得ないですよ。と僕が力説してもタリバンの犯行と報道したメディアがいくつもあった。
聞いてみると、誤報でもいいんですよ!日本の政府筋からの情報であれば。と答えられた。
常岡さんが解放されて事実が判明したが、日本大使館はアフガニスタン政府から間違った情報ばかりを受け取っていたそうだ。
そして常岡さんが解放され、誘拐犯がアフガニスタン政府と関係をもつ武装勢力だと分かった後でもアフガニスタン政府は日本にタリバンの犯行だと言い張ったらしい。
解放が決まり、常岡さんがアフガニスタン政府のお迎えの車に乗ったとき、政府側の人間が武装勢力の人と久しそうに電話で話しているのを聞いたらしい。その時、「解放されるのじゃなくてまた違う所に連れて行かれる」と思ったそうだ。
日本政府が踊らされ、本来なら裏を取って取材すべき日本のメディアが誤報を流しまくったのが今回の誘拐事件だ。
幸か不幸か多くの日本人はそのことに関心を持たなかったのでメディアが責められることも、ましてや日本政府が責められる事もなかった。
アフガニスタンへの民政支援は継続されるはず。僕はアフガニスタンが大好きだが、政府中枢も腐敗している現状で5000億円ものお金が民の為に使われるとは思えない。
二国間の関係維持の為にはその方が都合が良いのかもしれない。
僕が筆無精ですぐにブログに書かなかったのが良くないが、ブログへの関心も急速に少なくなってきている。
年が明ける頃には日本人ジャーナリストが誘拐され、5ヶ月間も幽閉生活を送った事も人々の記憶から消えていくだろう。
僕個人としては今回の事件をきっかけに、改めて日本のマスコミと政府の酷さを実感してしまった。
これで良いのだろうか?このままで良いのだろうか?

常岡さんの誘拐事件に関して書くのも今回が最後だろう。
前回の日記から間があいてしまった。
この期間、色々と調べたりインタビューをしたりしたが、一番驚いたのは「あの誘拐された人ってどうなったの?」と未だに聞かれたりすること。
誘拐されたときに比べ、解放された時のニュースが少なすぎたのが原因だろう。
常岡さん解放のニュースは日本のマスコミにとって外務省に嫌われてまで流す価値のあるニュースではなかったのだろう。

僕がアフガニスタンからパキスタンに帰ってきたとき、誘拐の第一報が入った。
僕は国民の義務として?外務省とカブールの日本大使館に連絡した。
長年アフガニスタンに関わってきたので続々と情報が入ってきていた。電話代も滞在費もかかるので大使館に
「協力して一緒に情報収集しましょう」と言ったら。「もう日本に帰国してもらって良いです」と言われてしまった。
内庁の反応も同じだった。
そのくせ、言葉は悪いが、そのくせ外務省はパキスタンに滞在中の各新聞社やNHKに電話して「どんな情報でも良いから教えてください」とお願いした。
僕から出た情報がNHKや朝日新聞に伝わり、そこから外務省に伝わっていった。
まあ、外務省としてはフリージャーナリストの情報など信用できないということだろう。
しかも、誘拐された事実と誘拐されたときの状況を説明しても、タリバンとつるんでいる常岡さんは誘拐されたのではない。との見解も持ち続けられた。
今回事件で日本の大手マスコミはどれ程の誤報を流しただろうか。
タリバンの犯行はあり得ないですよ。と僕が力説してもタリバンの犯行と報道したメディアがいくつもあった。
聞いてみると、誤報でもいいんですよ!日本の政府筋からの情報であれば。と答えられた。
常岡さんが解放されて事実が判明したが、日本大使館はアフガニスタン政府から間違った情報ばかりを受け取っていたそうだ。
そして常岡さんが解放され、誘拐犯がアフガニスタン政府と関係をもつ武装勢力だと分かった後でもアフガニスタン政府は日本にタリバンの犯行だと言い張ったらしい。
解放が決まり、常岡さんがアフガニスタン政府のお迎えの車に乗ったとき、政府側の人間が武装勢力の人と久しそうに電話で話しているのを聞いたらしい。その時、「解放されるのじゃなくてまた違う所に連れて行かれる」と思ったそうだ。
日本政府が踊らされ、本来なら裏を取って取材すべき日本のメディアが誤報を流しまくったのが今回の誘拐事件だ。
幸か不幸か多くの日本人はそのことに関心を持たなかったのでメディアが責められることも、ましてや日本政府が責められる事もなかった。
アフガニスタンへの民政支援は継続されるはず。僕はアフガニスタンが大好きだが、政府中枢も腐敗している現状で5000億円ものお金が民の為に使われるとは思えない。
二国間の関係維持の為にはその方が都合が良いのかもしれない。
僕が筆無精ですぐにブログに書かなかったのが良くないが、ブログへの関心も急速に少なくなってきている。
年が明ける頃には日本人ジャーナリストが誘拐され、5ヶ月間も幽閉生活を送った事も人々の記憶から消えていくだろう。
僕個人としては今回の事件をきっかけに、改めて日本のマスコミと政府の酷さを実感してしまった。
これで良いのだろうか?このままで良いのだろうか?
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5ヶ月間待ちわびた再会。

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常岡さんの帰国、外務省の対応編パート2

2010年10月22日 23:44

常岡さんの誘拐事件に関して書くのも今回が最後だろう。
前回の日記から間があいてしまった。
この期間、色々と調べたりインタビューをしたりしたが、一番驚いたのは「あの誘拐された人ってどうなったの?」と未だに聞かれたりすること。
誘拐されたときに比べ、解放された時のニュースが少なすぎたのが原因だろう。
常岡さん解放のニュースは日本のマスコミにとって外務省に嫌われてまで流す価値のあるニュースではなかったのだろう。

僕がアフガニスタンからパキスタンに帰ってきたとき、誘拐の第一報が入った。
僕は国民の義務として?外務省とカブールの日本大使館に連絡した。
長年アフガニスタンに関わってきたので続々と情報が入ってきていた。電話代も滞在費もかかるので大使館に
「協力して一緒に情報収集しましょう」と言ったら。「もう日本に帰国してもらって良いです」と言われてしまった。
内庁の反応も同じだった。
そのくせ、言葉は悪いが、そのくせ外務省はパキスタンに滞在中の各新聞社やNHKに電話して「どんな情報でも良いから教えてください」とお願いした。
僕から出た情報がNHKや朝日新聞に伝わり、そこから外務省に伝わっていった。
まあ、外務省としてはフリージャーナリストの情報など信用できないということだろう。
しかも、誘拐された事実と誘拐されたときの状況を説明しても、タリバンとつるんでいる常岡さんは誘拐されたのではない。との見解も持ち続けられた。
今回事件で日本の大手マスコミはどれ程の誤報を流しただろうか。
タリバンの犯行はあり得ないですよ。と僕が力説してもタリバンの犯行と報道したメディアがいくつもあった。
聞いてみると、誤報でもいいんですよ!日本の政府筋からの情報であれば。と答えられた。
常岡さんが解放されて事実が判明したが、日本大使館はアフガニスタン政府から間違った情報ばかりを受け取っていたそうだ。
そして常岡さんが解放され、誘拐犯がアフガニスタン政府と関係をもつ武装勢力だと分かった後でもアフガニスタン政府は日本にタリバンの犯行だと言い張ったらしい。
解放が決まり、常岡さんがアフガニスタン政府のお迎えの車に乗ったとき、政府側の人間が武装勢力の人と久しそうに電話で話しているのを聞いたらしい。その時、「解放されるのじゃなくてまた違う所に連れて行かれる」と思ったそうだ。
日本政府が踊らされ、本来なら裏を取って取材すべき日本のメディアが誤報を流しまくったのが今回の誘拐事件だ。
幸か不幸か多くの日本人はそのことに関心を持たなかったのでメディアが責められることも、ましてや日本政府が責められる事もなかった。
アフガニスタンへの民政支援は継続されるはず。僕はアフガニスタンが大好きだが、政府中枢も腐敗している現状で5000億円ものお金が民の為に使われるとは思えない。
二国間の関係維持の為にはその方が都合が良いのかもしれない。
僕が筆無精ですぐにブログに書かなかったのが良くないが、ブログへの関心も急速に少なくなってきている。
年が明ける頃には日本人ジャーナリストが誘拐され、5ヶ月間も幽閉生活を送った事も人々の記憶から消えていくだろう。
僕個人としては今回の事件をきっかけに、改めて日本のマスコミと政府の酷さを実感してしまった。
これで良いのだろうか?このままで良いのだろうか?

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写真展

2010年10月20日 07:44

千葉での写真展もそろろろ折り返し。
毎日、地元の人が訪れてくれるのが嬉しい。
そんな中、広島の友人が写真展会場に来てくれた。
大学生の友人、そしてダーツ仲間がわざわざ電車で来てくれた。
東京からだと電車賃もかなりかかる、そんな中来てくれて、「写真展に来てよかった!」と言ってくれるのがまたまた嬉しい。

しかも、帰りにはおまけがついた。
渋滞を避けるために早く帰りたいと思いつつも、みんなお腹がすいていた。
折角だから千葉らしい海産物が食べられる店にしようよ。と街道沿いの飲食店を探した。
何件かスルーした後、ここにしてみようと止まった店。
入り口までくると、中にお客さんがいる気配がない。「マジここでいい?大当たりか大外れだよ」と僕。
千葉まで来てくれる友人はチャレンジャーが多い。何故か全員一致で行くことに。
ダーツ仲間のよっちんが座るなり「お勧めは何?」とおばさんに聞いた。
意外と人見知りな僕は聞くの苦手だから、有り難い。
おばさんは「今日、偶然入ったゴールデン鯵がお勧めよ」。と教えてくれた。
良く分からないまま、みんなゴールデン鯵を食することに。
出てきた鯵は見た目普通の鯵と変わらないが、身の締まりっぷりが尋常じゃなかった。
帰り際おばさんに聞くと、関鯖や関鯵のような鯵で一年に2~3回しか手に入らない鯵だと。


そんな貴重な鯵を普通の値段で出してくれた。鯵の刺身定食1080円。
遠方から来てくれた友人達には最高のお土産になった。
写真展は24日まで開催。

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戦場カメラマン

2010年10月15日 17:33

戦場カメラマンは渡部陽一君の代名詞になってしまった。

ますます売れっ子に 戦場に行くヒマあるの?
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1374224&media_id=10
と、
ついにミクシーニュースにも登場。
二日前に会ったばかりでも「いや~久保田さんお元気でしたか渡部陽一です」と電話してくる渡部陽一だった。

最近ではモノマネのネタになっているようだが、彼のモノマネを一番にやったのは僕だろう。笑!
彼に会ったとき、彼の話し方でお元気ですか~・・・・。と話したら、
「よく研究してますね~。とてもよく似てます」と言われた。

イラクで一緒だったとき、僕と板倉が銃撃戦に出くわし、その一部始終を撮影して心臓バクバク状態でホテルに帰ってきたとき、「いや~残念でした、僕も是非見たかったです」という変わった感性の持ち主。

最近、あの戦場カメラマンのこと知っている?って聞かれるのがかなり面倒。

僕はこのところ日本で学校関係の撮影のお手伝いをしているが、
子供が「戦場カメラマンです、スカートの中隠し撮りしちゃいますよ」などとふざけている。
渡部陽一君は敵を作らない大らかな性格のいい人。

なのに戦場カメラマンという言葉と共に芸人のとしてのイメージが一人歩きし始めてしまった。
アジアニュースにやってきたとき、「僕はとにかく有名になりたいんです」と板倉に話していた渡部君。誰もが知る存在になれて、目標は達成された。
有名になったことで取材してきた内容も放送されやすくなった。
こんな良い事はない。

唯一困ったのが、戦場カメラマン=面白い事を言う芸人というイメージができあがってしまったこと。
先日、5ヶ月降りに解放された常岡さんもそうだが、最前線で取材して死に直面下経験があるカメラマンは多かれ少なかれ心に消えない傷を負っている。

渡部君はこのままドンドン有名になってほしい。
でも戦場カメラマンという職業の人たちのイメージはどこかで回復したいと思う。
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写真展の様子

2010年10月15日 16:44

千葉での写真展のオープニングは平日にも関わらず多くの人が足を運んでくれた。
市の施設なので管理人のようなおばちゃんがいてくれてお茶を煎れてくれたりする。
そのおばちゃんが誰かに電話して「今やっている写真展はすごく良いから是非きて頂戴、なんかこう胸が熱くなる写真なのよ」と言ってくれていた。
遠隔地なので僕は毎日会場に行くことができないが、主催してくれた友人の報告によると一度来てくれた人の口コミで来てくれる人が多いらしい。
いすみ市でアフガニスタンやイラクの写真展が開催されるのは初めてらしい。
普段なら東京の中心部にあるギャラリーに行かなければ見れない写真を千葉で見てもらえる。地元の高齢者の来場も多いようだ。
友人や先輩からなんで千葉の田舎でやるの。と言われたが、千葉で開催した価値はあったようだ。週末はなんとか会場に顔を出したいと思っている。
ちなみに、今回初めてトライした和紙の大型プリントも好評のようだ。


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写真展スタート

2010年10月13日 09:06

波の音で目覚め、そろそろ写真展会場へ向かう。
多くの人たちの協力で写真展のスタートを切ることができた。

会場の場所がら平日にどれ程の来客があるか分からないが、東京の中心部まで写真展に行く機会がない
地元の人たちがフラっと立ち寄ってくれたらありがたい。

今回は今までにない写真も用意したので、見た人たちの反響が楽しみだ。

写真展は今月24日まで
いすみ市水彩ギャラリーにて開催。

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パソコン・周辺機器リニューアルセール

千葉での写真展

2010年10月07日 05:41

10月13日から千葉県のいすみ市で写真展を開催する。(いすみ市水彩ギャラリー )
21世紀に起きた二つの大きな戦争、アフガニスタンとイラク。
その戦禍の中で生きる人々を中心とした写真展。

写真展の準備の為、テキストを整理していたら、こんなのが出てきた。

2001年のアフガニスタン戦争からはや9年。
難民生活をしていた人たちが母国に帰還している。
しかし、残念な事に未だアフガニスタンの治安は安定せず、帰還民の生活は支援なしでは成立しない状態だ。
日本政府はアフガニスタンに対して「民政支援」をすると表明したが、今行われているには「政」の部分が殆どだ。
どんな支援が必要で、我々は何ができるのか。
それを知ってもらう為にマスコミがニュースにしないアフガニスタンの現状を伝えたい。

なんの為に書いたテキストかは思い出せなかった。
ともあれ、
結局、一番伝える力が大きい現状での大手マスコミの力を使っては伝える事ができなかった。
5000億円もの税金。みんないいのかな~。
年末に向けて写真展、講演が続く。
ほんの一部の人たちでも、知りたいと思う人に現状を伝えていこう。
はよ引退したいと思いつつも、多くの人々の死と悲しみを見てきた僕の使命かも。
この国の人々が耳を貸さなくなったら、その時は引退しよう。

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常岡さんの帰国、外務省の対応編。

2010年10月05日 21:52

解放された常岡さんが帰国し、多くのマスコミが彼を取り囲んだ。
翌日からは常岡さん帰国のニュースがあちこちで流れると思いきや、ストレートニュースで少し扱われただけで、どのテレビ局も常岡さんをスタジオに呼ぶことをしなかった。

9月6日、外務省は突然「退避勧告地域における取材活動について」というメモ(通告)をを記者クラブ加入報道機関(新聞、TV)に出した。その内容を要約すると「カメラマン、およびフリーの契約ジャーナリスト等が、退避勧告地域に入ることに関しては、今後、協力は出来ない」ということだ。

この通告の意味をジャーナリストの上杉氏は記者クラブメディアに対して、暗に常岡さんを使うな(出演させるな)ということを通告した形だ。と解説している。

実際に外務省の思惑は見事にあたり、常岡さん帰国のニュースはテレビから消えていった。

ここで注目したいのは外務省が出した通告の中身。
カメラマン、およびフリーの契約ジャーナリスト等が退避勧告地域に入ることに関して協力できない。
記者クラブに加盟している大手メディアには対象外となっている。
しかも、僕も含め多くのフリージャーナリストは上記の通告を直接聞いていない。
当たり前だが、記者クラブに集まったジャーナリスト?にだけ通告しているから対象者となるフリーは上記の事を知らない。
まったく良く分からない。本末転倒とはこのこと。

常岡さんはチェチェン、ロシア、そして今回と外務省には迷惑をかけている人ではあるが、退避勧告地域での取材に対して外務省から協力してもらったことはないはず。
取材に協力ってどんな事なんだろう。
ビザを取得するために大使館でレターを書いてもらうことも協力なのだろうか。
それも協力の範疇なら僕も協力してもらった経験がある。

しかし取材本体に関して外務省のお世話になることはない。
もし、今回のようにトラブルに遭った場合は前回のブログにあったような「帰国のための渡航書」を発行してもらったりしてお世話にならざるを得ない。
でも、それって税金を払っている日本国民の権利じゃないのだろうか。
人質になってしまった場合の解放への努力はしませんよ。というのなら仕方ないと思える。
今回の事件で外務省、アフガニスタンの日本大使館が解放の為に尽力したのか、結果はNO。
常岡さんが帰国した今、アフガニスタン政府から間違った情報だけをもらっていたと分かってしまった。
続く。


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