ジャーナリストという職業

2010年04月30日 03:09

友人である安田なつきの写真展に顔を出すために新宿へ向かった。
前回、新宿での写真展からすると格段に進歩した写真が見られた。
これからは安田なつきのようなタレント性があってみんなに好かれるジャーナリストの時代かもしれない。

早めに会場を後にするつもりだったが、なんとなく打ち上げの会場に連れて行かれてしまった。
仲間にはめられた。

2010年のアフガニスタン取材で日本の外務省の考え、日本の大手マスコミの考えが分かり、残念なことに日本という国においてフリージャーナリストの必要性に疑問符が付いてしまった。

アフガニスタンに行く前から今回の取材はけじめの取材にしようと決めてはいた。
常岡さんの誘拐というハプニングがあったにも関わらず、アフガニスタン取材結果を出す所はなく命がけの取材にも関わらず借金だけが残った。

ジャーナリストという仕事はもしかしたら天職かと思えるほど好きだ。
しかし、毎回赤字では続けることは不可能だ。
それ故、一番思い入れのあるアフガニスタンを最後の取材地に選んだ。
プロというのはその仕事で食べていける人だと僕は思う。その意味に於いて僕はプロのジャーナリストではない。
僕はいつも大手マスコミの人に「取材費だけ出してくれたらどんな危険な国でも取材に行きますよ」と言っている。
勿論、取材費は出ない。
そして、日本は多額の支援金を投じるアフガニスタンという国の情報さえいらないようだ。
誰になんと言われようと今回経験した恐怖、悲しみ、10年来の友への想いを考えると自分がしてきた事の価値を疑ってしまう。

毎日新聞のIさんは「そんあ苦悩するジャーナリストの方が信頼できる」と言ってくれた。
僕がもう表舞台に立つのはイヤだと思っているのを察した仲間達は打ち上げの会場で
「久保田さんが見てきたアフガニスタンの話しをしてほしい」と言ってくれた。
twitterやブログを見てくれている人はアフガニスタンに関心があると思うが、その他多くの人たちはどうなのだろう。
本当に知りたい人に伝えられたら良いと思う僕に、け~たろ~が「僕が会場をなんとかしますからやってくださいよ」と眼鏡の奥から熱い眼差しで、しかも大きな声で言ってくる。
安田なつきが主人公なはずなのに。。。やられた。
しかも安田なつきが「久保田さんの言葉がなかったら私は写真をやめていたし、今回の写真展もできなかった」などと大げさな事を言ってくる。

そんなわけで、東京で近々アフガニスタンの取材結果を皆さんにお伝えすると思います。

莫大な額になった国際電話代は友人がお金を貸してくれて払う事ができました。
ブログを見て写真集やDVDを買ってくれた人たちに感謝です。
もう少しだけ頑張ります。

久保田弘信の作品ショップ








スポンサーサイト

アフガニスタンの報道。

2010年04月27日 18:19

ブログやtwitterを見ていると日本の人たちはアフガニスタンに関心があるように思えるのだが、
それは一部の人たちなのだろうか。

常岡さんが拉致され、最後まで一緒にいた僕が帰国してもテレビ局は最新情報を報道しようとしなかった。
常岡さんがマドラサで講演している映像もある。
彼は長崎出身で、日本の戦争そして戦後の事を話し、イスラムの兄弟同士が争っていてはいけないと話した。
デオバンド
常岡さんが講演したマドラサ

常岡さんがどんな人物か知ってもらう為にも是非流して欲しい映像なのだが。。。
テレビ局の人は「誘拐から一ヶ月とか、何かのタイミングじゃないとやりずらいですね~」と言った。
誘拐から一ヶ月って、ゴールデンウイークじゃん。
ゴールデンウイークに暗いニュースは・・ってお蔵入りしていく可能性が高いと思う。

政界のドタバタニュースがあるからアフガニスタンのニュースが隅に追いやられるのも分からないでもないが。
これほど海外に盲目でよいのだろうか。

僕も常岡さんもそうだが、ハイリスクローリターン。時折ハイリスクノーリターンで報道の仕事をしている。
今回のアフガニスタン取材の為に僕は愛着のあるカメラを手放した。
それでも結果が出せれば良い。
未だに雑誌もテレビにも発表できずにいる。

し、しかも!
パキスタンと日本からアフガニスタンとやりとりをしていた国際電話代が予想より一桁多かった。
スカイプからアフガニスタン人の携帯に電話していたりしたのだが。。。それも結構な額だった。
毎晩のようにアフガニスタン人からのワンコールに折り返していたから・・・。

常岡さんだから一生懸命連絡を取り合ったのだが、お金をかけて得た情報を各報道機関がタダで僕から持って行った。

今回の取材、色々な人がカンパしてくれたりして助かった。
協力して下さった人たちにこの場をかりてお礼を。
ありがとうございました!

情けない話ですが、国際電話代ちょー大変です。
カンパは申しわけないと思ってしまいますので、良かったら写真集はDVDの購入で助けてやって下さい。
ブログにこんな事書かなきゃならない日本ではフリージャーナリストは存続できない。

販売サイト。特にアフガニスタンのDVDは見て頂きたい一品です。
久保田弘信の作品ショップ

帰還民

2010年04月26日 15:38

パキスタン国内にあるアフガニスタン人のための難民キャンプが閉鎖された。
長年パキスタンで暮らしていた難民の人たちは行き場を失い、祖国へ帰還を始めた。

難民生活が長かった人たちは帰るべき家をなくしてしまっているケースも多い。
UNHCRが彼らの帰還をサポートする。
ジャララバードとカブールに設けられた登録所に難民の家族がやってきて、アフガニスタン国内で生活するためのレクチャーを受ける。
当座の生活費、健康診断、予防接種等をサポートしてもらう。

親がレクチャーを受けている間泣きやまない子供がいた。
母親も色々やることがあり困っていた。
取りあえずあやしてあげようと思ったらだっこになってしまい離れなくなってしまった。
DSC00174.jpg
母親が迷惑になるからこっちに来なさいと言っても僕から離れない子供

一通りのシーンは撮影した後だったので子供を抱き続ける事にした。
あ!このシーン撮影したい。と思って子供を降ろそうとすると子供は泣き出す。
結局、この家族の父親が帰ってくるまで子供は僕から離れなかった。

シリアにあったイラク難民の登録所では子供をあやす為のスタッフがいた。

アフガニスタン国内の治安は最悪の状態を迎えつつある。
それでも帰還しなければならない人がまだ沢山いる。
民政支援をすると明言した日本が出来ることは沢山あると思う。
IMG_4913.jpg
ポリオワクチンをもらう子供

久保田弘信の作品ショップ








岐阜の田舎

2010年04月24日 21:36

足のマッサージが良いと連れていかれた場所。
何故かお母さん方が沢山いて、子供と畑を耕し始めた。
1470002535_196s.jpg

マイマクの菜穂ママ邸もそいだか、岐阜には保育所より保育所らしい家がある。

お母さんの一人が子供を抱きながら、「私の事分かりますか?」って分かんないよ。

まわりのお母さん方は「あーひどい!」って。そんなこと言われたって分からないよ。
なんと!彼女は僕の教育実習時代の教え子だった。
今や二児の母、時の流れの早さに驚く。

そして、偶然再会してしまう縁にも驚く。


久保田弘信の作品ショップ







国連の問題。

2010年04月24日 11:52

過去に書いた日記、twitterの反響が大きかったので改めて正確な情報を。
過去の日記

この時、ナンを取り上げてしまったのは国連の職員ではありません。
国連が雇ったセキュリティーの人間です。
国連の職員が注意しないのか?というコメントがありました。

この時現場に行ったスタッフは2人。しかもインターナショナルスタッフではなくアフガニスタン人のローカルスタッフ。
インターナショナルスタッフが見ていたら間違いなく注意するところだと思います。

しかも、この時2人のスタッフは生活に困窮する帰還民の人たちに取り囲まれ、自分たちの仕事で精一杯。

カブールに限らず、ジャララバードの事務所もたった3人のインターナショナルスタッフが40~50人近いローカルスタッフをコントロールしている。人員不足が否めない。

特に難民を扱う国連組織ではインターナショナルスタッフの存在は大きい。
僕が同行したとき、日本のジャーナリストだから警戒心もなく「この地域に援助するから賄賂を・・」という話しをしているスタッフを見たこともある。
治安の事やその他の仕事の事を考えるとインターナショナルスタッフが現場に赴く回数が少なくなるのは仕方ないかもしれない。
少ない財源でできるだけ多くの人を助けるためには不正を許してはいけないと思う。

注)ローカルスタッフの殆どは祖国の事を考え献身的に働いています。

久保田弘信の作品ショップ







誕生日2

2010年04月22日 17:25

今年はアフガニスタンから帰国した直後なのが原因か、珍しく実家でもケーキが出てきた。
そりゃ、4月に東京で雪も降るわな。
写真hiro

ローズ写真

実家のモップ犬ローズと。

くぼっちゃまくんだけいいな~って声が聞こえてきそうだが、あの人は心底人を羨む事がない人だし、心配で暗い顔している僕を望む人ではないから。
一足先に帰国した僕は日本を満喫させてもらうよ。

久保田弘信の作品ショップ



田原市での講演、誕生日。

2010年04月19日 21:34

昨年に引き続き田原市で講演をした。
先日の名古屋での講演と比較すると人口比で考えたら田原市での参加者は非常に多かったと思う。
これは内容の問題ではなく、主催者の想いが大きい気がする。

そして、明日は僕の誕生日。
恥ずかしいが、会場でケーキをもらってしまった。
バースディー

このケーキすごいのはちゃんと年齢が書いてある。
ケーキ

講演会場ではカンパをくれた人もいた。
本来の報道ではなくここで赤字を減らすのもどうかと思うが、ともあれありがたい。
そして、運良くまた誕生日を迎えられた事に感謝する。

久保田弘信の作品ショップ




常岡氏とアフガニスタンで

2010年04月19日 05:55

僕と常さんを出会わせてくれたアフガニスタン。
10数年の時を経て僕たちはアフガニスタンで会うことができた。
一足先にジャララバードの取材を終え、誘拐の恐怖に怯えながらようやくたどり着いたカブール。

常さんはホテルのロビーで僕を迎えてくれた。
その夜、みんなで食事をした。
しばらくカブールで一緒に過ごせるかと思いきや、「明日ジャララバードへ行くんですが、久保田さんも一緒にどうですか?」冗談じゃない。せっかくカブールに逃げのびてきたのに、もう寝苦しいジャララバードには行きたくないよ。
と僕。

折角アフガニスタンで出会えたのに一日だけじゃ寂しい気もしたが、それぞれ取材の目的もあるので仕方ないと諦める。
常さんがジャララバードに着いたその夕方、「こっちで大きなパーティーがあり、カブールからアフガニスタンの友人が来るので一緒に来ませんか?」と誘いが来た。
会ったこともないアフガニスタン人と夜のドライブでジャララバードに向かう?
危険度が高すぎると思った。

でも何故か僕は「わかった、行くよ!」と答えていた。
正直怖かったし、折角カブールに戻って来れたのにという思いがあった。
アフガニスタンの人たちと出会えるパーティ、危険、僕は縁と運を信じる事にした。

ジャララバード郊外、クナール川の畔で常さんと2ショットの写真を撮った。
tune04.jpg
なんでこんなポーズをしたかったのか常岡さんに聞かなきゃ。転載厳禁。

共同通信のHさんが僕に電話をくれて。
常岡さんの写真があったら提供して下さい。ちゃんと儲けて下さい。常岡さんが無事に帰ってきたら美味しい物ご馳走したら良いし、最悪の事態になったら花代にしたら良いと。
もし、俺に何かあったらその時は俺の写真で儲けてくれたら良い。とHさん。
最前線を経験したことがある人の言葉だと思う。

アフガニスタンからメールが毎日のように入ってくるが、未だ拉致したグループさえ分からない。
でも、不思議な事に現地の友人達は楽観的で「常岡解放の時には盛大なセレモニーをするからhiroもアフガニスタンに来てくれよ」なんてメールが来る。

今まで一ヶ月の平均アクセスが4~5万件だった僕のブログ。
今回の事で4月の半ばで10万アクセスを越えてしまった。
僕は金銭的には何も得しないけど、大手マスコミで伝えられない事がここで伝えられる。
常さんが帰ってきたら彼の大好きな回転寿司をおごってあげよう!

久保田弘信の作品ショップ
絶版のイラク写真集販売中








2010年04月18日 17:55

アフガニスタン。
2010年お気に入りの一枚。
AFG_0877.jpg

過去13年でもっとも治安が悪いと感じた今回のアフガニスタン。
そんな中でも素敵な笑顔に出会えるのがアフガニスタン。

久保田弘信の作品ショップ






アフガニスタンの問題

2010年04月15日 22:11

アフガニスタンで某国連組織の取材をした。
国連だけあってフィールドに出るときはセキュリティーのエスコートがある。

地元の子供達と遊んであげたりする良い人もいる。
IMG_5086.jpg

一人少女がのナンを抱えて急な坂道を登ってきた。
地元の人たちが窮状を国連スタッフに訴えていた。
少女は足を止め物珍しそうに眺めていた。
AFG_0886_20100415220517.jpg

一人のセキュリティーが少女のナンを取り上げ、半分ちぎりみんなで食べてしまった。
少女は涙目で残りのナンを抱え現場を後にした。
少女は家族にどう報告するのだろう。
家族はどう思うのだろう。
こういう些細な悪事が国連組織さえテロのターゲットにしてしまう。

久保田弘信の作品ショップ






首都カブール

2010年04月14日 03:18

首都カブールの井戸。
水飲み場に人々が集まる。
若い女性がブルカなしで歩く姿も見られるようになったが、未だにブルカ姿の人も多い。
kb.jpg

戦後カブールは過密都市となってきた。
AFG_0810.jpg


久保田弘信の作品ショップ




お世話になった靴

2010年04月11日 03:28

昨年に買った靴。
shose.jpg

12月友人の結婚式に出席するために香港に行ったとき右の靴紐が切れた。
僕は知るすべもなかったがその時、その時日本では祖母が天国に行った。
香港ではタクシーの中にカメラバックを置き忘れるミスを犯したが奇跡的に鞄は僕の所に戻ってきた。
靴紐が切れるなんて不幸だと思ったが、友人は僕の身代わりに切れてくれたんだと言ってくれた。

貧乏な僕は新しい靴を買うこともできず、無理矢理結んだ靴紐のまま今回のアフガニスタンにも同じ靴を履いていった。

アフガニスタンを取材中、今度は左の靴紐が切れた。
不幸を象徴するかのように怪しい警察官に捕まり、タクシーから飛び降りたときに左足の親指を骨折してしまった。

共に窮地から僕を救ってくれた幸運の靴かもしれない。
しかし、その靴もついに破れはじめてきた。
今回の取材でお役目を終える事となりそうだ。
短い間だけど、僕と共に歩んでくれた靴に感謝。
どうしよう?現役引退とはいえ捨てがたい。

久保田弘信の作品ショップ







アフガニスタンからの情報

2010年04月09日 11:09

パキスタンにいる時が一番情報が入りやすかった。
イラク戦戦争の時もそうだったが、当事国に入ってしまうと意外と情報は入りづらかったりする。

今回の事件にタリバンが関与しているかどうかは未だに分からないが、タリバンが関与しているとしたら、
情報はますますパキスタンに集中する。
日本人はタリバン=アルカイダ=テロ組織と誤解している人も多いと思う。

9・11以前にアフガニスタン全土を掌握したタリバンと現在あちこちでテロまがいの行動を起こしているタリバンは必ずしも同一ではない。
便宜上、僕はオリジナルタリバンと言っていて、現地のアフガニスタン人もよく理解してくれている。
オリジナルタリバンは誘拐、自爆テロを認めていない。
にもかかわらず、オリジナルタリバンの影響下にあるグループが誘拐をしてしまったりして、
オマル氏が「誘拐はしてはいけない」と声明を発表してる。

アフガニスタン戦争後、新たにパキスタンタリバン、アメリカタリバン(共に通称)などの新たなグループが発生し、オリジナルタリバンとは違った行動をし始めている。
オリジナルタリバンのトップクラスは殆どがパキスタン領内に潜伏している。
パキスタンに情報が集中するのもうなずける。
ダイレクトに情報を得られるのはありがたいが、直接出会いたくないタリバン関係者が接触してきてしまったので
日本への帰国を決めた。

日本に来たら情報が減ってしまうと思ったが、少なくとも3つの情報源からの情報が入ってくる。
残念ながら事件の進展性を示す情報は皆無。
帰国後も番号通知不可の携帯に出る、英文のメールを読毎日が続いている。
今回の事件の情報が入ってくるのは僕ともう一人の日本人の所。
僕一人でないのが唯一の救いだが、人命に関わる情報を毎日のように受け取るのは胃が痛い作業だ。

久保田弘信の作品ショップ



帰国のお知らせ。

2010年04月08日 04:01

足の親指を一本骨折しましたが、無事帰国しました。
みなさん、ご心配おかけしました。
骨折に気がついたのは昨日、つくづくアドレナリンのすごさを実感しています。

帰国と同時に発熱。
成田から帰宅することもできず、友人にむかえに来てもらいました。
なのに直接赤坂にあるテレビ局へ行き、現状を話す。
某番組のスタッフが今回の事件に対する外務省の反応について色々聞いてくれた。
明日、ってかもう今日ですが、朝のニュースで僕のインタビューが使われる予定です。

さて、それとは別に。。
いつも帰国したときに感じる寂しさ。
アフガニスタンやパキスタンにいると身の危険はあるものの常に誰かが助けてくれる。
以外と日本に帰ってきた時の方が一人ぼっちだったりする。
日本人はみんな忙しい。仕事や家庭があり、僕が歩けない状態でも助けてくれる人は少ない。

ともあれ、まずは帰国のご報告です。
日本のマスコミはすでに常岡さんの事件に関して収束の方向に向かっているのを感じビックリした。
事件に進展がなければ、日本人が一人誘拐されてしまったことが報道されず忘れられていくのだろうか。
報道を自粛するべき時に争うように不確かな情報をはい出したマスコミ。
最後まで常岡さんと一緒にいた僕が帰国したら、今だから話せること、話したい事が沢山あるのだが。。。
帰国が遅すぎたかもしれない。

大手のマスコミがどうであろうと、このブログでは現地から入ってくる情報をできるだけアップしていくと事を
お約束します。
我が友の為に。

取り急ぎ帰国のご報告まで。
久保田弘信拝

久保田弘信の作品ショップ


Twitterの力

2010年04月06日 03:05

今回ツイッターの可能性を思い知った。
カブールで拉致されそうになったとき、誰か一人にメールするよりツイッターで多くの人に知ってもらった方が得だと判断してツイッターを使った。

解放後、ツイッターを見るとビックリするほど多くの人が見ていてくれた。

速報性、浸透性を考えると次世代のメディアになりうると思う。

アジーズ再び

2010年04月05日 17:20

昨晩、友人のアジーズから電話がかかってきた。
「hiro,なんで日本人が誘拐されたことを俺に相談してこなかったんだ」と怒られてしまった。

アジーズは今日、わざわざイスラマバードまで僕に会いに来る。
昨晩だけで3人のアフガニスタン人から僕に電話があった。

アジーズの従兄弟は2008年Rさんはアジーズがペシャワールに戻った後、僕の面倒を見てくれた人。
しかし、2008年の終わり頃から家族を養うためにタリバンで働いているらしい。
誘拐や爆弾事件の実行犯にはなっていないが、外国人の存在を通報したり爆弾の素材を運んだりしているそうだ。
お金の為にタリバンに就職する人が増えている。

これを引用するマスコミの人はちゃんと僕のクレジット入れてくださいよ。
ブログを読んでくれた人が証人ですから。

Rさんに聞けば詳しい情報が入るから、Rさんもイスラマバードに連れて行こうか?とアジーズ。
冗談じゃない。今やイスラマバードだからって安心できない。
アジーズ、お前だけ来てくれたら良いからと断る。

各社、この件に関してストリンガーを使って一生懸命情報を集めている。
どれも噂レベルで裏が取れた情報はない。
にも関わらず、どんどん情報が日本に入っていく。
日本のマスコミは情報が錯綜してますね~!とコメントするのだろうが。
タリバン内部からの情報がない限り、情報は錯綜して当たり前だと思う。
アジーズやタリバン関係者から「○○コマンダーが拉致したようだ」という情報が入ってくるが、とても報道媒体に発表する勇気はない。
時事通信がすでに交渉の段階に入ったと速報を流した。
大手は勇気がある。僕の所にも情報は入ってきていたが、もし誤報だったら常岡さんの家族、友人をぬか喜びさせることになってしまうため、とてもじゃないけど公表できなかった。

今の僕はジャーナリストと言う面では失格かもしれない、が人の命がかかったことを迂闊に流せない。
時事通信の情報が正しいことを祈りたい。

久保田弘信の作品ショップ

常岡さんの人柄2

2010年04月05日 05:09

常岡さんには色々な事を教わった。
僕はツイッターの存在さえ知らなかったが、「ツイッターを使って現地シムをアクティベートしておけば携帯で
写真を撮ってその場でアップロード出来ちゃうんですよ。その後に携帯やカメラを取り上げられてしまっても
情報はネット上に上がっちゃっているんです」。民主化運動なんかの取材にはかなり有効ですよと教えてくれた。

マジー。どうやってやるの~?
何も知らない僕のI phone を一生懸命設定してくれる常さん。
その間,僕は常さんの娘カンダタミと遊んでいる。
カンダタミ
常岡さんの娘カンダタミ

常岡さんはアフガニスタンが大好き。僕と一緒で日本にいるときより生き生きしている。
その常さんが、「カンダタミに会いたいな~」と僕に言った。
大丈夫、僕が先に帰ってカンダタミと遊んであげるから。僕の方が帰国が早い予定だった。

僕にもチョビという娘がいた。我が家は父子家庭だった。お父さん役の僕がチョビを育てていた。
何故か常さん家は母子家庭。分かります?常さんはお母さんなんです。

ちょうどアフガニスタン戦争の頃、幼いチョビを友人に預けて戦場に向かうのが辛かった。
故に常さんの気持ちは良く分かる。

僕がもうジャーナリスト引退して結婚したいな~っていうと。
「久保田さん言っているだけじゃないですか。あちこちの女性を泣かせて・・!」といつも同じ事を言う。
フラれて泣かされているのは僕なんだけど。全然認めてくれなかった。

ジャーナリスト人生に迷った僕が常さんに「常さんの最終目的ってなに?名前を売りたい訳じゃないし、お金に執着もないし・・」と真面目に聞いたのに。僕にはカンダタミがいるから!ってまともに答えてくれなかった。
ウソをつくとすぐ赤面し瞬きが多くなる。照れ屋な男だと思う。

今日、常岡さんと僕の共通の友人からメールが来た。

以前、私が常岡さんに「常岡さんって本当に久保田さん好きだよね。」と言ったら
「うん、だってくぼっちゃまくん、面白いんだもん。単純で。」
って凄く嬉しそうに話してたのを覚えてます。(あれは良い笑顔だったな~。)
その位、常岡さんの話には沢山、久保田さんが登場するんです。愛し合ってるな~と感じます。

こら!僕のどこが単純だよ。自分の方が単純なくせに。
常岡さんの話にそんなに僕が登場してるなんて知らなかった。
10年もの付き合いになるのに、会わないときは一年以上もご無沙汰だったり。

でも、同業者として腹を割って話せる珍しい友人だ。
カブールで「そろそろアフガニスタンの本書いたら良いじゃん」って僕がいうと。
久保田さんはずっと取材しつづけているけと、僕は2009年から取材を再開したばかりだから、まだ書けないですよ。と言っていた。
一度言っただけでその国の事をあたかも知ったかのように話したり、いい加減は本を書くジャーナリストには常岡さんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
もう、十分な体験しただろうから早くでてきて本を書いて大もうけして新宿のジンギスカン奢ってくれ。
あ、その前に、誰が単純で面白いって?とクレームつけてやる。

久保田弘信の作品ショップ



常岡さんの人柄

2010年04月04日 14:47

大手メディアのインタビューで常岡さんはどんな人柄でしたか?と何度も聞かれた。
その部分がON AIRに使われたかどうかは僕には分からないが。
過去に書いた日記だが、改めて。

10年になる。
1人のジャーナリストが僕のホームページを見てコンタクトしてきたのは。
同業者からのコンタクトは初めてだったのでビックリした。

彼は最近のアフガニスタンの事を教えて欲しいと言ってきて、
新宿で会い、アフガニスタンの話をした。

彼は日本人としては珍しく僕より以前からアフガニスタンを取材しているに、そんなことは何一つ言わなかった。
常岡さんは通信機器にとても詳しく、僕にI phoneを勧めてくれたのも彼だ。
香港でシムフリーのI phone を買い、日本で買ったI phone を売るときも常岡さんが自身のHPで購入者を捜してくれた。
手間かけたし、ヤフーオークションに出したら手数料がかかったんだからその分ペイバックするよ。と僕がいうと
彼は「商売でやっている訳じゃないからいらないですよ」と。本当に欲のない男だ。

日本では同業者としてより友人として付き合いがあり、10年の歳月を経て僕らを出会わせてくれたアフガニスタンで会うことができた。

たった一日しか一緒にいられなかったが、常岡さんと味丸、そして中田教授とのランチ、ディナーは楽しかった。
味丸は声しか聞いた事がなく、どんな人かと想像ばかりが膨らんでいたが、
ユーモアのあるとてもフレンドリーな人だった。

アジマールが常岡さんの事をMr.あのう!って呼んでいたのがとても面白かった。
常岡さんが、何か答える前にあのう!と言うので覚えてしまったようだ。

イラクの時もそうだったが、僕と常岡さんは取材対象がバッティングしない。
僕は難民、常岡さんはアフガニスタンの政治の中心にいる人達の取材をしている。
我々の取材結果が日本のメディアに流れる事を祈る。

久保田弘信の作品ショップ





外務省領事局邦人テロ対策室

2010年04月04日 04:08

アフガニスタンの友人とようやくコンタクトが取れ、日本大使館に誘拐事件の状況を説明してくれるようにお願いできた。
カブールにある日本大使館の人は丁寧にお礼を言ってくれ、僕のブログを読んでくれたらしく、日本からの連絡で邦人保護課が怒っていると聞いた。「しゃべりすぎだ」と。http://kubotahironobu.blog53.fc2.com/page-1.html
に対して大使館員としては珍しく平謝りに謝ってくれた。

今回の事件の詳細を知るアフガニスタン人がコンタクトを許しているのは僕ともう一人の日本人だけだ。
パキスタンからアフガニスタンへ電話するため電話代も相当な額になる。

それに僕一人でこの重大な任務を背負うのは責任が重すぎるし、その道の専門家である外務省領事局邦人テロ対策室にハンドオーバーもしくは協力して情報収集にあたりたいと思った。

日本に国際電話をかける余力もないため、日本のアジアニュースから邦人テロ対策室に電話を入れてもらった。
こちらの意図を伝える前に「もう、(久保田さんは)帰国されてもいいんじゃないですかね?」と言われてしまったそうだ。

外務省領事局邦人テロ対策室は特別なチャンネルがあり、僕のような一般人の力をかりなくても事件解決が出来るのかと思い、情報を収集してみると、こちらにいる大手メディアに電話して何か良いチャンネルがないか聞いているそうだ。

久保田弘信の作品ショップ








アフガニスタンの友人からのメッセージ

2010年04月03日 20:16

常岡さんと僕の共通の友人と連絡が取れた。

彼の言葉をそのまま伝える
「日本のメディアは一体何を考えているんだ、あれほど水面下で交渉しようと言ったのに。シャミル(常岡さん)を殺したいのか」。

どうも、日本の政治記者が情報をかぎつけたらしい。すなわち政治家が情報をリークしたんだと思う。
「誰だその政治家は。俺が文句いってやる」

日本のテレビ局がぞくぞくカブールに向かっているんだよ。

「バカじゃないのか。日本のメディアが動けば動くほど俺たちの兄弟であるシャミルが危険になるのがわからないのか?」「日本のメディアの連中に伝えてくれ、アフガニスタンを荒らすな?犯人側が危険を感じたらシャミルは殺されてしまう」。

以上僕と友人の会話です。
報道の重要性はジャーナリストである僕自身が理解できる。
人命と報道。
勿論、人命を尊重すべきだ。



クンドゥスで同士討ち

2010年04月03日 19:25

クンドゥスでISAFのドイツ軍が味方であるアフガニスタン国軍に過って発砲。
5人のアフガニスタン兵士を殺してしまった。by アルジャジーラ
クンドゥスの治安の悪さを象徴する事件だ。

この事が外国人に対する悪いイメージをもたらさない事を祈るばかりだ。

久保田弘信の作品ショップ



速報!

2010年04月03日 18:18

速報。アルジャジーラが日本人ジャーナリストがクンドゥスで誘拐されたと報道。

海外テレビが今回の事件を報道したのははじめて。

情報ソースが気になる。
もし、ソースが日本からでなくアフガニスタン側からであるとすると事件の進展性が考えられる。


久保田弘信の作品ショップ



常岡さんに関する情報。

2010年04月03日 16:35

常岡さん誘拐事件に関する情報があちこちから漏れはじめている。
常岡さんがどこで誘拐されたのか?具体的な地名。誰と一緒にいたのかなどの情報がもれはじめていいる。

誰が情報をリークしているのか。
常岡さんが誘拐されたらしい。という第一報は政治記者がつかんだらしい。
と、いうことはどこかの政治家がマスコミに情報をリークしたわけだ。

マスコミ、政治家の皆さん。本当に邦人保護、常岡さんの命を大切に思うならスクープをねらったり情報をリークして何か得を考えるのをやめていただきたい。

僕しか知らない情報、外務省の人にしか教えていない情報があちこちから聞こえてくるのは何故?

今日マスコミ各社がカブールに向かっている。
常岡さん程経験があるスタッフが行けば良いのだが、そんな人はいないだろう。

今、カブールに入り、「常岡さんが最後に泊まったホテルはここです」その後の消息が。。。
テレビがやりそうな事は見える。
それを繰り返す事によってアフガニスタン人の日本人に対する感情が悪くなることも意識してほしい。

そして、誘拐された、現場であるアフガニスタンのある地域。
そこに行って取材、インタビューをすることによって犯人側を刺激することだけはやめて下さい。
出来ればアフガニスタンの日本大使館がすべてをコントロールしてほしいです。

アフガニスタン人とコンタクト

2010年04月03日 04:14

僕と常岡さんの共通の友人とようやくコンタクトが取れた。
カブールの日本大使館に誘拐の詳細、そして今後の方針を話してもらうことになった。
これで僕の一番の義務は果たせた。

大手マスコミは何の情報もないカブールに向かうようだ。

さすがに30時間以上寝ていないと辛い。
こんな気持ちで眠れないとは思うがベッドに入る。


久保田弘信の作品ショップ




常岡さんの事件、外務省。

2010年04月02日 17:54

常岡さんが誘拐れてしまったとアフガニスタン人が連絡してきた。
アフガニスタンの人たちは、事を大きくすると常岡さんが危険にさらされるから、大使館、マスコミには当分
表だった動きはして欲しくない。と言ってきた。

とはいえ、僕の所に来た連絡を僕の責任で止める事はできない。
カブールの日本大使館、外務省の邦人保護課に連絡をし、できるだけ水面下で動いてほしいと伝えた。

メールと電話でほぼ眠れずに朝をむかえると、共同電とフジテレビが常岡さんの誘拐事件を報道してしまっていた。
第一報が出てしまえば、各社が動く。メールはどんどん入ってくるし、電話は鳴りやまない。

憶測でものを語られたくないから、常岡さんの最終的な目的地とか誰と一緒にいたとか迷惑になりそうな情報以外を
インタビューで答える。

日本からの連絡で邦人保護課が怒っていると聞いた。「しゃべりすぎだ」と。
親族の事も考えてノーコメントで通してほしいと。
冗談じゃない。昨日の第一報を聞いてから一晩中震えが止まらなかった。
10年以上の付き合いになる常岡さん。僕にとっても親族同様の人だよ。

僕は日本人で一番か二番に常岡さんの誘拐事件を知った。
僕の大切な友人の為に、邦人保護課以外には話していない。
誰だよ!情報をリークしたのは、どうやら政治記者が情報をつかんだらしいが。
僕は大切な友人の事件をネタにしていない。したくもない。
誰だよ!マスコミにネタを提供してしまった人は。

僕にクレームつけるまえに、人命に関わる事なのに最初に情報をリークした人間を責めるべきでしょう。
第一報を流した大手マスコミはクレームの対象にならないのか。
僕や常岡さんのようにフリーのジャーナリストだからか。
今アフガニスタンなんか取材しても赤字になってしまう。それでも伝えるべき事があるから僕たちは動いている。

常岡さん誘拐される。

2010年04月02日 09:31

最悪の事態になってしまった。
常岡さんが何者かに誘拐されてしまった。

これは僕自身、紙一重だっただけに人ごとではない。
日本のニュースはタリバンの犯行だと第一報を流しているがそこでいうタリバンが旧政権を担ったタリバンを示すなら
間違いである。

新たな急進的な勢力が誘拐した可能性はあるが、タリバンの犯行は考えにくい。
なぜなら常岡さんは10年以上の付き合いがある旧タリバンの人間と一緒にいたから。

あまり大事にせず、邦人保護課が水面下で動く筈だったが、共同が出してしまったらしい。
出てしまった以上仕方ない。
できるだけ正しい情報が伝わり、誘拐犯が常岡さんを解放してくれることを祈るだけだ。

キーボードを打つ手が震える。
パキスタンは朝の5時半。
殆ど眠っていない。

久保田弘信の作品ショップ



アフガニスタン取材

2010年04月02日 05:16

今回のアフガニスタン取材は。。とても怖かった。
何度も強運に助けられた。
良く考えたら、ジャララバードで靴紐が切れた。昨年、香港で右が切れ、今回は左が切れた。
この靴は今回で役目を終えるだろう。

今、パキスタンに出てきたが、まだ実感がない。
ホテルにチェックインしてシャワーを浴び、清潔なベッドに横になったが眠る事ができなかった。

アフガニスタンに比べたら格段に平和なパキスタンの首都イスラマバード。
それでも外出する気になれなかった。

あちこちから入ってきたメールを処理しているうちにあっという間に日が暮れた。夜が怖い。
ご飯を食べに行く勇気がなくてホテルですませた。
(パキスタンなのに)

一つ運命の線を辿り間違えたら、僕はここにいなかったと思う。
無事に帰国すると、「行く前大げさに言ってたけど大丈夫だったじゃん」。
って言われる。

そして、万が一の事が起きたときは無謀な取材だったと言われてしまう。
そして、そして、人は忘れていく。

カブールで捕まる。2

2010年04月01日 20:34

警察署に着くと、ちょうど終礼のような事をしていた。
僕を捕まえた若者が「こいつが、撮影していて。。」とわめく。

警察と言ってもみんな防弾チョッキをきて、カラシニコフを持っている。
6人の警察官に囲まれ、地面に座らされる。おい!カラシニコフの銃口で小突くのはよせ!

カメラバッグを開け、中身をチェクする。
いつもならここで冗談を言って解放されるところなのだが、どうも今回は違う。
レンズキャップを外してレンズを触りまくる警察官にDon't touch!と言うと、うるさい!黙っていろ。
と言われてしまった。僕を捕まえた若者は地位が低いらしく一生懸命僕がスパイの可能性があると説明している。

ここでタイミング良く、僕の友人から電話がかかってきた。ラッキー。
まわりは誰も英語が分からないので英語で堂々と状況を説明する。
若者は電話を取り上げさせようとするが、僕が奪い。中ではまともそうな人に手渡して話してくれ!と頼む。
取りあえず、僕が日本人であること、アフガニスタンの大切なお客さんであることを伝えてくれたらしい。
友人はすぐに助けに行くから心配するな!と言ってくれたが、すぐって何分後?

ボディーチェックを受け、所長らしい人の部屋へ連れて行かれる。

下記全部ダリー語の会話。
若者「街中で撮影している怪しい奴をつれてきました・・」みたいな事を報告している。
所長「おまえ、こいつのパスポートを確認したのか?」
若者「はい、見ました。外国人です」
所長は「show me your passport」と英語で。なんだ英語話せるじゃん。
所長「当たり前だ、おれはこの地域で一番えらい警察官だから」
所長「お前は、日本人で。。ビザは一ヶ月だな~」
若者「中国人かもしれません」
黙っていろバカ!と心の中で呟く。
所長「カメラを見せろ!」
ハンディカムを見せるがどうも使い方がよく分からないらしい。スイッチさえ入れられない。
だって、途中で空のバッテリーに変えておいたもん。

所長「OK。ボロー(行け)」と言う。まだ何か言いいたそうな若者を手で制する。
結局捕まえた理由はなんだったんだ!と言いたいが、これ以上留まるのは得策じゃない。
むかつく心を抑え「タシャコール(ありがとう)」と言って部屋を出る。

警察官の冷たい視線に見送られ警察署を出る。
何故か若者がついてくる。こいつ、諦めの悪い奴だ。
「お前があやしいから、ここまで連れてきて、沢山歩いたし時間を損した・・」みたいな事を言ってくる。
ベバフシード マン セファラッテ ジャパン ミリン。すまんな、僕は日本大使館へ行くよ!
と通りがかりのタクシーにを止め、乗り込む。

なんと若者が後ろの席に乗ってきて、ドライバーに「こいつは悪い奴で。。」みたいな事を言っている。
すでに時速20キロ以上だったが、ドアを開け飛び降りる。

夕方でタクシーが多かったのが助かった。次のタクシーを止め、ワジール アクバル ハンへ行ってくれとお願いるす。このしつこい奴を巻くには一度大使館エリア(用のないアフガニスタン人は入れない)に行くのがBest。

ようやくの事で大使館に到着。邦人保護課のHさんもしくは他の日本人スタッフに会わせてくれ。
とお願いする。
Hさんには挨拶にお伺いしますと電話では話していた。

受付のアフガン人にパスポートを持って行かれ、10分、20分経っても動きがない。
せめて待合室に入れてくれれば良いのだが、何故か路上で立って待っている。
ジャララバードでミサイルが発射されたからと僕に電話してきてくれるのはありがたいが、
邦人保護を考えるならまずは建物の中に入れて欲しいものだ。

ようやくHさんが現れ、中にいれてもらったのは30分近く経ってからだった。
ここから先の事は書けません。大使館の規定だそうで、先方はメモを取れるが僕はアフガニスタンの治安状況など聞いたことをメモすることさえできない。

ま、ともあれ、生きているのですべて良しとする。
僕の友人は警察著に怒鳴り込み、所長を謝らせたそうだ。
いかなる理由であれ、日本人に危害を加えたら民主党政権が掲げる民政支援に黄色信号が。。。
点らないか。僕は一般人だから。

久保田弘信の作品ショップ





アフガニスタン、カブールで捕まった!

2010年04月01日 03:36

夕方買い物客で賑わうカブールの様子を撮影していた。
右側から近づいて来る人の気配を感じた時には手首を掴まれた。

早口でまくしたてる。よく分からないが、シークレットとか、ポリスとか、
あまり聞きたくない言葉が混じっている。
軍やセキュリティー関係にカメラを向けて捕まるなら分かるが、マーケットの風景を撮影して捕まるのは分からない。

撮影がダメなら止めるよ!と言うが、この若者,聴く耳もたない。
カード!というので外国人登録証とパスポートを見せる。
本当はクレジットカードでも出してやりたかったが、そんなのが許される雰囲気じゃなかった。

チェックを終えると再び手首を強く掴み僕を連行する。
街の外れの方に向かってどんどん歩く。
コジャー ミリン?(どこへ行くの)と聞いても答えない。

マジ!ヤバイ。
英語分かる僕の友人と話してくれ!と僕。
携帯をポケットにしまえ。と命令される。
どうしよう。頭がフル回転する。

電話がダメならメール。誰に?違う。ツイッターだ。
いち早く多くの人に捕まった事を知らせるにはツイッターが一番よい。
あれこれ話す僕を無視する事に決めたらしい若者の目を盗んでつぶやく。

さて、次は?
私服の若者、本物の警察かどうかだ。
本物ならさして問題ない。賄賂を要求されるくらいで済む。
偽物だったら、これはまずい。警察署以外の家、車に乗せられそうになったら
抵抗しなきゃ。
何度かよろける振りをして体を触ったが拳銃は持っていない。

一キロ近く歩いても止まる気配がない。
これ以上郊外に出たくない。
冗談は通じない相手だと分かったから、真剣な顔で、あなたのカードを見せてよ!と言う。
チッ!って言いながら、ポケットの中からPoliceと書かれたIDを見せてくれた。
それらしく見えるが、いくらでも偽造できるし本物かどうか分からない。

前方から来た二人の友人らしいアフガン人と挨拶を交わす若者。
捕まっているにもかかわらず、僕も挨拶する。
この外国人が、、。少しファルシー分かるから。。と言って何故か途中でパシュトゥー語に変える。
一人が携帯を取りだして電話する。
おいおい、電話するなよ。

二人と分かれ、ますます郊外へ。
そろそろ決断しなきゃ。
幸い、痛い程に手首を掴まれている。
合気道なら余裕で抜けられる。
走って逃げる。⇒×
僕は足が遅い。
本物だった場合は傷害罪だが、逃げる為にはボディブローくらいは仕方ない。
車もしくは建物に入れられそうになったら反撃しよう、と決断。

その前にカメラからメモリーカードを抜きポケットへ。
最悪の場合はカメラを捨てて逃げる。

もう一度携帯を出し、英語話せる友達と話して!
とお願いする。
なんと!若者は僕のiPhoneにツバを吐き掛け、取り上げて自分のポケットに
入れてしまった。おい!自分のツバ服についたぞ!と日本語でいう。

こんな態度の本物警察はアフガニスタンで見たことがない。
今までに何度も捕まったが、みんな紳士的だった。
捕まえたくせにお茶をご馳走してくれた警察や兵士もいたくらいだ。

正直、キレた。これで最悪の状態になったら容赦なくぶちのめせる。

覚悟が決まってすぐ警察署についた。
警察の中に内通者がいたら為す術なしだが、とりあえず半分安心。
続く
ちなみに、僕は解放されています。


久保田弘信の作品ショップ



        



最新記事