牢屋のようなホテル。

2010年03月31日 03:34

長くお世話になった、味丸、シャミル氏と分かれひとりになる。
そして、鉄格子で囲まれたホテルにチェックイン。
周りには政府系の建物があるため、警備は厳重だ。
1449018999_82s.jpg

取材も大詰め。


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カブールのネットカフェより

2010年03月30日 22:48

テキストしかアップできなかったので、ネットカフェで写真をアップしようと思って、
取材で疲れた身体に鞭うってネットカフェにやってきた。

しか~し。ブログのトップページを開くのに3分以上かかる。
パキスタン、タイと日本に帰る前に過去記事に写真をどんどんアップしますので過去の記事を見て下さいね。
カブール山の斜面の家w
カブール山の斜面に建つ家

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夜のチキンストリート。

2010年03月30日 03:17

1449263419_110s.jpg
夜のチキンストリート暗くて怖い。
チキンになっちゃう。昔懐かしい屋台のチキンスープやさんを見つけた。

アフガン戦争の頃、アフガニスタンから逃れて来たアフガン人がパキスタンで屋台をやっていた。
ラーワルピンディーで毎日のように通っていた。

他に食べ物屋さんがやっていない。
ようやく見つけたファーストフードっぽいレストランでチキンを食べた。

帰り道、さすがに怖くて大通りを通って遠回りして帰って来た。
トリプルチキンの日だった。


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Kabul Again!

2010年03月29日 02:48

再びカブールに帰ってくる事ができた。
今回は常岡さんの友人のアフガニスタン人と一緒なので、前回ほど怖くはない。

日本人だと分からない方がいいということで写真の服装のままカブールへ向かう。
hiroはざら

途中渋滞が酷くて車が全然動かない。
狭い車内に座ったままはキツイので、
降りようとしたら、降りちゃいけない!と言われた。

一人でカブールへ向かった時は日本の服装、車から降りて写真まで撮った。
いかに僕が危険な事をしていたかを痛感するとともに、相変わらずの強運に感謝。

今日は本当に渋滞が酷く、カブールまで五時間もかかってしまった。
前回は三時間。これも強運。

ともあれ、一番危険なジャララバードからカブールまでこれた。

取材結果は十分。
こんな時が一番危ない。
勝ち戦では怪我したくないし、死にたくないという守りの気持ちが芽生える。
そんな時は運は逃げていくものだ。

早く取材結果を持ち帰りたい気持ちを抑えて、最後まで取材を続ける。




ジャララバード郊外の村2

2010年03月28日 14:40

お祈りの時間がきて、みんなモスクへ行ってしまい僕は取り残される。
言葉が通じない地元の子供達とたわむれる。
ファルシー分かる子供が来て片言の会話を楽しむ。
こんな状況が言語能力を飛躍的に伸ばす。

お祈りに行ったタリバンの元幹部、お祈りの最中にポケットから
「ゴト!」っとトカレフを落としたそうだ。
モスクからの帰り道、ポケットからトカレフの銃口がのぞいていた。

聖なる領域モスクにまで拳銃を持ちこまなければならないのが
今のアフガニスタンの現状だ。

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ジャララバード郊外の村

2010年03月27日 13:15

ジャララバード郊外の村を訪れた。
ウエディングがあるというので連れて行ってもらったが、
いつもの如くご飯を食べるだけだった。
しかも、今回は普通の家に10人程が集まって
一緒に食事をしただけだった。

食後、庭に出てチャイ。
ふと横を見るとスコープ付きのスナイパーライフルが
置いてあった。
マジ!カラシニコフは何度も見たけどこんなライフルを
見るのは初めてだ。

hiro7.jpg

持たせてもらう。重い。
スコープはかなり高性能。
これが弾だと見せてくれた。
小さな鉛弾。日本にもあり競技用のAIRガンと同じ弾だ。

僕が興味を示していると撃たせてくれた。
小さな石を的にして、あれを撃って見ろ!という。
こうやって構えるんた!と教えてくれる。

釈迦に説法。
スコープがアジャストされているとこを祈りつつ撃つ。
負けず嫌いのアフガニスタン人が、もっと小さい石を的にトライ。
誰も当たらない。僕にトライさせて!と言うのを我慢。
この大きさは当たらないよ、とみんなが諦め、hiroできるか?
と。任せなさい!これで外れたら恥ずかしい。
呼吸を止め、慎重にトリガーを引き絞る。
見事にヒット!
さすがにこれにはアフガニスタン人まビックリ!

早くイスラム教徒になれ!
そしたらオマル氏の元でムジャヒディンとして戦えるぞ!
目の前にはタリバンの元幹部もいる。
まんざら冗談に聞こえないのが怖い。

戦争は嫌いだから。と丁寧にお断わりする。





    

ジャララバードへ

2010年03月26日 00:15

折角脱出できたのに、再びジャララバードへ向かう
おばかな僕!
運命の導くままに。

ジャーナリスト仲間!

2010年03月25日 17:02

10年になる。
1人のジャーナリストが僕のホームページを見てコンタクトしてきたのは。
同業者からのコンタクトは初めてだったのでビックリした。

彼は最近のアフガニスタンの事を教えて欲しいと言ってきて、
新宿で会い、アフガニスタンの話をした。

彼は日本人としては珍しく僕より以前からアフガニスタンを取材しているに、
そんなことは何一つ言わなかった。

日本では同業者としてより友人として付き合いがあり、10年の歳月を経て僕らを出会わせてくれたアフガニスタンで会うことができた。
ようやくカブールにたどり着いた僕に「久保田さん誘拐された方が良かったのに、一生食べていけますよ」といつものごとくとんでもない事を言う。

たった一日しか一緒にいられなかったが、常岡さんとアジマール、そして中田教授とのランチ、ディナーは楽しかった。
アジマールは声しか聞いた事がなく、どんな人かと想像ばかりが膨らんでいたが、
ユーモアのあるとてもフレンドリーな人だった。

アジマールが常岡さんの事をMr.あのう!って呼んでいたのがとても面白かった。
常岡さんが、何か答える前にあのう!と言うので覚えてしまったようだ。

イラクの時もそうだったが、僕と常岡さんは取材対象がバッティングしない。
僕は難民、常岡さんはアフガニスタンの政治の中心にいる人達の取材をしている。
我々の取材結果が日本のメディアに流れる事を祈る。





    

誘拐の恐怖!

2010年03月25日 03:17

乗合いタクシーは一台しかいなかった。
ドライバーがカブールか?
と聞いてきたので、そう。チャンド ナファール?
何人でいくの?
4人だ、1人いるから後2人来たら出発だ。

とりあえず、選択肢がないので車にのり乗客が集まるのを待つ。
10分と待たずに2人のおじさんが乗って来て出発。

カブールまでは順調に行けば三時間弱。
ところが、事故あり、渋滞ありで結構時間がかかる。
朝一番に付き合いで飲んだコーラのせいか、緊張のせいか、トイレに
行きたくなった。

トイレに行きたいといいだせないでいると、スロビを過ぎた辺りで休憩となった。
何故か、前に乗っていた客はドライバーと共にいなくなり、
後ろの2人と僕がレストランに取り残された。

トランクに入れた荷物が心配だったが、まずはトイレ。
2人のおじさんが何か食べようと誘ってくれたので、一緒に食事を摂る。

お茶を飲んでいると1人がパシュトゥー語でタリバンがどうのこうの、と
話しだした。
首を切るまねをし、手の平に270000pakistanルピーと書く。
おい、おい、妙にリアルな数字よせよ!
もう1人は話に参加せず、携帯で誰かに電話してる。
ジャパニー、、。おい、日本人って言うなよ!

どんな仕事できたのか聞かれた時、国連と一緒に仕事してきた。
と答えた。
そのせいか、国連の人だと400000ルピーだ!
と、またまたリアルな数字を。
いやー、仕事はしてきたけど僕は国連の職員じゃないから。

走って逃げたい気持ちを抑えながらiPhoneで記念写真を撮る。
車はどこいったの?⇨答えなし。
参った。とにかく笑顔。
スロビでおじさんと5

車が帰って来て、再び同じ場合に座るが、何故かみんな無口。
あ、ご飯代払ってなかった。
とりあえず御礼。

おじさんが再び話だす。ドライバーはファルシーが分かるので通訳
してくれた。
おじさんはペシャワールから帰ってくるときにタリバンに捕まり270000ルピーを
取られたそうだ。
国連とかに知り合いがいたら助けて欲しいってことだったようだ。
うーん、紛らわしい。

手に汗をかいてしまったが、なんとか無事カブールに着くことができた。
今回一番の難関を突破できた。
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ジャララバードからカブールへ

2010年03月24日 23:09

8時に起きて出発の準備をする。
何時にでるか?どのカローラに乗るかで運命が決まる。
チェックアウトをすませ、コーラを一缶飲んでから行くことにする。

大きな荷物を持ってリキシャーをつかまえるのは困難。
レストランで荷物を見ていてもらってつかまえるつもり。

ラッキーなことに今日は片言のファルシーを話すスタッフがいた。
彼は僕の荷物を見てコジャーミリン?と聞いてくれた。
神様、コーラ様ありがとう!
エムルーズ、マン カブール ミリン。と答える。

カブールに向かう乗合いタクシーが集まる場所までリキシャーで行かなきゃならない

んだけど、リキシャーつかまえてくれるかなー?
とお願いすると、ウォ!ズィ!ズィ!とパシュトゥー語で答え
僕のスーツケースを持ってリキシャーをつかまえてくれた。

第一関門クリア




    

ジャララバードの優しさチップス

2010年03月24日 01:51

mixiに書いた日記。
ジャーナリスト久保田の公式ブログと言ってしまっているので、いつもはできるだけ私情をはさまないようにしている。
注)この日記はジャーナリストしてではなく一人の人間久保田弘信として書いています。
読みたくない人は飛ばして下さい。

ジャララバード最後の夜。
そりゃ~勝負して外食に行くでしょ!

ホテルから少し遠いけど、どうしても忘れられない味のチキンスープやさんに行く。
スープやのお兄ちゃんは勿論僕のことを覚えていてくれ、まずは挨拶、握手。
そしてチキンスープとゆで卵、鶏肉をたのむ。
チキンスープ
カメラを持ち歩けないのでI phoneでの撮影

隣のカバーブやさんに2本カバーブをたのむ。

帰り際にフライドポテトを売っているババ(おじいさん)の屋台に立ち寄り、100gもいらないけど、少しだけチップス下さいとファルシーでたのむ。
このババはパシュトゥーしか話せない。
このくらいでいいか?と身振り手振りで新聞紙に包んでくれた。
チャンデ カルダー?と聞くと、いらないよ!持って行きなさいと満面の笑顔で言ってくれた。
チップス7
ババがくれたチップス

嬉しさに涙がこぼれそうになる。ババにお別れを言いたい、明日カブールへ行く。また会えますように、と。
セキュリティーの事を考えると言えなかった。

こんな優しい人たちの国を誰が戦争にした!
誰がテロが頻発する状態にした!
一人の人として、一人のジャーナリストとして許さない!
報道という武器でとことん伝えてやる!

アジーズがいないから食事に出かけのもこわい。
でも、アジーズがいたら、この人達とこんなに仲良くなれなかったと思う。
片言のファルシーで会話するしかない、ジャララバードの人たちはパシュトゥー語がメイン。

言葉が通じないからこそお互いに一生懸命近づこうとするのかもしれない。
アジーズがいなくなって改めて気がついた。

命がけで、体当たりでその国とその国の人たちに向かって行かなきゃ見えないものがある。

コーディネーターと通訳を使って取材するジャーナリストにアフガニスタンの真の姿が見えるわけがない。
アフガニスタンは戦争だけの国じゃない。
僕のラストミッション。
精一杯伝える。




シェイフミスリーでの再会2

2010年03月23日 22:51

僕の写真集Afghan Blueを見てくれた人、そしてブログを見てくれている人は見覚えがあるかもしれない。
一人の少女と再会した。
ポストカード
再会したルビナーちゃん

2008年に撮影したときにはまだ幼く、話しはできなかった。勿論、名前も知らなかった。
写真集を持っている人は続きを読む前に74ページを開けて下さい。

建設途中のシェイフミスリー、深い瞳の不思議な表情をした一人の子供に惹かれ夢中で写真を撮った。
彼女はカメラを向けた僕から逃げるでもなく、近づくでもなく、そして無邪気に笑う事もなかった。

再会してルビナーちゃんに「Do you remember me?」と話しかけると彼女は「ウォ!」と答えた。
英語分からないはずなのに。
再会
ルビナーちゃんが初めて見せた笑顔

再会2
僕の後ろに立っている子はポストカードになった子

2008年にシェイフミスリーを訪れ、いろんな人達と出会った。
再び訪れることができるとは思っていなかったし、写真を持って行って再会出来なかったのは一家族だけだった。
また2年後シェイフミスリーを訪れる事ができるだとうか?
アフガニスタンの文化を考えると、ルビナーちゃんと会えるのは2年後が限界。

準戦時状態にあるジャララバードでシェイフミスリーの治安は良い。
彼女達が笑顔で暮らせるアフガニスタンを作るのは国際社会の関心だと思う。
ルビナーちゃんはブログのトップ写真の女の子です。

写真集ご希望の方は下記へ
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シェイフミスリーでの再会2

2010年03月23日 22:48

僕の写真集Afghan Blueを見てくれた人、そしてブログを見てくれている人は見覚えがあるかもしれない。
一人の少女と再会した。
ポストカード
再会したルビナーちゃん

2008年に撮影したときにはまだ幼く、話しはできなかった。勿論、名前も知らなかった。
写真集を持っている人は続きを読む前に74ページを開けて下さい。

建設途中のシェイフミスリー、深い瞳の不思議な表情をした一人の子供に惹かれ夢中で写真を撮った。
彼女はカメラを向けた僕から逃げるでもなく、近づくでもなく、そして無邪気に笑う事もなかった。

再会してルビナーちゃんに「Do you remember me?」と話しかけると彼女は「ウォ!」と答えた。
英語分からないはずなのに。
再会
ルビナーちゃんが初めて見せた笑顔

再会2
僕の後ろに立っている子はポストカードになった子

2008年にシェイフミスリーを訪れ、いろんな人達と出会った。
再び訪れることができるとは思っていなかったし、写真を持って行って再会出来なかったのは一家族だけだった。
また2年後シェイフミスリーを訪れる事ができるだとうか?
アフガニスタンの文化を考えると、ルビナーちゃんと会えるのは2年後が限界。

準戦時状態にあるジャララバードでシェイフミスリーの治安は良い。
彼女達が笑顔で暮らせるアフガニスタンを作るのは国際社会の関心だと思う。
ルビナーちゃんはブログのトップ写真の女の子です。

ブログのアップ

2010年03月23日 06:48

シェイフミスリーの写真、思い入れが深いだけにRAWデータで撮影していた。
ホテルに帰ってきて、早速開こうと思ったがデータが開けない。
冷や汗をかきながらCFカードをカメラに入れて画像を確認すると写っている。

どうやら最新のデジタルカメラEOS1Dマーク?のファイル形式が違うようだ。
RAWデータを現像するキヤノンのソフトのバージョンが古すぎるようだ。

キヤノンのHPから最新バージョンをダウンロードするが、74MBをダウンロードするのに3時間近く
かかってしまった。

しかも、その後ネットが不調で写真がアップできない。
いつもならそんなに慌てないのだが、今のジャララバードの治安を考えると再会の写真は今日中にアップしておきたい。

なんとかブログにアップし終えた今、アフガニスタン時間02:17。
ハイテク機器を使う現代ジャーナリストは睡眠時間が短くなる。


シェイフミスリーでの再会!

2010年03月23日 06:33

今回の取材のメインとも言えるシェイフミスリー。
2008年に来たときと比べどれくらい発展したのかを取材する。

出来ることなら前回会った家族に再会して、インタビューをしたい。
UNHCRのゆきこさんは「もう少し早く分かっていたらこちらで探しておくこともできたんですけど」と数枚の写真から前回会った人たちを捜し当てるのが難しいかもしれない。と話す。
2008年に比べ、帰還民は増えているし、何千人の中から探し出すのは確かに困難だと思う。

実は一ヶ月以上前からシェイフミスリーを取材させてもらう事はUNHCRとの間で了承済みだったのだが、その内容がゆきこさんの所まで伝わっていなかったらしい。

とても責任感が強そうなゆきこさんに僕は「大丈夫ですよ!僕、日本では運が悪いけど、取材運だけはメチャメチャ強いですから」と話す。
そう、シリアでイラク難民を捜していたとき、たった一枚の写真から200万人いる難民の一人の友人を見つけてしまった経験がある。

写真を持って、前回来たと思われる地域に行き、地元の人に写真を見せて「この子を知りませんか?」と尋ねてもらう。
5分もしないうちに写真に写っていた女の子が見つかった。
HQ2Y9919.jpg
水汲み1

建設中のシェイフミスリーで水を運んでいた女の子

この子ですよ!と言われても一瞬分からなかった。
よく見ると面影がある。

2年の月日。。。女の子の笑顔がシェイフミスリーでの生活が順調だと物語っていた。
水汲みの子
再会した子は子供から少女になっていた。

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シェイフミスリーへ

2010年03月23日 01:48

IMG_4815.jpg
2008年に訪れた帰還民たちの街シェイフミスリーに行ってきた。
いくつもの再会があり・・。詳しくはまた次の日記で。

難民を扱う国連機関の人が僕に持たせてくれた。

「久保田さん痩せているし、大丈夫ですか?」と心配してくれ、ミネラルウォーターとペプシ、バナナとオレンジを持たせてくれた。
まるで僕が難民のようだった。
帰りが遅くなってしまったので外食は諦める。
今日の夕食は昨日の残り物のカチカチになったナンと頂き物のフルーツ。
アフガニスタンのナンは焼きたてだととても美味しいが、一日以上放置するとせんべいのように硬くなってしまう。
奮発して買った250Rsのハチミツのお陰でなんとか食べられた。

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ジャララバード、今日も爆発音。

2010年03月22日 01:08

アフガニスタン時間20:07爆発音。やはり今日もきた。
音からして1キロ以内。
サイレンの音。
これはもう戦争状態だ。
日本でデスクの前で通信社からの情報を見ている人たちには今のアフガニスタンの状況は理解できないだろう。

またか!と思う。
なれていく自分がこわい。
昨日は目の前だったから飛び出したが、今日は遠い。
危険云々じゃなく、撮影しても使ってくれる日本のメディアがないから出て行く気にもならない。

IMG_4733.jpg
本日の夕食。奮発してハチミツを買ってしまった。

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ジャララバードで

2010年03月21日 22:30

今日のミッションは3つ
1,昨日の事件現場の撮影
2,非常事態の為にあらたな待避先のホテルを確保する。
3,資金が心許ないのでパキスタンルピーをアフガニーに両替する。

睡眠不足の身体を無理矢理起こし、外へ出る準備をする。
アジーズがいてくれたら問題ないのだが、一人だと色々と判断を迷う。
一度出てしまえば良いのだが、最初ホテルを出るまでが怖い。

昨日の事件現場には多くのアフガニスタン人がいた。
僕のホテルから100メートルも離れていない。
撮影が許可されるはずないので、人混みに紛れ、
「ディールーズ、ボムブラスト、チェラー?」などと適当なファルシーでアフガニスタン人と話をしながら撮影する。
アジーズがいない今、少しでも味方になってくれるアフガニスタン人が欲しい。
幸い、ホテルの近所の人たちは僕が滞在していることを知っているので、声をかけてきてくれる人も多い。
一緒に写真を撮り、雑談をする。
本当は早く動きたいのだが、僕に寄ってきてくれる人を無碍にできない。
IMG_0174.jpg

両替はできれば一人で行きたくなかった。
勿論、カメラは持って行かない。→カメラを持っているとすぐに人が集まってきて危険。
途中、撮影したい可愛い子供がいたりする。
カメラマンとしてカメラを持ち歩けない事がこれほど辛いとは。

何とか3つのミッションをクリア!

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アフガニスタン、New Year!

2010年03月21日 16:52

昨日、あれだけの事件があったにも関わらず、普通に新たな一日が始まった。
かつて、パキスタンのペシャワールでは今のジャララバードより遙かに安全だったにも関わらず夜間外出禁止令がだされた。
一日に何度爆弾事件があろうと、日々の生活をスタックさせる訳にはいかないのがアフガニスタンの現状だ。
戒厳令はともかく夜間外出禁止令くらいでても良さそうな状況だと思うが。

僕は爆弾事件と書く。未だに爆弾テロと書いて良いのかどうか迷っている。
日本ではカンダハルの連続爆弾事件でさえ、新聞が取り上げただけでテレビの報道は皆無だったらしい。
ジャララバードの5発の爆弾事件が報道されなくても当たり前かもしれない。

hotmailの未読メッセージが130件を越えた。
既存のメディアに頼らない報道をする時代が来たのかもしれない。
AFG_0515.jpg
少年は一日街を彷徨いカードを売る

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速報!ジャララバードで爆弾事件。

2010年03月21日 02:59

アフガニスタン時間20:29ものすごい爆発音。
近い!

数分後、2発目の爆発、ホテルの目の前。

最初の爆発の後、すぐにカメラをスタンバイして外へ出られるようにしていた。
だいたい、この手の爆弾事件は2発セット。
予想通り、2発目の爆発が!ホテルが揺れ、一瞬耳がキーンとなるようなすさまじい爆発音。
くそー!カメラ回しておけば良かった。
テープからメモリーに変わって使い慣れていないのが良くなかった。

最初の爆発では外へでるかどうか迷ったが、2発目があまりに近いのでカメラをもって外へでる。
外へでた瞬間に銃をもったセキュリティーがホテルへ戻れを言う。
近くにいたアフガニスタン人が僕の服を引っ張り無理矢理ホテルの中へ連れ戻す。

ホテルの玄関のシャッターが閉められ、周囲の電気が一斉に消えた。
ホテルに併設されているレストランの客は外へ出れない。
外にいた人たちも中に戻って来れない。

もう少し早く外にでていたら、撮影できたかもしれない・・・けど、戻って来れなかったかもしれない。
国連機関から安否を気遣う電話をもらう。
その後、ここからは分からない場所で2発、そして最後に1発。
今夜だけで5発の爆弾事件があった。

ジャララバードに来て、3タイプのセキュリティーとアフガニスタン国軍が毎日パトロールをしているのを見ている。
これほど厳重な警備の中でも爆弾事件を起こせるとしたら、外国人一人誘拐するのはなんでもないことだろう。
これ程治安の悪いアフガニスタンで民政支援をしようという日本政府。
どんな状況なのかを知らせるのがマスコミの義務だと思う。

事件の20分程前に街に出て余裕でチキンスープを飲んでいた僕。
もう、ホテルから出れない。
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68件のE-mail.

2010年03月20日 22:23

昨日、ジャララバードのインターネットカフェでメールをチェックしたにも関わらず、hotmailに68件の新着メールが入っていた。
何が起きたのかと思ったら全部twitterにフォロワーのお知らせメールだった。
hotmailのウインドウ2ページ分がすべてwitterからのお知らせメール。
つぶやきは世界を変えるのか。

緊急な事はつぶやくので、どうしてもtwitterの情報が先行しますが僕はブログをメインにしていきます。
写真見て欲しいですからね!

IMG_4668.jpg
アフガニスタンの大地


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Afghanistan

2010年03月20日 04:12

二年ぶりのアフガニスタン。
空港を出てアフガニスタンの空気を吸う。
理由は分からないけど、感動で涙が出そうになる。

アジーズの友人モキーマと初めて会う。彼はいつ僕がカブールにくるのかと毎日アフガニスタンからパキスタンへ国際電話をかけてきてくれた。
モキーマが空港に迎えに来てくれ、スピンザーホテルまで連れていってくれる。
カブールの中心部を走る。すべてが懐かしく感じられ、また涙が出そうになる。
セキュリティーが厳しくなり、立派なビルが増えたがカブールはカブールだった。

国連でのミーティングをすませ、再びホテルに帰ってくる。
5時をまわり、あたりは暗くなりはじめてきた。
空港からホテルまで、そして国連に行く間の道を見ればいかにテロを警戒しているかが分かる。
以前の平和なカブールとは比べものにならない。
カブール0437
カブールの夜景。最新のデジタルカメラEOS1DMark?だからこそ撮れた写真。
でもなぜだろう、ペシャワールで夜出かけるのがあんなに怖かったのにカブールでは怖さを感じない。
カメラをバッグに入れて歩いていたが、いつの間にか首からぶら下げてあるいていた。
ペシャワールでやられるのは絶対イヤだけど、カブールでやられるならいいかな~。と思わせる街の空気がある。

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ベナジール・ブットーインターナショナルエアーポート

2010年03月18日 17:47

パキスタンの空港はセキュリティーチェックが厳しい。
あまり早く空港に着いても空港に入れてくれない事もある。
チケットを見せ、空港に入る。
IMG_0148.jpg
近年、機体が派手になってきたPIA
荷物チェックに長蛇の列。またパキスタン人の荷物が多い。
何度も横入りされそうになるが、バスと違い飛行機は譲れない。
ようやく僕の順番がきた。係官が髭のなかから「キドゥル?」と言ったように聞こえた。
カブール ジャナ へと答えると、荷物を見ることもなく行け!と手で合図をする。
これだよ。他の国へのフライトは荷物チェックが厳しいのにカブールはノーチェック。
これじゃテロ事件が増えて当たり前。
僕としては荷物開けられなくてラッキーなのだが。

最近就航したばかりのKam airのカウンターを探す。空港職員が一番端だよ。と教えてくれた。
Eチケットとパスポートを見せてチェックインをしようとすると「Eチケットのコピーを取ってきてください」
と言われた。
ん~新しいルールだ。

チェックインをすませ、手荷物用のタグと出国カードをカウンターから取る。
この「手荷物用のタグ」が重要。
これを付けずにイミグレーションへ行くと、振り出しに戻るという残念な結果が待っている。
またまた、空港の職員が近づいてきて、パスポートとチケットをチェックする。
何故か彼は出国カードの記入をしてくれ、「これで全部OKだからイミグレーションカウンターに行きなさい」
と言ってくれた。

セキュリティーチェックは厳しいが、以前より空港職員がみんな優しい気がする。
すべてを終え、ウエイティングラウンジへ。
いつものごとく、インターネットの電波を探す。ノートPCを持ってうろうろしていると、かなり挙動不審だが、
今はIphoneがある。
Iphoneを持って電波を探す。やっぱりあった、無料のネットウエーブ。
PCを出しm記事を書き、ブログにアップする。
P.S窓際席をお願いするが、国際線なのに全部フリーシートだそうだ。

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ホームページを更新。

2010年03月18日 05:36

久しぶりにホームページを更新しました。
ギャラリーにパキスタンの写真をアップしました。

その他の国の写真もあります。
是非ご覧下さい。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~kubota-photo/index.html

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ペシャワールのチャブリカバーブ

2010年03月17日 08:51

昔馴染みのチャブリカバーブ屋さんの前をタクシーで通った。昔と同じおじさんがチャブリカバーブを焼いていた。
多分、このおじさんはニュータイプだ。行き交う車の中から僕を見つけ手を振ってくれた。

ペシャワールの治安を考えると、夜一人で出歩きたくなかったが、どうしてもおじさんの作るチャブリカバーブが
食べたくなった。
レストランではなく、殆どテイクアウト専用みたいなチャブリカバーブ屋さん。

再会の挨拶をして、チャブリカバーブをオーダーする。おじさんは身振りで「ここで食べていくか」と聞いてきた。
できれば持ち帰って安全なホテルの中で食べたかった、その意に反して僕は勿論、ここで食べていくよ!と言ってしまった。
ナンを焼く担当の人が「お茶飲むかい?」とカワチャイを出してくれた。奥の方でナンの生地をこねている少年も僕を覚えていてくれた。
英語をとても上手に話すパキスタン人が来て、チャブリカバーブを食べながら最近の治安など世間話をする。
僕より先に食べ終わったパキスタン人が「ここは俺が奢るから払わなくていいからね」と言って僕の分まで払ってくれた。「あなたは私たちのゲストだから」
IMG_0128.jpg

これほど治安が悪くなったペシャワールでさえ、ホスピタリティーにあふれたパキスタン人がいる。
だからこの国に来てしまうのかもしれない。
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ピンディー、コミッティーチョーク

2010年03月16日 00:25

パキスタンを訪れた事がある人には懐かしく感じる場所。
安宿が集まるコミッティーチョーク。
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夢を見た。

2010年03月15日 14:32

いつでも動けるようなスタンバイが必用だった。
そのせいか、よく眠れず大変な夢を見た。

夢は二重構造になっていた。ベッドの上に眠る僕とそれを見下ろす僕。
見下ろす僕は強烈な意志に包まれ、苦しむベッドの僕を心配そうに見守る。
そして、冷静に上から見ていた方がいいのに時折ベッドの僕と同化してしまう。

いわゆる金縛りのような状態。強烈な意志が僕と包み僕は声さえ出せない。
そんな時に侵入者。
動きたくても動けない僕。

夢の中での力は意志の力。
意志の力は負けない自信があったが、今回のは強敵だった。
やっぱり僕は日本人、手を合わせて解放してくれ!と祈る。
ここがイスラムの国だと思い出して、両手を上に向ける(つもり、実際は動けない)。
それでも解放されない僕。

ふと、友人が僕にくれた、お婆さんの形見のリングが首にあるのを思い出した。
リングを握りしめ、会ったことがないお婆さんに助けを求めた。
なんとか解放され、目が覚める。
もう一度眠りにつくのが怖くて、リングを握りしめながら寝た。

いやはや怖かった。そして、スタンバイは明日まで続く。
夢判断出来る人、是非教えてください。





Rawalpindi お気に入りのカフェレストラン

2010年03月15日 03:05

パキスタンで一番お気に入りの店。
ピンディーのサダルにあるラファットカフェ。
141.jpg
ここのビーフカレー?はマジ美味しい

勿論、チャパティーは焼きたて。

そして、チャイがまた美味しい。
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バスで爆弾事件?

2010年03月13日 22:46

ペシャワールの友人達にさようならの挨拶回りをしていたら、時間がギリ ギリになってしまった。
ホテルの人ではなく、友人にタクシーをつかまえ てもらう。バスステーションまで100ルピー。
早く行きたい時に 限ってチェックポイントで止められる。
ジャナー ジャハターなんて言葉が出そうになるが、英語go Islamabadと言う。
今は外国人だと思ってもらった方が早くチェックを抜けられる。ペシャワールで何度ハザラ人に間違えられた事か。

何とか12時ちょい過ぎにバスステーションに着けた。
一難去ってまた一難、予約しておいたチケットを買わなければならないんだが、パキスタン人は列を作れない、
横は入り上等。
どこかの国みたいにオリンピックを開催して教育した方がいい。
ペシャワールでみんなに良くしてもらっただけに我が儘なパキスタン人を見ると残念な気持ちになる。

来た時より荷物チェックが厳しい。僕は日本人だしテロリストじゃない よ。と言う。
爆弾事件が2回もあったから、これはあなたの安全の為だと言われる。
もっともだ!
1230定刻通り出発。
一時間程走った時、爆発音と共にバスが止まった。マジ?テロ?
昨日ラホールで爆弾テロがあったばかり、バスの中が一瞬騒然となる。
気がつかなかったが一番後ろにセキュリティーの人間が乗っていた。
ドライバーと一緒に降りて車体をチェックする。音は小さく、パンクのような感じがした。
しかし、偶然のパンクならいいけど、誰かが故意にパンクさせたのならバスに乗っていると危ない。
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何人かの乗客が一番前まで行ったが降ろしてもらえない。
これじゃあ、止まっているターゲット状態。
判断は難しいと思う、乗客を降ろすことで爆発物を持ち込まれたら被害が大きい。
こうなったらジタバタしても始まらない。降りて、歩いてイスラマバードに行きたい気持ちを抑えて
大人しく座っている。隣の乗客に、今狙われたら・・って言うと予想通り「イニシャッラー」と言われた。
修理は20分程で終わり、バスは無事動き出した。
みんな何も言わなかったが、バスが動き出したとたん車内には安堵の空気が流れた。
1525ピンディー着
久しぶりに緊張した。

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パキスタンでのテロ事件

2010年03月13日 03:58

パキスタンのラホールで少なくとも43人が亡くなる大きなテロ事件があった。
このくらい多数の死者がでると日本でも報じられたのではないかと思う。

実はラホールのテロ事件が大きかったため地元でもテレビの報道は殆どないが、
僕の泊まっているホテルから10分少々の場所でも自爆テロがあった。
新聞
ペシャワールでの自爆テロ、少なくとも3人が死亡

世界にはどれ程隠れたニュースがあるのだろうか。
犠牲者の数が少なくて報じられない事件がどれ程多いだろうか。
自分が泊まっているホテルからすぐ近くで殺人が行われているのにニュースにならないのは不思議な感じがする。

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