ミラノの老夫婦

2009年11月26日 23:08

アジアや中東ばかりでヨーロッパに行く機会がなかった。
シリアの帰り、トランジットでミラノに降り立った。
コソボ以来のヨーロッパ。

美術館の帰り、ふと裏路地を歩いてみたくなった。

とても寒く、冷たい雨がぱらついていた。

細い道の両側にお洒落な店が並んでいた。

老夫婦がウインド越しにお店のベッドを眺めていた。
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なんとも不思議な雰囲気があり、僕はその雰囲気を壊さないように写真を撮らせてもらった。

残念ながら老夫婦が何を話していたのか分からない。

数分後、老夫婦は腕を組み寒い街へと消えていった。
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なんか切ないような、暖かいような、不思議な感覚にとらわれながら老夫婦を見送った。







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憩いの場(菜穂邸)

2009年11月24日 17:16

11月17日に僕の実家の近くにある菜穂邸の話を書いた。
ブログ。猫が好き
この日記を書いたときには菜穂邸の写真がなかった。
菜穂ママ本人は「私のミクシー日記から写真持って行けばよかったのに~」と言ってくれたが、
自分がカメラマンだけに無許可で写真を転載することができなかった。
その菜穂ママがブログに載せていいよ~。と写真を送ってくれた。

いつも近所や遠方からのおばさま方と子供達で賑わう家。
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この家にいくと落ち着き、眠くなってしまう僕。
僕が寝ていると子供達が背中に乗ったり、ヌイグルミを隣に置いたり色々とイタズラをしてくれる。

前回日記に書いた三男と四男。
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さて、問題の川泳ぎのお話し。
遊泳禁止の看板の目の前で泳いだ子供達がパンツもはかずに家までの道を駆けていく。
このシーンは文章では伝えきれない。
昭和初期の雰囲気が残る菜穂邸。
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猫が好き。九州編2

2009年11月21日 15:39

修学旅行で必ずのように訪れるのが平和公園。
平和の像の前で写真を撮り、原爆資料館へ向かう。

命の大切さを想う平和公園に一匹の子猫が捨てられていた。
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明らかに生まれて間もない子猫。
何故ここに、こんな時期に。

このまま放置したら間違いなく命を落としてしまう。
仕事中で何もしてやれず見過ごさなければならないのがつらい。
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バスガイドさんが案内をして、「次の場所へ動きますよ~」と声をかけても猫のまわりから動けない生徒が何人もいた。
僕は教員でなくて良かったと思った。
この場で「おまえら猫なんか放っておいてちゃんと動け」なんて事言えない。

資料館を見学した後は長崎市内の自由行動になる。
一つのグループが猫が心配で市内を見学する時間を使って猫の所に行ってくれたらしい。
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食べ物をあげても食べる力もなかったよ。と、後で教えてくれた。
猫が無事生き延びてくれる事を祈るしかない。
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力尽きそうな猫にほんの少しでも安らぎを与えてくれた生徒達に感謝する。
市内見学の時間を使って猫を見に行ったこと。
もしかしたら、このことが修学旅行の一番の思い出になるかも。












猫が好き。九州編

2009年11月20日 15:08

昔からお付き合いのある写真スタジオの仕事で九州を訪れた。
内容は、修学旅行。
今回は内容が変わって、柳川の船下りが入った。
初めて訪れる場所で撮影ポイントも分からず困っていると船下り会社の人が自転車を貸してくれた。
生徒達が出航していくのを見送り、撮影ポイントを探す。

川沿いに自転車で走っていくと、良さそうなポイントを見つけた。
そこには北原白秋の「まちぼうけ」の像があった。
まちぼうけ

撮影ポイントを見つけたものの、生徒が乗った船がなかなかやってこない。
まさに「まちぼうけ」だと一人で笑ってしまった。

ふとまわりを見渡すと「のら猫に食べ物をあたえないで!!」
という看板が目に入った。
よく見れば看板の真下に猫が。
猫2

船も来ないし、猫とお話しをしようと思い、近づくと猫は警戒の姿勢をとった。
エサをくれる人もいるようだが、辛くあたる人もいるのだろう。
猫1

猫は茂みの中に入っていった。








猫が好き

2009年11月17日 14:11

実家の近くに心休まる家がある。
友人のおばさん(おばさんと言うと怒られる)の家で、そこには3匹の猫がいる。

僕が戦争から帰ってきて不眠症の時もこの家に行くと眠る事ができた。
友人、ナホママはとっても活発はおばさま。
夏になると近所の川に子供を連れて泳ぎにいってしまう。
川の畔には「遊泳禁止」の看板があるが、ナホママには見えないらしい。

4男は幼稚園、3男は小学校の低学年。
これにママさん仲間の子供達が集まるからいつでも賑やか。
泳ぎ終わって家に帰ってくるとき、パンツもはかず走ってくる子供達を見ると、ここは昭和初期かと
思ってしまう。

特に3男は僕の事が好きなようで、hiro! hiro!といつも寄ってきてくれる。
初めてあった時には1年生で、僕の為にホットケーキを焼いてくれるのに台の上に乗って調理していたのが、最近では台なしで調理できるようになってきた。
彼の焼くホットケーキは絶品。
いつもきつね色の美味しいホットケーキを作ってくれる。

どう考えても僕は「おじさん」の歳なんだけれど、この家に行くと僕が子供になるせいもあるが、3男からは年上のお兄ちゃん的なお友達と思われている。
最近、後何年この状態が続くかな~と思い始めた。
彼が中学に入ったら・・・・。

それでもいつも迎えてくれるナホママと猫たちがいるから。
猫73w
一緒に寝てくれる猫と子供達のゲーム

久しぶりにHPを更新。
ギャラリーに新しい写真をアップしました。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~kubota-photo/index.html







「くいだおれ」の街

2009年11月14日 10:14

大阪にはアフガニスタン以来の友人がいる。
友人の家に泊めてもらい、阪急で大阪駅へ出た。

お昼ちょい前、何となく小腹がすいて、「何か軽く食べよう」と言うことになった。
梅田駅の構内を歩くと畳一畳もない小さなたこ焼き屋があった。IMG_4374.jpg

しかも東京では考えられないくらいのお値段。
たこ焼きをやいているおばちゃんにも惹かれ、あっさり決定。
たこ焼きにはビールでしょう~。と昼間からビール。
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ほろ酔い気分で友人と軽くダーツ。
17時に待ち合わせがあり、これまた5~6年降りに友人と再会。
通天閣の麓で串。
突然電話したにも関わらず大阪大学の友人が出てきてくれ、4人で美味しい串をいただいた。
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カンボジアの問題2

2009年11月11日 19:31

日本のNGOがカンボジアでする活動の一番が学校作り。
何故カンボジアなのか、何故学校なのか。
日本の箱物行政と同じ事がカンボジアで行われている気がする。

カンボジアでは教員の給料が安いため、学校の先生が私塾を開きそこでの収入をあてにする
ケースが多い。
先生は試験に出る問題を学校では教えず、自分の私塾で教える。
学校での勉強だけではついていくことができず、私塾に通うことができない子供達はドロップアウトしていくことになる。

どれだけNGOが学校を作ってもこの構造が変わっていない。
日本のNGOが作った学校の校舎で中国語の塾が開かれていた。
日本の人たちの善意で作られた学校で。
学校建設が無意味だとは思わないが、ハードを充実させるよりソフト面を充実させる事が必用だと思う。
学校98
日本の団体が建てた学校で有料の中国語教室が開かれていた。
日本の慈善団体が学校でラーメンを配った。何故ラーメンなのかは疑問だが、子供達はもらえる物はなんでも嬉しい。
もらってすぐパリパリとそのまま食べていた。これならビスケット方が良かったのでは。
子供08_1
塩味が強すぎるラーメンをそのまま食べる子供達
学校で物を配り、何度も「オークン!」。「ありがとう!」と合唱させる。
イヤそうな顔をしている大人達の視線に慈善団体は気がついただろうか。
オークン61
何度も「ありがとう」を合唱させる

一方、現地で喜ばれていたのが貯水池の建設。
地方の村に住む人たちは貯水池がないため、毎日遠方まで水を汲みに行かざるをえなかった。
学校とは違い、ここでは地元の人たちが心から感謝の言葉を発していた。
貯水池275

貯水池6
村にできた貯水池

カンボジアに限らずどの国でも難しい問題だが、現地にとって本当に必用な支援とは何かをしっかり考える事が必用だと思う。










カンボジアの問題

2009年11月05日 03:02

近年カンボジアには外国資本が急速に入り始めている。
特に韓国と中国資本が。

国が開発されていく事は決して悪いことではないが、開発の中で大切な物が忘れられているような気がする。

中国資本によって道、橋がどんどん造られている。
橋

道や橋ができれば交通が便利になるのだが、そこで暮らしている人達が見捨てられている。
新しく道路が造られ立ち退いた人たちの行く末が保証されず問題になっている。

橋がないために渡し船があり、渡し船の発着所の周辺には貧しい人たちが集まり露天で物を売っていたりする。
橋ができて便利になることで生活ができなくなる人達。
そんな人たちは発言力もなく貧困層であることが多い。
開発の中で置き去りにされる人たちに目線を向けなければ真の意味での開発にはならないだろう。
渡し船
一日何往復もする渡し船

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渡し船に乗り、食べ物などを売る親子
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渡し船の発着場で店をひらく親子
















富士市での講演。

2009年11月01日 06:05

何故か一度も講演をする機会がなかった静岡県。
昨年、友人のカメラマンの紹介で富士市でイラクのお話しをすることができた。
その時「これからアフガニスタンが動くし、日本との関係も深くなる可能性が強いから次回は
是非アフガニスタンのお話しをさせて下さい」
とお願いしておいた。

お陰様でアフガニスタンのお話しをする機会が訪れた。
決まったのは民主党が政権を取る前。勿論、日本の首相が「アフガニスタンに人的な支援を行っていく」と表明するなどと誰も想像しなかった。
まさに講演が旬になってしまった。

主催者の大村さんはとても目力が強く、小柄だけど、できる!ってオーラを出している人。
会場は富士市内のホテル。2階の宴会場と聞いていたが、ホテルに行ってみると講演会場はチャペルだと言われた。チャ、チャペル?
変わっていていいでしょう~。とニコニコする大村さん。
以前、チャペルをかりてコンサートをしたそうだ。コンサートなら良いけど、アフガニスタンのお話しをチャペルでするのは・・・。

四階のチャペルに行くと、私服姿のカップルと神父さんがリハーサルを行っていた。
リハーサルが長引いて、講演の為のセッティングをする時間が少なくなってしまった。
本当にチャペルでお話しするんだ。という今までにない緊張感が降りてきた。
平和の為のお話しなので、宗教は違う国だけど許してくださいね。と心の中で唱えお話しを始めた。
十字架の下で-2w
チャペルの中にスクリーンとプロジェクターを用意してもらった
会場には高校生の姿もあり、これからの世代の人たちが国際社会での出来事に関心を持ってくれるのはありがたいと思った。
12月横浜で講演をさせてもらうのだが、その関係者がお腹の中の赤ちゃんと一緒にわざわざ富士市まで来てくれた。
人々の様々な想いがチャペルの中を巡っているようだった。
こうして生まれて初めてのチャペルでの講演は無事終了した。
十字架の下でw
十字架を背に緊張しながら
久保田さん-UPw
後ろにはキャンドルやお花が










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