関西青空プロジェクト

2009年06月27日 17:51

6月17日と19日の日記で京都観光の事を書いた。
あくまでも観光はついでで、本来の目的は関西青空プロジェクトという学生があらたに立ち上げた団体での基調講演とパネルディスカッションだった。
あまりの内容の深さに、筆(キー)が進まずに日記を書くのが遅くなってしまった。
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当日はJICAの職員、川添さん。青空プロジェクトを立ち上げた葉田さん。そして僕の3人がパネラーとなった。
国際協力のあり方をメインテーマにそれぞれが基調講演をし、パネルディスカッションをした。

休日にも関わらず会場には多くの若い人たちが集まり、受付には長蛇の列ができた。
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近年、これほど多くの若い人たちが集まるのを見たことがない。
いつも感じるのだが、こういう活動は西高東低。
特に京都はすごい。

基調講演はそれぞれの体験を元に国際協力のあり方を話した。
何故か僕の出番は一番最後。
前二人が時間をオーバーしつつ、それぞれの熱い想いを語った後。会場の人たちは満腹状態といっても過言じゃない。
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こんな状態であれこれ理論的にものを話してもとてもじゃないが理解してもらえない。
冒頭に用意しておいた言葉をすべてすてて、簡単な挨拶の後アフガニスタンで僕がやらざるを得なかった支援のVTRを見てもらった。

僕はいつものように会場の一番後ろに行き、会場の人たちがVTRのどのあたりに反応するのかを見ていた。
ありがたい事に1時間以上にわたって二人の話を聞いた後とは思えぬほどみんながVTRを見ていてくれた。

そして、VTRをうけての僕の話。
僕が取材に赴いたサマリー難民キャンプ。
当時はお金より人でが足りなかった。暴動がおこりそうな毎日。
僕は生まれたばかりの子供を病院に連れて行くことができなかった。
子供はたった20日で短い人生を終えてしまった。
会場には当時、偶然パキスタンに旅行に来ていて、僕の支援活動を手伝ってくれた北村君の姿があった。彼の姿を見、当時を思い出した僕は言葉につまってしまった。
アフガニスタンでは再び国内避難民が増え始めている。
同じ過ちは繰り返したくない。
いつの日も国連やNGOから支援を受けられない難民や国内避難民が存在する。

つづく











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再会、常岡氏

2009年06月25日 09:59

国連のイベントに参加したあとジャーナリストの常岡氏と再会した。
常岡氏が国連大学までバイクで迎えに来てくれ、常岡邸(通称ギャルハウス)へ行った。
何故ギャルハウスかというと、常岡氏が4~5人のギャルとルームシェアをしているチョー羨ましい家だからだ。

今回のミッションは携帯のセットアップ。
先日、久保田会に突然現れてくれた常岡氏。
新宿で食事をしながら海外で使うモバイルの話しになった。
常岡氏は「これが一番いいですよ!」とサムソンのウインドウズモバイルを勧めた。
彼がいうのなら間違いないと。僕はその場で購入をした。
メカ音痴の僕はセットアップができないので、新たな携帯をもってギャルハウスに。

ギャルハウスにはカンダハル、もといカンダタミ(む~こ)と呼ばれる可愛いネコがいる。
勿論、僕はchobiと呼んでいたが。
常岡氏が僕の携帯をセットアップしてくれる間、僕はずっとchobiと戯れていた。
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僕の手のひらで眠るchobi

セットアップも無事終了し、近所の回転寿司に食事にでかけた。
座ってすぐ、味噌汁とお寿司数点を注文した。
一番に届いたのは味噌汁。
空腹の僕たちはすぐさま、味噌汁を飲む。
そして、僕が注文したお寿司が届き、僕は味噌汁をすすりながらお寿司をいただく。
ふと、隣を見ると常岡氏は寂しそうに味噌汁だけをすすっている。
同じくらい注文したのに何故か常岡氏には味噌汁だけしか届かなかった。
再び店員を呼び、僕と常岡氏はお寿司を注文。
「これで久保田さんのお寿司だけ来たらドリフですよね」と常岡氏がおどけた。
が、まさかが起き、またまた僕にだけお寿司が届いた。
注文の聞き間違え?常岡氏のだけ?
僕の携帯のセットアップをしてくれ、善行をしたはずの常岡氏。
あまりに悲しそうな顔だったので写真を撮ってみた。
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World Refugee Day

2009年06月22日 06:15

6月20日は「世界難民の日」。
渋谷の国連大学でのシンポジウムに参加した。

UNHCR駐日副代表の岸守さんは今月いっぱいで任期を満了。
UNHCRで最後のご挨拶。
外務省から岸守さんが来ると知った時には頭の硬い人が来るのか。との先入観があったが、
本人にあってビックリ。
斬新なアイディアをどんどん取り入れ、UNHCRを改革してくれた。
表参道ジャックと名付けられたパレードでは「どうせなら写真を持って歩いた方がメッセージ性がある」という僕の意見を取り入れてくれ、アフガニスタンやイラクの難民の写真が表参道をパレードした。

岸守さんの大きな功績はUNHCRにユースを作ったこと。
若い人たちが様々なイベントで活動するチャンスを作り、多くの若者がUNHCRの活動に関心を持つ下地を作ってくれた。
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ユースのメンバー達

今年のWorld Refugee Dayはまた進化して、青山通りから見ても何かイベントが行われているのが分かるようになっていた。
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今年は日本にとっても大きな変革期だ。これまで難民の受け入れに消極的だった日本政府がミャンマー難民の受け入れを決断した。
海に囲まれ、国境を持たない日本。
それ故、難民問題に関心が薄いのは仕方ない気もする。
世界が狭くなった今日。少しずつでも関心が深まればと思う。







建仁寺

2009年06月19日 06:15

京都の友人に付き合ってもらい建仁寺を訪れた。
僕はもともと京都のお寺が大好きで、小学校の6年生の時、実家の岐阜から自転車で京都に

行ったほど。

建仁寺は歴史で勉強した栄西を開山とする臨済宗のお寺。
昔、祇園を歩いていて、何となく訪れた記憶があるが、どんなお寺かは覚えていなかった。
庭が美しく、畳の上に佇んでいると心穏やかな気持ちになれる。
前日、というか朝五時までフレンズというNGOのこれからについて話し込んでいたためとても
眠く、あやうく畳の上で寝てしまいそうだった。
そんな気持ちにさせてくれるお寺は好きだ。
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窓の形が禅寺を思わせる

唯一残念だったのが、途中の通路にセキュリティシステムがあり、わざわざ当日の番号を押して通路を通らなければならないこと。
拝観料を払わずにお寺に入れないようにする為だろうが、ここはお寺、性善説でいってほしい。

祇園に上り、昼食におそばを食べようということになった。
が、しかし、面白い看板に惹かれて壱銭定食なるものを食べに行ってしまった。
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こんな看板みたら素通りできない

美人多し!本当かな~と思い店内にはいるとあちこちに和服姿の美人がいた。
貴重なスペースに人形を座らせてしまうところが京都らしい。
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お好み焼きのような不思議な食べ物を頂いた。
勿論、美味。










京都タワー

2009年06月17日 16:55

修学旅行以来、久しぶりに京都タワーを訪れた。
京都での講演があり、宿泊したのが京都第2タワーホテル。
駅から近く、想像より良い部屋だった。
本来なら講演の日記を書くのが先なのだが、あまりにも奥が深く、収穫も大きな講演だったので、
後日、頭を整理してから書く予定。
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タワーホテル系列に宿泊すると京都タワーの無料券がもらえる。
折角のチャンスなので展望台に上がってみることにした。

展望台から見ると京都の街は小さく感じた。
多くの観光名所がタワーから10キロ圏内に位置している。
東本願寺の修復工事が目に入った。
2019年?だったか、完成予定は相当先のようだ。
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平日なのでお客さんもすくなくゆっくり展望を楽しむことができた。
と言っても展望台にいたのは20分程。
降りてくると不思議な人形が僕を迎えてくれた。
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パールコンチネンタルホテル

2009年06月12日 16:17

パキスタンの北西辺境州にある高級ホテルパールコンチネンタルホテル。通称PC
9日夜、車を使った自爆テロがあり、16人が死亡、57人が負傷してしまった。

どうやら当日アメリカ人がPCにいたのが狙われたようだが、対テロ掃討作戦にたいする報復攻撃の意味合いが強いようだ。

パールコンチネンタルホテルはペシャワールで唯一お酒が飲める(買うことも出来る)ホテルで、
宿泊費はとても高い。
昔、NGOが宿泊費を出してくれたので泊まったことがあるが、他の高級ホテルと同様、町外れにあり、食事や買い出しには不便な場所にある。

町外れにあるためセキュリティーは確保しやすく、入り口には車止めがあり、ロビーへの玄関には金属探知機が設置してある。

2006年パキスタンを訪れたとき、僕の友人がお酒を買って欲しいと僕に頼んだため
PCに買いに行った。昔は外国人ならお酒を買って帰る事もできたのだが、ルールが厳しくなり、ホテル内で飲むことしか出来なくなっていた。

破壊された後の写真を見ると酷い。500キロ近い爆弾を使用したらしいが、立派だったホテルがボロボロになっていた。ホテルのスタッフも気さくでいい人が多かった。
僕と出会った人たちが怪我をしたり・・だと思うと胸が痛い。

ここ数年テロリスト掃討作戦が激しくなり、民間人の犠牲者が増え続けている。
アメリカや、パキスタン軍の攻撃の多くは攻撃ヘリコプターや精密誘導弾を使った遠距離からの攻撃。これでは民間人にも犠牲者がでるのは当たり前。
誤爆で怪我をしたり命を奪われた人たちには何の保証もない。
遺族の怒りは収まることなく、自分たちでは報復できない為、必然的にテロリストと呼ばれる人たちに協力してしまう。
我々はタリバンが復活し始めた意味を考えなければならないし、憎悪が憎悪を呼ぶ対テロ戦争の方法を考慮しなおす必要がある。

ガイドブックにも載っている、スワート、ミンゴラ。
僕も昔訪れた経験があり、山間のとてもきれいな村だった。
この二つの地域は外国人は勿論、僕の友人のパキスタン人でも近寄ることができない危険地域になってしまった。




岐阜県での講演。

2009年06月09日 15:20

イラク戦争から帰国後、僕の実家に近い岐阜県のお寺で講演をさせてもらった。
長らくご無沙汰していたが、今回久しぶりにお寺での講演をさせてもらう。

オバマ大統領がアフガニスタンへの増派宣言をしたことによって、再びアフガニスタンが揺れはじめている。
今回は9・11以降のアフガニスタン戦争からイラク戦争までの流れを二部構成でお話しします。

■2009年6月13日(土)
覚成寺にて講演。
岐阜県安八郡安八町西結701
アフガニスタンからイラクまで。二部構成。
13:30~15:30アフガニスタン。19:00~21:00イラク





サンディエゴ、そして帰国。

2009年06月03日 18:17

初めてのメキシコを満喫してサンディエゴに帰ってきた。
そのままロスに戻る予定だったが、前回お邪魔したサンディエゴの友人宅にお邪魔した。
今回は長男がいて、家の中にある卓球台を使って卓球の勝負をした。

実はお友達は奥さんで、旦那さんには会ったことがなかった。
いつの間にか食事して泊まっていって下さい・・ということになってしまい・・
今回初めて旦那さんと会う事に。

日本の家庭で考えるとあり得ない感じ。
奥さんと友人で旦那さんの帰宅を待つことなく僕が泊まっていくのが決まってしまっている。
旦那さんが帰宅し、ご挨拶。
奥さんは「今日泊まっていってもらうことにしたから」と普通に報告。
旦那さんも普通にOK。

食卓を囲みながら初めて会う旦那さんとお話し。
聞けば、なんと僕と同じ歳。
やはり家庭を持つ人は存在感、安定感が違うと感じた。
敢えて僕は自分の年齢を明かさなかった。

翌朝は家族がまだ寝ているうちに友人と共にサンディエゴを後にしLAXに向かう。
途中、有料道路の料金所では料金所のおばさんが「Hi how are you?」から始まり、
僕の友人と雑談。お隣は日本人?。そう、空港に送っていくのよ。等々。
日本の高速道路ではあり得ない光景が。
友人曰く、後ろに車が並んでいても会話が続いてしまうこともあるらしい。
これまた文化の違い。

コスタリカからメキシコ、サンディエゴ、ロス。
今回もお国柄、人柄を満喫した取材旅行だった。










ティファナ、縞ロバ

2009年06月02日 03:08

ティファナの街には縞ロバがいる。
僕はあまり好きではないですが・・・。

ロバさんが縞柄にされていて、観光客と写真を撮ってお金を儲ける。
観光客がすくないなか佇む縞ロバさんは切なそうに見えた。
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