イラク北部での難民支援 IVY

2015年09月09日 18:28

昨年、イラク北部で取材させてもらった山形のNPO法人IVYがシリア難民の為の学校を建設する。
IVYのHP

ISによる邦人殺害事件以降殆ど報道されなくなったシリア、イラクの現状。
イラク北部の都市アルビルでは地元の人たちが「石を投げれば難民に当たるよ!」という程シリア難民、イラクの国内避難民で溢れかえっている。

IS関連の報道は一時過熱したが、難民問題の現状は殆ど報道されていない。
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シリア難民は難民キャンプだけでなく、アルビル市内に住んでいる。

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戦争で心を痛めた子供達にとって学校へ行けることはとてもうれしいこと。
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1年以上学校へ行けなかった子供達は学校で勉強できることが本当にうれしい。
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学校へ行くことは心に傷を負った子供達のメンタルケアにもなる。

長く続くシリアの内戦、そして ISの台頭によって国連も難民支援の資金難に直面している。
それは日本のNGOも同じ。
報道が少なく、難民問題は忘れ去られがち。
IVYも資金集めが大変なようで、「READYFOR?」まで使うようだ。
「READYFOR?」
本来、普通の募金でなんとかなるところだが、報道の少なさと関心の薄さでなかなか難しいようだ。

そういえば!
安倍首相が言った2億ドルの難民支援はどうなったのだろう?
そんな報道さえない日本。
それでも中東の国々から期待されている日本。

両親や友を亡くし、本当に辛い思いをした子供達に笑顔のプレゼント。
応援してほしいです。


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イラク戦争から12年

2015年07月31日 07:30

2003年3月20日イラク時間で朝5時過ぎだっただろうか、一発の巡行ミサイルの着弾からイラク戦争は始まった。

多くのジャーナリストが戦争が始まってからバグダッドに入ってきた。
なかには3000$以上払ってやってきたジャーナリストも。

僕は仲間と一緒に開戦一ヶ月前からイラクに滞在していた。
アエロフロートでモスクワ経由でシリアへ。
シリアからバスで国境を渡りイラクに入った。

その懐かしい写真を友人がFBにアップした。
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誰が撮影してくれたか記憶にないが、バスの暖房が効かずとても寒い思いをしながらイラク入りした時の写真だ。
だいたいこんな写真をアップすると久保田さんわか〜い!と言われる。
そりゃそうでしょ〜
10年も前ですよ。

今思えば、日本のフリージャーナリストが活躍できた最後の戦争だ。
日本の大手メディアのコンプライアンスという理解不能な言葉によってフリージャーナリストが撮ってきた貴重な映像と理解されても使われない、使いずらい時代がやってきた。
それと共に「自己責任論」。
日本という国に迷惑をかけるような取材はすべきでない。という論調。

ジャーナリストが現場に行かなかったらどうやって情報を得るのだろう。
APやロイターからの輸入?

国会では安保法制が問題になっている。
憲法の解釈を変えてでも集団的自衛権を行使するのが大切だと。
国の安全を同盟国にお任せっきりではよろしくないと。
多少の危険があっても日本人が立ち上がらなければと。

報道は海外にお任せっきりで日本のジャーナリストは安全地帯から情報をもらうだけで良いのだろうか。
なんとも無責任に思えるが。。

日本の官房長官は後藤さんの勇気を「蛮勇」と言った。
米国のケリー国務長官は「ジャーナリズムには危険が伴い、リスクを完全に取り除く方法はない。唯一の例外は沈黙を守る事だが、これは降伏だ。何が起きているか世界に伝わる必要がある。沈黙は独裁者や圧政者に力を与える」と語った。

情報が正しく届かなくなった時、戦争は起きる。
反政府的な意見を持つメディアは潰した方が良いという自民党お勉強会での発言。
日本のジャーナリズムはどちらに進むのか、日本人はどちらを選ぶのか。


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TBSニュースバード

2015年04月07日 19:44

明日8日、TBS CSニュースバードに出演予定です。

下記、仮タイトル。
4月8日(水)ニュースの視点15:00〜
「イラク軍、北部ティクリート奪還 〜中東の難民問題、いま必要な支援とは〜」
ゲスト:フォトジャーナリスト・久保田弘信

人質事件をきっかけにIS関連のニュースはかなり増えたが、日本政府が表明している2億ドルの難民支援に関するニュースを殆ど見る事がない。
イラク北部の国内避難民、シリア難民がどんな状態なのか、映像を交えお伝えする予定です。

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アンフェアな戦争

2014年09月09日 06:39

戦争そのものが間違いなく悪であり、勝てば官軍。
となれば、フェアな戦争など存在しない筈。

イラク北部の街モースルは僅か一日にしてISISに占領されてしまった。
その後、ISISは進撃を繰り返し、アルビルまで30キロ弱のところまで迫って来た。
もしかしたら、アルビルさえも陥落かと思っていた矢先、米軍が空爆を開始した。

地元クルディスタンの人達はペシュメルガは強いから大丈夫だ!と繰り返す。
モースルは守る気がなかったかもしれないが、アルビルまで30キロという近郊まで進撃を許してしまったのは間違いない事実。
ところが、米軍が空爆を開始すると形勢は逆転。
ペシュメルガがモールスまで30キロ弱のポイントまでの占領地を取り返した。

ISIS側からすれば、ペシュメルガと対峙した途端、自分たちが持つ武器では届かない高所にやってきたF-18から空爆を受けてしまう。
こんな戦争に勝てる訳がない。
ISISがやってきた事は決して許せないし、偏った報道があったにせよ、アメリカ人のジャーナリスト2人の首を切って処刑したのは間違いないし、多くの一般人を殺害したのも間違いない。
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それでも、それでも前線に転がっていたISISの死体を見た時は胸が痛んだ。
ISISの思想はどうであれ、そこに身を投じて命を失った人を足蹴にはできない。

僕はISISの人と会った事がない。
自分の元に入って来る情報だけで判断している。
恐らく99%僕が認められない人達だと思う。
それでも1%自信がない。

かつてアフガニスタン戦争が起きた時。
日本のメディアは北部同盟と共に従軍取材をした。
タリバンは北部同盟と対峙した途端、米軍による空爆を浴び、敗走せざるを得なかった。
僕は97年からの付き合いがあったため、日本人で唯一(多分)タリバンの本拠地カンダハルに入った。
日本人でタリバンが良いと思っている人は殆どいないと思う。
彼等の原理主義の行き過ぎた部分があったが、僕が会ったタリバンは信頼できる連中だった。

今でこそ言えるが、タリバンに拘束され、ジャラジャラバードの基地に連れて行かれた時、正直これはいかんな〜と思った。
途中オアシスがあり、ハイラックスに乗った4人の兵士が車の中にAK47と手榴弾を置いたままお祈りに行ってしまった。
勿論、車にカギがついたまま。
パキスタンまでの道は一本道だし、運転には相当自身がある、いざとなれば銃くらい撃てる。
車を乗っ取って逃げようかどうか迷った。

別に僕を縛る事もせず、武器を置いたままお祈りに行ってしまう連中が悪い奴らだとは思えなかった。
ジャラジャラバードの基地でコマンダーに事情を話すと、写真はダメだがカブールを見せてやると言ってカブールまで連れて行ってくれた。

ISISの状況が昔のタリバンに似ていて、ちょっと考えてしまった。

アフガニスタン戦争も、イラク戦争も、今回のISISとペシュメルガの戦闘も、米軍が関わると大人と子供のケンカのごとく、圧倒的な力の差が生まれてしまう。

何故23年間もアフガニスタンが内戦をする事になったのか、何故サダム・フセイン独裁国家としての強健な力を持つ事になったのか、ISISが何故生まれてきたのか。
すべてにアメリカが関与している。
そして、それぞれの戦闘にも関与している。

メディアが伝える事と現場で起きている事には必ず温度差がある。
その温度差を少なくするのがジャーナリストの仕事だと思うのだが。。
無事帰って来れるのなら、ISISにも会いたいと思う。

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シャクラワ2

2014年05月14日 06:55

10年振りに訪れたシャクラワ。
一番最初に話しかけた人は偶然にもバグダッドから避難してきている人だった。
「家賃が高くて住み続けるのが大変だよ」と話していた。
戦争が終わって10年経っても故郷に帰る事が出来ない人が沢山いる。
イラクにも、アフガニスタンにも。
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シャクラワまで連れて来てくれたハイダールと西村さんと3人で記念撮影。
初めて一眼レフで自撮りをした。

アルビルに帰る途中、サダムフセインの置き土産となった3台の戦車がある場所を訪れた。
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今やクルディスタンでは観光モニュメントと化した戦車。
子供達が笑顔で遊んでいた。

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